第四十三話 妖精姫の戦術模索②
ゲームセンターでおこなわれている、春斗達、『ラ・ピュセル』とりこ達、『ゼノグラシア』のバトルは今や、最高潮になっていた。そろそろ優越がはっきりする頃である。
春斗のキャラが地面を蹴って、りこ達のキャラとの距離を詰める。
迷いなく突っ込んできた春斗のキャラに合わせ、りこ以外の『ゼノグラシア』のメンバーはいっせいに動いた。
「ーーっ!」
四方八方から放たれた『ゼノグラシア』のメンバー達の一撃を何とかいなした春斗は、勢いもそのままに半回転し、メンバーの一人に自身の武器である短剣を叩き込んだ。
しかし、春斗の電光石火の一撃は、突如右側面から襲い来た、りこの槍に弾かれ、大きく体勢を崩す。
軽く身体を浮き上がらせた春斗のキャラに対して、さらに別の『ゼノグラシア』のメンバーの一人の剣が、左側面から突き入れようとする。
「春斗!」
りこ達のキャラの動きを確認すると同時に、あかりのキャラは春斗のキャラの下へ駆けつけようとして、こちらの行く手を阻むように槍を構えたりこのキャラに眉をひそめる。
「りこ、あかりさんと一度、バトルしてみたかったんだよね」
「ーーっ」
決意の宣言と同時に、りこのキャラは自身の武器である槍を、あかりのキャラに振りかざしてきた。
りこのキャラと対峙していたあかりのキャラは、手にした剣で一撃を受け止めるも、予想以上の衝撃によろめく。
「あかり!」
『ゼノグラシア』のメンバー達の猛攻を何とか振り切った春斗のキャラは、あかりのキャラを追い抜いて、再度、りこのキャラと対峙する。
「ーーっ!」
反射的に、りこは自身のキャラの武器である槍で迎え撃とうとして、その瞬間、背後に移動した春斗のキャラに受けようとした槍ごと深く刻まれた。
少なくはないダメージエフェクトを撒き散らしながらも後方に下がり、何とか体勢を立て直すと、先程の違和感がある固定キャラの固有スキルであることに勘づいたりこは、咄嗟に優香のキャラがいる方向へと振り向く。
そこには、優香のキャラが自身の武器であるメイスを構えて立っていた。
優香の固有スキル、テレポーターー。
一瞬で自身、または仲間キャラを移動させる固有スキルだ。
しかし、一般のプレイヤーは移動させられる距離は短く、また、使用した際の隙も大きくなるため、滅多には使わない。
だが、優香は『ラ・ピュセル』に出てくるマスコットキャラ、ラビラビが使う瞬間移動のように、精密度をかなり上げたため、不可能とされた長距離の移動を可能にしていた。
だが、優香のキャラの行動を確認すると同時に、『ゼノグラシア』のメンバー達はまるで見計っていたように、一斉に優香のキャラのもとに動く。
「天羽!」
『ゼノグラシア』のメンバー達のキャラに遅れて、あかりのキャラもまた優香を守るため、地面を蹴って優香のキャラのもとへと向かう。
あっという間に接戦したあかりのキャラと優香のキャラ、そして『ゼノグラシア』のメンバー達のキャラは、息もつかせぬ激しい攻防を展開する。
「ーーあっという間に優香のもとにたどり着くなんて、さすがだね、あかりさん」
不意に、りこが微笑んだ。
薄暗い廃墟を舞台にしながらも、その穏やかな笑顔は太陽のようにどこまでも眩しい。
一瞬前までは背後にいなかったはずの春斗のキャラの横切りを受けながら、りこのキャラはここぞとばかりに執拗に槍を突き上げた。
「くっーー」
予測に反した動きに、春斗のキャラは一撃を甘んじて受けてしまう。
油断したーー。
そう思った時には、りこは必殺の連携技を発動していた。
『無双雷神槍!!』
槍の最上位乱舞の必殺の連携技。
その場で舞い踊るように繰り出される槍の七連突き、そして締めとばかりに振るわれる横薙ぎ三連閃ーーしかし、春斗はあえて下がらずに前に出た。
「ーーっ!」
春斗のキャラはそれを正面から喰らい、ぎりぎりのところまで体力ゲージを減らしながらも、りこのキャラの必殺の連携技の終息に合わせて、春斗もまた、必殺の連携技を発動させる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーっ!」
急加速した春斗のキャラが『短剣』から持ち替えた『刀』で、りこのキャラに正面から一刀を浴びせた。
「ここで、必殺の連携技!?」
予想外の必殺の連携技での一撃に、キャラが硬直状態になったりこは驚愕の表情を浮かべる。
春斗の固有スキル、武器セレクト。
それは、自身の武器を一度だけ、自由に変えることができる固有スキルだった。
音もなく放たれた一閃が、なすすべもなくりこの操作するキャラを切り裂いた。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らしたりこのキャラは、ゆっくりと春斗のキャラの足元へと倒れ伏す。
そして少し遅れて、あかりと優香のキャラの連携技の一撃が、最後に残っていた『ゼノグラシア』のメンバーのキャラに決まる。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、春斗達の勝利が表示される。
「優香」
名前を呼ばれてそちらに振り返った優香は、コントローラーを置いたりこが必死の表情で優香達を見つめていることに気づいた。
「今度はーー、今度、戦う時は絶対に負けないからね!」
「はい。でも、私達も負けません」
片手を掲げて、りこがいつものように嬉々とした表情で興奮気味に話すのを見て、優香は思わず、苦笑する。
「…‥…‥勝った」
春斗は噛みしめるようにつぶやくと、胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
同時にフル回転していた思考がゆるみ、強ばっていた全身から力がぬけていく。
「春斗」
「みや…‥…‥いや、あかり」
名前を呼ばれて、そちらに振り返った春斗は、先程、コントローラーを置いたばかりのあかりを見た。
「やったな」
そう言うと、あかりは日だまりのような笑顔で笑ってみせる。
その不意打ちのような笑顔に、春斗は思わず、見入ってしまい、慌てて目をそらす。
「あ、ああ。『ゼノグラシア』のメンバー達のキャラを、あかりと優香が押さえてくれていたからだよ」
「春斗さん、やりましたね」
ごまかすように人差し指で頬を撫でる春斗に、優香も続けてそう言った。
「何とか、勝てたな」
「…‥…‥はい、勝てました」
きっぱりと言い切った春斗に、優香は少し驚いた顔をして、すぐに何のことか察したように頷いてみせる。
「春斗さんとあかりさんが、すごかったからです」
「優香が、俺達をサポートしてくれたからだ」
胸に手を当てて穏やかな表情を浮かべる優香を見ながら、春斗はあえて軽く言った。
「でも、あの短時間で『ゼノグラシア』のメンバー達のキャラを倒してしまうなんて、本当に、もう一人のあかりの強さは別格だな」
「そうですね」
どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は穏やかに微笑んだ。
そんな中、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべると、両拳を前に出して話に飛びついた。
「ねえねえ、春斗くん。もう一人のあかりさんって、やっぱり激強だよね」
「あ…‥…‥ああ。そうだな」
不自然に声をはねあげた春斗に、りこはこちらに近づいてくると、春斗だけ聞こえる声で囁いた。
「春斗くん。りこ、どうだった?」
「どうって?」
りこの意外な言葉に、春斗は思わず、不思議そうに首を傾げる。
だが、あっさりと告げられた春斗の言葉に対して、りこは不満そうにむっと眉をひそめた。
「むうー。だから、りこも、春斗くん達のチーム、『ラ・ピュセル』に加入しても良さそうな感じ?」
「はい。りこさんなら、私達は大歓迎です」
その場で屈みこみ、唇を尖らせるという子供っぽいりこの仕草に、優香はくすりと笑みを浮かべた。
「優香、ありがとう!ねえねえ、春斗くんとあかりさんもいいかな?」
「ああ、よろしくな」
「今生、これからよろしくな」
先程までの緊迫した空気などどこ吹く風で、今か今かと賞賛の言葉を待っているりこに、春斗とあかりも思わず顔をゆるめる。
「リーダー、おめでとうございます!」
「リーダー、これからもよろしくお願いします!」
「うん、みんな、ありがとう!優香、春斗くん、あかりさん、これからよろしくね!」
春斗達の了承に対しての『ゼノグラシア』のメンバー達の賞賛の言葉に、りこはほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、幸せそうにはにかんだのだった。




