第百十七話 奇術師と独善者の戦い①
麻白が退院した日ーー。
カケルの周りには、友人と呼べる人物は一人もいなくなっていた。
経済界への影響力がかなり強い人物である黒峯蓮馬の娘に、人身負傷事故ーー本来は人身死亡事故を起こしたとして、カケルの父親は警察に身柄を拘束された。
また、実名で報道されたことにより、カケルの父親は会社を辞めさせられ、カケルの家族は住み慣れた地を追われることになった。
しかし、引っ越し先で出会った輝明達によって、カケルの父親の再就職先を斡旋してもらい、あの頃のような充実な日々を再び、送らせてもらっている。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ3』。
あの時、もし、そのオンライン対戦で、輝明が対戦を申し込んでこなかったら、カケルの家族は今も路頭に迷い、途方に暮れていただろう。
そして、玄と麻白に謝罪することさえも叶わなかったはずだ。
カケルが『クライン・ラビリンス』に入った後ーー。
それを取り戻させてくれた輝明達に、カケルは感謝してもしきれなかった。
「ここで決めさせてもらいますね」
涼海のキャラは足運びにフェイントを加えつつ、カケルのキャラに近接すると、文字通り踊るようにその場でステップを踏み込む。
「踏み込むように一撃を加える」
「ーーっ」
カケルのキャラがつられて動くタイミングで、涼海のキャラは曲刀を繰り出してきた。
まともな剣捌きを予想していれば、一撃は喰らわざるを得ない攻撃。
そんなトリッキーな涼海のキャラの動きに、カケルのキャラは翻弄されてしまう。
「あなたに届け、この舞いよ」
「くっ!」
緊密なカケルのキャラの斬り上げを避けながら、涼海のキャラは舞い踊るように曲刀の斬撃を繰り出す。
体力ゲージが減った自身のキャラの状況を確認したカケルは、『エキシビションマッチ戦』について話し合った際に、輝明が口にした言葉を鮮明に思い出す。
『気になるのなら、布施尚之にオンライン対戦を申し込めばいい。布施尚之は、由良文月と同じように、地形効果を変動させる固有スキルを使う厄介な相手だからな』
あの後、尚之にオンライン対戦を申し込んだカケルは怯まず、怯えず、正面から真正面に挑み、そのとてつもない強さに完膚なきまでに敗北した。
「輝明はすごいな」
尚之に敗北したその日の夜、カケルは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のサイトに配信されている動画を視聴していた。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の決勝。
玄と輝明による、卓越された動きと神業に近いそのテクニック。
そして、『ラグナロック』に敗北してなお、尊敬の念を抱かせる超然とした佇まい。
ゲームの世界にしろ、何にしろ、常軌を逸した超越的存在というものが確かに存在するのだと、カケルは思った。
「個人戦の覇者である布施尚之さんは、輝明に何度か勝っているけれど、やっぱり、正面から相対したら勝てないよな」
カケルにとって、輝明はいつの間にか、憧れの存在になっていた。
それは、絶望の状況下に追い込まれていたカケルに差し込んだ一筋の光。
だからこそ、ここで負けるわけにはいかなかった。
カケルは感慨深そうにコントローラーを握りしめると、一呼吸整える。
対戦相手が動く瞬間を見極めるためにーー。
「踊るようにーーっ!」
ステップを踏み、接近してきた涼海のキャラの動きに、カケルはコントローラーを持ったままーー何の反応もしなかった。
眩惑系の固有スキルには対処法がある。
相手の行動を釣り出し、その行動に合わせて意表をつくのなら、相手が仕掛けるまで一切動かなければいいのだ。
理屈だけなら極々簡単で、誰でもできる必勝法。
だが、それを実際に行うことは難しいからこそ、それを対処してみせたカケルは、周囲を驚嘆させるのに十分だった。
既に操作している涼海は途中で止めることも出来ず、曲刀の斬撃を繰り出す。
『フローライト・セイバー!!』
「ーーっ」
カケルはその斬撃を喰らいながらも、その受ける行動が反撃に繋がるように、固有スキルを用いた最速の必殺の連携技を放つ。
カケルの固有スキル、『スキル・ブースト』。
それは自身、または仲間キャラの攻撃力を上げる固有スキルだ。
不意を突き、固有スキルによって強化された、必殺の連携技。
しかし、誰が見ても完全なタイミングでのカウンターは、涼海のキャラの後退によって、体力ゲージぎりぎりのところまでで何とか凌ぎきられる。
驚きとともに大振りの技を誘導されたカケルに、涼海のキャラは再度、ステップを踏み込み、近接した。
「ーーなっ!?」
華々しくも繊細な連撃が、カケルの操作するキャラを切り裂いた。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らしたカケルのキャラは、ゆっくりと涼海のキャラの足元へと倒れ伏す。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、イベントステージのモニター画面に、涼海の勝利が表示される。
「先輩、勝ちました!」
「くっ!」
涼海とカケルの二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
ーー負けた。
そう確認するカケルを嘲笑うように、一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
「カケルさん……」
「眩惑系の固有スキル、厄介だな」
「そんな……」
春斗とあかりと優香の三人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
「カケルくん」
名前を呼ばれてそちらに振り返ったカケルは、観戦席から歩いてきたりこが、必死の表情でカケルを見つめていることに気づいた。
「カケルくんの分まで、りこ、頑張るからね!」
「……ありがとうな」
片手を掲げて、りこがいつものように嬉々とした表情で興奮気味に話すのを見て、気が滅入っていたはずのカケルは思わず、苦笑してしまう。
「カケル。眩惑系の固有スキル、対処仕切ったな」
カケルが観戦席に座ると、当夜はねぎらいの言葉をかける。
「ああ。だけど、負けたから、『エキシビションマッチ戦』の完全制覇は出来なくなってしまったけれどな」
カケルは荒れ回る気持ちのままに、重々しくつぶやいた。
「カケル、よくやった」
「うん。すごかった」
そんなカケルを励ますように、輝明はカケルの肩をポンと叩いた。
その後ろで、ちょこんとカケルの服の裾を摘むようにした花菜が物言いたげな表情を浮かべている。
「みんな、ありがとう」
輝明達の激励に、カケルは感謝を述べると、改めてステージを見据えた。
りこは前に進み出ると、待ち構えていた次の対戦相手である『水谷遼』と向かい合った。
「君が、僕の相手か。今生りこ」
「りこ、負けないからね」
瞬間的な遼の言葉に、りこはふっと息を抜くような笑みを浮かべる。
「負けない?」
りこが発した言葉に、遼は意外そうにぴたりと動きを止めた。
「君の固有スキルは、『エキシビションマッチ戦』の方式では使えないだろう。君が僕に勝つ確率は、万に一つもないな」
「むうー、嫌な感じ。りこ、絶対に勝つからねー!」
遼が嘲笑うようにして告げると、りこはそれまでの明るい笑顔から一転して頬をむっと膨らませる。
その場で屈みこみ、唇を尖らせるという子供っぽいりこの仕草を前にしても、遼の余裕の態度は崩れなかった。
りこは気を取り直して立ち上がると、ステージ上のモニター画面の前に置いてあったコントローラーに手をかけながら言い放つ。
「みんな、絶対に次に繋げるからね!」
「今生」
「今生、頼むな」
「りこさんなら、きっと勝てます」
片手を掲げて、りこがいつものように嬉々とした表情で興奮気味に話すのを見て、春斗達は思わず、苦笑する。
「さっさと終わらせるか」
遼は呆れたように軽くため息を吐き、右手を伸ばした。
そして、コントローラーを手に取って、正面を見据える。
「では、『エキシビションマッチ戦』の三戦目を開始します!」
「いずれ、僕はプロゲーマー最強になる。それを、このバトルで実証してみせる」
決意のこもった遼の言葉が、場を盛り上げた実況の言葉と重なった。
「りこちゃん、頑張れ!」
観客達の歓声と同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。




