第百ニ十五話 輝いているのは、私じゃなくて①
由良文月さんの必殺の連携技『神蒼・暴虐』。
彼女の必殺の連携技の発動条件。
それは恐らく、固有スキルを使って、バトルフィールドを変更してからではないと使うことができないということだ。
「ならーーバトルフィールドそのものを変えてしまえば、必殺の連携技は発動できない!」
「ーーっ」
春斗の強い気概に、必殺の連携技を終息させようとしていた文月は気後れする。
そこにいるのは、負けることを目前にしたプレイヤーではない。
どんな状況からでも諦めない『ラ・ピュセル』のチームリーダーだった。
「あっ……」
そこで、文月は、春斗のキャラが持つ武器が、短剣から刀へと変わっていることに気づいた。
春斗の固有スキル、武器セレクト。
それは、自身の武器を一度だけ、自由に変えることができる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
春斗が裂帛の気合いを込めて、必殺の連携技を放つ。
その慮外の一撃は、文月のキャラが持っている双剣を弾く。
その瞬間、春斗の読み通り、春斗達のいるバトルフィールドは、元の荒廃した未来都市に戻る。
文月の固有スキルの解除方法。
それは彼女のキャラが、自身の武器を手放すことだった。
硬直状態に入った春斗と文月のキャラ。
そして、武器を失った文月のキャラ。
「春斗くんとのバトル、ハラハラしますね~」
先に硬直状態が解除された文月は、慌ててキャラを動かし、武器を回収しようとする。
驚きとともに大振りの技を誘導された文月に、遅れて硬直状態が解除された春斗は再度、とっておきの技を合わせる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーっ!?」
春斗達による、起死回生の必殺の連携技。
それは、武器を失った文月のキャラを大きく吹き飛ばした。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らした文月のキャラは、ゆっくりと春斗のキャラの足元へと倒れ伏す。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、春斗達の勝利が表示される。
「ーーっ」
想定外の展開に、観客達は残らず静まりかえった。
「つ、ついに決着だ!勝ったのは、雅山春斗!これにより、初の『エキシビションマッチ戦』制覇だ!」
興奮さめやらない実況がそう告げると、一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
春斗達、挑戦者と文月達、プロゲーマー。
激戦による激戦。
その戦いに勝利したのは、春斗達、『ラ・ピュセル』と輝明達、『クライン・ラビリンス』だった。
「嘘だろう!!あの由良文月さんが、敗退するなんて……!!」
「すげえー!!『ラ・ピュセル』、『クライン・ラビリンス』、すげえー!!」
一拍遅れて爆発する観客のリアクションを尻目に、春斗は目を細める。
「…‥…‥勝ったのか?」
まさに、熱くなった身体に冷や水をかけられた気分だった。
「よしっ!」
「やりましたね!」
「やったー!」
呆然とする春斗の後ろで、あかりと優香とりこの三人がそれぞれ同時に別の言葉を発する。
「…‥…‥勝ったんだな」
春斗は噛みしめるようにつぶやくと、胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
同時にフル回転していた思考がゆるみ、強ばっていた全身から力がぬけていく。
必殺の連携技の推測出来ていたとはいえ、あの文月達、プロゲーマーに勝利したことを実感して、春斗は満足げに笑みを浮かべてみせる。
「春斗」
「春斗さん」
名前を呼ばれて、そちらに振り返った春斗は、あかりと優香が穏やかな表情を浮かべていることに気がついた。
「やったな」
そう言うと、あかりは日だまりのような笑顔で笑ってみせる。
その不意打ちのような笑顔に、春斗は思わず、見入ってしまい、慌てて目をそらす。
「あ、ああ。みんなが頑張ってくれたからだよ」
「ついに勝ちましたね」
ごまかすように人差し指で頬を撫でる春斗に、優香も続けてそう言った。
「優香、倉持さんのお姉さんと引き分けてくれてありがとうな」
「……はい」
きっぱりと言い切った春斗に、優香は少し驚いた顔をして、すぐに何のことか察したように頷いてみせる。
「でも、私はあまり、お役に立てなくてすみません」
「あの時、優香が引き分けてくれていたから、俺は由良文月さんと戦うことができたんだ」
胸に手を当てて少し沈んだ表情を浮かべる優香を見ながら、春斗はあえて軽く言った。
「優香、ありがとうな」
「春斗さん、ありがとうございます」
どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は嬉しそうに穏やかに微笑んでみせた。
「は、春斗くん、すごいですー!!あんな方法で対処するなんて凄すぎますよ!!」
両手を握りしめて言い募る文月に熱い心意気を感じて、春斗と優香は互いに困ったように顔を見合わせる。
「なあ、優香。由良文月さんは、すごい人だったな」
「そうですね」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせた。
「ねえねえ、春斗くん、あかりさん、優香」
そんな中、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべると、両拳を前に出して話に飛びついた。
「りこ達、『エキシビションマッチ』戦を制覇したんだよね」
先程までの緊迫した空気などどこ吹く風で、今か今かと賞賛の言葉を待っているりこに、春斗達も思わず顔を緩める。
「ああ。今生、水谷さんに勝ってくれてありがとうな」
「今生、すごいな」
「はい。りこさん、すごかったです」
「春斗くん、あかりさん、優香、ありがとう」
春斗達の賞賛の言葉に、りこはほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、幸せそうにはにかんだ。
震えるような充足感と高揚感。
これ以上ない勝利の余韻に浸っていた春斗は、そこで輝明達のことを思い出す。
「輝明さん」
「決勝戦のあの瞬間、僕は完全に意表を突かれた」
春斗の呼びかけに、輝明は幾分、落ち着いた声音で答えた。
「決勝戦、あっ……」
そうつぶやいた春斗の脳裏に、不意に決勝戦の後に告げられた輝明の言葉がよぎる。
『どんな状況からでも諦めないのが、おまえ達、『ラ・ピュセル』の強さだろう』
その言葉を思い返す度に、春斗は途方もなく心が沸き立つのを感じていた。
まるで、その言葉に勇気づけられるようにーー。
一呼吸おいて、 輝明は静かに続ける。
「おまえ達とのバトルを通して、黒峯玄達、そしてプロゲーマー達が驚いていたのも頷ける。あの時ーーあの瞬間、僕は驚愕した」
「……輝明さん」
微かに肩を震わせた輝明の言葉に、春斗は噛みしめるように言う。
「まあ、ともかく、春斗」
当夜は春斗の方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。
「俺達のリーダーでさえも勝てなかった相手に勝ったんだから、もっと胸を張れよな!」
「輝明さん、当夜さん、ありがとうございます」
ざっくりと言った当夜に、春斗は少し逡巡してから頷いた。
「今日はすごい日だな。春斗さん達と一緒に組んで『エキシビションマッチ戦』に挑戦しただけではなく、『エキシビションマッチ戦』を制覇できるなんて」
カケルは視線を落とすと、どこか昔を懐かしむようにそうつぶやいた。
「みんな、すごかったな」
「うん。みんな、手強かった」
カケルが念を押すように言うと、花菜は真剣な表情でしっかりと頷いてみせる。
「春斗。由良文月の相手は、おまえに任せて良かった」
「は、はい」
静かな言葉に込められた有無を言わせぬ強い意思。
輝明の凛とした声に、春斗はたじろぎながらも頷いた。
「そしてーー」
プロゲーマー達を見据える輝明の真剣な表情が、一瞬でみなぎる闘志に変わる。
「今度、戦う時は『クライン・ラビリンス』が勝ってみせる!」
「いや。今度は、俺達、『ラ・ピュセル』が優勝してみせる!」
「……なら、全てを覆すだけだ」
いつもの言葉を残して、輝明は踵を返すと、チームメイト達とともにその場から立ち去っていったのだった。




