第百十六話 消えないで、闘志④
「まだだ」
「なっ!」
孝治のキャラの繰り出した必殺の連携技が、当夜のキャラに放たれようとしてーー刹那、孝治は当夜が目を見開いたまま、頬を緩めたことに気づいた。
当夜のキャラに必殺の連携技を放とうとしていた孝治のキャラは、咄嗟に剣を振り上げた当夜のキャラによってそれを阻まれてしまう。
固有スキルによって威力が上がった当夜のキャラの剣が、孝治のキャラの必殺の連携技ごと叩き伏せ、体力ゲージを根こそぎ刈り取った。
体力ゲージを散らした孝治のキャラは、ゆっくりと当夜のキャラの足元へと倒れ伏す。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、当夜の勝利が表示される。
一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
「勝った!」
「よしっ!」
「やりましたね!」
「やったね!」
春斗とあかりと優香、そしてりこの四人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
「……勝ったのか?いや、勝ったんだよな」
当夜は噛みしめるようにつぶやくと、胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
同時にフル回転していた思考がゆるみ、強ばっていた全身から力がぬけていく。
「当夜」
名前を呼ばれてそちらに振り返った当夜は、輝明と花菜がいつもの無表情で、当夜を見つめていることに気づいた。
「よくやった」
「後は、私達が繋げるから」
「ああ」
輝明と花菜の不器用な激励に、当夜は眉を寄せて答える。
当夜はわずかに頬を緩ませながら、観戦席から歩いてきたカケルと視線を合わせた。
「カケル、頼むな」
「ああ」
当夜があくまでも真剣な眼差しで言うと、カケルは緊張した面持ちで手渡されたコントローラーを見つめる。
「悪い」
「先輩が負けるの、久しぶりに見ました」
孝治の謝罪に、コントローラーを持った千歳涼海は少し考え込むようにして頷いた。
「では、『エキシビションマッチ戦』の二戦目を開始します!」
「二戦目のバトル!」
「あのオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌を歌った千歳涼海さんのバトル、楽しみだな!」
「涼海ちゃん、頑張れ!」
大会の会場で、実況がマイクを片手に叫ぶと、大勢の観客達は歓声を上げる。
『エキシビションマッチ戦』のステージは、一戦目の時と同じ荒廃した未来都市だった。
『エキシビションマッチ戦』では、公式トーナメント大会の時のように、ステージの変更は行われない。
「負けないからな」
「私も負けません」
カケルと涼海がそう言い合ったと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
ぴりっとした緊張感とともに、バトルが開始される。
対戦開始とともに、先に動いたのはカケルだった。
カケルのキャラが地面を蹴って、涼海のキャラとの距離を詰める。
カケルのキャラに距離を詰められた涼海のキャラは、嬉々として曲刀を突き出してきた。
「なっ!」
予想外の武器を前にして、カケルは思わず、目を見開いた。
「揺れるように舞い」
涼海のキャラは足運びにフェイントを加えつつ、カケルのキャラに近接すると、文字通り踊るようにその場でステップを踏み込む。
「踏み込むように一撃を加える」
「ーーっ」
カケルのキャラがつられて動くタイミングで、涼海のキャラは曲刀を繰り出してきた。
まともな剣捌きを予想していれば、一撃は喰らわざるを得ない攻撃。
そんなトリッキーな涼海のキャラの動きに、カケルのキャラは翻弄されてしまう。
「あなたに届け、この舞いよ」
「くっ!」
緊密なカケルのキャラの斬り上げを避けながら、涼海のキャラは舞い踊るように曲刀の斬撃を繰り出す。
「眩惑系の固有スキルだな」
「眩惑?」
輝明は二人のバトルを垣間見ながら、鋭く目を細めた。
眩惑系。
そのフレーズを聞いた瞬間、春斗達は輝明に視線を向け、表情を引き締める。
「相手の行動を吊り出し、その行動に合わせて意表をついていく固有スキルだ」
吹っ切れたような言葉とともに、輝明はまっすぐに春斗達を見つめる。
「眩惑系の固有スキルには、対処法がある」
「もしかして、当夜さんの固有スキルと同じように、固有スキルを何度でも使うことができるけれど、必殺の連携技を使えないことですか?」
「ああ。だが、それとは別に、もう一つある」
春斗の的確な問いに、輝明は幾分、落ち着いた声音で答えた。
「まあ、ともかく」
当夜は春斗達の方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。
「カケルがそれに気づくかだよな!」
「ああ」
ざっくりと言った当夜に、輝明は少し逡巡してから頷いた。
カケルvs涼海。
大会会場のモニター画面は、そんな二人のバトルを迫力満点に映し出している。
カケルのキャラに曲刀の舞いを振るっていた涼海の脳裏に、不意にプロゲーマーにスカウトされた時の孝治の言葉がよぎった。
『涼海。オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のプロゲーマーになってみないか?』
『先輩、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌の収録が終わってからでもいいですか?』
『ああ』
どこまでも生真面目な孝治の姿を思い出して、涼音は懐かしそうにくすりと微笑んだ。
それは、涼海が孝治によって、プロゲーマーとしてスカウトされた日のことだ。
千歳涼海は、最近、話題沸騰中の有名な歌手である。
麻白とともに、オーディションに受かった涼海は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』のオープニングを歌うことになった。
涼海の心に、ゲームのオープニングソングが鳴り響く。
いつものオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の曲とはテイストが違うけれど、しっとりとした心にしみていくような素敵な歌だった。
だからこそ、涼海はこの歌を歌ってみたいと願ったのだ。
オーディションに受かった後、レッスンと収録を行いながら、別の仕事に出演したりする日々。
涼海が忙しいスケジュールに追われていたーーそんな時だった。
孝治から、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のプロゲーマーにスカウトされたのはーー。
元々、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式トーナメント大会の個人戦に出場していた涼海は、ゲームの腕前もかなりのものだった。
歌手の仕事の合間に、兼業でプロゲーマーとしての仕事をこなす。
それは過酷な状況だったが、涼海は今までそれをやり遂げてきた。
その理由はきっと、彼がーー孝治がプロゲーマーとして活躍していたからだろう。
涼海が、孝治に出会ってから恋に落ちるのは、それほど時間がかからなかった。
ーー先輩が好きです。
本当はあの時ーー恋心に気づいたあの時、言ってしまいたかった本当の気持ち。
しかし、涼海は話題沸騰中の有名な歌手だった。
彼女が、誰かと付き合っているという噂を好まない熱狂的なファンもいる。
だからこそ、涼海は今回の『エキシビションマッチ戦』に賭けていた。
「私は……先輩が好きです」
涼海は改めて、自分に言い聞かせる。
「だから、この『エキシビションマッチ戦』を終えたら、歌手を引退します。先輩に認めてもらえるようなプロゲーマーになるために頑張りたいから」
カケルのキャラの連携技を避けながら、涼海は誰よりも愛しい人に想いを馳せたのだった。




