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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
23/126

第二十三話 兄と妹の方程式 ☆

夏祭りの夜、春斗は、自分の部屋のベットに横たわってテレビを見ていた。

雑多な情報が溢れる中、ある情報番組で、これからドームで行われるオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式の大会に、黒峯玄達の『ラグナロック』が出場することが映し出されている。

オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式戦。

それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式トーナメント大会と同様に、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で正式にランキング入りを果たした者だけが出場できる仕組みになっていた。

その公式の大会で、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームが、ついに大会に復帰する報道が伝えられている。

ドーム会場の場面が切り替わると、情報番組の解説者達が改めて、今度、ドームで行われる公式の大会について熱心に議論し始めた。

それらの音声を背景に、春斗はベットから起き上がるとふっと表情を消した。

「ついに黒峯玄達、『ラグナロック』が大会に復帰するんだな。俺達もーー」

そう言いかけた春斗の脳裏に、不意に今日、黒峯玄と対戦した後のあかりの言葉がよぎる。


『あの、今度は黒峯麻白さんに会いに来てもいいですか?』


ーーそうだ。

この公式の大会の日は、黒峯麻白さんも魔術で生き返るんだよな。

このドームで行われる公式の大会のエントリーは、参加者が多かったために既に締め切られているけれど、黒峯麻白さんに会いに行くことで、俺達のチームに必要なものが何か、つかめるかもしれない。

気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐに画面を見つめ直した春斗は思ったとおりの言葉を口にした。

「俺達も負けていられないな!」

画面の中の玄達を見つめる春斗は、導き出した一つの結論に目を細めた。






夏祭りの出来事から数日後ーー。

春斗達は前に玄と対戦した大きなゲームセンターにたどり着くと、すぐ近くのゲームスペースを貸し出す個室に入った。

四人用のゲームスペースは、モニター画面と、対面にソファー型の椅子が置かれただけの狭い部屋だ。

個室のドアを開くと、春斗達が前もって呼びよせていた人物達は、すでにそこで待っていた。

「黒峯玄と…‥…‥」

「ううっ…‥…‥」

「黒峯麻白さん!」

玄の後ろに隠れて、おろおろとしている麻白の姿を目の当たりにして、春斗は知らずそうつぶやいていた。

挿絵(By みてみん)

黒峯麻白さんが魔術で生き返った日ーーつまり、今度、ドームでの公式の大会がある日に、彼女と会わせてほしいーー夏祭りの翌日、玄にそう言って懇願したのは春斗だった。

本当はドームで直接、会う予定だったのだが、春斗達もこれから、このゲームセンターでの公式の大会に出場することになったため、この場所で落ち合うことになったのだ。

あかりと同じく魔術で生き返った黒峯麻白さんは、以前、出会った時とは少し違う雰囲気を醸し出していた。

その理由を、春斗は瞬時に理解する。

確か、黒峯麻白さんは、家族とチームメイトの浅野大輝以外の記憶が欠落しているんだったよな。

なら、前に会った俺達のことも忘れているはずだ。

「あっ…‥…‥」

麻白がそうつぶやくと同時に、優香は目を細めて何やら難しそうな顔をすると、隣にいた春斗達に一瞬、視線を向けてから、ようやく声をかけた。

「黒峯麻白さん、お久しぶりです」

「あの、あたし」

「ーー優香。黒峯麻白さんが困っているぞ」

片手で顔を押さえていた春斗は、呆気に取られている麻白の視線に気づくと朗らかにこう言った。

「その、黒峯麻白さん。俺達は、前に黒峯麻白さんと会ったことがあるんだ」

「あの、雅山あかりです」

「こんにちは、天羽優香と申します」

「あっ、初めまして」

あかりと優香が丁重に一礼すると、麻白はきょとんとした顔で目を瞬かせる。

その様子に、優香は頬に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。

「初めまして…‥…‥ですか。本当に、記憶がないのですね」

「…‥…‥驚かせてごめんなさい。でも、あたし、本当に分からないの」

淡々と口にする優香に、麻白は申し訳なさそうに謝罪した。

沈んだ声でそう告げる麻白の姿に、優香は先程の失言を悔やむように哀しげに俯く。

「そうなのですね。麻白さんの体調が不明瞭だというのに、今回、このようなぶしつけなお願いをしてしまって申し訳ありませんでした」

「…‥…‥ううん。あたしの方こそ、覚えていなくてごめんなさい」

優香の謝罪を受けて、麻白は少しばつが悪そうにゆっくりと首を横に振る。

そんな麻白の様子を見かねた玄は少し困ったように、妹の顔を覗き込んで言った。

「…‥…‥麻白、大丈夫だ。彼らは、俺の知り合いだ」

「…‥…‥うん」

玄の言葉に、麻白は少し不安そうにしながらも身体を縮ませてこくりと頷く。

「黒峯麻白さん」

そんな二人の様子を見て、春斗はその疑問を口にするべきかどうか、一瞬、迷った。

しかし、こらえきれなくなって、春斗は意を決したように訊いた。

「その、魔術を使う少年に誘拐されたって聞いたんだけど、大丈夫だったのか?」

「うん」

「そ、そうなんだな」

必死に言い繕う春斗を見て、麻白は嬉しそうにはにかむように微笑んでそっと俯く。

「あの、心配してくれてありがとう。はるーーううっ、その」

思わず、口にしかけた言葉に、麻白ははっとした表情を浮かべ、あからさまに視線を逸らした。

麻白の慌てた様子に、春斗は少し怪訝そうに首を傾げながらも淡々と言う。

「俺は、雅山春斗だ」

「は、春斗くん、ありがとう」

あくまでも彼らしい春斗の反応に、麻白はほっと安堵の息を吐くと、花咲くようにほんわかと笑ってみせる。

その時、不意に玄の携帯が鳴った。

玄が携帯を確認すると、先程、返事を返したばかりの大輝からのメールの着信があった。

メールの内容を見て、玄はため息をつくと朗らかにこう言った。

「麻白、そろそろ、公式の大会が始まるみたいだから、ドームの方に行こう。大輝からの伝言だ」

「伝言?」

玄がそう言って自身の携帯を見せると、麻白は不思議そうにきょとんと小首を傾げる。


『玄、麻白、復帰早々、大会に遅刻してもしらないぞ』


「大輝らしいな」

「大輝が早すぎ。時間、まだあるよ」

大輝に鋭く指摘されて、玄が殊更もなく苦笑したのに対して、麻白は携帯の時間を見つめると不満そうに頬を膨らませてみせる。

玄は立ち上がると、いまだにふて腐れている麻白の頭を穏やかな表情で優しく撫でてやった。

「麻白、そろそろ行くか」

「うん」

麻白はほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、嬉しそうにはにかんだ。

「黒峯玄。今日は、黒峯麻白さんに会わせてくれてありがとうな」

春斗はそこまで告げると、視線を床に落としながら感謝の意を伝える。

「黒峯玄さん、ありがとうございます」

「黒峯麻白さん、ありがとうございます」

「ああ」

春斗に相次いで、優香とあかりも粛々と頭を下げる。

玄が幾分、真剣な表情で頷くと、ソファーから立ち上がった麻白は嬉しそうに顔を輝かせて言った。

「玄、あたし、また、春斗くん達に会いたいな」

「…‥…‥ああ、そうだな」

内心の喜びを隠しつつ、玄は微かに笑みを浮かべると、踵を返して麻白とともにその場から立ち去っていったのだった。






「ねえ、お兄ちゃん」

ゲームスペースの個室から出た後、車椅子に乗ったあかりがぽつりとつぶやいた。

「…‥…‥どうした、あかり」

「あ、あのね」

春斗のその問いに、あかりは車椅子の肘掛けをぎゅっと握りしめたまま、恥ずかしそうにそうつぶやくと顔を俯かせる。

しかし、このままでは話が先に進まないと思ったのだろう。

あかりは顔を上げると、意を決して口を開いた。

「私、黒峯麻白さんと友達になりたい」

「黒峯麻白さんと?」

意外な言葉に、春斗は思わず唖然として首を傾げた。

あかりは嬉しそうに頷くと、さらに先を続ける。

「うん。私も、黒峯麻白さんと同じように魔術で生き返ったから、黒峯麻白さんが辛い時に力になりたいの」

あかりがぱあっと顔を輝かせるのを見て、春斗は思わず苦笑してしまう。

「嬉しそうだな」

「うん。嬉しんだもの」

春斗の何気ない言葉に、あかりは嬉しそうに笑ってみせた。

「私、ずっと入院していたから、同じ年頃の友達ができるかもしれないって思うとすごく嬉しいの。それに、黒峯麻白さん。家族と浅野大輝さん以外の人の記憶がないから、他の人と話すのってすごく不安だと思うの。だから、私と友達になって、黒峯麻白さんが前みたいに笑ってくれたらいいな」

「あかり、違うだろう」

「えっ?」

突然の春斗からの指摘に、あかりは呆気に取られたように首を傾げた。

春斗の代わりに、優香が優しげな笑みを浮かべて答える。

「私ではなくて、私達です」

「う、うん!」

優香の言葉に、あかりは顔を上げると明るく弾けるような笑顔を浮かべてみせた。

日だまりのようなその笑顔に、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。

家族とチームメイト以外の記憶がないという状況が、どれほど不安なことなのかは分からない。

でも、あかりが黒峯麻白さんと友達になりたいと願ったように、黒峯麻白さんも俺達と友達になってくれたらいいな、と願ってしまう。

春斗はあかりと優香を横目に見ながら、少し照れくさそうに頬を撫でる。

「でも、あかり。友達になるのに、いつまでもフルネームのままっていうのは、まずいよな」

「うーん。普通に、麻白って呼んだらいいのかな」

「そうですね」

あかりと優香の少し困ったようなその笑みに、春斗は思わず、吹っ切れたように笑ったのだった。

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