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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
12/126

第十二話 何故、君の歌声には終わりがあるのだろう

「あなたに降り注ぐ光の先には~!遠く果てない未来がいくつも交差している~!」

大輝の携帯の画面の中で、マイクを握りしめた麻白が調子の外れた歌声を上げる。

それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会のチーム戦を優勝した際に、黒峯麻白が優勝祝いにと自身の歌を収録した動画を、黒峯玄と浅野(あさの)大輝(たいき)の携帯に送りつけたものだ。

否応なしに流れる麻白の歌を何度もリピートし、大輝は玄の部屋のベットに横たわるとぽつりとつぶやいた。

「なあ、玄。本当に、麻白は生き返ることができるんだよな」

「ああ。父さんはそう言っていた」

どこか辛辣そうな玄の言葉にも、大輝は嬉しそうに不適な笑みを浮かべる。

「そうか。麻白が戻ってきたら、即行、この残念な歌を取り下げてもらわないとな」

「…‥…‥麻白が怒るぞ」

「それが麻白だろう」

怪訝そうな顔をする玄に、大輝はベットから起き上がるとふっと表情を消した。

「ずっと会えなくてもいい。誰かに迷惑をかけることになっても、麻白が笑っていたあの時を必ず取り戻す。それがおまえの父さんが掲げていた、絶対に成し遂げなくてはならない最優先事項だろう」

腕を頭の後ろに組んで玄の部屋の壁にもたれかかった大輝は一度、目を閉じてから、ゆっくりと開いて言う。

「だったら、俺達も道化らしく踊りきってやろう。今度こそ、麻白を守れるように」

「…‥…‥すまない。俺は麻白を守れーー」

「言うなよ!」

短く息を吐いて、何かを言いかけた玄を無視して、大輝は憤りを感じながらも、そして無駄と知りつつも、いつものように麻白にメールを送信する。

一気に打ち終えて送った後も、大輝は顎に手を当てて、まだ不服そうに眉をひそめていた。

玄は麻白に宛てた大輝のメッセージを見遣ると、ほっとしたように微かに笑ってみせる。

麻白に宛てた、大輝からのメッセージ。

それは、麻白に送ったメッセージにしてはおかしいーーでも、麻白の帰りを待っている玄達が最も待ち望んでいるメッセージだったーー。


『麻白、俺も玄もおまえの両親もめちゃくちゃ落ち込んでいるから、さっさと生き返って戻ってこいよ』


「大輝らしいな」

笑ったような、泣いたような。

あらゆる感情の混ざった声が、玄の口からこぼれ落ちる。


麻白。

俺はーー俺達は麻白のことが好きだ。

大好きだった。

ずっとずっと、俺達の隣で笑っていてくれると信じていた。

これからもっと、たくさんの人達を巻き込んで一緒に夢を叶えるんだろう。

だが、それはもはや妹には決して伝わない気持ちだ。

けれど、もし願いが叶うのなら、どれだけ周りから否定されてしまう手段だったとしても、俺は麻白を生き返させたい。


玄とともに目の前で麻白を失った玄の父親は、文字どおり我を忘れ、なりふり構わず、様々な手段を試みた。

科学的方法、蘇生、反魂、そして魔術。

玄の母親は麻白を失ってから、ずっと家に引きこもっていたために、その姿を知らず知らずのうちに誰よりも近くで見ていた玄は、麻白が運び込まれた総合病院で父親が雅山春斗の妹である雅山あかりに無理やり、会おうとしていたことを突き止める。

父親の行動を不審に思った玄は、大輝とともに忍び込んだ父親の書庫でその事実に隠された真相を目にした瞬間、それまでため込んでいた、途方のない感情の本流に襲われた。

「死んだはずの雅山あかりを、魔術で生き返させた」

「どういうことだよ、これ?」

そこに記されていた書類の内容を見て、玄と大輝は互いに顔を見合わせると、困惑したように唇を強く噛みしめる。

そんな中、狼狽し、進退窮まった玄達の下に現れたのは玄の父親だった。

既に心身が限界に達しているように見えた玄の父親は、異様に強い眼光を向けて言った。

「玄、大輝くん、協力してくれないか?」

「協力?」

「どのような手段を用いても、私は麻白を生き返させたいんだ。既に、私は麻白を生き返させる方法を知り得ている」

玄達の驚愕に応えるように、玄の父親は嗜虐的に笑みを浮かべた。

確信を込めて静かに告げられた玄の父親の言葉は、この上なく玄達の胸を打った。

麻白を生き返させたいーー。

玄の父親のその願いは、まさに玄と大輝の願いそのものでもあったからだ。


携帯の画面を再び、真剣な眼差しで見つめる大輝に、玄は苦々しい表情を浮かべて言った。

「大輝、巻き込んでしまってすまない」

「だから、言うなって言っているだろう!」

巻き込むという単語を聞いた瞬間、大輝の瞳に複雑な感情が入り乱れる。

そうして消化しきれない感情を抱えたまま、大輝は続けた。

「麻白を生き返させたいのは、別におまえ達だけじゃない。俺もだ」

「…‥…‥そうだったな」

大輝が不服そうに投げやりな言葉を返すと、ようやく玄はほっとしたように微かに笑ってみせたのだった。






「お兄ちゃん、もうすぐ上映時間みたいだよ」

車椅子に乗ったあかりが意気揚々にそう言ったのは、ショッピングモール内にある映画館にたどり着いた時だった。

「あかり、優香、慌てなくても、まだ上映時間まで余裕があるだろう」

「あかりさん、楽しみですね」

「うん。宮迫さん、喜んでくれるかな」

呆れた大胆さに嘆息する春斗をよそに、優香とあかりは映画館のポスターを見つめて歓声を上げる。

映画のタイトルは、『ラ・ピュセルーーペンギン王子と天空王宮の謎』。

まさに、タイトルそのものが謎である。

この間のゲームセンターの大会の優勝祝いと、大会前にあかりがランキング入りを果たしたお祝いにと、春斗はあかりと優香と一緒に、近くのショッピングモールへと出向いていた。

しかし、何故か、あかりと優香からの提案で、あかりから琴音に入れ替わる時間帯の上映時間に合わせて、映画を観に行こうという話の流れになってしまったのだ。

『ラ・ピュセルーーペンギン王子と天空王宮の謎』。

正直、タイトル自体はかなり迷走してしまっているが、大人気ゲームの初の映画化ということで、春斗自身も実際のところ、観るのが楽しみな映画だったりする。

だが、春斗は少し気まずそうにポスターから視線をそらすと、優香にぽつりとこう訊いた。

「優香。その、本当に、宮迫さんはペンギンが好きなんだな?」

「はい、間違いないと思います。前にペンギンのぬいぐるみを差し上げたら、すごく喜んでいましたから」

「そ、そうなんだな」

優香の即座の切り返しに、春斗は今まで知らなかったことを悔やむように、ぐっと辛そうに言葉を詰まらせる。

しかしすぐに、とある事実に気づき、春斗ははっとした。

「だけど、あかりが宮迫さんに変わるってことは、あかりは映画を観れなくなるんじゃないのか?」

「大丈夫です。映画は午前と午後、二回観ますから」

「うん。午前中はまだ、私だから観られるの」

優香が誇らしげに笑みを浮かべると、あかりは嬉しそうにはにかむように微笑んでそっと俯いてみせた。

同じ映画を同じ日に続けて観るという、そのあまりのズレ具合に、春斗は思わず固まってしまう。

立て続けに同じ日に同じ映画を、二回、観ることになるのかーー。

映画のポスターと向き合った春斗は、その疑問を早々に封印した。

それを考え始めた瞬間、春斗の脳裏にあるとんでもない事実が浮上してきたからである。

「…‥…‥まずい。午後から、あかりが宮迫さんに変わるってことは、二回目は宮迫さんと一緒に映画を観るってことになるんだよな」

春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったように映画館のある方向へと視線を向けた。

「何、話そう」

そうつぶやきながらも、答えは決まっている。

「ーーって、そんなの映画の話しかないよな」

淡々と述べながらも、春斗は両手を伸ばしてひたすら頭を悩ませる。

「とにかく、後のことは映画を観ながら考えよう」

「春斗さん、相変わらずですね」

どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は穏やかに微笑んだ。

そして一呼吸置いて、優香は淡々と続ける。

「ですが、その前に」

「その前に?」

「フードコートに行って、『ラ・ピュセル』のマスコットキャラ、ラビラビさんのポップコーンセットを手に入れましょう」

静かにーーそして、どこまでも決意を込めた優香の言葉に、春斗は思わず、ふっと息を抜くような笑みを浮かべる。

「フードコートに、『ラ・ピュセル』のラビラビのポップコーンセットがあるんだな」

「うん。映画館だけの限定ポップコーンみたい」

相変わらずの呆れた大胆さに嘆息する春斗に、あかりは優香の代わりにそう答えた。頬をふわりと上気させて嬉しそうに笑う。

その言葉を聞いた途端、優香は嬉しそうにぱあっと顔を輝かせて両手を打ち合わせた。

「はい、ラビラビさんのオリジナル限定ポップコーンセットです」

「美味しそうだね」

『ラ・ピュセル』のラビラビ談義に花を咲かせる二人を前にして、春斗は言い知れぬ疎外感を味わった。

しかしながら、映画のポスターに載っていたオリジナル限定ポップコーンを見て、春斗は目の色を変える。

「…‥…‥なっ。ラビラビだけじゃなくて、ペンギンのイラストも載っているのか!」

春斗は二回目の午後からの映画の時に、ペンギンが好きな琴音にポップコーンセットを渡した時のことを想像し、途方もなく心が沸き立つのを感じた。


『ありがとうな、春斗』


ふと、春斗の脳裏に、ポップコーンセットを手渡されて喜ぶ琴音バージョンのあかりの姿がよぎる。

春斗は拳を握りしめると、沸き上がる思いを押さえ、あくまでも自然な口調でこう告げた。

「な、なら、まずはチケットを買って、それからポップコーンセットを買いに行こうな」

「うん」

「はい」

顔を見合わせてそう言い合うと、春斗達は足早に映画館へと向かったのだった。

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