第百十五話 消えないで、闘志③
「さあ、これより、『エキシビションマッチ戦』のチーム戦を開始するぞ!」
実況を甲高い声を背景に、ステージに立った春斗達は前を見据えた。
「ここからは、八連戦の白熱したバトルになっていくぞ!」
「長いバトルになりそうだな」
「チーム戦だから、個人戦の『エキシビションマッチ戦』より長くなるだろうな」
実況の本選開幕の言葉に、観客達はヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
「ついに始まったな」
「はい。私達が『エキシビションマッチ戦』を制覇するためには、五回勝利、または四vs四で引き分けた後、大将戦で勝つ必要があります。プロゲーマー達全員を倒すのは、不可能に近いと思います」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
「だったら、五回以上勝利して、『エキシビションマッチ戦』を制覇してみせる」
「ああ、そうだな」
屈託のない笑顔でやる気を全身にみなぎらせたあかりを見て、春斗は胸に滲みるように安堵の表情を浮かべた。
そして、モニター画面に表示されている組み合わせ表を改めて、見つめる。
境井孝治さんかーー。
優希くんがくれたパンフレットには、堅実なバトルをする人だと書かれていたけれど、当夜さんの様子を見る限り、かなり手強い相手みたいだな。
「境井孝治さん、どんなバトルをするプロゲーマーなんだろうか」
沈みかけた思考から顔を上げ、現実につぶやいた春斗は、改めて盛り上がる周囲の様子を見渡す。
ドームに集まった少なくはない観客達が、みな大会用に設置された春斗達のいるステージへと注目している。
見れば、もうまもなく先鋒戦のバトルが始まろうとしていた。
当夜は前に進み出ると、待ち構えていた孝治と向かい合った。
「今回も、君が先鋒なんだな」
「負けっぱなしじゃ、後味が悪いからな」
瞬間的な孝治の言葉に、当夜は表情を強張らせる。
負けるわけにはいかないーー。
強気を装った当夜の表情を読み取ったように、花菜は静かに続けた。
「いつもの当夜なら、絶対に勝てるはずだから。気張りしすぎる必要はない」
「わ、分かっているって。境井孝治に余計な真似はさせない。今度こそ、徹底的に叩き潰す」
「うん。プロゲーマー達は倒すべき相手だから」
察しろと言わんばかりの眼差しを突き刺してきた当夜に、花菜は真剣な表情でこくりと頷く。
「先鋒戦は、高野当夜さんと境井孝治さんか」
「どんなバトルになるんだろうな」
ざわつく観客達を背景に、実況が先鋒戦で対戦することになる当夜と孝治の紹介をしていく。
気を取り直した当夜は、ステージ上のモニター画面に視線を戻して、コントローラーを手に取った。
遅れて、孝治もコントローラーを手に取って正面を見据える。
「では、レギュレーションは一本先取。最後まで残っていた方が勝者となります」
「『クライン・ラビリンス』が、最強のチームだと言われている所以。それを実証してみせる」
決意のこもった当夜の言葉が、場を盛り上げた実況の言葉と重なった。
「見せてもらおうか」
孝治の静かな声と同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
対戦開始とともに、先に動いたのは当夜だった。
「一気に行かせてもらうからな!」
決意の宣言と同時に、当夜のキャラは持っている剣を孝治のキャラに振りかざそうとする。
「ーーっ」
反射的に孝治は、自身のキャラの武器である剣で、当夜の猛攻を迎え撃とうとして、意外な光景に目を剥いた。
急加速した当夜のキャラが、迎撃態勢に入った孝治のキャラを無視して、何もない空間に剣を振りかざした後、後方から回転斬りの要領で一撃を浴びせてきたからだ。
斬りつけられた孝治のキャラは、少なくないダメージエフェクトを放出する。
「今回は、すぐに連携技を使わないんだな」
「ーーっ」
だが、少しも動じない孝治の余裕のある態度に、当夜は不服そうに冷めた視線を送る。
フェイントを食らわせたはずなのに、孝治は気にも留めていない。
焦りを隠すように、当夜はきっぱりと言い放った。
「そっちこそ、連携技を使わないのか?」
「これから出させてもらう」
精一杯の挑発に、孝治はふっと息を抜くような笑みを浮かべる。
「だったら、俺もーー」
『フロストエッジ!』
「ーーっ?!」
言葉とともに、孝治が間隙を穿つ。
必殺の連携技という大技を前にして、当夜は続けようとしていた言葉を失って唖然とした。
瞬間の隙を突いた孝治のキャラの必殺の連携技に、ターゲットとなった当夜のキャラは完全に虚を突かれてしまう。
斬られた当夜のキャラは、ダメージエフェクトを撒き散らしながらもその場から離れた。
当夜は、半分近くまで減った自身のキャラの体力ゲージを見ながら愕然とする。
「…‥…‥強いな」
直前の動揺を残らず消し飛ばして、当夜がつぶやく。
「いきなり、必殺の連携技を使って、当夜を翻弄したのか」
「強いですね」
「むっー。高野当夜さん、頑張ってー!」
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のプロゲーマー。
その実力を、あかりと優香とりこは先鋒戦のバトルで否応なしに目の当たりにする。
当夜達の対戦を、あかり達とともに後方にある出場チーム用の観戦席で見ていた春斗は、不意に不思議な感慨に襲われているのを感じていた。
ーーさすがに手強いな。
ーーでも、面白い。
言い知れない充足感と高揚感に、春斗は喜びを噛みしめると挑戦的に唇をつりあげた。
「これが、プロゲーマーの実力なんだな」
答えを求めるように、春斗はステージへと視線を向ける。
「境井孝治、今は動けないだろう!」
「ーーっ」
当夜のキャラが地面を蹴って、硬直状態の孝治のキャラとの距離を詰める。
迷いなく突っ込んできた当夜のキャラは、孝治のキャラめがけて直上から連携技を放った。
裂帛の気合いを込めた当夜のキャラの連携技は、硬直状態の孝治のキャラを何度も斬りつける。
当夜の固有スキル、『燃える闘志』。
通常の連携技を放つ度に、威力が上がっていく固有スキルだ。
当夜は、必殺の連携技を使えない代わりに、この固有スキルを何度でも使うことができた。
ダメージが蓄積された大ダメージエフェクト。
だが、硬直状態が解除された後、孝治のキャラは即座に剣で反撃を開始してきた。
「なるほど、侮れないな」
「負けは許されないからな」
孝治の指摘に、当夜は頭を殴りつけるような姉の声が聞こえてきて、どうしようもない現実を取り戻させる。
自身のキャラの状況を確認した当夜は、大会前に輝明と交わした会話を鮮明に思い出す。
『なあ、輝明。俺を先鋒にしたのは、境井孝治が相手だからか。それとも、俺の固有スキルを存分に使える相手だったからか?』
『どちらもだ』
輝明が、俺を先鋒にしたのは、境井孝治が俺の固有スキルを存分に使える相手だったからだ。
なら、その期待に応えないとな。
当夜は感慨深そうにコントローラーを握りしめると、一呼吸整える。
勝負の瞬間を見極めるためにーー。
「今度こそ!」
「悪いけれど、同じ手は通じない」
何度目かの激しい攻防戦。
一瞬の静寂後、当夜のキャラと孝治のキャラは同時に動いた。
どちらが勝つのか。
答えを求めるように、二人のキャラは一瞬で間合いを詰めて互いの技を放つ。
当夜のキャラが連携技を繰り出せば、孝治のキャラはそれを即座に避ける。
そして、孝治のキャラが必殺の連携技を繰り出せば、当夜のキャラは大きく後退した。
「そろそろ終わりにしようか?」
「そっちがな」
孝治の言い分に、当夜は必死としか言えないような眼差しを向ける。
『フロストエッジ!』
「ーーっ?!」
下段から通常の高速斬撃を繰り出した後、孝治のキャラは必殺の連携技を流れるように繋げる。
その練度の高い連携技の連撃に、当夜は驚愕の表情を浮かべたのだった。




