第十八話 最強の王が創りし世界
『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で、二位のプレイヤーである阿南輝明と、三位のプレイヤーである黒峯玄。
第二回公式トーナメント大会、チーム戦。
個人戦しか出場しない、一位である布施尚之を除いた、最強をかけたチームでの対戦は、『ラグナロック』の勝利であっけなくついてしまった。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームである自分達が、かって二回戦で敗退したチームである、『ラグナロック』に負けた。
その当たり前のように告げられた事実はただ、黒峯玄に負けたということより、彼にショックを与えた。
「ーーなら、全てを覆すだけだ」
ドームでの公式戦、決勝のステージに立った彼ーー阿南輝明はそう言って、皮肉っぽく表情をゆるめた。
「なっ、覆すってーー」
「さあ、お待たせしました!ただいまから、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のチーム戦決勝を開始します!」
何かを告げようとした春斗の言葉をかき消すように、突如、実況の声が春斗達の耳に響き渡る。
実況の決勝戦開幕の言葉に、観客達はヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
「まずは、前回の非公式での大会と同様に、怒濤の快進撃を続ける『ラ・ピュセル』!そして対するのは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームであり、また、第二回公式トーナメント大会のチーム戦、準優勝チームである『クライン・ラビリンス』だ!」
「おおっ、『クライン・ラビリンス』、やっぱり、つええええ!」
「もう一つの『ラ・ピュセル』ってチーム、今回、初めて聞いたけど、前に大会に出ていたんだな」
場を盛り上げる実況の声と紛糾する観客達の甲高い声を背景に、春斗はまっすぐ前を見据えた。
決勝の舞台で戦うプレイヤー。
そのうちの一人の姿を見た瞬間、春斗は息を呑んだ。
阿南輝明かーー。
『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で、二位のプレイヤー。
恐らく、かなりの手練れなのだろう。
不合理と不調和に苛まれた混乱の極致の中で、まじまじと輝明達を見つめていた春斗達に、『クライン・ラビリンス』のメンバーの一人である少女は出会った時と変わらない無表情で淡々と言った。
「決勝、楽しみにしてるから」
「ああ」
「違う。あなたじゃない」
強い言葉で遮られて、頷きかけた春斗は思わず、顔を上げる。
どういうことだ?
春斗の思考を読み取ったように、少女は静かに続けた。
「雅山あかり」
「俺?」
あかりの言葉にも、固まったようにじっと一点を見つめる少女はゆっくりと瞬きをする。
「ーー話は終わりだ。花菜」
輝明は苦々しい顔で、春斗達を睥睨して言う。
「さっさと済まそう」
そう告げると、輝明達はステージ上のモニター画面に視線を戻してコントローラーを手に取った。
遅れて、春斗達もコントローラーを手に取って正面を見据える。
「では、レギュレーションは一本先取。最後まで残っていたチームが優勝となります」
「いずれにしても、やるしかないか」
決意のこもった春斗の言葉が、場を仕切り直した実況の言葉と重なった。
「ああ」
「はい」
春斗の言葉にあかりと優香が頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
「…‥…‥くっ」
対戦開始とともに、輝明のキャラに一気に距離を詰められた春斗は後退する間もなく無防備なまま、一撃を浴びせられる。
さらに輝明のキャラは、後方から戦闘に加わってきたあかりのキャラも軽々と吹き飛ばすと、目の前の春斗のキャラが立て直す前を見計らって一振り、二振りと追撃を入れてから離れた。
しかし、春斗も負けじと勢いもそのままに半回転し、自身のキャラの武器である短剣を叩き込んだ。
しかし、電光石火の一突きは、輝明のキャラの刀にあっさりと弾かれてしまう。
「春斗さん…‥…‥っ」
「遅い」
咄嗟に、優香は自身の固有スキルである『テレポーター』で春斗をサポートしようとして、一瞬前まではその場にいなかったはずの『クライン・ラビリンス』のメンバーの一人であり、高野花菜の弟であるーー高野当夜のキャラの横切りを受けてしまう。
「…‥…‥っ」
優香は手慣れた操作でメイスを回し、当夜のキャラから一旦、距離を取ろうとする。
しかし、そこへ急加速した当夜のキャラが、正面から一撃を浴びせた。
「天羽!」
あかりはそう叫ぶと、優香のキャラの下へ駆けつけようとして、こちらの行く手を阻むように大鎌を構えた花菜のキャラに眉をひそめる。
「雅山あかり、あなたの相手は私」
「ーーっ」
決意の宣言と同時に、花菜のキャラは巨大な鎌をあかりのキャラに振りかざした。
花菜のキャラと対峙することになったあかりのキャラは、手にした剣で初撃を受け止めるも、予想以上の衝撃によろめく。
「…‥…‥くっ!みやーーいや、あかり、優香!」
「見るのはそちらか?」
言葉とともに、輝明のキャラの連携技が間隙を穿つ。
瞬間の隙を突いた輝明の連携技に、ターゲットとなった春斗のキャラはダメージエフェクトを散らしながらも、ここぞとばかりに必殺の連携技を発動させる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーっ!」
『短剣』から持ち替えた『刀』という予想外の武器での一撃に、輝明は一瞬、目の色を変えた。
春斗の固有スキル、武器セレクト。
それは、自身の武器を一度だけ、自由に変えることができる。
『ラ・ピュセル』のチームリーダーである春斗が、ここぞという時に放った土壇場での必殺の連携技。
それを、元最強チームであるチームリーダーはわずかにダメージを受けながらも正面から弾き、避け、そして相殺して凌ぎきった。
「なっーー」
春斗が驚きを口にしようとした瞬間、輝明は超反応で硬直状態に入った春斗のキャラに乾坤一擲のカウンター技を放つ。
「ーーっ!?」
音もなく放たれた一閃が、なすすべもなく春斗の操作するキャラを切り裂いた。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らした春斗のキャラは、ゆっくりと輝明のキャラの足元へと倒れ伏す。
「春斗さん!」
言葉と同時に、優香のキャラは当夜のキャラに背を向け、輝明のキャラがいる場所へと走り出しそうとする。
「逃がすとでもーー」
「いえ、逃げるつもりはありません!」
「ああ!」
当夜にとって、予想外な彼女の声は遅れて聞こえてきた。
優香のキャラを捉え、弾き飛ばした当夜のキャラの出鼻をくじくように、背後に移動したあかりのキャラが優香のキャラに放った連携技ごと一撃を叩き込んだ。
それぞれ、体力ゲージを散らした優香と当夜のキャラは、ゆっくりとその場に倒れ伏す。
「ーーっ」
「ありがとうな、天羽」
舌打ちして振り返った当夜に、優香の固有スキルである『テレポーター』で花菜のキャラを振り抜いたあかりは意図して笑みを浮かべてみせた。
「雅山あかり、あなたの相手は私と言ったはず」
唐突な花菜の声と斬撃は、背後から襲いかかってきた。
あかりのキャラはあえて振り返らず、反射的にその場に屈みこむ。
花菜のキャラの大鎌は空を斬ったが、代わりに一瞬前まではその場にいなかったはずの輝明のキャラに受け身を取った先を狙われ、二振りの斬撃が入る。
だが、あかりのキャラはダメージエフェクトを散らしながらも、反撃とばかりにあえて下がらず、前に出た。
「ーー!?」
あかりのキャラが突き入れた剣が、再度、振るおうとしていた花菜のキャラの大鎌を押しとどめた。
剣を振り払おうとする大鎌の動きに合わせ、あかりは絶妙な力加減で花菜のキャラを肉薄する。
剣と大鎌のつばぜり合い。
徐々に押し始め、あかりのキャラが優位に傾くと思われたそれは、割って入ってきた輝明のキャラによって均衡が崩されてしまう。
『竜牙無双斬!!』
音もなく放たれた輝明のキャラの必殺の連携技が、大鎌を押しとどめていた剣ごと、あかりのキャラを切り裂き、わずかに残っていた体力ゲージを根こそぎ刈り取った。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、巨大モニターに『クライン・ラビリンス』の勝利が表示される。
「つ、ついに決着だ!勝ったのは、『クライン・ラビリンス』!!」
興奮さめやらない実況がそう告げると、一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
「あ、阿南ーー」
「雅山春斗」
ーー負けた。
そう確認するや否や、春斗は何かに急きたてられるように、輝明に声をかけようとして、先に口にされた輝明の言葉にぴくりと反応する。
「僕にダメージを与えたこと、いずれ後悔させてやる」
「結構、ダメージ、受けた」
「うるさい!」
苛立ちの混じった輝明の声にも、花菜は淡々と表情一つ変えずに言う。
そこで、花菜は小首を傾げると、ふっとあかりに視線を向けた。
「雅山あかり、次は決着をつける」
「ああ」
不意に話を振られたあかりは、きっぱりとそう告げる。
そんなあかりのリアクションに、花菜の隣に立っていた当夜はため息をつくと、不服そうにこう言った。
「…‥…‥雅山あかりもだが、まずは天羽優香。次に戦う時は、余計な真似はさせない。徹底的に叩き潰す」
「私達も負けません」
「ああ」
察しろと言わんばかりの眼差しを突き刺してきた当夜に、優香とあかりは顔を見合わせると真剣な表情で頷く。
春斗はそんな二人に苦笑すると、ため息とともにこう切り出した。
「今度は、俺達がーーいや、『ラ・ピュセル』が勝ってみせる!」
「…‥…‥なら、全てを覆すだけだ」
対戦前に告げた謎の言葉を残して、輝明は踵を返すと、チームメイト達とともにその場から立ち去っていったのだった。




