第百ニ十四話 強者の戦域④
玄達、『ラグナロック』が、初めて『エキシビションマッチ戦』に出場した日ーー。
玄達は、輝明達と同様に、プロゲーマー達によって苦戦を強いられていた。
『ーー焔華・鳳凰翔!!』
『ラグナロック』のチームのリーダーである玄がなりふり構わず放った土壇場での必殺の連携技。
しかし、虚を突いた玄のキャラの攻撃を前にして、文月のキャラが取った行動は想定外だった。
必殺の連携技を前にしても、文月のキャラは後方に距離を取っただけで回避してしまったのだ。
「なっ!」
玄は、自身の必殺の連携技が回避行動のみで凌がれたことに驚愕する。
「反撃ですよ!」
硬直状態に入ってしまった玄のキャラは、文月のキャラの双剣による連撃によってあっさりと吹き飛ばされてしまう。
『ーー神蒼・暴虐!!』
「ーーっ」
玄の驚愕に応えるように、飛翔した文月のキャラは円を描くように舞い踊った。
左の剣を軸として、てこの原理を利用した回転斬撃。
次いで、双剣を用いた美しい半月を描いた下段からの高速斬撃が、玄のキャラを襲った。
超速の乱舞を繰り出す文月のキャラを前に、体力ゲージを散らした玄のキャラは、ゆっくりとその場に倒れ伏す。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会、チーム戦で優勝し
、『エキシビションマッチ戦』への挑戦権を得た玄達。
たった一度だけの挑戦だったのにも関わらず、玄達は『エキシビションマッチ戦』の制覇への可能性を春斗達に導いてくれた。
由良文月さんの固有スキル、『星と月のソナタ』。
対戦相手からの必殺の連携技、そして固有スキルの発動によって効果を発揮する。
カウンター式の固有スキルーー。
問いは論理を促進し、思考を加速させる。
そうして、導き出された結論は、春斗自身が今の今まで考えもしない形をとった。
「カウンター式の固有スキル。それなら、こちらが必殺の連携技と固有スキルを使わなかったら、意味がないはずですよね?」
「確かに、そうですね~」
剣戟とともに言葉をぶつけた春斗に対して、文月は不意を打たれたような顔をした後、すぐに平静を装った。
「でも、春斗くん。私には、必殺の連携技がありますよ」
「それも、発動条件が満たしていなかったら、使えないと思います」
「……わぷ!?」
春斗が告げた確信に近い推測に、ようやく状況に気づいた文月は間の抜けた声を上げる。
「あのあの、いつから気がついたんですか?」
「何となく考えて、そうかもしれないなと思っただけですけれど」
文月の慌てぶりに、春斗はたじろぎながらも率直な意見を述べる。
文月は、苦虫を噛み潰したような顔でさらに続けた。
「もう、バレちゃうの早すぎですよ~。私、これでも必死に連携技を繋げて誤魔化していましたもん」
「今まで、バレなかったんですか?」
「い、今のは聞かなかったことにしてくれませんか~」
春斗の追及に、文月は焦ったようにコントローラーを操作する。
「由良文月、そして、プロゲーマー達。僕達のチームに勝ったことを、今度こそ後悔させてやる」
そのどこか抜けている文月の行動に、観戦していた輝明は不満そうに言う。
「輝明は、由良文月さんの固有スキルと必殺の連携技の発動条件について気づいていたのか?」
カケルの疑問は、輝明からすれば愚問だった。
「どうして、気がついてないと思った?」
「……何度も、負けていたから」
「うるさい!」
苛立ちの混じった輝明の声にも、花菜は淡々と表情一つ変えずに続ける。
「でも、今回は絶対に勝ってみせる」
それとなく、視線をそらした花菜は、まるで照れているかのように俯いた。
「まあ、ともかく」
当夜はカケルの方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。
「俺達にできることは、春斗がここから巻き返しを図ることを期待するだけだ」
「発動条件の有無をなしにしても、由良文月はかなり手強い相手だから」
当夜の言葉に頷くと、花菜は前回の『エキシビションマッチ戦』の時のことを思い出す。
「そう、だよな」
どこか寂しそうに笑って、カケルは言う。
あかり達が見守る中、春斗と文月のバトルは熾烈を極めていた。
「くっ!」
春斗のキャラによる最速の連撃が、文月のキャラに飛来する。
しかし、その全ての攻撃を、文月のキャラは軽やかに避け、凌ぎきった。
だが、反撃とばかりに振るわれた文月の双剣は、距離を取った春斗のキャラによって、かろうじて防がれる。
すると、春斗のキャラが防戦に回るのを待っていたかのように、文月のキャラは双剣を執拗に振りかざす。
「ーーっ」
完膚なきまで叩き潰すために迎撃態勢に入った文月のキャラに、春斗のキャラは次第に体力ゲージを減らしていく。
「……くっ、強い」
独りごちた春斗は、決定的変化に瞳を細める。
発動条件を見極めたはずなのに、文月は徐々に、春斗を押し始めてきていた。
……どうする。
どう動けば、圧倒的な実力の持ち主である文月から体力を削りとることができるんだーー?
ぴりっと張り詰めた緊張感が溢れる中、不意に優香の声が聞こえた。
「由良文月さんの実力もさることながら、プロゲーマーとしての彼女の強い信念が、この不利な状況を導き出しているのだと思います」
「……確かにな」
どこか確かめるような物言いに、春斗は戸惑いながらも頷いてみせる。
優香はモニター画面を見つめながら、居住まいを正して真剣な表情で続けた。
「春斗さん、頑張って下さい」
「負けられないのは、春斗も同じだろう!」
祈るように両手を胸元で握りしめた優香の言葉を引き継いで、あかりは屈託なく笑った。
「俺、春斗なら、絶対にこの状況を打破できると信じているからな」
「春斗さんなら、由良文月さんを打ち破れるはずです」
「あかり、優香、ありがとう」
ツインテールの髪を揺らして満面の笑顔を浮かべたあかりと柔らかな笑みをこぼした優香を目にして、春斗は思わず苦笑する。
恐らく、由良文月さんに対しては、どの作戦も有効ではないだろう。
なら、由良文月さんのキャラの防御を突き崩すのみだ。
春斗はモニター画面を見据えながら、コントローラーを構える。
「由良文月さんには恐らく、どんな作戦も通じないと思う。だからーー」
「だから、『トップクラスのプロゲーマー』という牙城を崩すしかないよね」
春斗の思考を読み取ったように、りこは静かに続けた。
「このまま続けていたら、春斗くんが負けるのは確定だよ。なら、一か八か、攻めるしかないよね」
「ああ!」
予測できていたりこの答えに、春斗は笑みの隙間から感嘆の吐息を漏らす。
「俺達が勝つためには、この状況を打破するしかないな」
「ああ」
「はい」
「うん」
春斗の決意の宣言に、あかりと優香、そしてりこは意図して笑みを浮かべてみせた。
春斗達、『ラ・ピュセル』というチーム。
誰かと共にあるという意識は、押されていてもなお、決して自分達のチームが負けることはないという不屈の確信をかきたてるものだと春斗は感じた。
「ーーっ」
何十回目かの長い斬り合いは、文月が繰り出した斬撃によって、春斗のキャラが大きく吹き飛ばされたことで中断される。
既に、春斗のキャラが体力ゲージぎりぎりにも関わらず、文月のキャラはまだ、半分ほどしか減っていない。
しかし、春斗は起死回生の気合を込めて、文月のキャラに禁じ手であった必殺の連携技を発動させる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーえっ?」
自ら制約していた必殺の連携技の発動。
真正面から挑んできた春斗のキャラに、文月は一瞬、目の色を変えた。
『ラ・ピュセル』のチームリーダーである春斗が、ここぞという時に放った土壇場での必殺の連携技。
しかし、虚を突いた春斗のキャラの攻撃を前にして、文月のキャラが取った行動はまたしても想定外だった。
必殺の連携技を前にしても、文月のキャラは後方に距離を取っただけで回避してしまったのだ。
「なっ!」
春斗は、自身の必殺の連携技が回避行動のみで凌がれたことに驚愕する。
「反撃ですよ!」
硬直状態に入ってしまった春斗のキャラは、文月のキャラの双剣による連撃によってあっさりと吹き飛ばされてしまう。
「カウンター……!」
そう理解した瞬間、春斗達がいるバトルフィールドが変貌する。
『エキシビションマッチ戦』のステージは、最終戦に入っても、一戦目の時と同じ荒廃した未来都市だった。
しかし、文月が固有スキルを使用した途端、春斗達のいるフィールドが暗転する。
やがて、春斗達が立つその場所は、天井からスポットライトが降り注ぐ、狭い小劇場のステージへと変わっていた。
「春斗くん、これで終わりですよ!」
「ーーっ」
春斗はその時、自身のキャラの背後から、文月のキャラが必殺の連携技を仕掛けようとしているのを目の当たりにする。
「なら、……っ!」
春斗のキャラは即座に対応しようと、文月のキャラへと振り向いた。
だが、突如、発生した見えない壁によって、短剣そのものを弾かれてしまう。
文月の固有スキル、『星と月のソナタ』。
それは、舞台の改変とともに、対戦相手の位置を自由に変更できる固有スキルだった。
さらに変更した舞台には、対戦相手のみに施せる見えない壁を設置することができる。
『ーー神蒼・暴虐!!』
「ーーっ」
春斗の驚愕に応えるように、飛翔した文月のキャラは円を描くように舞い踊った。
左の剣を軸として、てこの原理を利用した回転斬撃。
次いで、双剣を用いた美しい半月を描いた下段からの高速斬撃が、春斗のキャラへと襲いかかる。
「必殺の連携技。それを待っていたんだ……!」
「待っていた……?」
誰が見ても完全なタイミングでのカウンター技は、春斗のキャラを貫かんとしてーー刹那、文月は春斗が目を見開いたまま、頬を緩めたことに気づいた。




