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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
3/126

第三話 妹な彼女と恋する兄

翌朝、あかりは、病室のベットに横たわってテレビを見ていた。

雑多な情報が溢れる中、ある情報番組でかって行われたオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会、決勝の舞台が映し出されている。

明るい髪の少年ーー布施(ふせ)尚之(なおゆき)は、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内でいつも上位を占める、誰もが認める最強プレイヤーだ。

対する銀色の髪の少女ーー宮迫琴音は、モーションランキングシステム内ではまだ無名だが、彼に匹敵する力を持っているように思われた。

映像は、そんな彼らのバトルを迫力満点に映し出している。

あかりは画面の中で華麗に剣を振るう、まさにペンギンのようなフードを被った小柄な少女ーー宮迫琴音が操作するゲームのキャラをじっと見つめる。

個人戦では現段階、最強だと呼び声が高い布施尚之と五角に渡り合っている彼女を見ていると、あかりは次第にまるで自分が宮迫琴音であるような錯覚に陥っていった。


「ーー君、面白いな。だけど、これまでだ」

「そんなはずないだろう!」


交わした言葉は一瞬。

挑発的な言葉のはずなのに、尚之と琴音は少しも笑っていない。

お互いの隠しようもない余裕のなさに、あかりは思わず、身震いするようにベットのシーツをぎゅっと握りしめた。

あっという間に離れた二人は、息もつかせぬ攻防を再び、展開する。

どこまでも果てしなく続くバトル。

だけど、その決着はあまりにも予想外な幕切れだった。


『おっと、ここで運営側から、偽名登録による宮迫琴音選手の失格が発表されたぞ!よって、第一回公式トーナメント大会の優勝者は布施尚之だ!!』


実況のかん高い叫び声が、耳に飛び込んできた。

あまりにも不自然で不可解な試合結果。

優勝したというのに、尚之の顔には笑みは浮かんでいなかった。

あくまでも納得いかないような、物足りなさの滲んだ表情。

何かしらの事情があったのだろうか?

アナウンスが流れる前に、彼らが会話をしていたことを思い出す。

場面が切り替わると、情報番組の解説者達が改めてこのバトルについて熱心に議論し始めた。

それらの音声を背景に、あかりはほんの少しだけ寂しそうな笑みを浮かべると、窓に視線を向けてこう言った。

「私も、あの場所で戦えるかな」

あかりがぽつりとつぶやいた独り言は、誰の耳にも届くことはなかった。






「うーん…‥…‥」

放課後、自分が通う高校の校門の前で、妙に感情を込めて唸る春斗の姿があった。

「ああっ!…‥…‥どうしよう!どうするんだよ、俺!」

勢いよくそう叫ぶと、春斗は不服そうに唇を噛みしめる。

「宮迫さんバージョンのあかりと、何を話せばいいんだよ!」

「春斗さん。話すことが思いつかないのでしたら、いつもどおり、ゲームのお誘いをされたらどうでしょうか?」

そんな独り言じみた春斗の叫びにはっきりと答えたのは、聞き覚えのある声だった。

「優香」

「それと、宮迫さんバージョンのあかりさんってどう意味なのでしょうか?」

振り返った春斗が目にしたのは、まばゆいばかりのセミロングの黒髪を風になびかせた制服姿の少女だった。

天羽(あまは)優香(ゆうか)

春斗が通うこの高校のクラスメイトであり、春斗の従姉妹にあたる少女だ。

また、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の大会でチームを組んでいる仲間でもある。

優香は迷いのない足取りで春斗の前まで歩いてくると、春斗の目の前で丁重に一礼した。

「私とて、春斗さんが宮迫琴音さんのファンなのは存じ上げております。ですがーー」

一礼したことによって、乱れてしまった黒髪をそっとかきあげると、優香は紺碧の瞳をまっすぐ春斗へと向けてくる。

「先程の言葉は意味を図りかねます」

一呼吸おいて、 優香はてらいもなく言った。

片手で顔を押さえていた春斗は、どこまでもまっすぐな優香の視線に気づくと朗らかにこう言った。

「…‥…‥優香。これから話すことは、絶対に他言無用にしてほしい」

「分かりました」

春斗が真剣な表情でそう告げると、優香はことさら深刻そうな表情で頷いた。

「ですが、春斗さん。他言無用にせずとも、春斗さんが宮迫琴音さんのファンなのは学校中に知れ渡っています」

「はあっ?」

優香は誇らしげに笑みを浮かべた。

そのあまりのズレ具合に、春斗のみならず他の生徒達まで固まっている。

「では、行きましょうか」

優香はそう告げると、春斗がついてくるかどうかなど微塵も疑わずに堂々と歩き始めた。





あかりが入院している病院に入ると、優香は先程、春斗から語られた内容を思い返し、不思議そうに尋ねた。

「つまりそれは、あかりさんに宮迫さんが度々、憑依しているという解釈でよろしいのでしょうか?」

「ああ。それにしても随分、落ち着いているな。もっと、驚くかと思っていた」

呆れたようにつぶやいた春斗に、優香は軽く頷いてみせる。

「驚いてはいます。でも、それと同時に安堵しているのです」

「安堵している?」

「はい。宮迫さんが度々、あかりさんに憑依するようになったことで、あかりさんの命は繋ぎ止められているのですね」

優香がぽつりとつぶやいた言葉は、確認するような響きを帯びていた。

春斗は眉を寄せて言う。

「ああ。父さんが言っていたことが正しければな」

「つまり、宮迫さんのおかげで、あかりさんは救われたということになります」

「そうだな」

照れくさそうにそう答えた春斗に対して、優香は胸のつかえが取れたようにとつとつと語る。

「それに、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦に出場するために、最後のチームメンバーを探していた私達には朗報だと思います」

優香から思いもよらない言葉を告げられて、春斗はただただぽかんと口を開けるよりほかなかった。

チーム戦は、三人以上のチームでの対戦だ。

春斗、優香、そこに最低でも一人以上、加えなければ大会には出られない。

つまり、それはーー。

「…‥…‥ま、まさか、あかりを俺達のチームに入れるのか?」

春斗が驚いたような声で言うと、優香は少し逡巡してから頷いた。

「はい。ただ、あかりさんの体調と、あかりさんと宮迫さんが入れ替わる間隔がまだ、不明瞭なので、何とも言えませんが」

あっさりと口にされた言葉に、春斗はむっと眉をひそめる。

「確かに、宮迫さんバージョンのあかりが俺達のチームに入ってくれたら心強い。でも、無理に決まっている」

「何故ですか?」

優香の疑問を受けて、春斗は目を細めてから両拳をぎゅっと握りしめた。

「あかりは死にかけた…‥…‥いや、一度、死んだんだぞ!俺はもう、あかりが苦しむのを見たくない!」

「分かりました」

そう断じた春斗に、優香は先程の失言を悔やむように哀しげに俯く。

「そうですね。あかりさんの体調が不明瞭だというのに、このようなぶしつけなお願いをしてしまって申し訳ありませんでした」

「…‥…‥いや、優香。俺の方こそ、怒鳴ってしまってごめん」

優香の謝罪を受けて、春斗は少しばつが悪そうにゆっくりと首を横に振る。

「では、春斗さん。せめて、あかりさんのお見舞いにご同行してもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ」

こともなげに言う優香に、春斗はため息を吐いて、了承の言葉を口にした。






「ーーっ」

彼女に憑依した時に起こる微かな酩酊感は、思いもよらず近くからかけられた声によって一瞬で打ち消される。

「ーーあかりさん、大丈夫ですか?」

セミロングの黒髪の少女から向けられる紺碧の瞳には、明白な焦燥が滲み出ていた。

「私が分かりますか?」

ベットで仰向けになっていたあかりは、顔を覗き込むようにして身を乗り出してきた彼女の近さに思わず、瞬きしてしまう。

「…‥…‥誰だ?」

あかりがそう聞くと同時に、少女は目を細めて何やら難しい顔をすると隣にいた春斗に一瞬、視線を向けてから、ようやく安堵の息をついた。

「春斗さん。どうやら、今は宮迫さんバージョンのあかりさんみたいですね」

「ーー優香。あかりがーー宮迫さんが驚いているぞ」

片手で顔を押さえていた春斗は、呆気に取られているあかりの視線に気づくと朗らかにこう言った。

「あかり、いや、宮迫さん。その、俺のクラスメイトの天羽優香だ」

「こんにちは、天羽優香と申します」

「あっ、初めまして」

優香が丁重に一礼すると、あかりはきょとんとした顔で目を瞬かせる。

その様子に、優香は頬に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。

「初めまして…‥…‥ですか。本当に、あなたはあかりさんではないのですね」

「…‥…‥ごめん、驚かせて…‥…‥。でも、本当に俺は雅山あかりじゃないんだ」

淡々と口にする優香に、あかりは申し訳なさそうに謝罪した。

すると物言いたげな瞳で、優香はあかりのことを見つめてくる。

「あなたは、宮迫琴音さんなんですね」

「ああ」

再度、確認するかのように重ねて尋ねてくる優香に、あかりはしっかりと頷いてみせた。

そんな中、あかり達に背を向けたまま、春斗は腕を組んで考え込む仕草をする。

「今は宮迫さんか。一昨日が夕方から夜まで、昨日はお昼から夕方までが宮迫さんだったらしいから、同じ時間帯に入れ替わりが起こるわけではなさそうだな」

春斗が困ったようにため息をつく。

「でも、一昨日も昨日も、四時間ほど経ったらあかりに戻っていたって、父さんは言っていた。もしかしたら、あかりが宮迫さんに入れ替わる時間だけは一定なのかもしれない」

「そうですね」

春斗が幾分、真剣な表情で言うと、優香は振り返り、それに応えるようにこくりと頷いてみせる。

「宮迫さん。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ああ」

優香はあかりに向き直ると、厳かな口調で続けた。

「『宮迫琴音』さんというお名前は、偽名なのですよね?もしよろしければ、あなたの本当のお名前をお聞かせ頂くことはできませんでしょうか?」

「悪い。…‥…‥言えないんだ。俺の方で、いろいろと事情があって」

なんだ、それは、そう続けようとした春斗の目の前で、

「分かりました」

優香は淡々と頷いてみせる。

宮迫さんのことが知りたいーー。

優香の率直な答えに、春斗は思わず、熱くなりかけた思いを押さえて長く息を吐く。

「では、このまま、『宮迫さん』とお呼びしても構いませんでしょうか?」

「ああ、ありがとうな、天羽」

吹っ切れたような言葉とともに、あかりはまっすぐに優香を見つめる。

「宮迫さん」

その様子を、不思議な諦念とともに傍観していた春斗は穏やかな声でこう言った。

「実際、こんなことを頼むのは変なのかもしれないけど、このまま、あかりとして生きてくれないか?」

「なっ?」

予想もしていなかった春斗の言葉に、あかりは呆然とする。

春斗は病室の扉の方に振り向くと、一呼吸置いてから言った。

「前に、父さんから話は聞いていたと思うけど、あかりはーーあかりは、本当に宮迫さんが度々、憑依していないと死んでしまうんだ」

「ーーっ」

やや驚いたように言葉を詰まらせたあかりに、春斗は悔やむようにこう続ける。

「無理なお願いなのは分かっている。でも、頼む。宮迫さん、このまま、あかりとして生きてほしい!」

春斗のたっての懇願に、あかりはしばらく考えた後、俯いていた顔を上げると春斗に言った。

「うーん。もう一度、そのことを踏まえた上で、みんなと話してみるな」

「…‥…‥ああ。宮迫さん、ありがとう」

難しい顔をして顎に手を当てて考え込む仕草をするあかりに、春斗はふっと息を吐き出した。そして引き締めていた口元を少し緩めると、さもありなんといった表情で言った。

「あかりに憑依したのが、宮迫さんで本当に良かった」

「うん?」

「何でもない」

困惑したように首を傾げてみせるあかりに、春斗はほのかに頬を赤くし、ごまかすように早口で言った。

そして、春斗は先程の自分のーーそして優香の言葉を思い出す。

あかりとして生きてほしい、かーー。

そんなのは、ただの一方的で身勝手な望みだ。

むしろ、宮迫さんにぶしつけなお願いをしているのは俺の方だろう。

春斗は自嘲するように片手で顔を押さえると、薄くため息をついたのだった。

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