第三十九話 謎の挑戦状
『メッセージが届きました!』
「あっ…‥…‥」
「麻白達からかな」
「きっと、そうだと思います」
あかりとの約束で、玄達、『ラグナロック』にオンライン対戦を申し込んだ後、テレビ画面に響き渡ったシステム音声に、コントローラーをじっと凝視していた春斗とあかり、そして、優香の声が震えた。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ3』。
しかし、そのゲームで、メッセージを送ってきた相手を見て、春斗は思わず眉をひそめる。
それは、先程、メッセージを送った玄達ではなく、見知らぬ相手からのオンライン対戦の申し込みだったからだ。
『我は、あかりちゃんを生き返させた魔術を使う少年だ。あかりちゃんの兄上、我からの挑戦を受けてほしい』
「ーーっ」
それは何の前触れもなく、唐突に春斗達に布告された。
対戦相手であるーー彼が発した強烈な檄は、春斗達を震撼させるに至ったのである。
『ちなみに言っておくが、我は決して、モーションランキングシステム内で、あかりちゃんの兄上にランキングを越えられてしまったことをひがんでいるわけではない。そして、我が何者なのかという詮索というものもしてはならぬ。もし、我が警察に捕まるなどということが起これば、我の魔術で生き返させているあかりちゃんとは今後一切、会えなくなるのだからな!』
「こ、これって、あの、あかりを生き返させてくれた魔術を使う少年からのメッセージなのか?」
「どういうことなのでしょうか?」
予想外な魔術を使う少年からのメッセージに、春斗と優香は思わず愕然とする。
メッセージを見終えると、あかりは不思議そうに春斗に訊いた。
「ねえ、お兄ちゃん。もしかして、モーションランキングシステム内でランキングが上がったの?」
「あ、ああ。確か、第三回公式トーナメント大会のチーム戦に出場する前に、九位に上がっていたな」
感情を抑えた声で、春斗は淡々と言う。
だが、その言葉を聞いた瞬間、あかりは思わず、息をのんだ。
「九位…‥…‥。お兄ちゃん、すごい!」
「あ、ありがとう、あかり」
両手を握りしめて言い募るあかりに熱い心意気を感じて、春斗は少し照れたように頬を撫でてみせる。
「だけど、どうして、魔術を使う少年は突然、俺に対戦の申し込みをしてきたんだろう?」
「もしかしたら、モーションランキングシステム内で、上位にランキング入りを果たしている方なのかもしれません」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は少し困ったように頬に手を当ててため息をつくと、朗らかに言った。
「つまり、魔術を使う少年は、上位のプレイヤーっていうことか」
「はい。その可能性は高いと思います」
春斗の疑問を受けて、優香は軽く頷いてみせる。
確かに、宮迫さんの知り合いなら、かなり強いということは充分に考えられる。
だけど、どうして突然、魔術を使う少年は、俺に対戦の申し込みをしてきたんだろう?
もしかしたら、優香の言うとおり、魔術を使う少年は、俺と同じくらいのランキング上位プレイヤーで、俺のランキングが上がったことを知って挑戦してきたのかもしれない。
もっとも、メッセージの差出人が不可解な暗号表示になっているため、それを探る手段はなさそうだがーー。
『挑戦者が現れました!』
「あっ…‥…‥」
春斗が顎に手を当てて思い悩んでいると、不意に、ゲーム画面にオンライン対戦の申し込みを知らせるシステム音声が響き渡った。
そのオンライン対戦で、対戦を申し込んできた相手のキャラを見て、春斗は再度、訝しげに眉をひそめる。
スタンダードな草原のフィールドに立つのは、一人の侍風の男性。
鎧武者のような衣装を身に纏った侍風のキャラが、伸ばした右手に刀を翻らせ、この上ない闘志をみなぎらせている。
「…‥…‥これが、魔術を使う少年のキャラか」
「すごく強そうだね」
「そうですね」
春斗のつぶやきに、あかりと優香がそう答えたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
「…‥…‥っ」
対戦開始とともに、魔術を使う少年のキャラに一気に距離を詰められた春斗は後退する間もなく無防備なまま、一撃を浴びせられる。
しかし、春斗も負けじと勢いもそのままに半回転し、自身のキャラの武器である短剣を叩き込んだ。
しかし、電光石火の一突きは、魔術を使う少年のキャラにあっさりと避けられてしまう。
ステージの真ん中で再度、ぶつかりあった二人のキャラは一合、二合と斬り結んだのち、いったん距離をとった。
魔術を使う少年は自身の侍風のキャラの武器である刀を片手に持ち替えると、たん、と音が響くほど強く地面を蹴る。
次の瞬間、春斗が認識したのは大上段なら刀を振り落とす魔術を使う少年のキャラの姿だった。
「っ!?」
反射的に、春斗のキャラは短剣で受けようとしーー刀の刀先が短剣を通り抜けるのを目の当たりにする。
透視化の固有スキルかーー。
何の障害もないように刀に斬りつけられ、体力ゲージを減らした春斗のキャラは反射的に反撃しようとして、その出先を刀の柄に押さえられた。
たまらず、バッグステップで距離を取ると、春斗のキャラが後退した分だけきっちり踏み込んだ下段斬り上げを見舞わされる。
斬りつけられた春斗のキャラは、少なくないダメージエフェクトを放出していた。
「…‥…‥やっぱり、強いな」
直前の動揺を残らず消し飛ばして、春斗がつぶやく。
コントローラーを持ち、ゲーム画面を睨みつけながら、春斗は不意に不思議な感慨に襲われているのを感じていた。
ーーさすがに手強い。
ーーでも、面白い。
言い知れない充足感と高揚感に、春斗は喜びを噛みしめると挑戦的に唇をつりあげた。
「これが、魔術を使う少年の実力なんだな」
答えを求めるように、春斗のキャラが一瞬で間合いを詰めて魔術を使う少年のキャラへと斬りかかる。
迷いのない一閃とともに、春斗のキャラの強烈な一撃を受けて、魔術を使う少年のキャラは数メートル後方に吹き飛んだ。
弾き飛ばされた魔術を使う少年のキャラは、春斗のキャラと同様に、少なくはないダメージエフェクトを放出する。
だが、春斗の追撃はそれで終わらなかった。
右上段からの斬撃から、左下段からのさらなる回転斬撃。
超速の乱舞を繰り出す春斗のキャラに、魔術を使う少年のキャラはあえて下がらず、前に出た。
「くっーー」
嵐を穿つ楔の一突き。
魔術を使う少年のキャラが突き入れた刀が、春斗のキャラが振るう短剣を押しとどめた。
刀を振り払おうとする春斗のキャラの短剣の動きに合わせ、魔術を使う少年は絶妙な力加減で、さらに春斗のキャラへ肉薄する。
短剣と刀のつばぜり合い。
極めて近いーーまさに至近距離でのつばぜり合いに、春斗は目を細めて言う。
「…‥…‥強い。だけど、俺は負けらない!」
「お兄ちゃん、頑張って!」
「春斗さん、頑張って下さい!」
交わした言葉は一瞬。
あかりと優香の声援を受けた春斗は、侍風の魔術を使う少年のキャラを弾き飛ばすと、翻した短剣を握りしめて叫ぶ。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
急加速した春斗のキャラが『短剣』から持ち替えた『刀』で、魔術を使う少年のキャラに正面から一刀を浴びせた。
「ーーっ」
予想外の武器での一撃に、魔術を使う少年のキャラは驚愕する。
春斗の固有スキル、武器セレクト。
それは、自身の武器を一度だけ、自由に変えることができる固有スキルだった。
音もなく放たれた一閃が、なすすべもなく魔術を使う少年の操作するキャラを切り裂いた。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らした魔術を使う少年のキャラは、ゆっくりと春斗のキャラの足元へと倒れ伏す。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、春斗の勝利が表示される。
「お兄ちゃん、すごい!」
「春斗さん、すごいです!」
あかりと優香の二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
「…‥…‥勝った」
春斗は噛みしめるようにつぶやくと、胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
同時にフル回転していた思考がゆるみ、強ばっていた全身から力がぬけていく。
苦戦したとはいえ、あの魔術を使う少年に勝利したことを実感して、春斗は満足げに笑みを浮かべてみせる。
「春斗さん」
名前を呼ばれて、そちらに振り返った春斗は、優香が穏やかな表情を浮かべていることに気がついた。
「ついに勝ちましたね」
そう言うと、優香は日だまりのような笑顔で笑ってみせる。
その不意打ちのような笑顔に、春斗は思わず、見入ってしまい、慌てて目をそらす。
「あ、ああ。あかりと優香が応援してくれたからだよ。あかり、優香、ありがとうな」
「お兄ちゃん、ありがとう」
「春斗さん、ありがとうございます」
どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、あかりと優香は互いに顔を見合わせると、嬉しそうに穏やかに微笑んでみせた。
「あっ、その、玄達のメッセージが来ていないか、確認しないとな」
そう言うや否や、春斗は顔を赤らめて、あかりと優香から視線をそらすと、何かに急きたてられるように、玄達からのメッセージを確認しようとして、受信されてきた二件のメッセージにぴくりと反応する。
『…‥…‥分かった。だが、今はいろいろと立て込んでしまっている。オンライン対戦をする日は、後日知らせる』
玄らしい反応に、春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべた。
だが、もう一つの受信されてきたメッセージに、春斗は思わず、眉をひそめる。
『何故、我が負けるのだ!我が、琴音ちゃん以外の者に負ける要素などあり得ぬ。その我が何故、再び、敗北を喫するというのだ!』
「…‥…‥魔術を使う少年、一体、何者なんだろう?」
そのとらえどころのない意味深なメッセージが、魔術を使う少年のキャラであるーー侍風のキャラの最後の行動とともに、妙に春斗の頭に残ったのだった。




