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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
16/126

第十六話 いつかの彼女に廻り会えるように

「はあはあ…‥…‥」

病院の入口に入った春斗は、勢いで走りすぎて鼓動の早い胸を無意識に押さえる。

「…‥…‥ここには、いないようだな」

待合室を見渡し、独り言のようにそう言うと、玄は踵を返し、大輝とともに病院に入ってきたばかりの春斗を背にして病院の奥へと歩き出そうとした。

「黒峯玄!」

「…‥…‥雅山春斗」

段々と小さくなる玄達の後ろ姿に、春斗は戸惑いながらも声をかける。

少し驚きながらも、振り返った玄に対して、春斗は両手を握りしめると一息に言い切った。

「もしかして、黒峯麻白さんに何かあったのか?」

「ーーっ」

春斗のその言葉に、玄が驚愕にまみれた声でつぶやく。

それが答えだった。

春斗は真剣な表情のまま、さらに言い募った。

「よかったら、何があったか、話してくれないか?何か、力になれるかもしれない」

「おまえには関係ないだろう!」

吹っ切れたような春斗の言葉に、大輝が不服そうに鋭く声を飛ばした。

春斗は少し躊躇うようにため息を吐くと、複雑な想いをにじませる。

「そうかもしれない。だけど、俺にも大切な妹がいる。だから、同じ兄として、少しでも力になりたいんだ」

しばしの間、沈黙が続いた。

あくまでも真剣な表情でこちらを見つめてくる春斗に、玄は無言でその春斗の視線を受け止めていた。

そんな時間がどれほど続いたことだろうか。

玄がふっと息を吐き出した。そして引き締めていた口元を少し緩めると、さもありなんといった表情で言った。

「…‥…‥ここでは、さすがに人目がある。場所を変える」

「分かった」

そう答えると、春斗はそのまま、踵を返し、足早に病院の奥へと向かう玄達の後を追って通路を歩いていく。

病院の休憩スペースにたどり着くと、玄は一度、警戒するように辺りを見渡した後、春斗の方へと向き直る。そして、率直にこう告げた。

「…‥…‥麻白は、おまえの妹と同じように魔術で生き返った」

「そうか。黒峯麻白さんも、魔術で生き返ったんだな」

春斗の声は温かく、誠実さがにじんでいた。唇は決意を示すように、きゅっと引き結ばれている。

まるで明るい未来を信じているような言葉に、玄は懐かしい記憶を刺激され、微かな痛みを覚えた。

「だが、麻白と会えるのは、父さんが告げた特定の日ーーしかも、ほんの少しの間だけだ。そして、麻白は俺達家族と大輝以外の記憶が欠落している」

「記憶が欠落している」

春斗は顎に手を当てて、玄の言葉を反芻する。

あえて意味を図りかねて、春斗が玄を見ると、玄はなし崩し的に言葉を続けた。

「父さんは昨日、失われた麻白の記憶を無理やり、取り戻させようとした。だが、麻白は記憶を取り戻すのを怖がって、家から飛び出してしまったんだ。そして、魔術の効果がきれて、そのまま消えてしまったらしい」

「…‥…‥そ、そうなんだな」

意外な事実に意表を突かれて、春斗は思わず言葉を詰まらせる。

少し間を置いた後、春斗は玄達に向き直ると、ずっと思考していた疑問をストレートに言葉に乗せた。

「でも、それなら何故、この病院にいるんだ?」

「決まっているだろう!麻白を探していたんだよ!」

春斗の疑問に即答した大輝は、そのまま不満そうに淡々と続ける。

「あの黒コートの奴が、麻白をーー」

「黒コート?」

春斗が不思議そうに首を傾げると、大輝は何故か、ごまかすように早口でまくし立てた。

「ーーあっ、いや、もしかしたら、この病院にーー麻白が入院していた病院に、麻白が消えずに隠れているかもしれないって思ったんだ」

「…‥…‥そうか」

冗談でも、虚言でもなく、ただの願望を口にした大輝に、春斗は穏やかな表情で胸を撫で下ろすと口元に手を当てて考え始める。

それにしても、魔術で生き返ったと言っていたけど、黒峯麻白さんもあかりと同じように、あの少年の魔術によって生き返ったのだろうかーー。

もしそうなら、黒峯麻白さんも、あかりが度々、宮迫さんと入れ替わるように、魔術の影響で一定置きにしか生き返ることができないのかもしれない。

春斗が目を細め、更なる思考に耽ろうとした矢先、不意に、玄はぽつりとこうつぶやいた。

「俺達は、父さんと違って、麻白の記憶が戻らなくてもいい。麻白はーー」

「黒峯麻白さんは、例え、記憶がなくても大切な妹だからだろう」

「…‥…‥ああ。雅山春斗、麻白の心配をしてくれてありがとう」

内心の喜びを隠しつつ、玄は微かに笑みを浮かべると、今度こそ、踵を返して大輝とともにその場から立ち去っていった。






「…‥…‥えっ、魔術?」

「…‥…‥黒峯麻白さんも、魔術で生き返ったのですか?」

翌日、あかりの部屋で、春斗は昨日の出来事をあかりと優香に相談していた。

あかりに今回のことを話すのはどうかと思ったのだが、昨日、車に向かう途中で一人、飛び出して行ってしまったことをあかりから問い詰められてしまい、結局、事の次第を説明することになってしまったのだ。

春斗の話を聞き終えると、あかりは不思議そうに春斗に訊いた。

「お兄ちゃん。黒峯麻白さんも、私と同じように魔術で生き返ったの?」

「あ、ああ。でも、あかりとは違う魔術みたいだけどな」

ベットのシーツをぎゅっと握りしめて興奮気味にそう話すあかりに、春斗は困ったように肩を落とした。

昨日、退院したばかりとは思えないくらいの元気いっぱいなあかりの姿に、春斗は改めて、魔術の効力のすごさを思い知らされてしまう。

真っ白なベットに身を乗り出したあかりは、朝の光のような微笑みを春斗達に向けていた。

ほんの数ヵ月前まで、その身体に死の気配を漂わせていたなんて、とても信じられなかった。

あかりとは違い、黒峯麻白さんが生き返っていられるのは、特定の日ーーしかも、ほんの少しの間だけだ。

でも、もしかしたら、黒峯麻白さんも生き返っている間は、あかりと同じように元気な姿なのかもしれない。

春斗が笑みの隙間から感嘆の吐息を漏らしていると、あかりは不思議そうな表情で目を瞬かせてから、とつとつと語る。

「ねえ、お兄ちゃん」

「…‥…‥どうした、あかり」

「あ、あのね」

その問いに、あかりはベットのシーツをぎゅっと握りしめたまま、恥ずかしそうにそうつぶやくと顔を俯かせる。

しかし、このままでは話が先に進まないと思ったのだろう。

あかりは顔を上げると、意を決して口を開いた。

「黒峯麻白さん。また、生き返って、黒峯玄さん達に会えるといいな」

「…‥…‥そうだな」

「きっと、すぐに会えます」

おずおずと告げられたあかりの言葉に、春斗と優香は顔を見合せると微かに笑みを浮かべてみせる。

すると、あかりは言葉を探しながら、さらに続けた。

「あのね、お兄ちゃん、優香さん。私、魔術で生き返れてよかった。だって、お兄ちゃんと優香さん、お父さんとお母さん、それに宮迫さん、大好きな人達にまた、会うことができたもの」

「ーーっ」

あかりはそう言うと、花咲くようにほんわかと笑ってみせる。

そのあかりの声を聞いた瞬間に、春斗の心の中で何かが決壊した。

春斗は調度を蹴散らすようにしてあかりのそばに駆け寄ると、小柄なその身体を思いきり抱きしめた。

「お兄ちゃん?」

抱きしめられたあかりは驚いたように、春斗を見上げる。

俺はずっと、助けを求めていた妹を守りたくて、妹の病気を何とかして治したかったのだけど、あかりの命を救ったのは見知らぬ少年の魔術と、そして憧れの人だった。

だけどーー。

「俺はーー」

そう言いかけた春斗の脳裏に、不意にあの時のあかりのーー琴音の言葉がよぎる。


ーーあかりとしても生きる。


気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐにあかりを見つめ直した春斗は思ったとおりの言葉を口にした。

「ーー俺達は、あかりが大好きだ」

「…‥…‥うん」

淡々と告げられる春斗の言葉に、あかりは戸惑いの表情に、喜びとほんの少しの安堵感をよぎらせる。

春斗は真剣な表情のまま、さらにこう続けた。

「あかり、優香。今度のドームの大会が終わったら、黒峯玄達に会いに行こうな」

「うん」

「はい」

あかりと優香がこくりと頷くのを見て、春斗は愛しそうにあかりを抱きしめたまま、照れくさそうに笑ったのだった。

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