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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
15/126

第十五話 近くて遠い妹に恋してる

黒峯麻白が退院した翌日、あかりは病室で一人、ノートをめくっていた。

そのノートは不思議なノート。

誰かとやり取りをしているわけではないのに、交換ノートとして成り立つ不思議なノートだ。

記憶を辿るように、あかりは楽しげに思い出をめくり続ける。


『初めまして、宮迫さん。えっと、雅山あかりです。読んだりすることはできるけれど、字がうまく書けないので、代わりにお父さんに書いてもらっています。どうかよろしくお願いします』


『初めまして、宮迫琴音です。あかり、よろしくな』


あかりの挨拶の後に書かれていた、琴音からの返事は拍子抜けするくらい、あっさりとした内容だった。

そして、その字はいつもの見慣れた春斗や優香、父親の字ではなく、男子が書いたような少し雑な字だ。

その文章を見て、あかりはくすりと笑みをこぼした。


『こんにちは、宮迫さん。お返事、ありがとう。本当に、宮迫さんが私に憑依しているんだね。私、ずっと前から、宮迫さんと話してみたいと思っていたから、すごく嬉しいの』


『そうなんだな。俺も、あかり達と会えて良かった。これからよろしくな』


そこまで読み終えると、あかりは天井を仰ぎながら、こっそりとため息をつく。

まるで、違う相手と交換ノートのやり取りをしているような内容。

だけど、どちらも自分自身だ。

あかりと琴音による、普通の交換ノートと違う点。

それは、あかりの交換ノートの相手が自分に度々、憑依してくる少女ーー宮迫琴音であり、さらに彼女が、あかりのーーそして兄、春斗の憧れの人であるという点だ。

自分に、憧れの人が度々、憑依してくる。

それは、にわかには信じられない状況だ。

だけど、あかりはその非現実さにくすぐったげに笑ってしまった。

今もなお、幸せそうに唇を噛みしめている。

事実、『琴音』以外なら、あかりは自分が知らない人に憑依されているという事実に耐えられなくなり、恐怖に怯え、震えていたことだろう。

だが、自分に憑依しているのが、憧れの宮迫琴音だった。

その事実が、あかりにとって、まるで名誉であることのように思えているのだ。

そしてーー。

「私、宮迫さんの時は字がうまく書けるね。これなら、私が宮迫さんの時は、学校に行っても学力的に何の問題がないかもしれない」

それを証明するかのように、あかりは楽しくてたまらないとばかりに、きゅっと目を細めて頬に手を当てた。そして、笑顔を咲き誇らせる。

その幸せでかけがえのない日々は、これからも紡がれていくことになるのだろう。

春斗達とーー琴音と一緒に。

これからも、宮迫さんと一緒にいたい。

あかりは切にそう願った。

ーーその時だった。

放課後、優香とともに病院に来るなり、父親からあかりの検査結果を聞かされた春斗は、慌てて、あかりの病室のドアを開けた。

「あかり!」

「…‥…‥あっ、お兄ちゃん」

交換ノートをぎゅっと握りしめて嬉しそうに話しかけるあかりに、春斗は少し照れくさそうに頬を撫でる。

「退院、おめでとう」

「あかりさん。退院、おめでとうございます」

「お兄ちゃん、優香さん、ありがとう」

春斗と、後から入ってきた優香の言葉に、あかりはつぼみが綻ぶようにぱあっと顔を輝かせる。

不意に、春斗はある事に気づき、少し声を落として聞いた。

「そういえば、母さんは?」

「お母さんは、先に私の荷物を車に運んでいるの。お父さん、私の退院の手続きをしながら、看護婦さん達にまで私が退院することを報告しているんだよ」

「そ、そうなんだな」

あかりのどこか気さくな感じの説明に、春斗は不思議そうに目をぱちくりとさせる。恐らく、優香も同様だろう。何か言いたげな表情が、彼らの気持ちを雄弁に語っていた。

しかし、そんな視線に気づいた様子もなく、あかりは声を弾ませて言った。

「お兄ちゃん、私、本当に退院できるんだね。それにまた、学校にも行けるかもしれない」

そう告げるあかりの瞳はどこまでも澄んでおり、真剣な色を宿していた。

そのことが、春斗を安堵させる。

あかりは今日、退院する。

あかりは今日、確かに退院するんだ。

今はまだ、状況の変化についていけていないけれど、あかりが退院して家に戻ってくる事実は変わらない。

「ああ、そうだな」

内心の喜びを隠しつつ、春斗は微かに笑みを浮かべる。

「それにしても、あかり、昨日は大丈夫だったか?」

「えっ?」

話題を変えるように一転して春斗が明るい表情で言うと、あかりは目をぱちくりと瞬いた。

不思議そうに視線を俯かせるあかりに、春斗は意図的に笑顔を浮かべて言う。

「昨日、黒峯麻白さんが退院したことで、ゲーム関係のマスコミが集まっていただろう。俺達、昨日はそのせいで病院内には入れなかったからーー」

「春斗さん、あかりさんのことをすごく心配していたんです」

言い淀む春斗の台詞を遮って、優香が先回りするようにさらりとした口調で言った。

その、まるで当たり前のように飛び出した意外な発言に、春斗は微かに目を見開き、ぐっと言葉に詰まらせた。

だが、次の思いもよらない優香の言葉によって、春斗とーーそしてあかりはさらに不意を打たれ、驚きで目を瞬くことになる。

あっけらかんとした表情を浮かべた春斗とあかりに対して、優香は至って真面目にこう言ってのけたのだ。

「春斗さん、あかりさんと宮迫さんのことを第一に考えていますから」

「…‥…‥うん」

「おい、優香!そこまで話さなくても!」

嬉しそうに頷くあかりをよそに、春斗は焦ったように言う。

何気ない口調で言う優香の言葉に、春斗は頭を抱えたくなった。

「あはっ、お兄ちゃん、ありがとう」

「…‥…‥あ、ああ」

率直に感謝の意を述べたあかりを見て、春斗はため息をつくと胸に滲みるように安堵の表情を浮かべる。

すると両手を広げ、生き生きとした表情であかりはさらにこう言った。

「今日からは、前みたいに、お父さんとお母さんとお兄ちゃんと一緒に暮らせるね」

「ああ」

春斗が頷くと、あかりは嬉しそうに顔を輝かせる。

今日から再び、家族全員、そろって暮らせるんだなーー。

ほんわかと笑うあかりを見て、しみじみとそう感じていた春斗は、その感慨を早々に封印した。

それを考え始めた瞬間、春斗の脳裏にあるとんでもない事実が浮上してきたからである。

「…‥…‥まずい。今日から、あかりが家に戻ってくるってことは、つまり、これから宮迫さんと一緒に住むってことになるんだよな」

春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったように病室のドアのある方向へと視線を向けた。

「何、話そう」

春斗はそうつぶやくと、腕を組んで考え込む仕草をする。

「いや、まずは、今回のーーあかりの退院のことを説明しないとな」

淡々と述べながらも、春斗は両手を伸ばしてひたすら頭を悩ませる。

「とにかく、後のことは車に乗ってから考えよう」

「春斗さん、相変わらずですね」

どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は穏やかに微笑んだのだった。






「あのね、お兄ちゃん、優香さん。私、家に帰ったら、みんなでオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式サイト上で配信されている、黒峯麻白さんの退院時の動画が見てみたい」

車に乗るために、春斗に車椅子を押されながら病院の駐車場にたどり着いたあかりは、感慨深げに周りを見渡しながらつぶやいた。

「ああ。でも、あかり、今日は退院したばかりだから、明日、見ような」

「そうですね」

「うん。お兄ちゃん、優香さん、ありがとう」

春斗と優香の言葉に、あかりはこくりと頷くと嬉しそうに柔らかな笑顔を浮かべてみせる。

ふとその時、春斗は視界の端に、見覚えのある二人の少年が駆けていく姿を目にした。

「…‥…‥黒峯玄と浅野大輝」

思わず、そうつぶやくと、春斗は不意に昨日、配信された黒峯麻白の退院時の動画の内容を思い出した。


『玄、大輝、お久しぶり~。あたし、帰ってきたよ!』

『…‥…‥麻白』

『ーーま、麻白なんだな!』


昨日、どこかの自然公園で撮られたと思われる映像には、黒峯玄達と黒峯麻白さんが再会した瞬間のみが映し出されていた。

それにしても、黒峯麻白さんと再会した時は、あんなにも嬉しそうだったのに、どうして黒峯玄と浅野大輝はあそこまで焦っているんだろう?

まるで、誰かを探しているかのように、そのまま、病院の入口に入って行ってしまった玄と大輝を見て、嫌な予感が春斗の胸をよぎった。

もしかして、黒峯麻白さんの身に何かあったのか ーー。

この上なく嬉しそうに笑うあかりと優香を見つめながら、春斗は漠然と消しようもない不安を感じていた。

「ごめん、あかり、優香。先に車の方に行っていてくれないか?」

「お兄ちゃん!」

「春斗さん!」

春斗はそれだけを言うと、脇目も振らずに病院に入っていった玄と大輝を追いかけて、病院の入口へと向かったのだった。

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