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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
32/126

第三十二話 瞳の中の迷宮

「う、う~ん」

立派な寝癖がついた髪をかき上げながら、車椅子を動かしていたあかりが一つあくびをする。

「お兄ちゃん、優香さん。そろそろ、宮迫さんに変わるみたい…‥…‥」

「そうか」

「そうですか」

隣に立っている春斗達にそう答えると、休憩スペースから出た後、予選会場へと向かっていたあかりは一度、人目のない場所に移動するために車椅子を動かし、くるりと半回転してみせた。だがすぐに、うーん、と眠たそうに目をこすり始めてしまう。

眠気を振り払うようにふるふると首を振ったものの効果はなかったらしく、結局、あかりは車椅子にぽすんと寄りかかって目を閉じてしまった。

そのうち、先程より少し大人びた表情をさらしたあかりが、すやすやと寝息を立て始める。

その様子を見て、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。

「あかり…‥…‥」

「ーーっ」

横向きに寄りかかっているため、車椅子から落ちそうになっているあかりの華奢な体を、春斗はそっと元の姿勢に戻そうとした。

だが、春斗はあかりを元の姿勢に戻すことはできなかった。

その前に、不意に目を覚ましたあかりがあわてふためいたように両手を左右の肘かけに伸ばして、車椅子から落ちそうになるのを自ら、食い止めたからだ。

「あかり、大丈夫か?」

「…‥…‥春斗」

春斗に声をかけられたことにより、あかりはーー琴音はあかりに憑依したことを察したようだった。

あかりはきょろきょろと周囲を見渡し、自分の置かれている状況に気づくと、呆然とした表情で目を丸くした。

「今から、大会なんだな」

驚きの表情を浮かべるあかりの様子に、春斗は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。

「ああ。今から、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の予選が始まるんだ」

「そうなんだな」

春斗がざっくりと付け加えるように言うと、あかりはきょとんとした顔で目を瞬かせる。

そして、あかりはドームのモニター画面に表示されている予選Dブロックのバトルの様子を見ると、少し意外そうに言った。

「『ラグナロック』は相変わらず、すごいな」

「そうですね。でも、りこさん達、『ゼノグラシア』も、予選Aブロックで勝利していますので、このまま勝ち進めば、恐らく本選の二回戦で、黒峯さん達、『ラグナロック』とりこさん達、『ゼノグラシア』が対戦することになります」

「そうなのか?」

優香の言葉に、春斗は目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。

戸惑う春斗をよそに、優香は先を続ける。

「はい。りこさんの念願が叶って良かったです」

「そうだな。今生はかなり、玄達、『ラグナロック』と対戦をしたがっていたからな」

「…‥…‥黒峯玄」

春斗が発した何気ない言葉に、チームメイトとともに、春斗達の横を歩いていた『クライン・ラビリンス』のチームリーダーである阿南輝明が反応する。

『ラグナロック』。

ーーその言葉をきっかけに、唐突に輝明の脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックした。






第二回公式トーナメント大会、チーム戦。

個人戦しか出場しない、一位である布施尚之を除いた、最強をかけたチームでの対戦は、『ラグナロック』の勝利であっけなくついてしまった。

オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームである自分達が、かって二回戦で敗退したチームである、『ラグナロック』に負けた。

その当たり前のように告げられた事実はただ、玄に負けたということより、彼にショックを与えた。

「ーーなら、全てを覆すだけだ」

ドームでの第三回公式トーナメント大会、チーム戦、予選Eブロックのステージに立った彼ーー輝明はそう言って、皮肉っぽく表情をゆるめた。

「前回の大会では、『ラグナロック』に負けた。これ以上ないくらいに」

先んじて言い訳を封殺するとんでもないチームメイトーー花菜に、輝明の背中を嫌な汗が流れていく。

「リベンジが必要?」

「ふざけるな!僕はリベンジなど認めない!」

「なら、とりあえず、全部ーー」

憤慨する輝明の言葉に対して、淡々と表情一つ変えずに言う花菜は、そこでふっと視線をそらした。

無表情に走った、わずかな揺らぎ。

「覆せばいい」

そして、無言の時間をたゆたわせた後で、花菜はゆっくりとそう告げた。

「そうだな。次に戦う時は、余計な真似はさせない。徹底的に叩き潰す」

「ああ」

察しろと言わんばかりの眼差しを突き刺してきた当夜に、輝明は真剣な表情で頷く。

「さっさと済まそう」

そう告げると、輝明達は予選Eブロックのステージ上のモニター画面に視線を戻して、コントローラーを手に取ったのだった。






「俺達は、予選Gブロックか」

「はい。私達はこのまま、勝ち進めば、恐らく本選の二回戦で、あの『クライン・ラビリンス』と対戦することになります」

予選Gブロックのステージに立つと、問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。

「俺達も、今生達も、本選の二回戦が最初の難関だな」

「次は、俺達が勝ってみせる!」

春斗が態度で決意を固めていると、あかりは当然というばかりにきっぱりと告げた。

彼女らしい反応に、春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべると、さらに言葉を続ける。

「 そうだな。みやーーいや、あかり、優香。第三回公式トーナメント大会、チーム戦、絶対に優勝しような」

「ああ」

「はい、勝ちましょう」

気を取り直した春斗の強い気概に、あかりと優香が嬉しそうに笑ってみせた。

「今度こそ、俺達は『ラグナロック』、そして、『クライン・ラビリンス』に勝ってーー」

「さあ、お待たせしました!ただいまから、予選Gブロックを開始します!」

何かを告げようとした春斗の言葉をかき消すように、再度、実況の声が春斗達の耳に響き渡る。

実況の予選Gブロック開幕の言葉に、観客達はさらにヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。

オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式トーナメント大会は、毎年、参加するプレイヤー、チームが多いため、個人戦、チーム戦の予選では、複数のプレイヤー、またはチームが同時に戦って、勝利したプレイヤー、そして、チームが本選に進める流れになっていた。

「春斗さん、あかりさん、まずは予選Gブロックを勝ち越しましょう」

優香の決意のこもった言葉と同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。


ーーバトル開始。


対戦開始とともに、先に動いたのは春斗達だった。

春斗のキャラが地面を蹴って、他のチームの対戦相手達との距離を詰める。

迷いなく突っ込んできた春斗のキャラに、対戦相手の一人は後退する間もなく無防備なまま、一撃を浴びせられた。

春斗のキャラに一撃を浴びせられたことにより一旦、その場を退こうとしたその対戦相手の出鼻をくじくような形で、あかりは相手の背後を取ると、対戦相手が振り返る間も与えずに続けて連撃を放ってみせる。

致命的な特大ダメージエフェクト。

早々と体力ゲージを散らした対戦相手のキャラは、ゆっくりとあかりのキャラの足元へと倒れ伏す。

「はやーー」

独りごちた対戦相手の一人は、バトル開始と同時に起こった決定的な変化に目を細める。

オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会。

それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式の大会と同様に、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で正式にランキング入りを果たした者だけが出場できる仕組みになっていた。

そのため、参加してくるチームは、想像以上に強者揃いのチームであることは予測された。

しかし、モニター画面に写るスタンダードな草原を背景に、彼は何も出来ず、いや、何もしていないというのに、彼のチームメイトの一人をあっさりと倒した春斗達のキャラ達を見ながら、唇を噛みしめる。

「…‥…‥強い」

対戦開始から数十分後、他の対戦相手のキャラの体力ゲージをいともあっさりと削り、容赦なく彼らを追い詰めていく春斗達に、対戦相手は愕然とした表情でつぶやいた。

いつのまにか、彼のチームはーーそして、他のチームも、何人かのキャラの体力が危険水域に達している。体力の減ったキャラは、ローテーションで前線から後退ーーした瞬間に、春斗達の追撃を受けて瀕死状態に陥ったのだ。

チーム戦は個人戦と違い、複数のチームと同時に戦う可能性が非常に高い。

必然的に一対一の戦いは少なくなり、不慮の一撃というのも増えていく。

しかし、そんな乱戦状態の中でも、春斗達は的確かつ確実に対戦チームを倒していった。

「雅山あかり…‥…‥」

予選Eブロックを終えた後、予選Gブロックのバトルをぼんやりと傍観していた花菜は、こともなげにこう続ける。

「次こそは必ず、決着をつける」

『クライン・ラビリンス』のチームメンバーの一人。

戦姫の名を冠した少女ーー花菜は目を細め、うっすらと、本当にわずかに笑ったのだった。

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