第三十四話 彼女に課せられた役目
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦で本選の一回戦を勝利することができた春斗達は、 休憩スペースに赴くとソファーに座って一息ついていた。
「一回戦、何とか勝てたな」
「はい。ですが、私達の次の対戦チームはーー」
「あの『クライン・ラビリンス』と再戦することになるな」
春斗が何気ない口調でそう告げると、優香は身構えるように、お守りとして持ってきていた膝元に置いているラビラビのラバーストラップをぎゅっと抱きしめる。
「あの時は手も足も出なかったけど、今回は必ず、勝ってみせる」
「はい、そうですね」
幾分、真剣な声でそう言った春斗に、優香は嬉しそうに軽く頷いてみせた。
「だけど、『クライン・ラビリンス』はかなり手強そうだよな」
「あかり!」
車椅子に乗ったあかりが目を細め、更なる思考に耽ろうとした矢先、不意に優希の声が聞こえた。
顔を上げ、声がした方向に振り向くと、少しばかり離れたモニター画面の前で、車椅子に乗った優希があかりの姿を見とめて何気なく手を振っている。
春斗達の元へと車椅子を動かして駆けよってきた優希に、あかりは真剣な表情を収めて、穏やかな表情を浮かべる。
「優希、久しぶりだな」
「あかりは相変わらず、変な奴」
吹っ切れたような表情を浮かべるあかりに、優希は呆れたようにため息をついた。
その硬い声に微妙に拗ねたような色が混じっている気がして、あかりは思わず苦笑してしまう。
「優希、次は『クライン・ラビリンス』とだな。絶対に、俺達が勝ってみせる」
「そうだね…‥…‥って、まさか、姉さん達に勝てると思っているの」
あっさり口にされた言葉に、優希は目を丸くして驚きの表情を浮かべた。
「あかりには悪いけれど、勝つのは『クライン・ラビリンス』だから」
「いや、俺達が勝ってみせる」
優希が態度で勝ちを認めてくると、あかりは当然というばかりにきっぱりと告げた。
「次は負けない!」
「いや、次も姉さんと兄さんのチーム、『クライン・ラビリンス』が勝つ!」
あかりと優希は互いに向かい合うと、不敵な表情を浮かべながら、しばし睨み合った。
「ーーあの」
横に流れかけた手綱をとって、優香は静かに告げる。
「優希さんは、あかりさんのクラスメイトの方なんですね」
「ああ」
間一髪入れずに即答したあかりは、真顔で優香を見つめてくる。
優香は迷いのない足取りで優希の前まで歩いてくると、優希の目の前で丁重に一礼した。
「優希さん、初めまして。私は『ラ・ピュセル』のチームメンバーの一人で、天羽優香と申します」
「あっ、初めまして」
「ーー優香。優希くんが驚いているぞ」
片手で顔を押さえていた春斗は、呆気に取られている優希の視線に気づくと朗らかにこう言った。
「優希くん。その、俺はあかりの兄で、『ラ・ピュセル』のチームリーダーの雅山春斗だ」
「えっ?あかりのお兄さんが、チームリーダーなんだ」
春斗の言葉に、優希はきょとんとした顔で目を瞬かせる。
「うーん。あまり強そうには見えないな」
「…‥…‥くっ。春斗はーー俺の兄さんは強いからな」
優希の意味深な言葉に、ほんの少しの焦燥感を抱えたまま、あかりは苦し紛れに悪態をつく。
「…‥…‥俺の兄さんか」
「春斗さん、嬉しそうですね」
うっすらと笑みを浮かべた春斗がそう口にするのを聞いて、優香は噛みしめるようにくすくすと笑う。
春斗はあかりと優香を横目に見ながら、ため息をつくときっぱりとこう告げた。
「あかり、優香、そろそろ、二回戦が始まるから、本選ステージの方に戻ろうか」
「そうですね。急ぎましょう」
「ああ。優希、また後でな」
顔を見合わせてそう言い合うと、春斗達は足早に本選ステージへと向かったのだった。
「さあ、お待たせ致しました!ただいまから、本選二回戦、Bブロックを開始します!」
西洋の王宮になぞられたバトルフィールドが映し出されたモニター画面。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会の会場で、実況がマイクを片手に叫ぶと、大勢の観客達は歓声を上げた。
「なお、この二回戦を勝ち上がったチームが、準決勝進出を果たすことになります!」
「この対戦に勝てば、準決勝なんだな」
実況の言葉に対してつぶやいた春斗は、改めて盛り上がる周囲を見渡す。
「はい。二回戦に進出したのは、本選二回戦からのシードである『ラグナロック』と『クライン・ラビリンス』を含めて八組のチームなので、次が準決勝になります」
「いよいよ、次が準決勝なんだな」
優香の言葉に、あかりは頷き、こともなげに言う。
そんな彼らのあちらこちらから、他の参加者達と観客達の声がひっきりなしに飛び込んでくる。
その様子をよそに、春斗はドームの巨大なモニター画面上に表示されているポップ文字を見遣り、改めて、『クライン・ラビリンス』との対戦を実感する。
あの玄、率いる『ラグナロック』と互角に戦ったチームか。
そして、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式内で、最強チームだという呼び声もあるチーム。
初めて『クライン・ラビリンス』と対戦したーーあのドームの公式の大会の時のことを思い出し、春斗は途方もなく心が沸き立つのを感じた。
ーー今度こそ、この最強だと称されているチーム、勝ちたいーー。
そして、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦で優勝してみせるーー。
やり場のない震えるような高揚感を少しでも発散させるために、春斗は拳を強く握りしめる。
「 みやーーいや、あかり、優香。オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦、絶対に優勝しような」
「ああ。絶対に、俺達が勝ってみせる」
「はい、勝ちましょう」
春斗の強い気概に、あかりと優香が嬉しそうに笑ってみせた。
「雅山あかり…‥…‥」
本選二回戦のステージにたどり着くと、春斗達のやり取りをぼんやりと傍観していた花菜は、こともなげにこう続ける。
「次こそは必ず、決着をつける」
「ああ」
不意に話を振られたあかりは、きっぱりとそう告げる。
そんなあかりのリアクションに、花菜の隣に立っていた当夜はため息をつくと、不服そうにこう言った。
「…‥…‥『ラ・ピュセル』。今回は、余計な真似はさせない。徹底的に叩き潰す」
「私達も負けません」
「ああ」
察しろと言わんばかりの眼差しを突き刺してきた当夜に、優香とあかりは顔を見合わせると真剣な表情で頷く。
春斗はそんな二人に苦笑すると、ため息とともにこう切り出した。
「今度は、俺達がーー『ラ・ピュセル』が勝ってみせる!」
「…‥…‥なら、全てを覆すだけだ」
輝明は苦々しい顔で、春斗達を睥睨して言う。
「さっさと済まそう」
そう告げると、輝明達はステージ上のモニター画面に視線を戻してコントローラーを手に取った。
遅れて、春斗達もコントローラーを手に取って正面を見据える。
「では、レギュレーションは一本先取。最後まで残っていたチームが準決勝進出となります」
「いずれにしても、やるしかないか」
決意のこもった春斗の言葉が、場を仕切り直した実況の言葉と重なった。
「ああ」
「はい」
春斗の言葉にあかりと優香が頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
「…‥…‥くっ」
対戦開始とともに、輝明のキャラに一気に距離を詰められた春斗は後退する間もなく無防備なまま、一撃を浴びせられる。
さらに輝明のキャラは、後方から戦闘に加わってきたあかりのキャラも軽々と吹き飛ばすと、目の前の春斗のキャラが立て直す前を見計らって一振り、二振りと追撃を入れてから離れた。
しかし、春斗も負けじと勢いもそのままに半回転し、自身のキャラの武器である短剣を叩き込んだ。
しかし、電光石火の一突きは、輝明のキャラの刀にあっさりと弾かれてしまう。
「春斗!」
あかりはそう叫ぶと、春斗のキャラの下へ再び、駆けつけようとして、こちらの行く手を阻むように大鎌を構えた花菜のキャラに眉をひそめる。
「雅山あかり、あなたの相手は私と言ったはず」
「ーーっ」
決意の宣言と同時に、花菜のキャラは巨大な鎌をあかりのキャラに振りかざした。
「もらった!」
「くっーー」
「あかりさん!」
花菜の大鎌の斬撃をアクロバットな身体さばきでどうにかいなしたあかりは、背後からの当夜のキャラの連撃を、優香の絶妙なフォローによって何とか凌ぎきる。
しかし、花菜のキャラと当夜のキャラの二人と対峙することになったあかりのキャラと優香のキャラは、手にした武器で再撃を受け止めるも、予想以上の衝撃によろめく。
「…‥…‥くっ!みやーーいや、あかり、優香!」
「見るのはそちらか?」
言葉とともに、輝明のキャラの連携技が間隙を穿つ。
瞬間の隙を突いた輝明の連携技に、ターゲットとなった春斗のキャラはダメージエフェクトを散らしながらも、ここぞとばかりに必殺の連携技を発動させる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーっ!」
『短剣』から持ち替えた『刀』という予想外の武器での一撃に、輝明は一瞬、目の色を変えた。
春斗の固有スキル、武器セレクト。
それは、自身の武器を一度だけ、自由に変えることができる。
『ラ・ピュセル』のチームリーダーである春斗が、ここぞという時に放った土壇場での必殺の連携技。
それを、元最強チームであるチームリーダーはわずかにダメージを受けながらも正面から弾き、避け、そして相殺して凌ぎきった。
「なっーー」
春斗が驚きを口にしようとした瞬間、輝明は超反応で硬直状態に入った春斗のキャラに乾坤一擲のカウンター技を放つ。
かってのバトルでの再現ーー。
だが、驚愕する春斗を穿つ不可視の一撃は、しかし、ぎりぎりのところで体力ゲージを残した。
春斗のキャラが寸前のところで、体勢を崩し、輝明のキャラの直撃を免れたからだ。
「輝明、やりそこねたな」
嬉々とした声とともに、あかりと優香のキャラと対峙していた当夜のキャラが戦闘に加わってくる。
「ーーなら、全てを覆すだけだ」
その言葉が合図だったかのように、輝明と当夜は攻勢に出た。
当夜のキャラがあえて半歩後退し、距離を取ると、輝明のキャラは逆にその場で刀を持ち直し、距離を詰める。
前衛と後衛に分かれた二人は、互いの隙を埋め合うような波状攻撃を春斗のキャラへと繰り出す。
「ーーっ」
卓越された二人のキャラの連携攻撃に、春斗のキャラは大きく後退することでやりすごした。
「春斗さん!」
言葉と同時に、優香のキャラは花菜のキャラに背を向け、輝明と当夜のキャラがいる場所へと走り出しそうとする。
「逃がすわけーー」
「いえ、逃げるつもりはありません!」
「ああ!」
花菜にとって、予想外な彼女の声は遅れて聞こえてきた。
優香のキャラを捉え、弾き飛ばした花菜のキャラの出鼻をくじくように、背後に移動したあかりのキャラが優香のキャラに放った連携技ごと一撃を叩き込んだ。
それぞれ、体力ゲージを巻き散らしながらも、優香のキャラは花菜のキャラを置き去りにしたまま、春斗のキャラのもとへと駆けつけていく。
振り返った花菜に、優香の固有スキルである『テレポーター』で花菜のキャラの背後に移動したあかりは意図して笑みを浮かべてみせた。
「雅山あかり」
「花菜の相手は、俺だろう?違うのか?」
「違わない」
あかりのつぶやきに、花菜は目を細め、うっすらと、本当にわずかに笑った。
「今度こそ、必ず、決着をつける」
淡々と言葉を紡ぐ戦姫の名を冠した少女ーー花菜は、髪をかきあげて決定的な事実を口にした。
「雅山あかり、私はチームのためにーー輝明のために動く。だから、対戦チームの中で、もっとも手強い相手は私の相手」
「その相手が、今回は俺だったのか?」
あかりの言葉に、花菜は一瞬、息を呑んだように見えた。
無表情に走った、わずかな揺らぎ。
そして、無言の時間をたゆたわせた後で、花菜はゆっくりと視線を落とした。
「…‥…‥そう、思ってもらっていい」
花菜がそうつぶやくと同時に、花菜のキャラは大鎌を振りかざしてきた。
大鎌による嵐のごとき斬撃に、あかりのキャラはあえて下がらず、前に出る。
「なら、俺はーーいや、俺達は『クライン・ラビリンス』に必ず、勝ってみせる!」
ぐっとコントローラーを握りしめたあかりは、決意したようにゲームのモニター画面をまっすぐ見つめたのだった。




