第百十九話 奇術師と独善者の戦い③
「では、『エキシビションマッチ戦』の四戦目を開始します!」
実況を甲高い声を背景に、花菜と新は前を見据えた。
実況の四戦目開幕の言葉に、観客達はヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
「姉さん、頼むな」
当夜達の声援と同時に、キャラのスタートアップの硬直が解ける。
ーーバトル開始。
対戦開始とともに、先に動いたのは新だった。
新のキャラが接近してきた瞬間、花菜のキャラはあえて下がらず、前に出る。
「霜月新、私はチームのためにーー輝明のために動く。だから、負けられない」
「ーーくっ」
決意の宣言と同時に、花菜のキャラは巨大な鎌を新のキャラに振りかざした。
花菜のキャラと対峙していた新のキャラは、手にした剣で一撃を受け止めるも、予想以上の衝撃によろめく。
「そうか。だが、それは、私も同意見だ」
「ーーっ」
新はそう答えると、花菜のキャラに剣を突き出してきた。さらにそのまま、超速の乱舞へと繋げる。
完全に虚を突いた新のキャラの乱舞を前にして、花菜のキャラは次第に体力ゲージを減らしていく。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のプロゲーマー。
その実力を、春斗達は改めて、今回のバトルで否応なしに目の当たりした。
花菜では対応できない速度で繰り出された鋭い剣閃。
「厄介……」
その一閃を、花菜のキャラは自身の固有スキルを用いて、上体をそらすことでかわす。
花菜の固有スキル、『リミテッド』。
それは、一時的に素早さを上昇させるスキルだ。
なおも超速の乱舞を繰り出す新のキャラに、花菜のキャラは大鎌を構えると素早く対応してみせた。
正面からの新のキャラの高速斬りを、花菜のキャラは大鎌で受け、受けたと同時に驚異的なタイミングで花菜は斬り上げを放つ。
だが、花菜のキャラの大鎌による反撃は、新のキャラのバックステップからの大きな跳躍で距離を取られてしまう。
「ーーっ」
大鎌を空に振りかざした花菜のキャラに対して、新はさらに必殺の連携技へと繋げる。
『エンゼル・プレセイル!』
花菜のキャラの連携技の終息に合わせて、新のキャラは跳び上がった。
回転しながらの高速斬り上げが、青いエフェクトをまといながら円の形をとる。
エフェクトは新のキャラが着地すると同時に消えたが、その間にエフェクトをまとった新のキャラは縦方向に蹂躙しながら、花菜のキャラを軒並み吹き飛ばす。
大きく吹き飛んだ花菜のキャラは、少なくないダメージエフェクトを放出していた。
「霜月新」
自身のキャラの体力ゲージが半分を切ったというのに、表情一つ変えずに告げた花菜に、新はあくまでも真剣な表情を浮かべてみせる。
「今回は勝たせてもらう」
新の決意に、花菜は一瞬、息を呑んだように見えた。
無表情に走った、わずかな揺らぎ。
そして、無言の時間をたゆたわせた後で、花菜はゆっくりと視線を落とした。
「…‥…‥なら、全てを覆せばいい」
花菜がそうつぶやくと同時に、花菜のキャラは大鎌を振りかざしてきた。
大鎌による嵐のごとき斬撃を受けながら、新のキャラはここぞとばかりに剣を突き上げる。
「……っ!」
閃光のような速さの連撃。
花菜のキャラは全てを捌ききれず、次第に体力ゲージを減らしていく。
肉斬骨断とばかりに波状攻撃を繰り出してくる新のキャラに、花菜は表向き、焦りを見せつつ、虎視眈々と一発逆転の機会を窺っていた。
「これで終わらせる」
「ーーっ」
短い言葉とともに、大鎌を構えた花菜のキャラが近接する。
しかし、最短で繰り出した上段からの一振りはーー新のキャラを捉えなかった。
「ああ。決めさせてもらう」
代わりに、新のキャラの斬撃が、背後から襲いかかってきた。
花菜のキャラは手にした大鎌で斬撃を受け止めると、新のキャラをぐいと押し出した。
「くっーー」
予想外の行動に態勢を崩した新のキャラに合わせて、花菜は必殺の連携技を発動させる。
『ーー冥星のプレリュード!!』
「ーーっ!」
大鎌の最上位ランクの必殺の連携技。
半径を描くように上段から斬り下ろし、下段からの斬り上げを経て、花菜のキャラは踊るように、左右から新のキャラを斬り刻む。
「必殺の連携技!?」
必殺の連携技による大技に、新は驚愕の表情を浮かべる。
だが、体力ゲージがぎりぎりのところで踏み止まったことを確認すると、新は硬直状態に入った花菜のキャラに乾坤一擲のカウンター技を放つ。
『エンゼル・プレセイル!』
裂帛の気合いを込めた新の必殺の連携技が放たれる。
「ーーっ、負けないから!」
「私も負けない!」
音もなく放たれた一閃が、硬直状態が解除された途端、剣を押し返そうとしていた大鎌ごと、花菜の操作するキャラを切り裂いた。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らした花菜のキャラは、ゆっくりと新のキャラの足元へと倒れ伏す。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、新の勝利が表示される。
「よし!」
「ーーっ」
新と花菜の二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
ーー負けた。
そう確認する花菜を嘲笑うように、一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
「霜月さんのおじさんは、やっぱり手強いな」
「すごいな」
「花菜さん……」
春斗とあかりと優香の三人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
『当夜、負けたら許さない』
自分で口にした言葉なのに、切実な響きを伴ったように花菜の心は息詰まりそうだった。
「花菜」
名前を呼ばれてそちらに振り返った花菜は、輝明がいつもの無表情で見つめていることに気づいた。
「……こちらも、とっておきをやる。下がっていろ」
瞬間的な輝明の言葉に、コントローラーを置いた花菜は一瞬、表情を緩ませたように見えた。
無表情に走った、わずかな揺らぎ。
その揺らぎが、輝明なりの優しさを感じ取って。
そして、無言の時間をたゆたわせた後で、花菜はゆっくりと頷いた。
「…‥…‥分かった。後のことは、輝明達に任せる」
それとなく、視線をそらした花菜は、まるで照れているかのようにうつむいてみせる。
「姉さん、ここから巻き返しだ」
「いよいよ後半戦だな。後は、輝明達に任せるしかない」
「うん」
当夜とカケルの激励に、花菜は目を細め、うっすらと、本当にわずかに笑った。
花菜はわずかに頬を緩ませながら、観戦席から歩いてきた優香と視線を合わせる。
「優香、後はお願い」
「はい」
花菜があくまでも真剣な眼差しで言うと、優香は緊張した面持ちで手渡されたコントローラーを見つめる。
「後は頼む」
「はい」
新の後押しに、コントローラーを持った倉持のどかは少し考え込むようにして頷いた。
「では、『エキシビションマッチ戦』の五戦目を開始します!」
「五戦目のバトル!」
「ついに後半戦だな!」
大会の会場で、実況がマイクを片手に叫ぶと、大勢の観客達は歓声を上げる。
『エキシビションマッチ戦』のステージは、後半戦に入っても、一戦目の時と同じ荒廃した未来都市だった。
だが、前半戦のバトルの影響のためか、瓦礫と化している場所が幾つか見受けられる。
「このまま、勝たせて頂きます」
「私はーー私達は負けません」
のどかと優香がそう言い合ったと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。




