第四話 ランキング入りを目指すための方程式
「宮迫琴音ちゃんを二人にすることができるーー分魂の儀式における『補足魔術』のことが書かれている魔術書を探し出してきてほしいのだ。その魔術書さえあれば、あかりちゃんは生き延びられるはずだ」
深夜、白いベットに横たわり、眠り続けているあかりの横に立つと、春斗の父親は前もって呼び寄せておいた黒コートに身を包んだ少年の方へと振り向いた。
「その魔術で、あかりは本当に助かるのか?」
「むっ?貴様、我の魔術を信じていないようだな」
春斗の父親が口にした不満に対して、少年は咎めるように言った。
「言ったであろう。我は、魔術で琴音ちゃんを二人にすることができるのだ」
「それは、その宮迫琴音という少女があかりになるということではないのか?」
あっけらかんとした笑顔でそう答える少年を、春斗の父親はきつく睨み付けた。
「否、琴音ちゃんをあかりちゃんに憑依させて、今にも潰えようとしているあかりちゃんの命を補うのだ。実質上はあかりちゃんとなる」
春斗の父親の疑問に即答した少年は、そのまま淡々と続ける。
「まあ、もっとも、琴音ちゃんの時もあるがな」
少年の言葉に、春斗の父親の顔が強張った。
彼は何を言っているのだろう?
宮迫琴音という少女を、あかりに憑依させることで、今にも潰えようとしているあかりの命を補う?
そのようなこと、できるはずがないのに。
「まあ、できるはずがないと思っているだろうな」
少年は、春斗の父親の心を見透かしたようなことを言った。
「だが、可能だ。我の頭脳にかかればな」
呆れた大胆さに絶句する春斗の父親に、少年はぐっと顎を引く。
春斗の父親は真剣な表情で少年に訊いた。
「本当にその魔術を使えば、あかりは生き延びられるのか?」
「可能だ」
間一髪入れずに即答した少年は、真顔で春斗の父親を見つめると腕組みをしてみせる。
春斗の父親はあかりを見下ろすと、苦しそうに顔を歪めた。
「すまない、あかり。勝手だと承知している。だが、投与治療を施し、もはや新しい治療法の発見を待つしかない今、もう、この不確かな魔術に頼るしかないんだ。私達はあかりを失いたくない」
春斗の父親はベットに手を当てると、何も知らずに眠り続けているあかりの意識に呼びかけた。
例え、それが自己満足の懺悔だったとしてもーー。
「俺達のチームに入りたい?」
「うん、お父さんが私の症状がもう少し良くなったら、週に一度くらいは家に帰ってもいいって言ってくれたの。その時なら、私もお兄ちゃんのチームに入れるよね」
翌朝、あかりの病室にて、あかりから思いもよらない言葉を告げられて、春斗はただただぽかんと口を開けるよりほかなかった。
「…‥…‥ま、まさか、宮迫さんバージョンのあかりを、俺達のチームに入れるっていうのか?」
あかりからの突然の懇願に、春斗は思わず唖然として首を傾げた。
あかりは嬉しそうに頷くと、さらに先を続ける。
「うん。宮迫さん自身は偽名だから、公式の大会に出場するのは厳しいかもしれないけど、私バージョンの宮迫さんなら出場しても何の問題もないもの」
「あのな、あかり。一時帰宅できるといっても体調はまだ万全じゃないし、それにあかりと宮迫さんが入れ替わる間隔もまだ、はっきりと分かっていないだろう」
「お願い、お兄ちゃん!私、ずっと前から、ゲームの大会に出てみたかったの!」
春斗が呆れたような声で言うと、飛びつくような勢いであかりは両拳を突き上げて頼み込んできた。
渋い顔の春斗と幾分真剣な顔のあかりがしばらく視線を合わせる。
先に折れたのは春斗の方だった。
身じろぎもせず、じっと春斗を見つめ続けるあかりに、春斗は重く息をつくと肩を落とした。
「…‥…‥分かった。だけど、絶対に無理はするな。あかりの体調が無理だと判断した時点で、俺達は棄権するからな」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
苦虫を噛み潰したような顔でしぶしぶ応じる春斗に、あかりはきょとんとしてから弾けるように手を合わせて笑った。
昼休み、パンを購入するために校内の売店へと向かいながら、春斗は思い悩んでいた。
「…‥…‥まずい。あかりが俺達のチームに入るってことは、宮迫さんが俺達のチームに入るってことになるんだよな」
春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったように売店のある方向へと視線を向けた。
「何、話そう」
そうつぶやきながらも、答えは決まっている。
「ーーって、そんなのゲームの話しかないよな」
淡々と述べながらも、春斗は両手を伸ばしてひたすら頭を悩ませる。
「でも、昨日、無茶なお願いをしてしまったから、まずは謝罪だな」
「春斗さん、相変わらずですね」
そんな独り言じみた春斗のつぶやきに答えたのは、セミロングの黒髪の少女ーー優香だった。
「優香」
「今朝、春斗さんのお父様から、あかりさんからのメッセージがあるとメールを頂きました。春斗さんに、チームに入ることを許してもらえたので、どうかよろしくお願いします、と」
「…‥…‥それは」
毅然とした優香の物言いに、春斗は思わず、言葉を詰まらせてしまう。
昨日、優香からの誘いを断ってしまったというのに、その翌日、あっさりと翻してしまったことに後ろめたさを感じて、春斗はばつが悪そうに目を細める。
すると、優香は迷いのない足取りで春斗の前まで歩いてくると、春斗の目の前で丁重に一礼した。
「私とて、春斗さんが宮迫琴音さんのファンなのは存じ上げております。そしてーー」
一礼したことによって、乱れてしまった黒髪をそっとかきあげると、優香は紺碧の瞳をまっすぐ春斗へと向けてくる。
「あかりさんのことを第一に考えているのも知っていますから」
一呼吸おいて、 優香はてらいもなく言った。
「ありがとう、優香」
率直に感謝の意を述べた春斗に、優香は厳かな口調で続けた。
「宮迫さんは既に別のチームに入っているみたいですが、このかたちなら一緒のチームになれますね。私、春斗さん、あかりさん、そして宮迫さんの四人のチームです」
「ああ、そうだな」
髪を撫でながらとりなすように言う優香に、春斗は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。
「ただ、問題は、あかりさんのランキング入りですね」
そんな中、春斗と同じく、売店のある方向を見つめながら、優香は顔を俯かせて低くつぶやいた。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式トーナメント大会は、第一回、第二回と不正が相次いだため、第三回公式トーナメント大会から、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で正式にランキング入りを果たした者だけが出場できる仕組みになっていた。
優香の問いに、春斗は振り返り、ぐっと身を乗り出すようにして語る。
「宮迫さんバージョンのあかりなら、あっという間にランキング入りできると思う」
「そうですね」
どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は穏やかに微笑んだ。
そして一呼吸置いて、優香は淡々と続ける。
「なら、唯一の問題は、このままだと春斗さんはパンを購入することができそうもないということです」
「ああっ!?」
春斗達が売店にたどり着くと、既にカウンターの前に生徒達が群がり、熾烈な争奪戦を繰り広げていた。
完全に出遅れたーー。
その様子を見て、春斗は苦々しく痛感した。
このままだと、あの人混みをかき分けて前に進む頃には、パンのケースは空っぽになっている可能性がある。
優香に指摘されて思わず、声を張り上げてしまった春斗だったが、不意にあることに気づき、優香の方へと向き直った。
「ーーって、優香はいいのか?」
「私は春斗さんにお話があっただけなので大丈夫です」
優香がくすりと笑ってそう答えると、春斗はパンを購入するために、慌てて、生徒達の群れに分け入り、ぐいぐいと前へと進んでいったのだった。