第四十一話 新たなチームメンバー
「あの、サイン下さい!」
「あ、私も欲しい!」
「俺も、俺も!」
翌日の放課後、春斗が玄達の机の方に視線を向けると、既にオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦優勝チーム『ラグナロック』の二人は、クラスメイト達から熱烈な歓待を受けていた。
あっという間にできた人だかりに応えるように、玄の前の席に座っていた大輝が動く。
昨日の始業式、そして、今日の休み時間ごとに来る玄達に関する生徒達の質問攻めがやっと落ち着いた春斗は、困ったように眉をひそめてみせる。
家庭の事情で急遽、決まったと言っていたけれど、わざわざ、玄達を俺達と同じクラスにする辺り、玄のおじさんには何か考えがあるのだろう。
そう言えば、前に父さんが不思議なことを言っていたな。
玄のおじさんが、あかりに会えば、麻白に会える、という意味の分からないことを告げていた、と。
でも、あかりに会わなくても、麻白は別の魔術で生き返ったよな。
だけど、麻白は、あかり以上に魔術で生き返った影響が出ていた。
もしかしたら、玄のおじさんは、麻白もあかりと同じ魔術で生き返させたかったのかもしれない。
「とにかく、家に帰るか」
沈みかけた思考から顔を上げ、現実につぶやいた春斗は、改めて盛り上がるクラスメイト達の様子を見渡す。
玄達の机の周りに集まった少なくはない生徒達がみな、教室のドアへと注目している。
見れば、玄と大輝は、生徒達の質問攻めを終えて教室から出ようとしていた。
「春斗さん、一緒に帰りませんか?」
「優香」
とその時、後ろにいたクラスメイトの少女ーー優香が殊更、深刻そうな表情で、春斗に声をかけてきた。
「そして、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
こともなげに言う優香に、春斗はため息を吐いて、了承の言葉を口にしたのだった。
昇降口に辿り着いた春斗は、隣を歩いていた優香の方を振り返ると窮地に立たされた気分で息を詰めた。
視界に広がる雨の帳に、さらに春斗の心は憂鬱になる。
春斗は靴を履き替えると、昨日の始業式で言われた玄達の言葉を思い返し、不思議そうに尋ねた。
「優香。玄と大輝は、どうして急に俺達のクラスに転校してきたんだろうな」
「そうですね。玄さん達のご両親が、事情を知っている私達と同じクラスにしてほしいと懇願されたそうですが、何か、他に別の理由があったからだと思います」
問いかけるような声でそう言った春斗に、同じく靴を履き替えた優香は軽く頷いてみせる。
「お昼休み、玄さん達にそのことをお伺いしてみました。何でも、私達に会うことで、麻白さんと麻白さんのサポート役の少年達のことが分かると、玄さんのお父様から告げられたそうなのです」
「そうなのか?」
「もしかしたら、魔術を使う少年がオンライン対戦で私達に接触してきたことを何らかの方法で知ったからかもしれません」
「…‥…‥はあ。玄と大輝、俺にも、ちゃんと説明してくれたらいいのにな」
あっさりと告げられた優香の言葉に対して、春斗は不満そうにむっと眉をひそめる。
その様子を見て、優香は少し困ったように頬に手を当ててため息をつくと、朗らかにこう言った。
「春斗さんは今日一日、ずっと他の方達から、玄さん達に関してのことだけではなく、第三回公式トーナメント大会のチーム戦のことも質問されていましたから、なかなか話す機会がなかっただけだと思います」
「そうなんだな」
髪を撫でながらとりなすように言う優香に、春斗は穏やかな表情で胸を撫で下ろした。
春斗達は傘を差すと、正門に向けて歩き始める。
その時、不意に、りこの声が聞こえた。
「優香、春斗くん!」
「今生」
「りこさん」
正門前で、ゲーム関係の取材を受けながら、りこは下校してきた春斗と優香を視界に収めて歓喜の声を上げた。
いつからいたのか、マイクを持ちながら楽しげに軽く敬礼するような仕草を見せたりこと『ゼノグラシア』のメンバー達に、春斗と優香はひそかに口元を緩める。
りこは泡砂糖でできたお菓子のようにふわふわしたストロベリーブロンドの髪に、こぼれ落ちそうなほど大きな瞳はアメジストの輝きを放っていた。
ネット上などで、『ゼノグラシア』の今生りこは、まるで妖精姫のようだとファンの間で騒がれていたが、確かにそうだな、と春斗はしみじみと思った。
優香は『ラグナロック』、そして『ゼノグラシア』のファン達で盛り上がっている周囲の様子を見渡すと、意外そうに話を切り出した。
「りこさん達も、玄さん達に会いに来られたのですか?」
「そうそう。昨日、優香から、黒峯玄さん達が同じクラスに転校してきたって聞いたから慌てて来たんだよ。でも、黒峯玄さん達に話しかけたかったのに、黒峯玄さんの家の警備員の人達に止められたの。りこ達も黒峯玄さん達と話したかったのに、納得いかないに決まっているじゃん」
「そ、そうなんだな」
おどけた仕草で肩をすくめてみせたりこに、春斗は困ったように眉をひそめてみせる。
すると、りこは決まり悪そうに意識して表情を険しくした。
「それに、あの阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』と互角に渡り合った春斗くん達と対戦をしたいと思っていたから」
「そうか。だけど、次も負けない」
「ううん、次こそは、りこ達が勝つ!」
春斗がそう言い切ると、りこは当然というばかりにきっぱりとこう答えた。
彼女らしい反応に、春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべるとさらに言葉を続ける。
「ーーなあ、今生」
そう切り出して、春斗はりこに向き直ると、ずっと思考していた疑問をストレートに言葉に乗せた。
「前から思っていたんだけど、今生達の『ゼノグラシア』ってすごい人気だよな」
「それは、りこ達がオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の名誉チームーーつまり、アイドルチームだからだよ」
「ーーっ」
思いもよらない言葉は、優香の隣を歩くりこから発せられた。
目を見開く春斗に、りこは立ち止まると淡々と言う。
「オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会の時に、大会運営の人達からお願いされたの。オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の名誉チームになってほしいって」
「なっーー」
驚愕する春斗に、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべて続ける。
「名誉チームになると、参加登録していなくても、非公式の大会に出場させてくれたりと特典がいっぱいなんだよ。まあ、名誉チームになる代わりに、りこ達はショッピングモールのイベントの主催をしたり、模擬戦に参加しないといけないんだけどね」
「そうだったんだな」
春斗のつぶやきに、りこは何のてらいもなくこう言った。
「そういえば、春斗くんはモーションランキングシステム内で九位になったんだよね。りこはまだ、十八位だって言うのに、納得いかないに決まっているじゃん」
「それでも、すごいと思うけどな」
「春斗くんの方がすごいよ」
春斗から指摘されると、りこはそれまでの明るい笑顔から一転して頬をむっと膨らませる。
傘を差したまま、その場で屈みこみ、唇を尖らせるという子供っぽいりこの仕草に、優香はくすりと笑みを浮かべた。
「りこさんらしいですね」
「優香も相変わらずだね」
優香の言葉に、満足そうに頷いたりこは立ち上がると、マイクに手をかけながら言い放つ。
「でも、今回の対戦では、絶対に負けないからね!」
「はい。でも、私達も負けません」
片手を掲げて、りこがいつものように嬉々とした表情で興奮気味に話すのを見て、優香は思わず、苦笑する。
春斗達と対戦をするため、ファンの人達、そして、ゲーム関係の取材の人達とゲームセンターの近くで別れた後、りこは淡々とこう切り出した。
「ねえねえ、春斗くん。第四回公式トーナメント大会についてなんだけど、りこが春斗くん達のチームに入ってあげようか?」
「なっーー」
「ーーえっ?」
何の前触れもなく告げられた言葉の意味に、春斗はーーそして優香は驚愕した。
「…‥…‥でも、今生は『ゼノグラシア』のチームリーダーだろう?」
「そうそう」
春斗がかろうじてそう聞くと、りこは吹っ切れた言葉とともに不敵な笑みを浮かべた。
どういうことだ?
もしかして、第四回公式トーナメント大会では、新たに規約が増えたりしたのか?
混乱する春斗とは裏腹に、混乱と動揺を何とか収めた優香は、流れるように不敵な笑みを浮かべているりこへと視線を向ける。
片手で顔を押さえていたりこは、優香の視線に気づくと軽く肩をすくめてこう言った。
「実は、名誉チームであるりこ達、『ゼノグラシア』は、第四回公式トーナメント大会から二チームに所属してもいいというめちゃくちゃすごい特典がついたんだよ。もちろん、チーム内で一人だけ、そして春斗くん達のチームと対戦する時は、りこは『ゼノグラシア』に戻らないといけないんだけどね」
春斗達は、りこから自分の知らない事実を聞かされて驚愕する。
「二チームに?」
「つまり、りこさんは、第四回公式トーナメント大会から、『ラ・ピュセル』と『ゼノグラシア』の両チームに参加できるということなのでしょうか?」
「そうそう」
春斗と優香の疑問に、りこは真剣な表情のまま、さらに続けた。
「それに、阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』も、新たにチームメンバーが増えるみたいだから、春斗くん達もチーム強化にどうかなと思ってー」
「「ーーっ」」
あまりにも衝撃的な事実を突きつけられて、春斗と優香は二の句を告げなくなってしまっていた。
粘りつく雨が、たどり着いたゲームセンターの屋根に垂れ落ちる中、春斗は傘をたたむと右手で庇をつくって空を見上げた。
玄達が俺達のクラスに転校してきたことといい、第四回公式トーナメント大会は、かなり波乱に満ちた大会になりそうだなーー。
視界に広がる雨の帳は、さらに激しさを増し、しばらく止みそうにはなかった。




