第四十四話 彼女と彼女の邂逅は
りこが『ラ・ピュセル』に加入したその日の夜、春斗は、自分の部屋のベットに横たわってテレビを見ていた。
雑多な情報が溢れる中、ある情報番組で、『ゼノグラシア』のチームリーダーである今生りことそのチームメンバー達が、報道陣達に囲まれて質問されている姿が映し出されている。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会。
それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式大会と同様に、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で正式にランキング入りを果たした者だけが出場できる仕組みになっていた。
その第四回公式トーナメント大会で、『ゼノグラシア』のチームリーダーである今生りこが、春斗達のチーム、『ラ・ピュセル』にも所属するという報道が伝えられている。
イベント会場の場面が切り替わると、情報番組の解説者達が改めて、冬におこなわれる第四回公式トーナメント大会について熱心に議論し始めた。
それらの音声を背景に、春斗はベットから起き上がるとふっと表情を消した。
「これで、ついに、今生が俺達のチームに正式に加入したんだな。今度ーー」
そう言いかけた春斗の脳裏に、不意に今日、りこから対戦を持ちかけられた時に告げられた言葉がよぎる。
『それに、阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』も、新たにチームメンバーが増えるみたいだから、春斗くん達もチーム強化にどうかなと思ってー』
ーーそうだ。
阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』も、新たにチームメンバーが増えたんだよな。
報道ではまだ、詳しくは告げられてはいないみたいだけど、かなり手強い相手なんだろう。
なら、一度、玄達と対戦して、今の俺達がオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チーム『ラグナロック』にどこまで通用するのか、試してみる必要があるかもしれない。
それに玄達が俺達の高校に転校してきたから、オンライン対戦ではなく、ゲームセンターで直接、会って対戦することもできそうだ。
ゲーム雑誌やネット上で流れているオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の製作発表のことといい、麻白のことでいろいろとあるみたいだけど、玄達に一度、相談してみるか。
気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐに画面を見つめ直した春斗は思ったとおりの言葉を口にした。
「今度の玄達、『ラグナロック』との対戦が、俺達のチーム、『ラ・ピュセル』の新メンバー加入後の初バトルになりそうだな」
画面の中のりこ達を見つめる春斗は、導き出した一つの結論に目を細めた。
りこが春斗達のチーム、『ラ・ピュセル』に加入した出来事から数日後ーー。
春斗達は前に玄と対戦した大きなゲームセンターにたどり着くと、すぐ近くのゲームスペースを貸し出す個室に入った。
四人用のゲームスペースは、モニター画面と、対面にソファー型の椅子が置かれただけの狭い部屋だ。
本当なら、前にりこ達、『ゼノグラシア』と対戦した団体客用のゲームスペースの方が良かったのだが、祝日とあってか、かなりの人が入っており、既に団体客用のゲームスペースは全て貸し切られてしまっていた。
個室のドアを開くと、春斗達が前もって呼びよせていた人物達ーー玄と大輝、そして、麻白はすでにそこで待っていた。
「あ、あの、黒峯玄さん、あと、ついでに浅野大輝さんと黒峯麻白さん。りこにサインを下さい!」
「…‥…‥あ、ああ」
「別にいいけど、俺達、玄のついでかよ」
ゲームスペースに入ってくるなり、色紙を差し出してきた、りこの場違いな必死さと妙な気迫に押されるようなかたちで、玄と大輝はぎこちなく頷いてしまう。
「ありがとうございます!」
「りこ、相変わらずですね」
玄達から了承を得たことで、両手を広げ、生き生きとした表情で色紙を掲げている子供っぽいりこの仕草に、優香はくすりと笑みを浮かべた。
玄達の隣の席のソファーの前に立った後、春斗は少し躊躇うようにため息を吐くと、ふと疑問に思ったことを口にした。
「玄、大輝、麻白、今日はありがとうな。それと、麻白、今生へのサインは無理しなくてもいいからな」
「…‥…‥う、うん」
玄と大輝の後ろに隠れて、いつも以上におろおろとしている麻白の姿を目の当たりにして、春斗は知らずそうつぶやいていた。
春斗達のチームに、りこが新たに加入したからではなく、麻白は明らかにあかりを見て戸惑っているように思えた。
その理由を、春斗は瞬時に理解する。
確か、麻白は、宮迫さんバージョンのあかりに会うのは初めてだったよな。
だから、いつもと違う様子のあかりに戸惑いを感じているのかもしれない。
もっとも、宮迫さん自身も、麻白と初めて話すとあって、どこか気まずそうな感じがした。
「あっ…‥…‥」
麻白がそうつぶやくと同時に、春斗と優香に支えられながら、車椅子から降りてソファーに座ったあかりは目を細めて何やら難しそうな顔をする。そして、隣に座っていた春斗達に一瞬、視線を向けてから、ようやく麻白に声をかけた。
「何か、こうして話すのって変な感じだな」
「う、うん」
あかりが勇気づけるようにそう言うと、麻白は少し困ったように頷いてみせる。
あまりに意味不明な二人の会話に、春斗達は思わず唖然としてしまう。
そんな春斗達の様子を見て、不意にあかりはあることに気づき、顔を俯かせると辛そうな顔をして言った。
「…‥…‥ごめん、麻白。驚かせて…‥…‥。そういえば、麻白はもう一人の俺を見るのは初めてだったんだよな?」
あかりが誤魔化すように必死に言い繕うのを見て、麻白は追随するようにこくりと首を縦に振った。
「う、うん。あかりって、春斗くん達が言っていたとおり、性格が変わるんだね」
「ああ、驚かせてごめんな」
「…‥…‥ううん。あたしの方こそ、びっくりしてごめんなさい」
あかりの謝罪を受けて、麻白は少しばつが悪そうにゆっくりと首を横に振る。
そんな麻白の様子を見かねた玄と大輝は少し困ったように、麻白の顔を覗き込んで言った。
「…‥…‥麻白、大丈夫だ」
「心配するなよ、麻白」
「…‥…‥うん」
玄と大輝の言葉に、麻白は少し不安そうにしながらも身体を縮ませてこくりと頷く。
「麻白」
そんな三人の様子を見て、春斗はその言葉を口にするべきかどうか、一瞬、迷った。
しかし、こらえきれなくなって、春斗は意を決したように言った。
「その、どちらのあかりも、あかりには変わりないからな」
「うん」
必死に言い繕う春斗を見て、麻白は嬉しそうにはにかむように微笑んでそっと俯く。
「あの、心配してくれてありがとう。春斗くんの言葉って、たっくんみたいーーううっ、その」
思わず、口にしかけた言葉に、麻白ははっとした表情を浮かべ、あからさまに視線を逸らした。
麻白の慌てた様子に、春斗は少し怪訝そうに首を傾げながらも淡々と言う。
「もしかして、『たっくん』って、この間の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の後に、玄達と対戦した麻白のサポート役の人のことなのか?」
「う、うん。あたしの友人の一人だよ」
あくまでも彼らしい春斗の反応に、麻白はほっと安堵の息を吐くと、花咲くようにほんわかと笑ってみせる。
大輝は一度、警戒するように辺りを見渡した後、春斗達の方へと向き直る。そして、率直にこう告げた。
「で、レギュレーションは、いつものように一本先取でいいのか?」
「ああ」
春斗がそう告げると、玄達はモニター画面に視線を戻して、テーブルに置いてあるコントローラーを手に取った。
遅れて、春斗達もコントローラーを手に取って正面を見据える。
「あかり、優香、今生、絶対に勝とうな」
気を取り直した春斗の強い気概に、顔を見合わせたあかりと優香とりこが嬉しそうに笑ってみせた。
「ああ。絶対に、俺達が勝ってみせる」
「はい。春斗さん、勝ちましょう」
「りこの『ラ・ピュセル』でのデビュー戦だね!」
あかりと優香、そして、りこの決意のこもった言葉と同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
「…‥…‥っ」
対戦開始とともに、玄のキャラに一気に距離を詰められた春斗は後退する間もなく無防備なまま、一撃を浴びせられる。
しかし、春斗も負けじと勢いもそのままに半回転し、自身のキャラの武器である短剣を叩き込んだ。
しかし、電光石火の一突きは、玄のキャラの大剣にあっさりと弾かれてしまう。
優香は自身のキャラのメイスで、そんな春斗をサポートしようとしたのだが、それすらも玄には読まれていた。
「ーーっ!」
「あっ…‥…‥」
連携技を駆使した春斗と優香による絶妙な攻撃は、半身をそらしただけで玄のキャラに回避されてしまった。
玄のキャラは、逆にカウンターのかたちで、斬り下ろしの一撃を春斗のキャラに見舞う。
そして同時に放たれた連携技は、隣に立っていた優香のキャラの体力ゲージをもごっそりと奪った。
「春斗、天羽!」
あかりはそう叫ぶと、春斗と優香のキャラの下へ駆けつけようとして、こちらの行く手を阻むように美しくも禍々しい天使の羽根がついたロッドを構えた麻白のキャラに眉をひそめる。
「玄の邪魔はさせないよ」
「ーーっ」
決意の宣言と同時に、麻白のキャラはロッドをあかりのキャラに振りかざしてきた。
「もらった!」
「くっーー」
「りこにおまかせ!」
麻白のロッドの一撃をアクロバットな身体さばきでどうにかいなしたあかりは、背後からの大輝のキャラの連撃を、りこの絶妙なフォローによって何とか凌ぎきる。
「ありがとうな、今生」
「うん」
率直に感謝の意を述べたあかりを見て、りこはほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、幸せそうにはにかんだ。
ぐっとコントローラーを握りしめた春斗は、決意したようにゲームのモニター画面をまっすぐ見つめる。
「玄、大輝、麻白。今度は、俺達が勝ってみせる!」
「出来るのならな」
その言葉に、内心の喜びを隠しつつ、玄は微かに笑みを浮かべたのだった。




