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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
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第十四話 星渡る明日が見えなくても

流れ出る血は止まらない。

その日、黒峯玄をかばって彼女は死んだ。

雨に打たれ、灰色に濡れた体はついに動くことを諦める。

『車に跳ねられそうになった兄をかばった少女の事故死』。

それは、世界の端っこで起きた小さな悲劇。

だけど、玄達にとっては何よりも堪えがたい事実だった。

降り続ける雨は、残酷な事実を突きつけるようにさらに激しさを増し、しばらく止みそうにはなかった。

「…‥…‥え、えへへ。こういう時って、あたしのキャラのとっておきの固有スキル、使えるかな」

妹が世界から消えるその瞬間、玄には最後に麻白がそうつぶやくのが聞こえた気がした。

だけど、彼女のゲームのキャラの固有スキルが、実際に現実で使われることは決してあり得なかったーー。


…‥…‥そのはずだった。






「ーーっ」

胸を突く小さな痛みは、玄を幾度も目覚めさせる。

夜の時間はとても長く、夢の最後を繰り返し思い返すのにいくらでも時間があった。

「…‥…‥また、か」

小さな呟きは、誰にも聞こえない。

ベットから起き上がると、玄は乱れた心を落ち着かせるようにそっと胸を押さえる。

黒峯麻白。

それは、もうどこにもいない少女の名前だ。

眩しく輝く夢を、未来を掴みとるはずだった大切な妹の名前。

だが、それはもう叶わぬ未来。

終わった物語が再び、紡がれることはない。

だけど、俺と大輝は知っている。

死んだ妹が、亡くなったはずの雅山あかりと同じように、魔術で生き返ることができるということをーー。

ただし、それは雅山あかりとは違い、一時的で俺達の自己満足そのものの代物でしか過ぎなかった。

だが、それでも、俺達は麻白に戻ってきてほしかったーー。

麻白の笑った顔も、泣いた顔も、恥ずかしがる顔も、ふて腐れた顔も、全てが愛おしいと感じる。

不意に玄は、麻白が最後に言っていた言葉を思い出す。


『…‥…‥え、えへへ。こういう時って、あたしのキャラのとっておきの固有スキル、使えるかな』


「…‥…‥もう、使っている」

あの時の麻白の言葉に答えるように、玄は目を伏せるとぽつりとつぶやいた。






「あのね、今日はお兄ちゃんと優香さんに重大な発表があるの」

あかりにそう打ち明けられたのは、あかりがさらに下位のランキング入りを果たし、黒峯麻白がチーム復帰する直前の時だった。

あかりが晴れやかな声でそう告げるのを聞いて、春斗と優香は不思議そうに首を傾げてみせる。

「あかり、何かあったのか?」

「重大な発表ですか?」

あかりの話を聞き終えると、春斗と優香は相次いで訊いた。

「うん。私、ついに退院できるかもしれないの」

「本当か?」

「そうなのですか?」

ベットのシーツをぎゅっと握りしめて興奮気味にそう話すあかりに、春斗と優香は状況を察したらしく意外そうな声で訊いた。

実際、意外だったし、全く予期していないことだった。

最近、あかりは一時帰宅を許されたばかりだったため、退院自体はしばらく無理そうだなと春斗は考えていた。

しかし、そのあかりがついに退院するという事実に、春斗達は驚きを隠せずにいた。

「うん。まだ、明後日の検査の結果次第だから、はっきりとは分からないんだけど、良好だったら、通院をすることを条件に、お父さんが家に帰ってもいいって言ってくれたの」

明るく弾む声で、あかりは嬉しそうに笑ってみせた。

一度死んだとは思えないくらいの元気いっぱいなあかりの姿に、春斗は改めて一時帰宅だけではなく、退院に至るまで回復させてしまった魔術の効力のすごさを思い知らされてしまう。

いつか、『亜急性硬化性全脳炎』という難病を、あかりが克服する日がくるかもしれない。

真っ白なベットに身を乗り出したあかりは、朝の光のような微笑みを春斗達に向けていた。

ほんの数ヵ月前まで、その身体に死の気配を漂わせていたなんて、とても信じられなかった。

春斗が笑みの隙間から感嘆の吐息を漏らしていると、隣に立っていた優香は静かに告げる。

「あかりさん、良かったですね」

「優香さん、ありがとう」

優香に励まされて、あかりは嬉しそうにベットのシーツをぎゅっと握りしめてみせた。

そんな二人を見て、春斗は気を引きしめるようにしてため息をつくと、困ったように肩を落とす。

「あのな、あかり。退院できるかもしれないと言っても、体調はまだ万全じゃないだろう。家に戻っても、しばらくは通院しながら安静だからな」

「お願い、お兄ちゃん!私、もっと、ゲームの大会やいろいろな場所に行ってみたいの!」

春斗が呆れたような声で言うと、飛びつくような勢いであかりは両拳を突き上げて頼み込んできた。

渋い顔の春斗と幾分真剣な顔のあかりがしばらく視線を合わせる。

先に折れたのは春斗の方だった。

身じろぎもせず、じっと春斗を見つめ続けるあかりに、春斗は重く息をつくと肩を落とした。

「…‥…‥分かった。だけど、絶対に無理はするな。あかりの体調が無理だと判断した時点で、俺達はすぐに病院に向かうからな」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

苦虫を噛み潰したような顔でしぶしぶ応じる春斗に、あかりはきょとんとしてから弾けるように手を合わせて笑ってみせる。

そんな二人の様子を、しばらく見守っていた優香は穏やかな口調でこう言った。

「春斗さん、あかりさん、相変わらずですね」

「優香」

「優香さん」

呆気に取られる二人をよそに、優香は噛みしめるようにくすくすと笑うと、付け加えるようにとつとつと語る。

「それにしても、あかりさんと黒峯麻白さん、どちらも無事に退院できそうで良かったです」

「うん。黒峯麻白さんはついに明日、退院だね」

「はい」

優香の言葉に、あかりは花咲くようにほんわかと笑ってみせる。

しばらく視線をさまよわせた後、あかりは意を決して話し始めた。

「ねえ、お兄ちゃん、優香さん。ランキング入りも果たしたし、これで私も公式の大会に出られるかな」

「公式の大会に?」

あかりの言葉に、春斗は思わず唖然として首を傾げた。

あかりは嬉しそうに頷くと、さらに先を続ける。

「うん。宮迫さん自身は偽名だから、公式の大会に出場するのは厳しいかもしれないけど、ランキング入りを果たした私バージョンの宮迫さんなら出場しても何の問題もないもの」

「まあ、確かに、条件は満たしているけどな」

あかりらしいまっすぐな言葉に、春斗はことさらもなく苦笑する。

「でも、あかり。先程も言ったけど、絶対に無理はするな」

「うん。お兄ちゃん、ありがとう」

春斗がもはや諦めたように息をつくと、あかりはぱあっと顔を輝かせた。

「優香、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会、チーム戦は確か、夏に開催されるんだよな?」

「はい」

春斗の問いに、優香は自分に言い聞かせるように頷く。

オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会。

第一回、第二回と不正が相次いだため、第三回公式トーナメント大会から、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で正式にランキング入りを果たした者だけが出場できる仕組みになっている。

また、大ヒットゲームの最大の公式大会ということで、『チェイン・リンケージ』のプレイヤーはもとより、多くの人達が注目し、観戦することが予測されていた。

「なら、まずは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦にエントリーだな」

春斗はそう言うと、あかりと優香を見てさらりと続ける。

「そして、今度、ドームで開催される公式の大会にも出場してみるか」

「うん」

「はい」

きっぱりと告げられた春斗の言葉に、あかりと優香は嬉しそうに頷いてみせる。

すると、春斗はそんな二人の気持ちを汲み取ったのか、頬を撫でながら照れくさそうにぽつりとつぶやいた。

「何だか、俺がチームリーダーみたいだな」

「心配しなくても、お兄ちゃんが『ラ・ピュセル』のチームリーダーだよ」

「はい、春斗さんがチームリーダーです」

照れくさそうにそう付け足した春斗に対して、あかりと優香は顔を見合わせると、胸のつかえが取れたようにとつとつと語る。

「…‥…‥はあっ、分かった」

敗北感にまみれた結論に深々とため息をつくと、春斗は一度、目を閉じてから、ゆっくりと開いて言う。

「あかり、優香。次の大会も、絶対に優勝しような」

「うん」

「はい、優勝しましょう」

あかりと優香の花咲くようなその笑みに、春斗は吹っ切れた表情を浮かべて一息に言い切ったのだった。

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