第三十話 紡いだバトルの数だけ、夢のかたちがある
『挑戦者が現れました!』
「あっ…‥…‥」
「ついに来たんだな」
「はい」
あかりが琴音に変わってからしばらく経った後、テレビ画面に響き渡ったシステム音声に、コントローラーをじっと凝視していた春斗とあかり、そして、優香の声が震えた。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ3』。
そのオンライン対戦で、対戦を申し込んできた相手のキャラを見て、春斗は思わず眉をひそめる。
スタンダードな草原のフィールドに立つのは、一人の白騎士風の男性。
白騎士という、あの黒峯玄のキャラとは対称的なキャラーー。
その姿を見た瞬間、春斗は息をのんだ。
それは、モーションランキングシステム内で、一位のプレイヤーである『布施尚之』のキャラだったからだ。
そしてーー
「…‥…‥今日、オンライン対戦をする個人戦の覇者」
春斗がそうつぶやいたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
「…‥…‥っ」
対戦開始とともに、尚之のキャラに一気に距離を詰められた春斗は後退する間もなく無防備なまま、一撃を浴びせられる。
しかし、春斗も負けじと勢いもそのままに半回転し、自身のキャラの武器である短剣を叩き込んだ。
しかし、電光石火の一突きは、尚之のキャラの剣にあっさりと弾かれてしまう。
「春斗さん…‥…‥っ」
咄嗟に、優香は自身の固有スキルである『テレポーター』で春斗をサポートしようとして、一瞬前まではその場にいなかったはずの尚之のキャラの横切りを受けてしまう。
「…‥…‥っ」
優香は手慣れた操作でメイスを回し、尚之のキャラから一旦、距離を取ろうとする。
しかし、そこへ急加速した尚之のキャラが、正面から一撃を浴びせた。
「優香!」
迷いもなく突っ込んできたあかりのキャラを視界に収めた瞬間、尚之は早くも連携技を発動させる。
ほぼタイムラグなしで発動させた連携技。
逆手に持った剣にのせて放った一閃が、あかりが操作しているキャラを襲う。
「…‥…‥くっ」
間一髪で難を逃れたあかりは、尚之が操作しているーー白騎士風の男性キャラへとさらなる追撃を放とうとした。
「ーーっ!」
しかし、尚之のキャラが突き入れた剣が、あかりのキャラが振るう剣をあっさりと押し止めてしまう。
剣を振り下ろそうとするあかりのキャラの剣の動きに合わせ、尚之は絶妙な力加減でさらにあかりのキャラへ肉薄する。
剣と剣のつばぜり合い。
春斗達と尚之のバトルは、尚之が優勢に事を運んでいるようにも思えた。
だが、状況は、あかりが操作する少女キャラが、尚之の操作する騎士風の男性キャラを弾き飛ばしたことで一転する。
「なっーー」
春斗が驚愕の声を上げた。
続くあかりの追撃に反応が遅れ、春斗のその先に続く言葉が形をなす前に、あかりはツインテールを揺らしながら、尚之のキャラに対して斬り下ろしの一撃を見舞わせる。
同時に息も吹きかかるような至近距離で放たれた連携技は、尚之のキャラの体力ゲージをごっそりと奪った。
予測に反した動きーーそして、以前、尚之と対戦した宮迫琴音のように、尚之を追いつめていくあかりに、春斗は思わず歯噛みする。
モニター画面に写るスタンダードな草原のフィールドで、暁闇の空を背景に対峙する三人と一人は静かにたたずんでいる。
コントローラーを持ち、ゲーム画面を睨みつけるあかりを横目で見つめながら、春斗は不意に不思議な感慨に襲われているのを感じていた。
ーーやっぱり、宮迫さんは強い。
ーーだけど、俺達も負けていられないな。
言い知れない充足感と高揚感に、春斗は喜びを噛みしめると挑戦的に唇をつりあげた。
「優香、宮迫さん、絶対に勝とうな」
「ああ!」
「はい!」
交わした言葉は一瞬。
挑発的な言葉のはずなのに、春斗は、そして、あかりと優香は少しも笑っていない。
あっという間に離れた四人は、息もつかせぬ攻防を再び、展開する。
春斗のキャラが尚之のキャラの迎撃によって直撃を受けると、優香のキャラのサポートを受けたあかりのキャラが斬撃を繰り出す。
しかし、春斗が直前で、短剣から刀に変化したことによって速度を変えた必殺の連携技は、尚之のキャラの剣さばきによって防がれてしまう。
ドームの公式大会、決勝戦での『クライン・ラビリンス』とのバトル。
春斗と優香、『ラグナロック』のチームリーダーである黒峯玄との二対一のバトル。
そして、今回の春斗達三人と尚之とのオンライン対戦。
ーー俺達は、確実に強くなってきている。
春斗は、自身の固有スキルである『武器セレクト』を尚之のキャラに防がれながらも、確かにそう思った。
ーーだが、何事にも、いつかは終わりがくる。
先に体力が危険域に達したのは、春斗達だった。
肉斬骨断とばかりに波状攻撃を繰り出してくる尚之のキャラに、春斗は表向き、焦りを見せつつ、虎視眈々と一発逆転の機会を窺っていた。
しかし、残像が残るほど、速く激烈な斬激を受け、春斗のキャラは次第に尚之のキャラによって追い込まれてしまう。
既に、春斗達のキャラの体力が一割を切る中、尚之のキャラの体力はまだ、半分ほどしか減っていない。
「春斗さん!」
言葉と同時に、優香のキャラは、尚之のキャラに一撃を放とうとする。
だが、苦し紛れに繰り出した優香の反撃は、ぎりぎりのところで、尚之のキャラに回避されてしまう。
「…‥…‥っ」
次の瞬間、優香は息をのんだ。
春斗のキャラと対峙していたはずの尚之のキャラが、自身のキャラに対して、大上段から剣を振り落とす姿を目の当たりにしたからだ。
カウンターのカウンター。
体勢を立て直し、大上段から振り下ろされた尚之のキャラの一閃が、わずかに残っていた優香のキャラの体力ゲージを根こそぎ刈り取った。
「くっ…‥…‥!」
瞬間の隙を突いた尚之のキャラの一撃に、ターゲットとなった優香のキャラが体力ゲージを散らすのを目の当たりにしながらも、春斗は再び、必殺の連携技を発動させる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
『ラ・ピュセル』のチームリーダーである春斗が、ここぞという時に放った土壇場での必殺の連携技。
それを、尚之はわずかにダメージを受けながらも正面から弾き、避け、そして相殺して凌ぎきった。
連携技を使うまでもなく、尚之のキャラに必殺の連携技を凌ぎきられながらもーー春斗は何かを見定めるために息を吐く。
元より、二度目の必殺の連携技は見せ技。
春斗のーー春斗達の本当の狙いは、別にある。
「春斗さん、宮迫さん、頑張って下さい!」
直前の動揺を残らず吹き飛ばして、優香は叫ぶ。
『烈風十四連撃!!』
「ーーっ!」
一呼吸の間に、十四連撃を繰り出す大技中の大技。
現最強である尚之が、ここぞという時に春斗のキャラに放った土壇場での必殺の連携技。
「春斗!」
春斗のキャラが硬直状態に入ったことで、バトルの終わりが予測された連携技の大技は、しかし、乱入してきたあかりのキャラの固有スキルにより、春斗のキャラはぎりぎりのところで体力ゲージを残した。
あかりの固有スキル、『オーバー・チャージ』。
自身、または仲間キャラの状態異常を解除する固有スキルだ。
それにより、春斗は必殺の連携技を放った反動である硬直状態を解除したことで、尚之のキャラの必殺の連携技の嵐から、何とか逃れることができたのだった。
驚きとともに大振りの技を誘導された尚之のキャラに、春斗は再度、とっておきの技を合わせる。
「春斗、今だ!」
「春斗さん!」
あかりと優香が続けざまにそう口にした瞬間、春斗は硬直状態に入った尚之のキャラに、乾坤一擲のカウンター技を放つ。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
互いの連携技の大技後のーーさらなる大技。
春斗の繰り出した必殺の連携技が、硬直状態に入った尚之のキャラに放たれようとしてーー刹那、尚之のキャラはあかりのキャラがこちらに接近していることに気づいた。
『ーーアースブレイカー!!』
春斗とあかりの起死回生の必殺の連携技が同時に放たれる。
音もなく放たれた二人の剣閃が、尚之の操作するキャラを切り裂いた。
必殺の連携技を同時に受けるという、致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らした尚之のキャラは、ゆっくりと春斗とあかりのキャラの足元へと倒れ伏す。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、春斗達の勝利が表示される。
「よしっ!」
「やりましたね!」
あかりと優香の二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
「…‥…‥勝った」
春斗は噛みしめるようにつぶやくと、胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
同時にフル回転していた思考がゆるみ、強ばっていた全身から力がぬけていく。
三対一とはいえ、あのオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で、一位のプレイヤーである尚之に勝利したことを実感して、春斗は満足げに笑みを浮かべてみせる。
「春斗」
「春斗さん」
名前を呼ばれて、そちらに振り返った春斗は、あかりと優香が穏やかな表情を浮かべていることに気がついた。
「やったな」
そう言うと、あかりは日だまりのような笑顔で笑ってみせる。
その不意打ちのような笑顔に、春斗は思わず、見入ってしまい、慌てて目をそらす。
「あ、ああ。宮迫さんが、俺の考えに気づいてくれたからだよ」
「ついに勝ちましたね」
ごまかすように人差し指で頬を撫でる春斗に、優香も続けてそう言った。
「優香、応援してくれてありがとうな」
「…‥…‥はい」
きっぱりと言い切った春斗に、優香は少し驚いた顔をして、すぐに何のことか察したように頷いてみせる。
「でも、私はお役に立てなくてすみません」
「優香の応援があったから、俺はあの時、立ち直すことができたんだ」
胸に手を当てて少し沈んだ表情を浮かべる優香を見ながら、春斗はあえて軽く言った。
「優香、ありがとうな」
「春斗さん、ありがとうございます」
どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は嬉しそうに穏やかに微笑んでみせた。
「あっ、その、布施尚之さんにお礼のメッセージを送らないとな」
そう言うや否や、春斗は顔を赤らめて優香から視線をそらすと、何かに急きたてられるように、尚之にメッセージを送ろうとして、受信されてきたメッセージにぴくりと反応する。
『次は負けない』
彼らしい反応に、春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべた。
だが、さらに受信されてきたメッセージに、春斗は思わず、眉をひそめる。
『『ラ・ピュセル』。確かに、宮迫さんと黒峯が告げていたように侮れないチームみたいだな』
「…‥…‥えっ?『黒峯』って、もしかして、黒峯玄から俺達のことを聞いていたのか?」
そのとらえどころのない意味深なメッセージが、尚之のキャラであるーー白騎士風のキャラの最後の行動とともに、妙に春斗の頭に残ったのだった。




