第百十八話 奇術師と独善者の戦い②
ーーバトル開始。
対戦開始とともに、先に動いたのは遼だった。
遼のキャラが接近してきた瞬間、りこのキャラは嬉々として槍を突き出してきた。
それらを刀でさばきながら、遼はりこのキャラの隙を見て、下段から斬り上げを入れようとする。
だが、りこのキャラはそれを正面から喰らい、金色のダメージエフェクトを撒き散らしながら、なおも執拗に槍を突き上げた。
「ーーっ」
予測に反した動きに、遼のキャラは一撃を甘んじて受けてしまう。
油断したーー。
そう思った時には、既にりこは連携技を発動させていた。
その場で舞い踊るように繰り出される槍の七連突きにーーしかし、遼はあえて下がらずに前に出た。
「ーーっ!」
遼のキャラの突き入れた刀が、りこのキャラが振る舞おうとした槍を押し留める。
刀を振り払おうとするりこのキャラの槍の動きに合わせ、遼は絶妙な力加減でさらにりこのキャラへ肉薄する。
槍と刀のつばぜり合い。
いったん距離を取った後、あっという間に接戦したりこのキャラと遼のキャラは、息もつかせぬ激しい攻防を展開する。
「りこ、一度、プロゲーマーの人とバトルしてみたかったんだよね」
「ーーっ」
決意の宣言と同時に、りこのキャラは自身の武器である槍を、遼のキャラに振りかざしてきた。
りこのキャラと対峙していた遼のキャラは、手にした刀で一撃を受け止めるも、予想以上の衝撃によろめく。
「今生りこ。意外とやるな」
「意外とは余計だよ!」
何度目かの攻防戦。
一瞬の静寂後、遼のキャラとりこのキャラは同時に動いた。
二人のキャラは一瞬で間合いを詰めて、互いが放つ技を相殺し合う。
「一気に行くよ!」
「くっ!」
りこのキャラが地面を蹴って、遼のキャラに迫る。
遼の隙を突いて、りこのキャラによる最速の一突きが飛来した。
遼のキャラはそれを寸前のところで避けると、必殺の連携技を放つ。
『エンペラー・インパルス!』
遼のキャラは刀を振るうことによって、無数の剣圧を飛ばして攻撃しようとする。
遼はそれと同時に、見計らったように自身の固有スキルを発動させる。
『リミットブレイク』
それは、自身が前もって放った技を一度だけ回避不能にする固有スキルだ。
現プロゲーマーである遼が、ここぞという時にりこのキャラに放った土壇場での必殺の連携技。
りこのキャラが固有スキルの効果により、回避不能の状態に陥ったことで、バトルの終わりが予測されていた連携技の大技はーーぎりぎりのところで体力ゲージを残すに留まった。
「なっ、耐えただと?」
「ここが、りこの正念場なんだよね!」
驚きとともに大振りの技を誘導された遼のキャラに、りこはとっておきの技を合わせる。
『無双雷神槍!!』
槍の最上位乱舞の必殺の連携技。
その場で舞い踊るように繰り出される槍の七連突き、そして締めとばかりに振るわれる横薙ぎ三連閃。
りこは硬直状態に入った遼のキャラに、乾坤一擲のカウンター技を放つ。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らした遼のキャラは、ゆっくりとりこのキャラの足元へと倒れ伏す。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、りこの勝利が表示される。
一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
「勝った!」
「よしっ!」
「りこさん、すごいです!」
春斗とあかりと優香、そしてりこの三人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
「嘘だろう……。この僕が、固有スキルを使えない相手に負けたのか」
コントローラーを落とした遼は、モニター画面を見据えると、愕然とした表情で立ち尽くしていた。
「水谷くん、まだまだですね~」
「まあ、あいつの場合、自信過剰なところがあるからな」
文月の指摘に、孝治はたじろぎながらも率直な意見を述べる。
「固有スキルを生かせたら、勝負の行方は分からなかっただろうな」
「少し出すのが早かったみたいですね」
「いや、あのタイミングで良かったんだ!僕に指図するな!」
孝治と涼海の解釈に、プライドを傷つけられた遼は怒りをあらわにした。
「僕はいずれ、プロゲーマー最強になるんだ」
遼は不満そうに視線を反らすと、観戦席から歩いてきた『霜月新』を苦虫を噛み潰したような顔で見つめる。
「水谷、この大会にはスポンサーの方も見に来ている」
「……っ!」
新の忠告に、状況を瞬時に理解した遼は顔を青ざめた。
遼は以前から、プロゲーマーとして活躍していたが、全てが順風満帆とはいかなかった。
遼はスポンサーに対して、傲慢な態度を取ってしまったことにより、契約していたスポンサーのゲーム会社から突如、解約を言い渡されてしまい、解雇になってしまったのだ。
新もまた同じく、度重なるミスにより、契約していたスポンサーのゲーム会社から突如、解約を言い渡されてしまい、解雇になってしまっている。
他のプロゲーマー達と騒動を起こして再び、解雇になってしまえば、プロゲーマーへの復帰は困難になってしまうだろう。
「春斗くん達、久しぶりだな」
押し黙ってしまった遼を尻目に、コントローラーを持った新は、春斗達を視界に収めて表情を緩める。
「あの人って、やっぱり霜月さんのお父さん!」
以前、対戦したありさの父親の姿に、春斗は虚を突かれたように呆然とする。
「今回の『エキシビションマッチ戦』に出場しているということはーー」
「プロゲーマーに復帰されたんですね」
車椅子を動かしたあかりの言葉を引き継いで、優香は厳かな口調で続けた。
「霜月新か」
「確か、『囚われの錬金術士』の人……」
輝明の言葉に、花菜は出会った時と変わらない無表情で淡々と告げる。
「霜月新。私はチームのためにーー輝明のために動く。だから、その前に立ち塞がる相手は私の相手」
ステージに立った花菜は、あくまでも真剣な眼差しで言うと、りこから手渡されたコントローラーを見つめた。
「そうか。だが、私はありさと約束したんだ。春斗くん達とは、『エキシビションマッチ戦』でリベンジしてみせると」
コントローラーを持った新は意を決したように、あの時と同じーーだけど、別の言葉を口にした。
そして、あの時、告げられたありさの想いが込められた言葉を思い返す。
『…‥…‥ねえ、お父さん。私、お父さんのような、かっこいいオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のプロゲーマーになりたい。だから、お父さんも諦めないで』
絶対に叶う夢がないように、絶対に叶わない夢もない。
これは、いつか家族が思い描いた夢の出発点ーー家族の願いの始まりだった。
「霜月新」
淡々と言葉を紡ぐ戦姫の名を冠した少女ーー花菜は、髪をかきあげて決定的な事実を口にした。
「リベンジなんてさせない」
「いや、私は諦めない。これからも、ありさの憧れのプロゲーマーとして、ただまっすぐに前に進んでいくだけだ」
花菜の決意に、新はあくまでも明るい笑みを浮かべて答える。
ありさの願いを、これからも叶えるためにーー。
家族の夢を叶えるためにーー。
『じゃあ、プロゲーマー同士の『エキシビションマッチ戦』のついての話し合いに参加してくるな!』
『あなた、頑張って』
『お父さん、頑張ってね』
新の脳裏に蘇るのは、プロゲーマーの復帰が決まった日に見せてくれた、花が咲き零れるようなありさとありさの母親の笑顔。
きっとそれは、今も新が待ち望んでいるものだ。
『エキシビションマッチ戦』。
それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式トーナメント大会の個人戦の優勝者、準優勝者、チーム戦の優勝チーム、準優勝チームが挑戦できる大会だ。
四番手の対戦相手として舞台に立った新は再び、プロゲーマーとしてのステージに上がったばかりの挑戦者だった。




