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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
22/126

第二十二話 あの夏空の花火

「う、う~ん」

立派な寝癖がついた髪をかき上げながら、車椅子を動かしていたあかりが一つあくびをする。

「お兄ちゃん、優香さん。そろそろ、宮迫さんに変わるみたい…‥…‥」

「そうか」

「そうですか」

隣に立っている春斗達にそう答えると、あかりは神社の裏地に移動するために車椅子を動かし、くるりと半回転してみせた。だがすぐに、うーん、と眠たそうに目をこすり始めてしまう。

眠気を振り払うようにふるふると首を振ったものの効果はなかったらしく、結局、あかりは車椅子にぽすんと寄りかかって目を閉じてしまった。

そのうち、先程より少し大人びた表情をさらしたあかりが、すやすやと寝息を立て始める。

その様子を見て、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。

「あかり…‥…‥」

「ーーっ」

横向きに寄りかかっているため、車椅子から落ちそうになっているあかりの華奢な体を、春斗はそっと元の姿勢に戻そうとした。

だが、春斗はあかりを元の姿勢に戻すことはできなかった。

その前に、不意に目を覚ましたあかりがあわてふためいたように両手を左右の肘かけに伸ばして、車椅子から落ちそうになるのを自ら、食い止めたからだ。

「あかり、大丈夫か?」

「…‥…‥春斗」

春斗に声をかけられたことにより、あかりはーー琴音はあかりに憑依したことを察したようだった。

あかりはきょろきょろと周囲を見渡し、自分の置かれている状況に気づくと、呆然とした表情で目を丸くした。

「今日は、お祭りなんだな」

驚きの表情を浮かべるあかりの様子に、春斗は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。

「ああ。今日はいろいろとあって、お祭りに来ているんだ」

「そうなんだな」

春斗がざっくりと付け加えるように言うと、あかりはきょとんとした顔で目を瞬かせる。

優香はラビラビのヨーヨーを掲げると、誇らしげに笑みを浮かべてみせた。

「宮迫さん、見て下さい。ラビラビさんのヨーヨーです」

「ラビラビのヨーヨーがあるんだな」

いつもどおりの彼女のーー琴音の反応に、春斗はほっと安心したように、優しげに目を細めてあかりを見遣る。

「あの、宮迫さん、聞いてもいいかな?」

「うん?」

一旦、言葉を途切ると横に流れ始めた話の手綱をとって、春斗が鋭く目を細めて告げた。

「宮迫さんが悩んでいることって、何なんだ?」

核心を突く春斗の言葉に、あかりは思わず目を見開く。

恐らくそれが、この場で最も重要なことだろう。

宮迫さんがあかりとして生きていくということは、宮迫さんは宮迫さんとあかりの二人分、生きていくことになる。

それは、想像以上に大変で、困難極まりない人生になるだろう。

八方塞がりな状況に悩みに悩んだ春斗達が導き出した結論は、彼女を少しでも支えるという儚きものだった。

しかし、この結論さえも何の根拠もないものだと分かり得ている。

だが、それでも、彼女の悩みを少しでも解消したいと春斗達は思ったのだ。

あかりは複雑そうな表情で視線を落とすと熟考するように口を閉じる。

だが、その問いに答えたのはあかりではなかった。

「オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式の大会の前から、ずっと悩んでいますよね。何かあったのでしょうか?」

「悪い。…‥…‥言えないんだ。俺の方で、いろいろと事情があって」

「分かりました。では、宮迫さん。せめて、お話できることだけをお聞かせ頂くことはできませんでしょうか?」

優香の重ねての問いかけに、あかりは観念したようにため息を吐いた。

「…‥…‥別の場所で、話しても大丈夫か?」

「ああ。なら、神社の裏地に行こう」

「そうですね」

春斗と優香がそう答えると、春斗達はそのまま、踵を返し、足早に神社の裏地へと向かうため、人込みの中を歩いていく。

神社の裏地にたどり着くと、春斗は一度、警戒するように辺りを見渡した後、あかりの方へと向き直る。そして、率直にこう告げた。

「ここなら、人はいないみたいだな」

「…‥…‥ああ。ありがとうな、春斗、天羽」

吹っ切れたような言葉とともに、あかりはまっすぐに春斗と優香を見つめる。

「ある人から、別の少女として生きてほしいって言われたんだ」

「ーーっ」

聞いた瞬間、思わず心臓が跳ねるのを春斗は感じた。知らず知らずのうちに、拳を強く握りしめてしまう。

それは前に、自分が琴音に告げた言葉と同じだったからだ。

「俺は既に、あかりを含めて、三人分、生きている。そんな、特別な存在だったからだろうな。四人分、生きてほしいって言われるのも、当然のことだったかもしれない」

「四人分!?」

「そんなに、重い事情を背負っていたんですね」

車椅子の肘かけの上に置いた手を握りしめていたあかりが、隣に立っている春斗と優香の言葉でさらに縮こまる。

あかりは躊躇うように、不安げな顔で言葉を続けた。

「その人から言われたんだ。ずっと、会えなくてもいい。誰かに迷惑をかけることになっても、彼女がーー家族が笑っていたあの時を取り戻したい。例え、それが俺の存在を、犠牲にする手段だったとしても」

「宮迫さんの存在を、犠牲にする」

「…‥…‥そんな」

春斗と優香は、あかりから信じられないようなその事実を聞かされて驚愕する。

震える春斗と優香の言葉に、両拳をぎゅっと握りしめたあかりは何も言えずに俯いてしまう。

「…‥…‥そ、それって、宮迫さんがその少女として生きていく代わりに、宮迫さんの存在そのものが抹消されてしまう可能性があるっていうことか!」

「宮迫さんが、ずっと悩んでいたことはそのことだったんですね」

「…‥…‥ああ」

あまりにも衝撃的な事実を突きつけられて、春斗と優香は二の句を告げなくなってしまっていた。

あかりは顔を俯かせると、辛そうな顔をして言った。

「…‥…‥ごめん、春斗、天羽。驚かせて…‥…‥。でも、本当のことなんだ」

「…‥…‥宮迫さん」

「宮迫さん、話して下さり、ありがとうございます」

切羽詰まったようなあかりの態度に感じるものがあったのだろう。

春斗と優香は真実を見たような気がして、互いに穏やかな表情を浮かべると、あかりの肩に手を置いた。

「宮迫さん。先程、あかりと優香と一緒に話し合ったことがあるんだ」

「話し合ったこと?」

思い詰めた表情をして言うあかりに、春斗が意を決したようにあかりの手をつかんで言った。

「俺達はできる限り、あかりのーーそして、宮迫さんのそばにいて、二人を支えていこうって」

「ーーっ」

春斗の強い言葉に、あかりが断ち切れそうな声でつぶやく。

そんなあかりに、春斗は屈託なく笑うと意味ありげに続けた。

「だから、もう無理はしないでいいからな」

「私達がこれからもずっと、あかりさんのーー宮迫さんのそばにいます」

「ーーっ」

目を見開くあかりに、春斗と優香は当然のように続ける。

「俺達はどんなことがあっても、あかりのーー宮迫さんの味方だ」

「話せないことでしたら、話せる箇所だけでも話して下さい」

「俺はーー」

そう言葉をこぼすと、あかりは滲んだ涙を必死に堪える。堪えた涙は限界を越えそうになっていた。

それでも、あかりは目元を拭い、前を見つめながら言葉を続けた。

「俺、こうして、春斗達に会えてよかった」

「俺達も、あかりに憑依したのが、宮迫さんで本当に良かった」

胸に滲みるように安堵の表情を浮かべる春斗をよそに、あかりは俯いていた顔を上げると物憂げな表情を収め、楽しそうに小さな笑い声を漏らした。

「ありがとうな、春斗、天羽」

「はい」

優香が嬉しそうに、くすりと笑ってそう答える。

しばらく視線をさまよわせた後、春斗は意を決して口を開いた。

「宮迫さんが元気になって良かった」

「うん?」

「何でもない」

困惑したように首を傾げてみせるあかりに、春斗はほのかに頬を赤くし、ごまかすように早口で言った。

「そろそろ、花火が上がる頃だし、出店の方に戻るか」

「ああ」

「そうですね」

そう言うと、優香はあかりが乗っている車椅子の右ハンドルを握ってきた。

春斗が赤面しながらも、左ハンドルの方を恐る恐る握ると、三人はお祭りの出店の方へと歩き始めたのだった。






「はあっ…‥…‥」

お祭りの出店の方に戻りながらも、春斗の頭の中は、いまだに真っ白に塗りつぶされ、思考は少しもまとまらなかった。

何もかも現実味が欠けた世界で、先程、触れた妹のーー琴音の手の柔らかい感触と、隣を歩く優香の柔らかな笑顔だけが確かだった。

夢ではないのだ。

宮迫さんがこれからあかりを含めて、四人分、生きていかないといけないこと。

そんな宮迫さんとあかりを、俺達がずっと支えていこうと約束したこと。

そして、優香と一緒に、あかりがーー宮迫さんが乗っている車椅子を押していることもーー。


夏空を背景に、遠くで花火が上がる音がしたーー。

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