第三十三話 会いたくても会えなくて
「さあ、これより、予選を勝ち上がってきた十四組のチームによる第三回公式トーナメント大会、チーム戦本選を開始するぞ!」
実況を甲高い声を背景に、予選を難なく、勝ち越した春斗達は前を見据えた。
実況の本選開幕の言葉に、観客達はヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
「ついに本選だな」
「はい。私達はこのまま、勝ち進めば、本選の二回戦で、あの『クライン・ラビリンス』と対戦することになります」
本選Dブロックのステージに立つと、問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
あかりは車椅子を動かして、ドームのモニター画面に表示されている本選のトーナメント表を見ると、不思議そうに小首を傾げた。
「そういえば、一回戦で対戦するチームは、倉持達なんだな」
「はい、一回戦は、倉持ほのかさんがチームリーダーを務めています、『アライブファクター』と対戦することになります」
「宮迫さんのチームと対戦したことがある人達が、一回戦の相手なのか?」
優香の答えに、春斗は目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。
戸惑う春斗をよそに、優香は先を続ける。
「はい。りこさん達と互角に渡り合ったチームです」
「倉持達と、久しぶりに対戦できるんだな」
ふと、ほのか達と対戦した時のことを思い出し、屈託のない笑顔でやる気を全身にみなぎらせたあかりを見て、春斗は胸に滲みるように安堵の表情を浮かべる。そして、モニター画面に表示されている本選のトーナメント表をまじまじと見つめた。
予選Aブロックの勝者は『ゼノグラシア』。
予選Dブロックの勝者である『ラグナロック』は、本選二回戦からのシード。
予選Eブロックの勝者である『クライン・ラビリンス』も、本選二回戦からシード。
予選Gブロックの勝者は、俺達、『ラ・ピュセル』。
そして、予選Hブロックの勝者は、俺達の一回戦の対戦チーム、『アライブファクター』か。
「…‥…‥いきなり、本選の二回戦で、あの『クライン・ラビリンス』と対戦することになるのか」
沈みかけた思考から顔を上げ、現実につぶやいた春斗は、改めて盛り上がる周囲の様子を見渡す。
ドームに集まった少なくはない観客達が、みな大会用に設置された春斗達のいる本選ステージへと注目している。
見れば、もうまもなく本選Cブロックのバトルが終わろうとしていた。
「…‥…‥そういえば、もうすぐ本選Dブロックが始まるのに、『アライブファクター』はステージに来ていないな」
「あの、遅くなってごめんなさい」
独り言じみた春斗のつぶやきにはっきりと答えたのは、あかりでも優香でもなく、一回戦の対戦チーム、『アライブファクター』のチームリーダーである倉持ほのかだった。
「他のブロックの様子を見ていたら、遅くなってしまったの」
振り返った春斗達が目にしたのは、ツーサイドアップに結わえた明るい笑顔の少女と、その背後で彼女と一緒に謝罪している二人組の少年達の姿だった。
ポニーテールだった前の公式の大会の時とは違い、ツーサイドアップという、どこか琴音をイメージした感じのほのかの髪型に、春斗は心臓が一際大きく脈打つのを感じた。
「えっと、『ラ・ピュセル』の人達だよね」
既に始まっている他のブロックの対戦を眺めながら、穏やかな声でほのかはこう言った。
「私は『アライブファクター』のチームリーダー、倉持ほのか」
「あ、ああ。俺は『ラ・ピュセル』のチームリーダーの雅山春斗だ。よろしくな」
「よろしくね」
ぽつりとつぶやいた春斗の言葉にすかさず、ぽん、と手を打って、ほのかが嬉々とした表情で話すのを見て、春斗は思わず苦笑してしまう。
「最近、話題になっている『ラ・ピュセル』って、春斗くん達のチームなんだよね。すごく強いチームって聞いていたから、今から対戦するのが楽しみだな」
「なっ?」
予想もしていなかった彼女の言葉に、春斗は呆然とする。
優香は春斗の方に振り返ると、一呼吸置いてから言った。
「春斗さん。『ラ・ピュセル』は、りこさん達、『ゼノグラシア』、そして、玄さん達、『ラグナロック』、阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』と互角に渡り合ったチームとして、ネット上で話題になっているみたいです」
必死に言い繕う優香を見て、春斗は呆気に取られたように軽く息を吐いて言う。
「そうなんだな。でも、『ラグナロック』と『クライン・ラビリンス』とは、互角に渡り合っていないけどな」
「でも、どちらのチームからも、注目はされているでしょう?」
春斗の言葉に反応してふっと息を抜くように笑うと、ほのかは再び、 本選Cブロックの対戦ステージへと視線を向ける。
「何だか、春斗くん達って、宮迫さん達みたいだね」
「ーーっ」
何故か、やや驚いたように言葉を詰まらせたあかりに、ほのかは意味深にこう続けた。
「春斗くん達、今日はよろしくね。私達、負けないから」
「ああ。俺達も負けない」
春斗とほのかは互いに向かい合うと、不敵な表情を浮かべながら、しばし睨み合った。
そんな中、あかりは苦々しい顔でぽつりぽつりとつぶやく。
「…‥…‥春斗達は、俺達みたいか」
「みやーーあかりさん、どうかされたのでしょうか?」
思い詰めた表情で言うあかりに、優香は一度、小首を傾げてから訊いた。
「いや、何でもない」
そう言葉をこぼすと、あかりは滲んだ涙を必死に堪える。堪えた涙は限界を越えそうになっていた。
それでも、あかりは目元を拭い、前を見つめながら言葉を続けた。
「俺、こうしてまた、倉持達と対戦することができてよかった」
「えっ?」
目をぱちくりと瞬いた優香をよそに、あかりは俯いていた顔を上げると物憂げな表情を収め、楽しそうに小さな笑い声を漏らした。
「ーーなんてな。天羽、一回戦、絶対に勝とうな」
「はい、勝ちましょう」
あかりが晴れやかな声でそう告げるのを聞いて、優香は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。
「あかりさん、きっと倉持さん達も、あかりさんと対戦することがーー」
「さあ、お待たせしました!ただいまから、本選Dブロックを開始します!」
何かを告げようとした優香の言葉をかき消すように、突如、実況の声が春斗達の耳に響き渡る。
実況の本選Dブロック開幕の言葉に、観客達はヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
「まずは、今大会、初出場ながら、怒濤の快進撃を続ける『ラ・ピュセル』!そして対するのは、同じく今大会初出場チーム、『アライブファクター』だ!」
「確か、『ラ・ピュセル』って、前の公式の大会で優勝していたよな」
「おおっ、そうなのか?すげえ!」
場を盛り上げる実況の声と紛糾する観客達の甲高い声を背景に、春斗はまっすぐ前を見据えた。
第三回公式トーナメント大会、チーム戦に優勝するためには、まずは倉持さん達のチーム、『アライブファクター』に勝たなくてはならない。
だけど、あの今生達と互角に渡り合ったチームだ。
かなり手強いチームだと見て間違いないだろう。
春斗が目を細め、更なる思考に耽ろうとした矢先、不意に、ほのかが少しむくれ面で言った。
「私達も、前の公式の大会に出場していたのに」
「まあ、倉持、気にするなって」
「俺達は、これから注目されていくチームだろう」
チームメイト達に励まされて、気を取り直したほのかはステージ上のモニター画面に視線を戻して、コントローラーを手に取った。
遅れて、春斗達もコントローラーを手に取って正面を見据える。
「では、レギュレーションは一本先取。最後まで残っていたチームが勝者となります」
「いずれにしても、やるしかないか」
決意のこもった春斗の言葉が、場を仕切り直した実況の言葉と重なった。
「ああ」
「はい」
春斗の言葉にあかりと優香が頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
対戦開始とともに、先に動いたのは春斗達だった。
春斗のキャラが地面を蹴って、ほのか達との距離を詰める。
迷いなく突っ込んできた春斗のキャラに合わせ、ほのかのチームメイトのキャラはほのかをかばうようにして前に出た。
ほのかのキャラの動きを確認すると同時に、あかりのキャラは急加速してほのか達へと向かってくる。
「ーーっ!」
反射的に、ほのかは自身のキャラの武器である剣斧で迎え撃とうとして、その瞬間、背後に移動したあかりのキャラに受けようとした剣斧ごと深く刻まれた。
少なくはないダメージエフェクトを撒き散らしながらも後方に下がり、何とか体勢を立て直すと、先程の違和感がある固定キャラの固有スキルであることに気がついたほのかは、咄嗟に優香のキャラがいる方向へと振り向く。
そこには、優香のキャラが自身の武器であるメイスを構えて立っていた。
優香の固有スキル、テレポーターー。
一瞬で自身、または仲間キャラを移動させる固有スキルだ。
しかし、一般のプレイヤーは移動させられる距離は短く、また、使用した際の隙も大きくなるため、滅多には使わない。
だが、優香は『ラ・ピュセル』に出てくるマスコットキャラ、ラビラビが使う瞬間移動のように、精密度をかなり上げたため、不可能とされた長距離の移動を可能にしていた。
チーム戦は個人戦と違い、複数のチームと同時に戦う可能性が非常に高い。
必然的に一対一の戦いは少なくなり、不慮の一撃というのも増えていく。
しかし、そんな乱戦状態の中でも、春斗達は的確かつ確実に、ほのか達を追いつめていった。
「…‥…‥強い」
直前の動揺を残らず消し飛ばして、ほのかがつぶやく。
コントローラーを持ち、ゲーム画面を睨みつけながら、ほのかは不意に不思議な感慨に襲われているのを感じていた。
ーーさすがに強い人達だな。
ーーでも、上岡くんと宮迫さんに会うために、絶対に負けられない。
言い知れない闘志と決意に、ほのかは唇を噛みしめる。
「でも、負けないから!」
ほのかが操作するーー軽装に身を包んだ少女騎士が伸ばした右手に無骨な剣斧を翻らせ、この上ない闘志をみなぎらせる。
少女騎士を操作するほのかから強い気概を投げつけられた春斗達は、そちらに視線を送って思わず、絶句した。
そんな彼女の操作する少女騎士の背後から、鎧姿にもかかわらずに俊敏に動く同じく騎士風の二人の男が飛び出してきたからだ。
「ーーっ!」
右側面から放たれた斬り下ろしを、上体をそらすことでかわした春斗は、視界を遮る斬影に反撃の手を止め、その一瞬の隙を突くようにもう一人の騎士風の男の高速斬り上げが春斗のキャラを襲った。
わずかにダメージを食らいながらも防ぎきった春斗のキャラめがけて、接近していたほのかのキャラが間隙を穿とうとする。
「ーーなっ!?」
春斗は迎え撃つ体勢をとりーー、しかし、ほのかのキャラが春斗のキャラに一瞥もくれずに優香のキャラに襲いかかっていったことに虚を突かれた。
「優香!」
ほのかのキャラに遅れて、春斗もまた優香を守るため、地面を蹴って優香のキャラのもとへと向かう。
あっという間に接戦した春斗のキャラとほのかのキャラは、息もつかせぬ激しい攻防を展開する。
ほのかのキャラが繰り出す目にも留まらぬ連撃は硬軟織り交ぜた春斗のキャラの短剣さばきにほとんど防がれ、連携技を駆使した春斗のキャラの絶妙な攻撃はほのかのキャラの軽妙なバックステップのもとになかなか決定打を生み出せない。
ほのかは春斗のキャラに右手一本で軽々と剣斧を振り落とすと見せかけて、すかさず左手に持ちかえると石段に昇り、今度は大上段から優香のキャラへと剣斧を振り落とそうとした。
力押しの一撃に、春斗は優香のキャラを守るようにして立ち塞がると、自身のキャラの武器を『短剣』から『刀』へと持ち替えり、たん、と音が響くほど強く地面を蹴る。
次の瞬間、ほのかが認識したのは、同じく大上段からほのかの操作する少女騎士へと刀を振り落とす春斗のキャラの姿だった。
「短剣じゃなくて、刀!?」
予想外の武器での一撃に、ほのかは驚愕の表情を浮かべる。
春斗の固有スキル、武器セレクト。
それは、自身の武器を一度だけ、自由に変えることができる固有スキルだった。
音もなく放たれた一閃が、なすすべもなくほのかの操作するキャラを切り裂いた。
驚愕するほのかを穿つ春斗のキャラの一撃は、しかし、ぎりぎりのところで体力ゲージを残した。
「一旦、引け、倉持!」
ほのかのチームメイトである少年の一人が、対峙していたあかりのキャラを無視して、かけらも余裕のない表情でほのか達のキャラのもとへと駆け寄ってくる。
「ここは俺がーー」
『ーーアースブレイカー!!』
「ーーっ」
だが、牽制で放とうとした連携技は、同じく接近してきたあかりのキャラの必殺の連携技を受けたことにより、少年のキャラは先に体力ゲージを散らしてしまう。
「絶対に負けない!」
「ーーっ」
ほのかは視界の端に、あかりのキャラの硬直を収めると、春斗達の邪魔が入らないことを確認してから最速で動いた。
だが、ほのかが操作する少女騎士の絶妙かつ豪快な連携技のターゲットになったあかりは、超反応で自身の固有スキルを使い、硬直を解除すると、半身だけずらしてぎりぎりのところで剣斧を回避する。
あかりの固有スキル、『オーバー・チャージ』。
自身、または仲間キャラの状態異常を解除する固有スキルだ。
それにより、あかりは必殺の連携技を放った反動である硬直状態を解除したことで、ほのかのキャラの連携技から、何とか逃れることができたのだった。
「なっーー」
「最初から連携技がくると分かっていれば、いくらでも対処はできる」
唖然とするほのかに対して、あかりがなんということもなく言うと、隣で操作していた春斗は追撃とばかりに斬撃を繰り出した。
その一撃は、わずかに残っていたほのかのキャラの体力ゲージを根こそぎ刈り取り、ゆっくりと春斗とあかりのキャラの足元へと倒れ伏す。
そして少し遅れて、優香のキャラによる連携技の一撃が、最後に残っていた少年のキャラに決まる。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、春斗達の勝利が表示される。
一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
「よしっ!」
「やりましたね!」
あかりと優香の二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
「…‥…‥勝った」
春斗は噛みしめるようにつぶやくと、胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
同時にフル回転していた思考がゆるみ、強ばっていた全身から力がぬけていく。
「雅山あかりさん…‥…‥だよね」
名前を呼ばれてそちらに振り返ったあかりは、コントローラーを置いたほのかが必死の表情であかりを見つめていることに気づいた。
「ひとつだけ聞いてもいいかな?」
「うん?」
「あかりさんは今、宮迫さんがどこにいるのか知っているの?」
「ーーっ」
ほのかの弱々しい小さな声は、忙しなく行き交うスタッフや参加者達の中で聞き取るのが難しかった。
引き寄せられるように身を乗り出したあかりは、ほのかからそんな不可解極まる言葉をぶつけられて色めき立った。
もしかして倉持は、俺がーー雅山あかりが『宮迫琴音』だということに気づいたのか?
だが、とめどなくあふれる疑問は、ほのかの浮かべた真剣な表情に残さず、かき消された。
「…‥…‥いや」
あかりが短く端的にそう答えると、ほのかは俯き、少し顔を曇らせた。
「…‥…‥そうなんだ。あかりさんの戦い方って、上岡くんと宮迫さんに似ているような気がしたから、あかりさんって、上岡くんと宮迫さんに会ったことがあるのかなと思っていたの」
「そうなんだな」
眉根を寄せて真剣な調子で答えるほのかに、あかりはそれがただの杞憂だったことに気づいて呆気に取られたようにーーだけど、少し寂しそうにため息をつく。
「また、対戦しようね。今度は、春斗くん達とも、もっと、まともに戦えるようになっているから」
「ああ」
ぽん、と手を打ったほのかが嬉々とした表情で興奮気味に話すのを見て、あかりは思わず、物憂げな表情を収めて苦笑する。
「あかり」
そんなあかりの姿を見て、春斗は春斗達にだけ聞こえる声で静かに告げた。
「俺達はどんなことがあっても、あかりのーー宮迫さんの味方だ」
「きっとまた、倉持さん達に会えます」
「ありがとうな、春斗、天羽」
春斗と優香の強い言葉に、あかりは断ち切れそうな声でこくりと頷いたのだった。




