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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
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第二話 怪しい魔術に騙されてしまった家族の末路

翌日、病院のベットに横たわり、ぼんやりと窓の外を眺めているあかりに、春斗は訊いた。

「あかり、もう大丈夫なのか?」

「ねえ、お兄ちゃん。本当に昨日、ゲームの大会の準優勝者だった人が私になっていたの?」

問い返したはずなのに逆に問い返されて、春斗は言いにくそうに困った表情であかりを見た。

「…‥…‥父さんが言っていたことが正しければな」

「そうなんだね」

あかりがぱあっと顔を輝かせるのを見て、春斗は思わず苦笑してしまう。

「嬉しそうだな」

「うん。嬉しんだもの」

春斗の何気ない言葉に、あかりは嬉しそうに笑ってみせた。

入れ替わり現象。

それは、互いの心と体が入れ替わる現象である。

その現象が昨日、俺の妹のあかりに起こったわけなのだが、普通とは決定的に違う点が二つあった。

ある日、黒コートに身を包んだ怪しげな格好をした少年が、俺の父親にこう告げてきたのだ。

「あやーー否、宮迫琴音ちゃんを二人にしたいから、我の魔術に協力してほしいのだ。その代わり、あかりちゃんを生き延びさせてやってもよい」

何故、娘の名前を見知らぬ少年が知っているのかーー。

明らかに悪質な戯れ言ーーイタズラだと一蹴するか、全く気に止めないのが、普通の人の判断だと俺は思うのだが、あいにく、この時、俺の父親はあかりの病気を治すため躍起になっていた。

このようなわけの分からない魔術に頼らなければならないほど、父親は果てしなく追い詰められていたのである。

その結果、一度、死んだはずのあかりは無事、生還を果たした。

しかし、代わりにあかりは、その日からあかりの人格とは別のーー宮迫琴音という少女の人格と一定置きに入れ替わってしまうという状況へと陥ってしまった。

だが、実質、あかりは宮迫さん自身とは入れ替わっていないため、宮迫さんが度々、あかりに憑依していると言った方が正しいのかもしれない。

また、あかりも宮迫さんも、お互いの記憶は残らないようになっている。

何でも少年の話では、宮迫さんの心の一部があかりに憑依している間でも、宮迫さん自身は何の問題もないそうだ。

どういう意味なのかは、全く持って不明である。

ただ、重大なのは、宮迫さんが度々、あかりに憑依していなければ、あかりは死んでしまうという事実だけだった。

つまり、宮迫さんを二人にするという破天荒な発想の持ち主の少年が告げた言葉どおり、あかりはなんとも型破りかつ、甚だ大迷惑な方法にて見事生還を果たしたのだった。

それが、一つ目の問題である。

もう一つの問題ーーそれは、あかりが熱狂的な宮迫さんのファンだったということだ。

自分に、見知らぬ誰かが度々、憑依してくる。

それは、にわかには信じられない状況だ。

だけど、あかりはその非現実さにくすぐったげに笑ってしまった。

今もなお、幸せそうに唇を噛みしめている。

事実、『宮迫さん』以外なら、あかりは自分が知らない人に憑依されているという事実に耐えられなくなり、恐怖に怯え、震えていたことだろう。

だが、自分に憑依しているのが、宮迫さんだった。

その事実が、あかりにとって、まるで名誉であることのように思えているのだ。

そしてーー。

「ねえ、お兄ちゃん。私バージョンの宮迫琴音さんはどんな感じだった?」

「い、いや、どんな感じって言われても」

わくわくと誇らしげにそう告げられた意味深なあかりの言葉に、春斗の反応はワンテンポどころか、かなり遅れた。

得心したように頷きながら、あかりは言った。

「あはっ、お兄ちゃんの憧れの人が、今や私なんだよ」

憧れの人という単語を耳にした瞬間、春斗は戸惑っていた表情を収め、両拳を突き出すと激昂したように叫んだ。

「分かっているよ!」

「私、これで宮迫さんと同じようにゲームができるね。それに私が宮迫さんの時は、学校に行っても学力的に何の問題がないかもしれない」

そう告げるあかりの瞳はどこまでも澄んでおり、真剣な色を宿していた。

そのことが、春斗を安堵させる。

あかりは生きている。

あかりは今、確かにこうして生きているんだ。

今はまだ状況の変化についていけていないだけで、あかりの本質は何も変わっていない。

「ああ、そうだな」

内心の喜びを隠しつつ、春斗は微かに笑みを浮かべると、ゆっくりとあかりの病室を後にした。






宮迫琴音。

オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会の準優勝のはずだった少女であり、出身年齢全てが身元不明の謎の存在だ。

まるで仮想現実の中の存在のような、ふわついた空想上の少女。

そんな彼女と、春斗がオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』で初対戦したのはいつだっただろうか?

春斗は怯まず、怯えず、正面から真正面に挑み、そのとてつもない強さに完膚なきまでに敗北してーー心から感激した。

まさにペンギンのようなフードを被った小柄な少女を操作しながら、卓越された動きと神業に近いそのテクニック。

完敗してなお、尊敬の念を抱かせる超然とした佇まい。

ゲームの世界にしろ、何にしろ、常軌を逸した超越的存在というものが確かに存在するのだと、春斗は思った。

そんな彼女が、今や自分の妹なのだ。

「…‥…‥まずい。明日からは学校が終わってからだから、あかりはその時、宮迫さんかもしれないんだよな」

春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったようにあかりの病室に視線を向けた。

「何、話そう」

そうつぶやきながらも、答えは決まっている。

「ーーって、そんなのゲームの話しかないよな」

淡々と述べながらも、春斗は両手を伸ばしてひたすら頭を悩ませる。

そして、本当に妹に憑依してくる彼女があの『宮迫琴音』なのか、確かめるための方法を顎に手を当てて真剣な表情で思案し始めた。






悩みに悩んで疲れ果てた様子の春斗が家に戻ってきたのは、日が沈む間近のことだった。

「…‥…‥はあ~、ただいま」

「おかえり、春斗」

母親の出迎えとともに、おぼつかない仕草で靴を脱ぎ、玄関に足を踏み出した春斗は真っ先に疑問に思っていたことを口にした。

「なあ、母さん。あかりの病気、あれからどうなったんだ?」

「それがね、何故か、症状が良くなってきているらしいの。魔術の影響かしら」

春斗があくまでも真剣な眼差しで聞くと、母親は不思議そうに顎に手を当てると、とつとつとそう語る。

「退院って、できそうなのか?」

「そうね。退院自体はしばらく厳しいかもしれないけど、症状がもう少し良くなったら、週に一度くらいは家に戻ったりすることができるようになるみたい」

やや驚いたように声をかけた春斗に、母親は少し逡巡してから答えた。

「あかりが戻って来たら、家族でお出かけしたいわね」

「そうだな」

口調こそ、重たかったものの、どこか晴れやかな表情を浮かべて言う母親の言葉に、春斗はほっとしたように安堵の表情を浮かべる。

それからしばらく、母親と差し障りのない会話をした後、春斗は自分の部屋へと入っていった。

愛用のヘッドホンを装着してゲームの曲を脳内にリピートさせながら、春斗はまるで頓着せずにゲームを起動させる。

『チェイン・リンケージ3』。

その眼前のタイトル表記が消えると同時に、春斗はメニュー画面を呼び出してバトル形式の画面を表示させる。

「ーーさて、今日もやるか」

春斗はそう告げると、真剣な表情でゲーム画面を見据えた。

ふと脳裏に、ツーサイドアップに結わえた銀色の髪の少女ーー宮迫琴音の姿がよぎる。

気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐにゲーム画面を見つめた春斗は思ったとおりの言葉を口にした。

「『チェイン・リンケージ』。ーーもう一度、彼女と繋がるために」

春斗がそうつぶやいたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。


ーーバトル開始。


ぴりっとした緊張感とともに、バトルが開始される。

そして、春斗は自分だけの世界に埋没するように、ゲームにのめり込んでいった。






モーションランキングシステム内で上位を占めるプレイヤの一人である雅山春斗 、そして第一回公式トーナメント大会の事実上準優勝者の宮迫琴音が度々、憑依するようになってしまった雅山あかりの新たな物語はこうして紡がれ始めるーー。

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