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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
40/126

第四十話 心揺さぶられる転校生

二学期の始業式ーー。

春斗が一人、玄関の前であかりを待ち構えていると、家のドアがゆっくりと開いてあかりと春斗の母親が出てきた。

春斗の母親に車椅子を押されながら、今日から通う中学校のセーラー服を着たあかりが意気揚々にこう言った。

「春斗、おはよう」

「おはよう、宮迫さん」

太陽の光に輝くツインテールの髪を揺らして柔らかな笑みを浮かべたーー先程、琴音に変わったばかりのあかりを目にして、春斗は思わず苦笑する。

そんなあかりの手を取ると、春斗は淡々としかし、はっきりと告げた。

「宮迫さん。今日からあかりが中学校に通うことになるから、いろいろと大変かもしれないけれどよろしくな」

「ああ。なあ、春斗、確か、中学校も今日が始業式だったよな」

「ああ」

交換ノートをぎゅっと握りしめて楽しそうに話しかけるあかりに、春斗は少し照れくさそうに頬を撫でる。

一息置くと、春斗は吹っ切れたような表情を浮かべて言う。

「もし、あかりと宮迫さんに何か困ったことがあったら、いつでも俺達は駆けつけるからな」

「…‥…‥ありがとうな、春斗」

そう答えたあかりの笑顔は、陽の光にまばゆく照らされていつもより眩しく見えた。






あかり達と別れた後、高校の校門を通り向けて、自分の教室に行くために昇降口を歩きながら、春斗は思い悩んでいた。

「…‥…‥まずい。あかりが今日から中学校に通うってことは、宮迫さんもこれから中学校に通うってことになるんだよな」

春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったように階段のある方向へと視線を向けた。

「宮迫さんって、中学生ーーじゃないよな。きっと、俺達と同じくらいか」

淡々と述べながらも、春斗は両手を伸ばしてひたすら頭を悩ませる。

「だとしたら、宮迫さんは、中学校を二度、通うことになってしまうんじゃないのか」

「春斗さん、おはようございます。相変わらずみたいですね」

そんな独り言じみた春斗のつぶやきに答えたのは、セミロングの黒髪の少女ーー優香だった。

「優香、おはよう」

「今朝、春斗さんのお父様から、宮迫さんに変わる前のあかりさんからのメッセージがあるとメールを頂きました。今日から中学校に通うことになりましたので、どうかよろしくお願いします、と」

「…‥…‥それは」

毅然とした優香の物言いに、春斗は思わず、言葉を詰まらせてしまう。

すると、優香は迷いのない足取りで春斗の前まで歩いてくると、春斗の目の前で丁重に一礼した。

「私とて、春斗さんが宮迫さんのことを案じているのは存じ上げております。そしてーー」

一礼したことによって、乱れてしまった黒髪をそっとかきあげると、優香は紺碧の瞳をまっすぐ春斗へと向けてくる。

「あかりさんのことを第一に考えているのも知っていますから」

一呼吸おいて、 優香はてらいもなく言った。

「ありがとう、優香」

率直に感謝の意を述べた春斗に、優香は厳かな口調で続けた。

「あかりさんには、優希さん、あかりさんの担任の先生、そして、宮迫さんがついています。きっと、大丈夫です」

「ああ、そうだな」

髪を撫でながらとりなすように言う優香に、春斗は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。

「ただ、問題は、この間、突然、オンライン対戦を申し込んできた魔術を使う少年についてですね」

そんな中、春斗と同じく、階段のある方向を見つめながら、優香は顔を俯かせて低くつぶやいた。

あのオンライン対戦の後、魔術を使う少年から再び、メッセージが届くことはなかった。

もしかしたら、魔術を使う少年は、俺と同じくらいのランキング上位プレイヤーなのかもしれない。

あかりと麻白を生き返させてくれた恩人の一人である。

そして、宮迫さんの知り合いだ。

俺達に分かっていたのは、その三点だけだった。

だが、魔術を使う少年のメッセージの差出人欄が、不可解な暗号表示にされていたため、魔術を使う少年が何者なのか、探る手段はなかった。

宮迫さんに聞いても、事情があって、魔術を使う少年のことについて話すことはできないようだった。

優香の問いに、春斗は振り返り、ぐっと身を乗り出すようにして語る。

「魔術を使う少年が何者なのか、そして何故、あの時、俺にオンライン対戦を申し込んできたのかは分からない。だけど、宮迫さんと一緒に、あかりを助けてくれた恩人だ。すごく感謝している」

「そうですね」

どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は穏やかに微笑んだ。

「それにしても、今日から二学期だとすると、あかりがあの少年の魔術で生き返ってから、もう半年になるのか」

春斗は階段を上がると、まっすぐ前を見ながら続ける。

「何だか、不思議な感じがするな」

「春斗さんらしいですね」

どこまでも春斗らしいまっすぐな答えに、優香はことさらもなく苦笑した。

あの時、確かに死んだはずの妹が、魔術によって、無事、生還を果たした出来事から、もう半年が経過した。

あの日から、あかりは宮迫さんが度々、自分に憑依してしまうという状況へと陥ってしまった。

そして、それは、俺達と宮迫さんとの出会いをも意味していた。

もっとも、俺は一度、宮迫さんとはオンライン対戦をしたことがあるのだが、そのとてつもない強さに完膚なきまでに敗北してーー心から感激した時のことをふと思い出す。

まさにペンギンのようなフードを被った小柄な少女を操作しながら、卓越された動きと神業に近いそのテクニック。

完敗してなお、尊敬の念を抱かせる超然とした佇まい。

ゲームの世界にしろ、何にしろ、常軌を逸した超越的存在というものが確かに存在するのだと、春斗は思った。

そんな彼女が、今や自分の妹なのだ。

そして、それが当たり前になりつつある日常が、どこか不思議な感じがする。

春斗がぼんやりとそんなことを考えていると、優香は複雑そうな表情を浮かべてぽつりとつぶやいた。

「そういえば、今日から私達のクラスに転校生が二人、来ますね」

「転校生?初耳だな。確か、夏休み前には、そんな話、出ていなかっただろう」

思いもよらない言葉は、春斗の隣を歩く優香から発せられた。

顔を上げて目を見開く春斗に、優香は立ち止まると淡々と言う。

「はい。夏休みの間に急遽、決まったそうです。ただ、少し、気になる噂を聞きました」

「気になる噂?」

どこか確かめるような物言いに、春斗は戸惑いながらも首を傾げてみせる。

優香は居住まいを正して、真剣な表情で続けた。

「何でも、その方達のご両親が、私達と同じクラスにしてほしいと懇願されたそうなのです」

「俺達と同じクラスに?どういうことなんだろう」

冗談でも、虚言でもなく、ただの事実を口にした優香に、春斗は口元に手を当てて考え始める。

教室に行く間、魔術を使う少年、あかりと琴音、そして、転校生達について話し合っていた春斗達は気づかなかった。

春斗達の教室が、他のクラス、別の学年の生徒達の注目を集め続けていたことを。

そして、春斗達が教室のドアを開けた瞬間、それは爆発した。


「…‥…‥春斗、優香」

「おまえら、遅いぞ」


小さく聞こえた聞き覚えのある二人の声。

冷たく、静かでーーけれど、凄みのある声と、活気ある気さくな声が、春斗達の教室に響いた。

「なっ、玄、大輝!」

「玄さん、大輝さん!」

予想外の出来事に驚愕する春斗と優香に、玄は無表情のまま、言葉を続ける。

「驚かせてすまない」

玄はそこまで告げると、視線を床に落としながら謝罪した。

「ーーっ」

やや驚いたように言葉を詰まらせた春斗に、顔を上げた玄はあくまでも真剣な表情でこう続ける。

「急な話ですまないが、今日から俺達はこの学校に転校することになった」

「まあ、今日から、おまえらのクラスメイトってわけだ。よろしくな」

「なっーー」

「ーーっ」

玄と大輝のその言葉は、否応なく、春斗と優香の全身を総毛立たせた。

「春斗、優香」

そんな中、玄はため息とともにこう切り出してきた。

「家庭の事情で急遽、決まったんだ。オンライン対戦の申し込みをもらった時に、知らせることができなくてすまない」

「俺は、まあ、玄の付き添いってやつだ。実は、玄のおじさんがいろいろと手を回してくれて、俺達の事情を知っているおまえらと同じクラスになるように手続きしてくれたんだよ」

「…‥…‥そ、そうなんだな」

「そうだったんですね」

そう言ってひらひらと手を振る大輝に、春斗と優香は呆然とした表情で言葉を返すことしかできなかった。

「ーーなあ、玄」

そんな春斗達をよそに、早速、自分の席に着くと、横に流れかけた手綱をとって、大輝は後ろの席に座った玄にだけ聞こえる声で静かに告げる。

「本当に、春斗達と同じクラスになれば、麻白達のことが分かるって、玄のおじさんは言っていたんだよな」

「ああ。父さんはそう言っていた」

「玄のおじさんが何を考えているのかは分からないけれど、とにかく、俺達で麻白を守っていこう。まあ、実際、春斗達と同じクラスっていうのも面白そうだけどな」

どこか辛辣そうな玄の言葉にも、大輝は嬉しそうに不適な笑みを浮かべたのだった。






黒峯玄と浅野大輝。

彼らは、玄の父親の手続きを得て、春斗達と同じ高校に転校してきた。

やるべきことはただ一つ。

麻白と麻白のサポート役である少年達について探ることだーー。

だが、春斗がその事情を知るのは、始業式の翌日の放課後のことである。

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