第二十四話 この想いが届きますように
「優香、春斗くん、あかりさん!」
「りこさん」
ゲームセンターに入ってすぐの大会受付のところで、携帯を持ちながら楽しげに軽く敬礼するような仕草を見せたりこと『ゼノグラシア』のメンバー達に、優香はひそかに口元を緩める。
優香はいささか盛り上がりにかける周囲の様子を見渡すと、意外そうに話を切り出した。
「てっきり、りこさん達は、黒峯玄さん達が出場するドームの公式の大会の方に参加されるのかと思っていました」
「りこ達も、本当はドームの公式の大会の方に出場したかったんだよ。でも、黒峯玄さん達が久しぶりに出場するから、参加希望者がすごく多かったの。りこ達も出場したかったのに、納得いかないに決まっているじゃん」
「そ、そうなんだな」
おどけた仕草で肩をすくめてみせたりこに、春斗は困ったように眉をひそめてみせる。
すると、りこは決まり悪そうに意識して表情を険しくした。
「それに、春斗くん達とは、今回の大会でリベンジをしたいから」
「そうか。だけど、次も負けない」
「ううん、次こそは、りこ達が勝つ!」
春斗がそう言い切ると、りこは当然というばかりにきっぱりとこう答えた。
彼女らしい反応に、春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべるとさらに言葉を続ける。
「それにしても、今回から『ラグナロック』に、黒峯麻白さんのサポート役のような人達が一緒に出場するみたいだな」
「うん。何でも、この間の事故の後遺症の影響で、黒峯麻白さんに記憶の欠落と度々、頭痛が起こったりしているみたいだから、その人達も一緒に、サポートとして参加しているみたいだよ」
「頭痛?」
りこの答えに、春斗は目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。
「そうそう。黒峯麻白さん、大丈夫かな」
「…‥…‥そうだな」
冗談でも、虚言でもなく、ただの願望を口にしたりこに、春斗は穏やかな表情で胸を撫で下ろすと口元に手を当てて考え始める。
それにしても、この間の事故の後遺症の影響でと言っていたけど、もしかしたら魔術で生き返った影響で、記憶が欠落しているだけではなく、頭痛も起こっているのかもしれない。
ゲームセンターのステージまでたどり着くと、春斗は数日前に黒峯玄達から語られた内容を思い返し、深刻そうにつぶやいた。
「黒峯麻白さんは、あかり以上に魔術で生き返った影響が出てーー」
「さあ、お待たせしました!ただいまから、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のチーム戦を開始します!」
何かを告げようとした春斗の言葉をかき消すように、突如、実況の声が春斗達の耳に響き渡る。
実況の大会開幕の言葉に、観客達はヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
「 みやーーいや、あかり、優香。今度こそ、絶対に優勝しような」
「ああ。絶対に、俺達が勝ってみせる」
「はい、勝ちましょう」
気を取り直した春斗の強い気概に、先程、琴音に変わったばかりのあかりと優香が嬉しそうに笑ってみせたのだった。
「決まった!」
実況の声が、対戦チームを五分とかからず倒しきった春斗達に響き渡る。
「Aブロック勝者は『ラ・ピュセル』!今回も怒濤の快進撃、決勝進出決定だ!」
「本当にすごいな」
「宮迫さんバージョンのあかりさんがいるだけで、ここまで違うのですね」
実況がそう告げると同時に、春斗と優香の二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
「ありがとうな」
春斗達の何気ない称賛の言葉に、車椅子に乗ったあかりが嬉しそうに笑ってみせた。
そして、あかりはゲームセンターのモニター画面に表示されているBブロックのバトルの様子を見ると、少し意外そうに言った。
「決勝の相手は恐らく、『ゼノグラシア』になりそうだな」
「そうですね。でも、りこさん達、だいぶ苦戦しているみたいです」
「『ゼノグラシア』が苦戦している?」
優香の言葉に、春斗は目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。
戸惑う春斗をよそに、優香は先を続ける。
「はい。りこさん達と対戦しているのは確か、倉持ほのかさんがチームリーダーを務めていますーー」
その優香の言葉を聞いた瞬間、あかりは息を呑んだ。
「倉持!」
「…‥…‥倉持?」
驚愕するあかりを横目に、春斗は戸惑うようにあかりに話を振ってきた。
「前に、ゲームセンターの非公式の大会のチーム戦で、俺達のチームと対戦したことがあるんだ」
「宮迫さんのチームと対戦したことがある人達なのか?」
「ああ。でも、俺の知る限り、倉持達が公式の大会に出場していたことはなかったんだけどな」
不合理と不調和に苛まれた混乱の極致の中で、あかりはまじまじとモニター画面を見つめた。
宮迫さんの知り合いなのか?
そう思ってつられるようにモニター画面を見遣った春斗は、対戦相手が操作していると思われる少女騎士が、りこのキャラと互角に渡り合っていることに気づいた。
だが、りこのキャラが流れるように必殺の連携技を披露したことをきっかけに、『ゼノグラシア』が徐々に、倉持ほのかが操作していると思われる少女騎士と他の騎士達を追いつめていった。
優香はわずかに目を見開いた後、神妙な表情で言った。
「りこさん達、手強くなっていますね」
「ああ。倉持達も、前に対戦した時より強くなっているけど、『ゼノグラシア』の方が一歩リードしているな」
あかりがこともなげに言うのをよそに、春斗はモニター画面を見据えると、きっぱりと断言してみせた。
「だけど、俺達も負けられないからな」
不意にかけられた言葉が、意味深な響きを満ちる。
絶対にーー。
言外の言葉まで読み取ったあかりと優香を尻目に、春斗はゲームセンターのモニター画面上に表示されたポップ文字を見遣り、今生りこ達のチーム、『ゼノグラシア』の勝利を確認する。
『ゼノグラシア』は、前に対戦した時よりも、格段に強くなっているーー。
初めて、今生りこ達とバトルしたーーあのゲームセンターの非公式の大会での時のことを思い出し、春斗は途方もなく心が沸き立つのを感じた。
ーーだけど、今回の大会も、俺達が勝ってみせる。
そして、今度こそ、あの阿南輝明達、『クライン・ラビリンス』と、黒峯玄達、『ラグナロック』に勝ちたいーー。
やり場のない震えるような高揚感を少しでも発散させるために、春斗は拳を強く握りしめた。
「みやーーいや、あかり、優香。決勝もーー」
「さあ、お待たせしました!ただいまから、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のチーム戦決勝を開始します!」
何かを告げようとした春斗の言葉をかき消すように、再度、実況の声が春斗達の耳に響き渡る。
実況の決勝戦開幕の言葉に、観客達はさらにヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
「まずは、今回の大会も、怒濤の快進撃を続ける『ラ・ピュセル』!そして対するのは、『ラ・ピュセル』が初出場の時に対戦した、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で上位を占めるプレイヤーの一人、あの今生りこを擁すチーム『ゼノグラシア』だ!」
実況の甲高い声を背景に、春斗達は決勝のステージまで行くと、まっすぐ前を見据えた。
決勝の舞台で戦うプレイヤー。
そのうちの一人である、りこは春斗達を見つめると、人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。
「ねえねえ。春斗くん達は、宮迫さんって知っている?」
「「「ーーっ」」」
何の前触れもなく告げられた言葉に、春斗はーーそしてあかりと優香は驚愕した。
「…‥…‥みや、宮迫さんって、もしかして、宮迫琴音さんのことか?」
「そうそう」
春斗がかろうじてそう聞くと、りこは吹っ切れた言葉とともに不敵な笑みを浮かべた。
「準決勝で対戦した倉持ほのかさんが言っていたの。宮迫さんを探しているって」
「ーーっ」
やや驚いたように言葉を詰まらせたあかりに、りこは意味深にこう続ける。
「宮迫さんのチームともう一度、対戦したいみたいだよ」
「…‥…‥だから、倉持達は、今回の大会に出場していたのか」
予想もしていなかった彼女の言葉に、あかりは呆然とする。
りこは春斗達の方に振り返ると、一呼吸置いてから言った。
「確か、宮迫琴音さんって、あの第一回公式トーナメント大会の個人戦、事実上準優勝者の人だよね。りこも、探してみようかな」
「ちょ、ちょっと待て!なんで、そうなるんだ?」
何気ない口調で告げられたりこの言葉に、春斗は頭を抱えたくなった。
「だってー、宮迫さんは、あの個人戦の覇者である布施尚之さんと互角に戦った人だったじゃん!だから、りこも宮迫さんとバトルしたいなと思ってー」
「りこ、相変わらずですね」
春斗から指摘されると、りこはそれまでの明るい笑顔から一転して頬をむっと膨らませる。
その場で屈みこみ、唇を尖らせるという子供っぽいりこの仕草に、優香はくすりと笑みを浮かべた。
「優香も相変わらずだね」
優香の言葉に、満足そうに頷いたりこは立ち上がると、ステージ上のモニター画面の前に置いてあったコントローラーに手をかけながら言い放つ。
「でも、今回は、絶対に負けないからね!」
「はい。でも、私達も負けません」
片手を掲げて、りこがいつものように嬉々とした表情で興奮気味に話すのを見て、優香は思わず、苦笑した。
春斗達も軽くため息を吐き、右手を伸ばした。そして、モニター画面の前に置いてあるコントローラーを手に取って、正面のゲーム画面を見据える。
「では、レギュレーションは一本先取。最後まで残っていたチームが優勝となります」
「いずれにしても、やるしかないか」
決意のこもった春斗の言葉が、場を仕切り直した実況の言葉と重なった。
「ああ」
「はい」
春斗の言葉にあかりと優香が頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
対戦開始とともに、先に動いたのは春斗達だった。
春斗のキャラが地面を蹴って、りこ達との距離を詰める。
迷いなく突っ込んできた春斗のキャラに合わせ、りこ以外の『ゼノグラシア』のメンバーはいっせいに動いた。
「ーーっ!」
四方八方から放たれた『ゼノグラシア』のメンバー達の一撃を何とかいなした春斗は、勢いもそのままに半回転し、メンバーの一人に自身の武器である短剣を叩き込んだ。
しかし、春斗の電光石火の一撃は、突如左側面から襲い来た、りこの槍に弾かれ、大きく体勢を崩す。
軽く身体を浮き上がらせた春斗のキャラに対して、さらに別の『ゼノグラシア』のメンバーの一人の剣が、右側面から突き入れようとする。
「春斗!」
りこ達のキャラの動きを確認すると同時に、あかりのキャラは急加速してりこ達へと向かってくる。
「ーーっ!」
反射的に、りこは自身のキャラの武器である槍で迎え撃とうとして、その瞬間、背後に移動したあかりのキャラに受けようとした槍ごと深く刻まれた。
少なくはないダメージエフェクトを撒き散らしながらも、チームメイト達とともに後方に下がり、何とか体勢を立て直すと、先程の違和感がある固定キャラの固有スキルであることに勘づいたりこは、咄嗟に優香のキャラがいる方向へと振り向く。
そこには、優香のキャラが自身の武器であるメイスを構えて立っていた。
優香の固有スキル、テレポーターー。
一瞬で自身、または仲間キャラを移動させる固有スキルだ。
しかし、一般のプレイヤーは移動させられる距離は短く、また、使用した際の隙も大きくなるため、滅多には使わない。
だが、優香は『ラ・ピュセル』に出てくるマスコットキャラ、ラビラビが使う瞬間移動のように、精密度をかなり上げたため、不可能とされた長距離の移動を可能にしていた。
「ーーさすがだね、優香」
不意に、りこが微笑んだ。
薄暗い廃墟を舞台にしながらも、その穏やかな笑顔は太陽のようにどこまでも眩しい。
「でも、硬直状態の今は隙だらけだよ!」
嬉々とした声とともに、正面から突っ込んできた、りこのキャラに対して、春斗もまた優香を守るため、地面を蹴って優香のキャラのもとへと向かう。
あっという間に接戦した春斗のキャラとりこのキャラは、息もつかせぬ激しい攻防を展開する。
りこのキャラが繰り出す目にも留まらぬ突きは硬軟織り交ぜた春斗のキャラの短剣さばきにほとんど防がれ、連携技を駆使した春斗のキャラの絶妙な攻撃はりこのキャラの軽妙なバックステップのもとになかなか決定打を生み出せない。
「今生、手強いな!」
「春斗くんも、やっぱり強いね!」
交わした言葉は一瞬。
挑発的な言葉のはずなのに、春斗とりこは少しも笑っていない。
あっという間に離れた二人は、息もつかせぬ攻防を再び、展開する。
「…‥…‥『ラ・ピュセル』には、いないみたい」
お互いの隠しようもない余裕のなさを尻目に、観客席で彼らのバトルを見守っていた少女ーー倉持ほのかは、ふっと寂しそうに笑うと一人、遠くへと視線を向けた。
倉持ほのかが、ゲームをやっているのには理由があった。
春斗達のバトルを見て、つい思い出してしまう。
このゲーム、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』を始めたきっかけを。
ーーオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』が発売された日、ほのかのクラスメイトの一人が失踪した。
上岡進くん。
いつしか、捜査の手も行き詰まってしまった、同じクラスメイトだった、太陽のように輝いていた男の子。
だけど今、探しているのは、前にゲームセンターで対戦したことがある宮迫琴音さんだ。
宮迫さんと一緒にいると何故か、上岡くんと一緒にいる時と同じような気分になってしまう。それが、どこか不思議な感じがして、何だか落ち着かないのに、一緒にいて心地よい気がした。
どうすれば、上岡くんと宮迫さんに、もう一度、会えるのかーー。
最近、話題になっている『ラ・ピュセル』 というチームのことを知った時、ほのかが考えて思いついたのは、至って平凡極まりないものだった。
「もしかしたら、『ラ・ピュセル』には、上岡くんか、宮迫さんがいるのかもしれない」
大会に負けてしまったことよりも、二人に関する手がかりが見つからなかったということよりも、いつかまた、上岡くんと宮迫さんに会えますように、それだけをほのかは心から願い続けていた。




