第十三話 巡り会えたこの奇跡
「ラビラビさんとペンギンさん、可愛かったね」
大迫力のスクリーンで、お目当ての『ラ・ピュセル』の映画を見ることができて、あかりは幸せそうにはにかんだ。
映画を見終わった後、優香に勧められて入ったのは、レストラン街にあるバイキングレストランだった。
祝日の昼過ぎともあって、かなり人が入っており、席は満席である。
順番待ちのリストに春斗が名前を書き込んで数分後、店員に呼ばれて春斗達は空いた席に腰をおろす。そして、一息ついた後、料理を取りに行くために、春斗達は再び、席を立った。
車椅子を動かしながら、目を輝かせて至福の表情で、一つ一つ料理を取り皿に運ぶあかりに、春斗は安堵の表情を浮かべて言った。
「嬉しそうだな」
「うん。嬉しんだもの」
春斗の何気ない言葉に、あかりは嬉しそうに笑ってみせた。
「病院の食事はいつもだいたい決まっていたから、今日はいろいろな料理が食べられて嬉しいの」
「そうだったな」
てきぱきと手を動かしながら、周囲に光を撒き散らすような笑みを浮かべるあかりを、春斗は眩しそうに見つめる。
そんな春斗の隣では、優香が目を輝かせて、お目当てのデザートをせっせと取り皿へと運んでいた。
「…‥…‥はあっ」
春斗はついつい、豊富な料理に見入りしながらも、これからのことを思い悩み始める。
優香の憑依のサイクルの説明では、食事が終わった後くらいに、あかりから琴音に入れ替わる時間帯になるらしい。
「…‥…‥まずい。食事が終わったら、あかりはその時、宮迫さんかもしれないんだよな」
春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったように車椅子に乗っているあかりに視線を向けた。
「何、話そう」
そうつぶやきながらも、答えは決まっている。
「ーーって、そんなのペンギンとゲームの話しかないよな」
淡々と述べながらも、春斗は両手を伸ばしてひたすら頭を悩ませる。
そして、映画館だけの限定ポップコーンセットを、いかに自然に琴音に渡すかを顎に手を当てて真剣な表情で思案し始めた。
「ーーっ」
彼女に憑依した時に起こる微かな酩酊感は、思いもよらず、近くからかけられた声によって一瞬で打ち消される。
「ーーあかりさん、大丈夫ですか?」
セミロングの黒髪の少女から向けられる紺碧の瞳には、明白な焦燥が滲み出ていた。
「私が分かりますか?」
食事を終えた後、再び、映画館がある階に向かうため、エレベーターホールでエレベーターが来るのを待っていたあかりは、顔を覗き込むようにして身を乗り出してきた黒髪の少女ーー優香の近さに思わず、瞬きしてしまう。
「…‥…‥ 天羽?」
あかりがそうつぶやくと同時に、優香は目を細めて何やら難しい顔をすると隣にいた春斗に一瞬、視線を向けてから、ようやく安堵の息をついた。
「春斗さん。どうやら、今は宮迫さんバージョンのあかりさんみたいですね」
「ーー優香。あかりがーー宮迫さんが驚いているぞ」
片手で顔を押さえていた春斗は、呆気に取られているあかりの視線に気づくと朗らかにこう言った。
「あかり、いや、宮迫さん。その、今はあかりと優香と一緒に、この間のゲームセンターの大会の優勝祝いと、大会前にあかりがランキング入りを果たしたお祝いに、近くのショッピングモールに遊びに来ているんだ」
「そうなんだな」
春斗がざっくりと付け加えるように言うと、あかりはきょとんとした顔で目を瞬かせる。
そしてそのまま、春斗達がいる階へとやって来たエレベーターに乗り込み、目的の階へと降りたその時、不意に優香の携帯が鳴った。
優香が携帯を確認すると、先程の食事の時に返事を返したばかりのりこからのメールの着信があった。
メールの内容を見て、優香は頬に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。
「春斗さん、宮迫さん、もしよろしければ、次の映画の上映時間までイベントスペースに行きませんか?」
「 イベントスペースに?」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
「今日のお昼から、こちらのショッピングモールのイベントスペース内で、りこさんが『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で上位を占めるプレイヤーの方と模擬戦を行う予定だったのですが、急遽、相手の方が来れなくなってしまったそうなのです。そこで、私達に代役をお願いしたいそうなのですがよろしいでしょうか?」
「模擬戦か。面白そうだな」
「ああ」
髪を撫でながらとりなすように言う優香に、春斗とあかりは顔を見合わせると自然と笑みをこぼした。
「春斗さん、宮迫さん、ありがとうございます」
春斗とあかりのどこまでもまっすぐな言葉に、優香は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。
そんな中、あかりが思い出したというようにぽろりとこう言った。
「そういえば、天羽。次の映画の上映時間って、もしかして『ラ・ピュセルーーペンギン王子と天空王宮の謎』のことか?」
「はい、ラビラビさんが大活躍の映画です」
「そ、そうなんだな」
「…‥…‥ラビラビさん」
優香は誇らしげに笑みを浮かべた。
そのあまりのズレ具合に、あかりのみならず春斗まで固まってしまう。
「では、行きましょうか」
優香はそう告げると、春斗達がついてくるかどうかなど微塵も疑わずに堂々と歩き始めた。
「優香、春斗くん、あかりさん、来てくれてありがとう!」
「りこさん」
イベントスペースのステージ上でマイクを持ちながら、楽しげに軽く敬礼するような仕草を見せたりこに、優香はひそかに口元を緩める。
「さあ、みんな、お待たせ!対戦相手も揃ったことだし、今日のメインイベント、模擬戦を始めるね!」
「待ってました!」
「りこちゃん、頑張れ!」
場をとりなすりこの声とざわめく観客達の声を背景に、春斗はまっすぐ前を見据えた。
模擬戦かーー。
一体、どんな対戦方式にするのだろう。
不合理と不調和に苛まれた混乱の極致の中で、まじまじとりこを見つめていた春斗に、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、まずは春斗くん、対戦相手、お願いできる?」
「俺?」
「そうそう」
春斗がかろうじてそう聞くと、りこは吹っ切れた言葉とともに不敵な笑みを浮かべた。
「だって、モーションランキングシステム内で十位と、この中じゃ一番ランキングが高いんだよ。りこはまだ、二十二位だって言うのに、納得いかないに決まっているじゃん」
「そ、そうなんだな」
おどけた仕草で肩をすくめてみせたりこに、春斗は困ったように眉をひそめてみせる。
すると、りこは決まり悪そうに意識して表情を険しくした。
「それに、前のゲームセンターの大会のリベンジをしたいから」
「そうか。だけど、次も負けない」
「ううん、次はりこが勝つ!」
春斗がそう言い切ると、りこは当然というばかりにきっぱりとこう答えた。
彼女らしい反応に、春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべるとさらに言葉を続ける。
「対戦方式はどうするんだ?」
「総当たり戦にするつもりだよ」
「総当たり戦?」
りこの答えに、春斗は目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。
今日はりこ以外、『ゼノグラシア』のメンバーは見当たらない。
そんな状態で、どうやって総当たり戦をするつもりなのだろう。
戸惑う春斗をよそに、りこは先を続ける。
「春斗くんと優香とあかりさん、それにりこで、三対一の総当たり戦をしようと思ってるの」
「ちょ、ちょっと待て!なんで、そうなるんだ?」
何気ない口調で告げられたりこの言葉に、春斗は頭を抱えたくなった。
「だってー、春斗くんの妹は激強だったじゃん!でも、また、春斗くんと優香ともバトルしたいから、りこが負けても続けられる一対一の総当たり戦をしたら、みんなとバトルできるかなと思ってー」
「りこ、相変わらずですね」
春斗から指摘されると、りこはそれまでの明るい笑顔から一転して頬をむっと膨らませる。
その場で屈みこみ、唇を尖らせるという子供っぽいりこの仕草に、優香はくすりと笑みを浮かべた。
「優香も相変わらずだね」
優香の言葉に満足そうに頷いたりこは、立ち上がると、ステージ上のモニター画面の前に置いてあったコントローラーに手をかけながら言い放つ。
「でも、絶対に負けないからね!」
「はい。でも、私達も負けません」
片手を掲げて、りこがいつものように嬉々とした表情で興奮気味に話すのを見て、優香は思わず、苦笑した。
春斗もりこがいるステージ上に上がると軽くため息を吐き、右手を伸ばした。そして、モニター画面の前に置いてあるコントローラーを手に取って、正面のゲーム画面を見据える。
「レギュレーションは、一本先取でいいのか?」
「うん」
春斗の言葉にりこが頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
ぴりっとした緊張感とともに、りこのキャラがまっすぐ、春斗のキャラを睨んでくる。
対する春斗のキャラは、伸ばした右手に短剣を翻らせて、この上ない闘志をみなぎらせた。
春斗のキャラから戦闘の気概を投げつけられたりこのキャラは、嬉々として槍を突き出してきた。
それらを短剣でさばきながら、春斗はりこのキャラの隙を見て、下段から斬り上げを入れようとする。
だが、りこのキャラはそれを正面から喰らい、金色のダメージエフェクトを撒き散らしながら、なおも執拗に槍を突き上げた。
「ーーっ」
予測に反した動きに、春斗のキャラは一撃を甘んじて受けてしまう。
油断したーー。
そう思った時には、既にりこは連携技を発動させていた。
その場で舞い踊るように繰り出される槍の七連突きにーーしかし、春斗はあえて下がらずに前に出た。
「ーーっ!」
春斗のキャラの突き入れた短剣が、りこのキャラが振る舞おうとした槍を押しとどめた。
短剣を振り払おうとするりこのキャラの槍の動きに合わせ、春斗は絶妙な力加減でさらにりこのキャラへ肉薄する。
短剣と槍のつばぜり合い。
いったん距離を取った後、あっという間に接戦した春斗のキャラとりこのキャラは、息もつかせぬ激しい攻防を展開する。
そして、春斗とりこは自分だけの世界に埋没するように、ゲームへとのめり込んでいった。
モニター画面から流れる大好きなオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のテーマソングを聞きながら、優香は不意に昔のことを思い出す。
『優香。俺と一緒に、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のチーム戦に出場してくれないか?』
中学校時代のどこまでも熱く語る春斗の姿を思い出して、優香は懐かしそうにくすりと微笑んだ。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』というゲームで、こんなにもたくさんの人が繋がっている。
それは、いつか巡り会える大切な人との出逢いと再会を意味しているのかもしれない。
春斗さん、あかりさん、そして、宮迫さんーー。
コンビニの一番くじで『ラ・ピュセル』のマスコットキャラ、ラビラビさんのラバーストラップを手に入れられたように、春斗さん達と一緒なら、きっとどんな夢でも実現できると私は信じています。
そうーー夢はきっと叶います。
春斗さんの想い、りこさんの想い、全て、バトルに乗せて届きますように。
みんなの想いに。
みんなの心に。
どこまでも果てしなくーー。




