第百十三話 消えないで、闘志①
玄達、『ラグナロック』が、初めて『エキシビションマッチ戦』に出場した日ーー。
ドームの大会会場では、熱いバトルが繰り広げられていた。
「黒峯玄くん、まだまだですね~」
「ーーっ!」
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会、チーム戦で優勝したことで、玄達は『エキシビションマッチ戦』への出場資格を得た。
だが、玄達はそこで想像していた以上に苦戦を強いられていた。
一勝一敗で行われた大将戦。
『ラグナロック』のチームリーダーである玄と、輝明を倒したプロゲーマーである文月。
『ーー焔華・鳳凰翔!!』
『ラグナロック』のチームのリーダーである玄がなりふり構わず放った土壇場での必殺の連携技。
しかし、虚を突いた玄のキャラの攻撃を前にして、文月のキャラが取った行動は想定外だった。
必殺の連携技を前にしても、文月のキャラは後方に距離を取っただけで回避してしまったのだ。
「なっ!」
玄は、自身の必殺の連携技が回避行動のみで凌がれたことに驚愕する。
「反撃ですよ!」
硬直状態に入ってしまった玄のキャラは、文月のキャラの双剣による連撃によってあっさりと吹き飛ばされてしまう。
『ーー神蒼・暴虐!!』
「ーーっ」
玄の驚愕に応えるように、飛翔した文月のキャラは円を描くように舞い踊った。
左の剣を軸として、てこの原理を利用した回転斬撃。
次いで、双剣を用いた美しい半月を描いた下段からの高速斬撃が、玄のキャラを襲った。
超速の乱舞を繰り出す文月のキャラを前に、体力ゲージを散らした玄のキャラは、ゆっくりとその場に倒れ伏す。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、巨大モニターに文月の勝利が表示される。
「つ、ついに決着だ!勝ったのは、由良文月!!」
興奮さめやらない実況がそう告げると、一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
ーー負けた。
そう確認するや否や、玄は何かに急きたてられるように、大輝と麻白に視線を向ける。
「麻白、大輝、すまない」
玄はそこまで告げると、視線を床に落としながら謝罪した。
「俺達こそ、苦戦してごめんな」
「玄。あたし、勝てなくてごめんね」
玄に相次いで、大輝と麻白も粛々と頭を下げる。
そんな中、大輝はそっぽを向くと、軽く息を吐いて言う。
「はあ~。せっかく、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会、チーム戦で優勝したのに、プロゲーマー達にあっさりと完敗するなんてな」
「大輝は思慮なさすぎ。大輝は勝ったけれど、あたしと玄は負けたんだよ……」
「おまえらが、思慮ありすぎなんだよ」
そう言い捨てると、大輝は足を踏み出し、手を伸ばし、不満そうに頬を膨らませてみせた麻白をがむしゃらに抱き寄せていた。
「とにかく、玄、麻白、次は絶対に勝とうな!」
麻白を抱きしめると、大輝は有無を言わさず、にんまりとした笑みを浮かべる。
「大輝。今度はあたし、プロゲーマーの人達に勝つからね」
「俺も勝つからな」
麻白の嬉しそうな表情を受けて、大輝は少し不服そうに目を細めてから、小さな背中に回した手にそっと力を込めた。
「麻白と大輝らしいな」
玄は、どこまでも楽しそうな、いつもどおりの妹と幼なじみの姿を見て、ほっとしたように微かに笑ってみせる。
そして、いまだに大輝と楽しげに話している麻白の頭を、玄は穏やかな表情で優しく撫でてやった。
「麻白、今度は勝とうな」
「うん」
麻白はほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、嬉しそうにはにかんだ。
春のように火照った顔で自分に笑いかけてくる、誰よりも愛しくて大切な妹と過ごす時間は。
夢の中でも、現実の中でも、永遠に輝く光であるようにーー玄には思えた。
だからこそ、その後に起きた悲劇を、玄は忘れられない。
不意に、あの時の麻白の言葉が、あの日の光景が、玄の心に重くのしかかる。
『玄、父さん。今日は歩いて帰ろう。あたし、新しい傘を使いたい』
「ああ」
「そうだな」
玄と玄の父親がそう答えると、麻白は花咲くようににっこりと笑ってみせた。そして、嬉しさを噛みしめるように、玄の父親に買ってもらった傘をぎゅっと握りしめる。
それからしばらくの間、傘を差してみんなで話しながら歩道を歩いていた時だった。
ーー麻白の命を奪った、あの事故が起こったのは。
紆余曲折あって、第三回公式トーナメント大会、チーム戦の後に行われた『エキシビションマッチ戦』に出場することは叶わなかった。
改めて、麻白に関する真相を知った上で挑んだ、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会、チーム戦。
待ち望んでいた戦いは、玄達にとって悔やんでも悔やみきれない一戦となった。
だけどーー。
『エキシビションマッチ戦』の観戦チケットを手に入れた玄と大輝は、決められた観客席へと座る。
「大輝、巻き込んでしまってすまない」
「だから、言うなって言っているだろう!」
巻き込むという単語を聞いた瞬間、大輝の瞳に複雑な感情が入り乱れる。
そうして消化しきれない感情を抱えたまま、大輝は続けた。
「麻白をどんなかたちでも生き返させたいと願ったのは、別におまえ達だけじゃない。俺もだ」
「……そうだったな」
大輝が不服そうに投げやりな言葉を返すと、ようやく玄はほっとしたように安堵の表情を浮かべる。
「玄、大輝!」
その時、遠くから麻白の声が聞こえた。
「遅くなってごめんね」
「心配するな」
「麻白、遅いぞ」
玄と大輝がそれぞれの言葉でそう答えると、麻白は花咲くようににっこりと笑ってみせた。そして、嬉しさを噛みしめるように持っている荷物をぎゅっと握りしめる。
友樹とともに、麻白の後を追いかけ、玄達の前に立った拓は、居住まいを正して真剣な表情で頭を下げた。
「玄、大輝、今日はよろしくな」
「おまえら、春斗達のバトルの邪魔だけはするなよな。あと、いつになったら、本当の名前を教えてくれるんだよ」
拓の言葉に、大輝はそっぽを向くと、ぼそっとつぶやいた。
「はあ……」
困ったようにため息をついた拓をよそに、友樹がこともなげに言う。
「そうだったな。拓の本当の名前は『井上拓也』。そして、俺の本当の名前は、『布施元樹』だ」
「布施元樹。もしかしてーー」
「ああ。俺は、布施尚之の弟だ」
友樹ーー元樹から告げられた意外な事実に、大輝は大きく目を見開いた。
「おまえ、あの個人戦の覇者、布施尚之の弟だったんだな!」
「あっ、大輝、びっくりしている」
麻白に指摘されて、大輝は振り返ると不満そうに眉をひそめる。
「麻白、俺はびっくりしていないぞ。ただ、ほんの少し驚いただけだ」
麻白の嬉しそうな表情を受けて、大輝は不服そうに目を細めてから両拳をぎゅっと握りしめた。
「大輝らしいな」
笑ったような、驚いたような。
あらゆる感情の混ざった声が、玄の口からこぼれ落ちる。
少し間を置いた後、玄は拓也達に向き直ると、ずっと思考していた想いをストレートに言葉に乗せた。
「拓也、元樹、改めて、妹のことを頼むな」
「麻白に無理させるなよな」
「ああ」
「玄、大輝、これからもよろしくな」
玄と大輝の懇願に、拓也と元樹は真剣な表情で頷いた。
瀬生綾花さんが、あかりと麻白を含めて四人分生きているということ。
あかりが入れ替わり現象なのに対して、麻白はいわゆる、瀬生綾花さんと一心同体だということ。
麻白を取り巻く複雑な環境、状況は何も変わっていない。
それなのに、これから行われる『エキシビションマッチ戦』の実況による解説に耳を傾けながら、玄は自分の心が以前よりは、麻白に関する真相を受け入れてきていることに気づいた。




