第百ニ十三話 強者の戦域③
勝ったーー。
春斗は噛みしめるようにつぶやくと、胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
同時にフル回転していた思考がゆるみ、強ばっていた全身から力がぬけていく。
まさに、熱くなった身体に冷や水をかけられた気分だった。
七戦中、三勝一分三敗。
春斗達、『ラ・ピュセル』と輝明達、『クライン・ラビリンス』が組んで挑んだ、プロゲーマー達とのバトル。
『エキシビションマッチ戦』のチーム戦を舞台にしたその勝敗は、春斗の予想を越えた結果に決した。
やっぱり、プロゲーマーの人達は強い。
だけど、俺達は、そんな人達と互角に渡り合っている。
でも、『エキシビションマッチ戦』を制覇するためには、俺があの文月さんに勝つ必要があるのかーー。
「春斗。後は頼む」
「はい」
輝明があくまでも真剣な眼差しで言うと、春斗は手渡されたコントローラーを握りしめる。
「……由良さん、後はお願いしますわ」
「寧亜さん、輝明くん相手に奮闘していましたね~」
寧亜の苦悶の言葉に、コントローラーを持った文月は少し考え込むようにして頷いた。
そのタイミングで、りこが両拳を前に出して、春斗に対して熱意を向ける。
「春斗くん。大将戦、頑張ってね!」
「……あ、ああ」
りこがぱあっと顔を輝かせるのを見て、春斗は思わず苦笑してしまう。
あかりは、ドームのモニター画面に表示されている『エキシビションマッチ戦』の先鋒から大将までの組み合わせ表を改めて見る。
「次は、あの由良文月さんなんだな」
「春斗さん、頑張って下さい……」
戦局を見据えたあかりの言葉に、優香は厳かな口調で祈るように手を絡ませた。
「勝っても負けても、これが『エキシビションマッチ戦』を制覇するための最後の挑戦になるんだよな。責任重大だな」
大将戦の重要性を感じて、春斗は引き締めるようにまっすぐに前を見据えた。
『エキシビションマッチ戦』の舞台で戦うプロゲーマー。
その最後の一人の姿を見た瞬間、春斗は息を呑んだ。
由良文月さんかーー。
以前の『エキシビションマッチ戦』で、『ラグナロック』のチームリーダーである玄と、『クライン・ラビリンス』のチームリーダーである輝明さんを倒したことがある、プロゲーマーの中でもトップクラスの実力者。
俺とは、かなり実力に差があったな。
不合理と不調和に苛まれた混乱の極致の中で、春斗はまじまじと決勝戦のステージを見つめていた。
そんな春斗をよそに、輝明は巨大モニター画面に映し出されている、これから戦うことになる文月の経歴と映像を的確に確認しながら言う。
「由良文月は、カウンター式の地形効果を変動させる固有スキルを使う侮れない実力の持ち主だ」
輝明は文月とモニター画面を垣間見ながら、鋭く目を細めた。
カウンター式。
そのフレーズを聞いた瞬間、春斗達は輝明に視線を向け、表情を引き締める。
「布施尚之と神無月夕薙は、地形変化による固有スキルによって相手を翻弄する。だが、由良文月の固有スキルは、対戦相手からの必殺の連携技、そして固有スキルの発動によって効果を発揮するものだ」
吹っ切れたような言葉とともに、輝明はまっすぐに春斗達を見つめる。
「カウンター式の地形効果を変動させる固有スキル。何度でも使えるから、厄介だよな」
当夜の何気ない言葉を聞いて、花菜の表情に明確な硬さがよぎった。
「……由良文月、倒すべき相手」
「倒すべき相手?」
思いもよらない花菜の言葉に、春斗は不思議そうに首を傾げる。
「姉さんはいまだに、由良文月に対して嫌悪感を抱いているんだな」
「当たり前。輝明を、自分の所属するゲーム会社のプロゲーマーとして引き入れようとしてきた最悪な相手」
当夜のつぶやきを、花菜が耳聡く拾い上げた。
「勧誘してきただろう」
「同じことだから」
当夜の指摘に、花菜は心底不満そうに言う。
「カウンター式の地形効果を変動させる固有スキル……。一気に倒せる段階になるまでは、必殺の連携技と固有スキルの使用が封じられてしまうのか」
「厄介ですね」
率直に告げられた春斗の言葉に、さらさらとセミロングの黒髪を揺らした優香が顔を俯かせて声を震わせる。
「では、『エキシビションマッチ戦』、最終戦を開始します!」
実況を甲高い声を背景に、ステージへと赴いた春斗と文月は前を見据える。
実況の最終戦開幕の言葉に、観客達はヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
『エキシビションマッチ戦』のチーム戦、ラストバトル。
待ちわびれていたであろうその対戦に、観客達はこれまでにない盛り上がりを見せる。
「春斗、頼むな」
「春斗さん、お願いします」
「春斗くん、頑張ってー」
「ああ」
あかり達の声援と同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
対戦開始とともに、先に動いたのは春斗だった。
春斗のキャラが地面を蹴って、文月のキャラとの距離を詰める。
対する文月のキャラは軽く首を傾げると、なんということもなくのんびりと歩き始めた。
「ーーっ!」
あまりに自然体で向かってくる文月のキャラに、間合いに詰め寄った春斗は焦りを感じる。
「ではでは、春斗くんの実力、改めて見定めさせてもらいますね」
文月はコントローラーに視線を落とすと、どこか懐かしむようにそうつぶやいた。
「くっ!」
春斗は咄嗟に攻撃を仕掛けようとして、短剣を振り上げた。
だが、春斗の斬撃は、文月のキャラを捉える直前で目標を見失う。
ただ身体を引いただけの回避行動。
それだけで、春斗の攻撃は避けられてしまった。
まさに、余裕のある王者の強さに、春斗は驚愕の眼差しを送る。
「やっぱり、強いな。だけど、絶対に勝ってみせる!」
「まだまだ、始まったばかりですからね~」
春斗の強い気概に、文月も嬉しそうに笑ってみせる。
春斗は負けじと勢いもそのままに半回転し、自身のキャラの武器である短剣を叩き込んだ。
しかし、電光石火の一突きは、文月のキャラが後方に下がったことであっさりと避けられてしまう。
「まだだ!」
避けられたことへの動揺を残らず吹き飛ばして、春斗は叫ぶ。
春斗のキャラは、体勢を立て直したと同時に最速で動いた。
「ーーっ!」
至近から放たれた斬撃。
だが、春斗は一片の容赦もない短剣の一振りを、文月のキャラに浴びせられなかった。
文月のキャラは短剣の分だけ強制的に距離を作って、その慮外の一撃を回避したのだ。
ーー外した。
文字通り、不意討ちの一撃を避けられても、春斗はまだ冷静だった。
あっという間に離れた二人は、息もつかせぬ攻防を再び、展開する。
春斗のキャラが文月のキャラの迎撃によって直撃を受けると、春斗のキャラはカウンターとばかりに斬撃を繰り出そうとした。
だが、春斗の反撃は、文月のキャラの双剣による連撃によってあっさりと防がれてしまう。
肉斬骨断とばかりに波状攻撃を繰り出してくる文月のキャラに、春斗は表向き、焦りを見せつつ、虎視眈々と一発逆転の機会を窺っていた。
しかし、残像が残るほど、速く激烈な斬激を受け、春斗のキャラは次第に文月のキャラによって追い込まれてしまう。
「このままじゃ、勝てないな」
必殺の連携技が使えない。
固有スキルの発動ができない。
そんな不利な状況の中、コントローラーを持った春斗は戦局を変える突破口を開くために模索する。
由良文月さんの固有スキル『星と月のソナタ』は、対戦相手からの必殺の連携技、そして固有スキルの発動によって効果を発揮する。
そして、玄の必殺の連携技『焔華・鳳凰翔』にも引けを取らない、由良文月さんの必殺の連携技『神蒼・暴虐』。
「玄も、必殺の連携技の発動をきっかけに、由良文月さんに負けたんだよな」
春斗の脳裏に、玄から告げられた言葉が蘇る。
『春斗。確実に体力を削り取れると判断できるまでは、由良文月に対して必殺の連携技を使用するな』
それは琴音に纏わる真相を聞いた後、玄から受けた忠告だった。




