第百ニ十六話 輝いているのは、私じゃなくて②
『エキシビションマッチ戦』を制覇した後、授賞式を終えた春斗達は、改札口を通り抜け、新幹線のホームにたどり着くと、ベンチに座って一息ついていた。
新幹線を降りた後、春斗の両親と落ち合うことになっている。
「『エキシビションマッチ戦』はすごかったな」
「はい。すごかったです」
胸に手を当てて少し沈んだ表情を浮かべた優香を見ながら、春斗はあえて軽く続けた。
「それにしてもまさか、俺達が、初めて『エキシビションマッチ戦』を制覇することができるなんてな」
「七戦中、三勝一分三敗で、大将戦を迎えられたことが大きかったと思います」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
「やっぱり、輝明さん達が頑張ってくれたからな」
「はい、輝明さん達はすごかったです」
どこまでも春斗らしいまっすぐな答えに、優香はことさらもなく苦笑した。
「でも、春斗さんもすごかったです」
「優香も、あの倉持さんのお姉さんと引き分けるなんてすごいな」
髪を撫でながらとりなすように言う春斗に、優香は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。
「春斗さん、ありがとうございます」
「優香、ありがとうな」
そう言って握手を求めてきた春斗に、優香は嬉しそうにくすりと笑みをこぼした。
「何だか、私達、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の時と同じことを言っていますね」
「そういえば、そうだな」
妙に気恥ずかしい空気に、春斗と優香は互いに視線を落とす。
そんな二人の様子を、しばらく見守っていたあかりは車椅子を動かすと意外そうに言った。
「そうなのか?」
「ーーっ! あ、あかり、いたのか!」
「あかりさん!」
呆気に取られる二人をよそに、あかりとともに時刻表を見に行っていたりこは信じられないと言わんばかりに両手を広げて目を見開いた。
「ねえ、あかりさん。りこ達、さっきから、ずっといるよね!」
「ああ」
「ーーっ」
あかりの言葉を聞いた瞬間、思わず心臓が跳ねるのを春斗は感じた。
驚きのあまり、知らず知らずのうちに優香と顔を見合わせてしまう。
どうやら、先程までの優香とのやり取りは、あかりとりこに筒抜けだったらしい。
春斗達が、今回の『エキシビションマッチ戦』について話し合っていると、まもなく新幹線が到着するという、駅アナウンスが流れた。
春斗は新幹線が到着するのを確認すると、あかりが乗っている車椅子のハンドルを握りしめる。
「あかり、優香、今生。新幹線も来たことだし、そろそろ行こうか?」
「ああ」
感慨深げに、あかりは遠目に見える新幹線の入口を見つめながら頷いた。
「春斗さん」
横に流れかけた手綱をとって、優香は春斗にだけ聞こえる声で静かに告げる。
「そろそろ、宮迫さんからあかりさんに戻る頃だと思います」
「そ、そうだったな。急ごう」
「はい」
顔を見合わせてそう言い合うと、春斗達は足早にあかりの乗った車椅子を乗せるために、駅員の誘導に従って新幹線へと乗り込んだのだった。
「う、う~ん」
新幹線の車椅子専用席に向かうため、春斗達とともに車椅子を動かしていたあかりが一つあくびをする。
「今日はここまでだな……」
「そうか」
「……ああ。春斗、天羽、今生、『エキシビションマッチ戦』の制覇、出来たな」
隣に立っている春斗達にそう答えると、あかりは急いで新幹線の車椅子専用席に移動するために車椅子を動かし、くるりと半回転してみせた。だがすぐに、うーん、と眠たそうに目をこすり始めてしまう。
眠気を振り払うようにふるふると首を振ったものの効果はなかったらしく、結局、あかりは車椅子にぽすんと寄りかかって目を閉じてしまった。
そのうち、先程より幼い顔をさらしたあかりがすやすやと寝息を立て始める。
その様子を見て、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。
「あかり……」
「ーーっ」
大会で疲れていたのか、車椅子から落ちそうになっているあかりの華奢な体を、春斗はそっと元の姿勢に戻そうとした。
だが、春斗はあかりを元の姿勢に戻すことはできなかった。
その前に、不意に目を覚ましたあかりがあわてふためいたように両手を左右の肘かけに伸ばして、車椅子から落ちそうになるのを自ら、食い止めたからだ。
「あかり、大丈夫か?」
「……あっ、お兄ちゃん」
春斗に声をかけられたことにより、先程の咄嗟の行動を見られていたことを察したあかりは、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに顔を俯かせる。
いつもどおりの妹の反応に、春斗は特に気に止めた様子もなく、むしろまたか、と呆れたようにため息をつく。
あかりはきょろきょろと周囲を見渡し、自分の置かれている状況に気づくと、呆然とした表情で目を丸くした。
「な、何で私、新幹線に乗っているの?お兄ちゃん、大会はどうなったの?」
狼狽する妹の様子に、春斗は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。
「はあ……。大会が終わったから、今から新幹線に乗って家に帰るところだ。いい加減、慣れろよな」
「……慣れないもの」
曖昧に言葉を並べる春斗に、あかりは不満そうな眼差しを向ける。
不服そうな妹をよそに、春斗は急いで、あかりの乗った車椅子を車椅子専用席に移動させると、少し言いにくそうに軽く肩をすくめてみせた。
「あと、その、あかり。俺達、今回の『エキシビションマッチ戦』を制覇することができたんだ」
「そうなんだ……。お兄ちゃん達、すごい!」
「……ありがとう、あかり」
両手を握りしめて言い募るあかりに熱い心意気を感じて、春斗は少し照れたように頬を撫でてみせる。
そのタイミングで、りこが両拳を前に出して話に飛びついた。
「あかりさん。りこ達、『エキシビションマッチ戦』を制覇したんだよ」
「うん、すごいの」
言いたかった言葉を見つけたらしいあかりは一気にそう言うと、表情を輝かせながら春斗達を見つめた。
まっすぐに視線を合わせてくるその眼差しに、春斗は思わずどきりとした。
こぼれ落ちそうなほど大きな瞳は、明るい色を宿している。
俺達、本当に『エキシビションマッチ戦』を制覇したんだなーー。
春斗が物思いに耽っていると、優香は背伸びをして春斗にだけに聞こえる声で囁いた。
「春斗さん、大好きです」
「ーーっ」
大切な想い出を語るように穏やかな表情をみせた優香に、春斗は思わず、言葉を失う。
そんな春斗を前に、優香はさらなる火種を投げ込んだ。
「少しだけ、許してもらえませんでしょうか?」
「少しだけ?」
一体、何が少しだけなのか分からず、春斗は首を傾げながら優香を見つめる。
すると、優香は背伸びして届く高さになった春斗の唇にさらりと口づけをした。
その間、三秒。
それは本当に一瞬のことで、すぐに優香は元の位置に戻っていた。
「春斗さん、これからも半分だけ、半分だけ、好きでいてもいいですか?」
「……優香、俺はーー」
そんな優香の想いに応えるように、春斗は顔を真っ赤に染めて告げる。
一日の始まり。
そして、終わりの始まり。
春斗の見上げた空は、どこまでも遠く黄昏ている。
しかし、この胸を叩く想いは、いつまでも繰り返されている。
止めどない想いの行方のーー疑問のスパイラルは、終わることはなかった。
春斗には時間が止まりそうなくらい、その刹那が永遠に思えたーー。
この話で完結になります。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。




