第三十七話 時を刻む恋の歌
本選二回戦、敗退後、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の決勝の観戦を終えた春斗達は、改札口を通り抜け、新幹線のホームにたどり着くと、ベンチに座って一息ついていた。
「決勝戦はすごかったな」
「はい。すごかったです」
胸に手を当てて少し沈んだ表情を浮かべた優香を見ながら、春斗はあえて軽く続けた。
「それにしても大会の後、今生達が、俺達のことをすごいと言っていたのは驚いたな」
「そうですね。私達が、あの阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』と互角に渡り合ったことに驚きを隠せなかったんだと思います」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
「やっぱり、宮迫さんが頑張ってくれたからな」
「はい、宮迫さんはすごかったです」
どこまでも春斗らしいまっすぐな答えに、優香はことさらもなく苦笑した。
「でも、春斗さんもすごかったです」
「優香も、あの高野当夜さんを倒すなんてすごいな」
髪を撫でながらとりなすように言う春斗に、優香は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。
「春斗さん、ありがとうございます」
「優香、ありがとうな」
そう言って握手を求めてきた春斗に、優香は嬉しそうにくすりと笑みをこぼした。
「何だか、私達、先程から同じことを言っていますね」
「そういえば、そうだな」
春斗が物思いに耽っていると、握手をし終えた優香はその後、背伸びをして春斗にささやいた。
「春斗さんの好きな人は、宮迫さんなのですよね?」
「ーーっ」
大切な想い出を語るように穏やかな表情をみせた優香に、春斗は思わず、言葉を失う。
そんな春斗を前に、優香はさらなる火種を投げ込んだ。
「でしたら、半分だけ、許してもらえませんでしょうか?」
「半分?」
一体、何が半分だけなのか分からず、春斗は首を傾げながら優香を見つめる。
すると、優香は背伸びして届く高さになった春斗の唇にさらりと口づけをした。
その間、三秒。
それは本当に一瞬のことで、すぐに優香は元の位置に戻っていた。
「春斗さん、半分だけ、半分だけ、好きでいてもいいですか?」
「…‥…‥優香」
「うん?どうかしたのか?」
顔を真っ赤に染めてそう言い合う春斗と優香をよそに、今まで新幹線の時刻表を見に行っていたあかりは意味が分からず、不思議そうに首を傾げた。
「あっ、その」
春斗がさらに顔を赤らめて、優香から視線をそらしていると、まもなく新幹線が到着するという、駅アナウンスが流れた。
春斗は新幹線が到着するのを確認すると、あかりと優香を横目に見ながら、少し照れくさそうに頬を撫でる。
「あかり、優香。し、新幹線も来たことだし、そろそろ行こうか?」
「ああ」
感慨深げに、あかりは遠目に見える新幹線の入口を見つめながら頷いた。
すると、春斗は赤面しながらも、新幹線に乗るために、あかりが乗っている車椅子のハンドルを恐る恐る握りしめる。
そんな二人の様子を、しばらく見守っていた優香は穏やかな口調でこう言った。
「春斗さん、宮迫さん、相変わらずですね」
「優香」
「天羽」
呆気に取られる二人をよそに、優香は噛みしめるようにくすくすと笑うと、付け加えるようにとつとつと語る。
「春斗さん、そろそろ、宮迫さんからあかりさんに戻る頃だと思います」
「そ、そうだったな。急ごう」
「ああ」
顔を見合わせてそう言い合うと、春斗達は足早にあかりの乗った車椅子を乗せるために、駅員の誘導に従って新幹線へと乗り込んだのだった。
「う、う~ん」
新幹線の車椅子専用席に向かうため、春斗達とともに車椅子を動かしていたあかりが一つあくびをする。
「今日はここまでだな…‥…‥」
「そうか」
「…‥…‥ああ。春斗、天羽、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝できなくてごめんな」
隣に立っている春斗達にそう答えると、あかりは急いで新幹線の車椅子専用席に移動するために車椅子を動かし、くるりと半回転してみせた。だがすぐに、うーん、と眠たそうに目をこすり始めてしまう。
眠気を振り払うようにふるふると首を振ったものの効果はなかったらしく、結局、あかりは車椅子にぽすんと寄りかかって目を閉じてしまった。
そのうち、先程より幼い顔をさらしたあかりがすやすやと寝息を立て始める。
その様子を見て、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。
「あかり…‥…‥」
「ーーっ」
大会で疲れていたのか、車椅子から落ちそうになっているあかりの華奢な体を、春斗はそっと元の姿勢に戻そうとした。
だが、春斗はあかりを元の姿勢に戻すことはできなかった。
その前に、不意に目を覚ましたあかりがあわてふためいたように両手を左右の肘かけに伸ばして、車椅子から落ちそうになるのを自ら、食い止めたからだ。
「あかり、大丈夫か?」
「…‥…‥あっ、お兄ちゃん」
春斗に声をかけられたことにより、先程の咄嗟の行動を見られていたことを察したあかりは、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに顔を俯かせる。
いつもどおりの妹の反応に、春斗は特に気に止めた様子もなく、むしろまたか、と呆れたようにため息をつく。
あかりはきょろきょろと周囲を見渡し、自分の置かれている状況に気づくと、呆然とした表情で目を丸くした。
「な、何で私、新幹線に乗っているの?お兄ちゃん、大会はどうなったの?」
狼狽する妹の様子に、春斗は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。
「はあ…‥…‥。大会が終わったから、今から新幹線に乗って家に帰るところだ。いい加減、慣れろよな」
「…‥…‥慣れないもの」
曖昧に言葉を並べる春斗に、あかりは不満そうな眼差しを向ける。
不服そうな妹をよそに、春斗は急いで、あかりの乗った車椅子を車椅子専用席に移動させると、少し言いにくそうに軽く肩をすくめてみせた。
「あと、その、あかり、ごめんな。俺達、今回の大会では本選二回戦で敗退したんだ」
「あかりさん、すみません」
「ううん、お兄ちゃん、優香さん、ありがとう」
春斗と優香の謝罪を受けて、あかりは少しばつが悪そうにゆっくりと首を横に振る。
「あのな、あかり。俺達は本選二回戦で敗退したけれど、あの阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』と互角に渡り合ったんだ」
「そうなんだ…‥…‥。お兄ちゃん、優香さん、宮迫さん、すごい!」
「はははっ。あ、ありがとう、あかり」
両手を握りしめて言い募るあかりに熱い心意気を感じて、春斗は少し照れたように頬を撫でてみせる。
「ねえ、お兄ちゃん、優香さん。オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦は、どのチームが優勝したの?」
ぽつりとつぶやかれたあかりの言葉は、確認するような響きを帯びていた。
春斗は眉を寄せてから言う。
「『ラグナロック』だな」
「そうなんだ。麻白、すごいね」
率直に告げられた春斗の言葉に、ツインテールを揺らしたあかりは顔を俯かせて声を震わせる。
だが、あかりはすぐに顔を上げると、あえて真剣な口調でこう言った。
「あのね、お兄ちゃん、優香さん。私、家に帰ったら、麻白にーーううん、『ラグナロック』にオンライン対戦を希望するメールを送りたい」
あかりから思いもよらない言葉を告げられて、春斗はただただぽかんと口を開けるよりほかなかった。
「…‥…‥ま、まさか、玄達、『ラグナロック』と、オンライン対戦をするつもりなのか?」
あかりからの突然の懇願に、春斗は思わず唖然として首を傾げた。
あかりは嬉しそうに頷くと、さらに先を続ける。
「うん。オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦に優勝したから、しばらく麻白達とオンライン対戦をするのは厳しいかもしれないけど、二学期に入ってからなら、大丈夫かもしれない」
「あのな、あかり。今日は大会が終わったばかりで、体調はまだ万全じゃないだろう。それにいきなり、オンライン対戦を申し込んだら、玄達もびっくりするしな」
「お願い、お兄ちゃん!私、私バージョンの宮迫さんと麻白のオンライン対戦を見てみたいの!」
春斗が呆れたような声で言うと、飛びつくような勢いであかりは両拳を突き上げて頼み込んできた。
渋い顔の春斗と幾分真剣な顔のあかりがしばらく視線を合わせる。
先に折れたのは春斗の方だった。
身じろぎもせず、じっと春斗を見つめ続けるあかりに、春斗は重く息をつくと肩を落とした。
「…‥…‥分かった。だけど、今日は大会が終わったばかりだから、明日、聞いてみような」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
苦虫を噛み潰したような顔でしぶしぶ応じる春斗に、あかりはきょとんとしてから弾けるように手を合わせて笑ってみせた。
そんな中、優香は一人、遠くへと視線を向ける。
『春斗さん、半分だけ、半分だけ、好きでいてもいいですか?』
『…‥…‥優香』
先程の春斗との会話を思い出して、優香はほのかに頬を赤くし、両手を胸に当てるとこの上なく嬉しそうに笑ったのだった。




