第三十六話 優勝をかけたラストバトル ☆
本選二回戦、敗退後、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦を観戦することにした春斗達は、そこでオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームと、第二回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームの決定的な実力を目の当たりにすることになった。
「決まった!」
実況の甲高い声を背景に、観戦していた春斗達はまっすぐ前を見据えた。
「 準決勝Bブロック勝者は『クライン・ラビリンス』! 言わずと知れた、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームであり、また、第二回公式トーナメント大会のチーム戦、準優勝チームだ!」
「すごいな…‥…‥」
「…‥…‥決勝戦は、前回の大会と同じチームが戦うことになりましたね」
実況がそう告げると同時に、春斗と優香の二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
観戦していた観客達もその瞬間、ヒートアップし、割れんばかりの歓声が巻き起こった。
『YOU WIN』
春斗はドームの巨大なモニター画面上に表示されているポップ文字を見遣り、改めて、『クライン・ラビリンス』の勝利を実感する。
「これで、準決勝Aブロック勝者である『ラグナロック』と、準決勝Bブロック勝者である『クライン・ラビリンス』が決勝で戦うことになるのか」
口調だけはあくまでも柔らかく言った春斗に、隣に座っていたあかりは決勝のステージを見つめると、苦々しい顔でぽつりぽつりとつぶやく。
「麻白、大丈夫だよな」
「みやーーいや、あかり、違うだろう」
「うん?」
突然の春斗からの指摘に、あかりは呆気に取られたように首を傾げた。
春斗の代わりに、優香が優しげな笑みを浮かべて答える。
「麻白さんなら、きっと大丈夫です」
「…‥…‥ああ、そうだな」
優香の言葉に、あかりは顔を上げると明るく弾けるような笑顔を浮かべてみせた。
日だまりのようなその笑顔に、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。
互いに、最強のチームだと名高い『クライン・ラビリンス』と『ラグナロック』。
いつか、彼らのチームに勝つことができるのだろうかーー。
春斗はあかりと優香を横目に見ながら、少し照れくさそうに頬を撫でる。
「あかり、優香。今回の大会を見直すためにも、来週、配信されるオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の本選決勝の動画を、もう一度、みんなで一緒に見てみような」
「ああ」
「はい」
あかりと優香の花咲くようなその笑みに、春斗は吹っ切れた表情を浮かべて一息に言い切った。
「そして、第四回公式トーナメント大会のチーム戦ではーー」
「さあ、お待たせしました!ただいまから、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦決勝を開始します!」
さらに何かを告げようとした春斗の言葉をかき消すように、突如、実況の声が春斗達の耳に響き渡る。
実況の決勝戦開幕の言葉に、観客達は再び、ヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
「まずは、前回の大会の優勝チームである『ラグナロック』!そして対するのは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームであり、また、前回の大会の準優勝チームである『クライン・ラビリンス』だ!」
「おおっ、『ラグナロック』、『クライン・ラビリンス』、やっぱり、つええええ!」
「今回は、どっちが優勝するんだろうな」
場を盛り上げる実況の声と紛糾する観客達の甲高い声を背景に、春斗はまっすぐに前を見据えた。
決勝の舞台で戦う二つのチーム。
そのうちの二人の姿を見た瞬間、春斗は息を呑んだ。
阿南輝明さんと玄かーー。
『クライン・ラビリンス』のチームリーダーである阿南輝明さんと『ラグナロック』のチームリーダーである玄。
そして、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で、二位のプレイヤーと三位のプレイヤー。
第三回公式トーナメント大会のチーム戦の前に、九位になったばかりの俺とは、かなり実力に差があったな。
不合理と不調和に苛まれた混乱の極致の中で、まじまじと決勝戦のステージを見つめていた春斗をよそに、優香は巨大モニター画面に映し出されている、互いのチームのオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦、本選決勝までの映像を的確に確認しながら言う。
「『ラグナロック』は、玄さんと大輝さんの実力もさることながら、麻白さんが今まで以上の実力を発揮されていたことが勝因に繋がったのだと思います」
「そうだな」
照れくさそうにそう答えたあかりに対して、あかりの隣で決勝戦のステージを見つめていた春斗は胸のつかえが取れたようにとつとつと語る。
「逆に、『クライン・ラビリンス』は安定した強さを発揮していたな。俺達相手では、固有スキルを使うまでもなく、勝ってしまった」
「そうですね。『クライン・ラビリンス』は可もなく、不可もなく、確実に勝利していくチームだと思います」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
「春斗さん、みやーーいえ、あかりさん、いつか、私達もあの場所に立ちましょう」
「ああ。第四回公式トーナメント大会のチーム戦では、絶対に優勝しような」
「今度こそ、俺達が『ラグナロック』、そして『クライン・ラビリンス』に勝ってみせる」
髪を撫でながらとりなすように言う優香に、春斗とあかりは互いにそうつぶやいてから顔を見合わせると、自然と笑みをこぼした。
「はい、優勝しましょう」
春斗とあかりのどこまでもまっすぐな言葉に、優香は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。
そして、春斗達が再び、決勝戦のステージに視線を向けたのと同時に、決勝戦開始のアナウンスが流れたのだった。
決勝戦のステージは、西洋風の雰囲気を全面に醸し出した巨大な宮殿だった。
夜空を切り裂く月光が、対峙する二つのチームを照らしている。
『ラグナロック』対『クライン・ラビリンス』。
待ちわびていたであろうそのカードに、観客達がこれまでにない盛り上がりを見せる。
先に仕掛けたのは、『クライン・ラビリンス』の方だった。
「ーーくっ」
「ーーっ!」
対戦開始とともに、輝明のキャラに一気に距離を詰められた玄のキャラは、大剣を構えると素早く対応してみせた。
正面からの輝明のキャラの高速斬りを、玄のキャラは大剣で受け、受けたと同時に驚異的なタイミングで斬り上げを放ってきた当夜のキャラをうまく受け流す。
「もらっーーっ!」
だが、死角からの大輝のキャラの大鉈による反撃は、輝明と当夜のキャラのバックステップからの大きな跳躍で距離を取られてしまう。
輝明は玄達の反撃を回避すると、ため息とともにこう切り出してきた。
「黒峯玄、いや、『ラグナロック』。前回、僕達のチームに勝ったことを後悔させてやる」
「でも、今、あっさり、避けられた」
「うるさい!」
苛立ちの混じった輝明の声にも、花菜は淡々と表情一つ変えずに言う。
「輝明、私はチームのためにーー輝明のために動く。だから、対戦チームの中で、もっとも手強い相手は私の相手」
「黒峯玄は、僕が倒すからな」
輝明がきっぱりとそう言い放つと、花菜は一瞬、表情を緩ませたように見えた。
無表情に走った、わずかな揺らぎ。
そして、無言の時間をたゆたわせた後で、花菜はゆっくりと頷いた。
「…‥…‥分かっている。今回の私の相手は、『ラグナロック』の中で一番厄介な固有スキルの使い手である『黒峯麻白』だから」
「やれやれ。なら、俺はいつものように、二人のサポートをするか」
そんな花菜のリアクションに、花菜の隣に立っていた当夜はため息をつくと、愉快そうに言った。
「ーーっ」
答えを求めるように、輝明のキャラが一瞬で間合いを詰めて、玄のキャラへと斬りかかる。
輝明のキャラが繰り出した斬撃を、玄のキャラは大剣で凌ごうとしてーー刹那、玄は輝明が頬を緩めていることに気づいた。
「当夜!」
「分かっているって!」
そう口にした輝明のキャラの背中から現れたのは、剣を振り上げた当夜のキャラだった。
しかし、完全に虚を突いた二人の連携攻撃を前にして、玄のキャラは不意に弛緩したように大剣をあっさりと下ろしてきた。
「なっーー」
当夜が眉をひそめる中、玄のキャラはそこから一歩踏み込むと、輝明と当夜のキャラに向かって高速の突きを放った。
超反応でその一撃を避けた輝明のキャラに対して、当夜はそれを反射的に自身の武器である剣で受け止めようとして、大剣の刃先が届いていないのにも関わらず、自身のキャラが斬りつけられるのを目の当たりにする。
相手に風の刃を放つ、烈風斬の固有スキルかーー。
何の障害もないように大剣に斬りつけられ、体力ゲージを減らした当夜のキャラを見て、輝明は苦々しく唇を噛みしめる。
斬りつけられた当夜のキャラは、少なくないダメージエフェクトを放出していた。
「…‥…‥黒峯玄、素晴らしい圧だな」
その静かな輝明の言葉とともに、輝明のキャラは小さな音を響かせて刀を下段に構えた。
「…‥…‥悪い、輝明」
「黒峯玄は、僕一人で倒す。当夜、おまえは浅野大輝がバトルに参戦してこないように徹底的に叩き潰してこい」
「わ、分かった」
静かな言葉に込められた有無を言わせぬ強い意思。
輝明の凛とした声に、当夜はたじろぐように退く。
「当夜、花菜、後の二人は任せた。そしてーー」
輝明の真剣な表情が、一瞬でみなぎる闘志に変わる。
「黒峯玄。今度は、僕がーー僕達が勝ってみせる!」
「出来るのならな」
赤い焔と黒い風が、西洋風の雰囲気を全面に醸し出した巨大な宮殿の中央でぶつかる。
同時に、当夜と花菜も仕掛け、遅れて参戦してきた大輝と麻白のキャラと対峙した。
浅野大輝vs高野当夜。
黒峯麻白vs高野花菜。
それもまた十分に注目を浴びるカードだったが、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で、二位のプレイヤーである阿南輝明と、三位のプレイヤーである黒峯玄という、それ以上のビックカードに、誰もがーー観戦していた春斗達も釘付けになってしまう。
玄のキャラの大剣と輝明のキャラの刀のつばぜり合いは一瞬で終わり、カキンと高い音を響かせて離れた二人のキャラは、そこから脅威的な剣戟の応酬を見せた。
先程の速度をさらに越える瞬発。
迷いのない美しい輝明の一刀に、さしもの玄のキャラもぎりぎりのところで大剣を受ける。
刀と大剣がぶつかり合う度に散るダメージエフェクト。
連携技による大技は、きっちり打ち消し合う連携技の大技で処理された。
「…‥…‥すごい」
「すごいですね」
「ああ」
高度で複雑な剣閃の応酬。
観戦していた春斗達は思わず、驚嘆のため息を吐く。
初めて黒峯玄とバトルしたーーあのオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ3』のオンライン対戦での時のことを、そして、初めて『クライン・ラビリンス』と対戦したーーあのドームの公式の大会の時のことを思い出し、春斗は途方もなく心が沸き立つのを感じた。
ーー今すぐ、この二つのチームと対戦してみたい。
そして、この最強だと称されている二つのチームに勝ちたいーー。
やり場のない震えるような高揚感を少しでも発散させるために、春斗は拳を強く握りしめる。
「 みやーーいや、あかり、優香。第四回公式トーナメント大会のチーム戦では、絶対に優勝しような」
「ああ。今度は、俺達が勝ってみせる」
「はい、勝ちましょう」
春斗の強い気概に、隣に座っていたあかりと優香が嬉しそうに笑ってみせたのだった。




