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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
エキシビションマッチ戦編
110/126

第百十話 ありがとう、そしてごめんなさい

『亜急性硬化性全脳炎』という難病で、死んでしまったあかり。

雨の中、事故に巻き込まれて、死んでしまった麻白。

それは、世界の端っこで起きた小さな悲劇。

この残酷な世界で、最愛の妹を奪われた世界で、俺達と玄達、そしてカケルさん達は嘆き悲しんだ。

俺達は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会の事実上準優勝者である宮迫さんを度々、あかりに憑依させることを条件にあかりを蘇らせてもらい、玄達は別の方法で麻白を蘇らせていた。


『俺は既に、あかりを含めて、三人分、生きている。そんな、特別な存在だったからだろうな。四人分、生きてほしいって言われるのも、当然のことだったかもしれない』


夏祭りの時、宮迫さんが口にしていた言葉ーー。

聞いた瞬間、思わず心臓が跳ねるのを春斗は感じた。

だけど、その言葉に、こんな真実が含まれていたなんて思いもよらなかった。


あかりと麻白と宮迫さん。


密接に関わり合った三人の因果関係が少しずつ動き始めていたことに、俺達はまだ、気づいていなかった。






「お兄ちゃん、優香さん。りこさんの話だと、この先で、ラビラビさんの握手会が行われているみたいだよ」


車椅子に乗ったあかりが意気揚々にそう言ったのは、輝明の家で対戦をした後、目的のショッピングモールにたどり着いた時だった。

りこは輝明との対戦を終えた後、『ゼノグラシア』のチームメンバーが待っている、次のイベント会場へと向かったため、今はいない。


「あかり、優香、慌てなくても、ラビラビの握手会までは時間があるだろう」

「あかりさん、楽しみですね」

「うん。ラビラビさんの握手会って、どんな感じなのかな」


呆れた大胆さに嘆息する春斗をよそに、優香とあかりは店内を見つめて歓声を上げる。

休日とあってから、ショッピングモールはここぞとばかりにごった返していた。

何処からか、子供達がはしゃぐ声も聴こえてくる。

他愛もない世間話をしながら、春斗達はショッピングモール内の店を練り歩いていた。

目的の『ラビラビの握手会』に行く前に、春斗達は早速、近くのファーストフードで昼食を取る。

車椅子を動かしながら、目を輝かせて至福の表情で、店員からドーナツが並んだ皿を受け取るあかりに、春斗は安堵の表情を浮かべて言った。


「嬉しそうだな」

「うん。嬉しんだもの」


春斗の何気ない言葉に、あかりは嬉しそうに笑ってみせた。


「輝明さん達とのゲームの対戦に、ラビラビさんの握手会、今日はいろいろな場所を廻れて嬉しいの」

「そうだな。あかりはもう、いろいろな場所に行けるようになったな」

「うん」


てきぱきと車椅子を動かしながら、必死に席に運ぼうとしているあかりを手伝いながら、春斗は眩しそうに妹を見つめる。

春斗達が席に着くと、後ろに並んでいた優香が目を輝かせて、ラビラビのキャラクタードーナツをせっせと運んでいた。


「……はあっ」


春斗はドーナツを頬張りながらも、これからのことを思い悩み始める。


ラビラビの握手会か。

どんな感じなんだろうな。


だが、近くにあった電子時計と向き合った春斗は、その疑問を早々に封印した。

それを考え始めた瞬間、春斗の脳裏にあるとんでもない事実が浮上してきたからである。


「……まずい。確か、優香の憑依のサイクルの説明では、今日はラビラビの握手会の後くらいに、あかりから宮迫さんに変わるんだよな」


春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったように車椅子に乗っているあかりに視線を向けた。


「何、話そう」


そうつぶやきながらも、答えは決まっている。


「ーーって、そんなの『エキシビションマッチ戦』の話しかないよな」


淡々と述べながらも、春斗は両手を伸ばしてひたすら頭を悩ませる。


「とにかく、後のことは、これから考えよう」

「春斗さん、相変わらずですね」


どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は穏やかに微笑んだ。

そして一呼吸置いて、優香は淡々と続ける。


「ですが、その前に」

「その前に?」

「イベントスペースで行われているラビラビさんの握手会に行って、ラビラビさんと握手しましょう」


静かにーーそして、どこまでも決意を込めた優香の言葉に、春斗は思わず、ふっと息を抜くような笑みを浮かべる。


「そうだな」

「ラビラビさんの握手会は、今日の最重要事項です」

「……最重要事項?」


相変わらずの呆れた大胆さに嘆息する春斗に、優香は誇らしげに笑みを浮かべた。

そのあまりのズレ具合に、春斗は思わず、固まってしまう。


「では、行きましょうか」


優香はそう告げると、春斗達がついてくるかどうかなど微塵も疑わずに堂々と歩き始めたのだった。






「ラビラビさん、こんにちは」

「ラビラビさん、今日も素敵です」

「ーーど、どうも」


イベントスペースでは、ラビラビの握手会が行われていた。

待ちに待った順番が来たことで、一斉に手を差し出してきたあかりと優香の熱意に、ラビラビの着ぐるみを着たスタッフはたじろぐ。

声音と小柄な体型からして、ラビラビの着ぐるみを着ているのは女性スタッフだろう。

『ラビラビ』というマスコットキャラは、小鳥ーーそれもひよこに似たキャラで、特に女性に人気がある。

そのため、握手会で並んでいるファンは、男性よりも女性の比率の方が高かった。


「その、すみません」


二人の剣幕に、後ろで並んでいた春斗が慌てて謝罪する。


「いえ、ラビラビさんの応援、これからもよろしくお願いします」

「はい」


着ぐるみを着たスタッフがぺこりと一礼して握手を求めると、春斗も同様に頭を下げて手を握り返す。


「宮迫さんに、『エキシビションマッチ戦』のメンバーの順番が確定したことを伝えないとな」

「うん」

「そうですね」


慌ただしい握手会を終えた春斗と優香は、あかりの車椅子を押しながら物思いに耽ける。

その時、遠くから大輝の声がした。


「おい、春斗、あかり、優香!」

「玄、大輝」

「玄さん、大輝さん、こんにちは」

「玄さんと大輝さんも、イベントスペースに来られていたんですね」


春斗と優香が声をかけても、玄は表情を変えない。

あくまでも沈痛な表情のまま、春斗達を見つめる玄に、大輝がざっくりと補足するように言う。


「実は、あかりと麻白のことで、重要な話があるんだ」

「あかりと麻白のこと?」


大輝の気さくな声は、ショッピングモール内を忙しなく行き交う人々の中で聞き取るのが難しかった。

引き寄せられるように身を乗り出した春斗は、大輝からそんな不可解極まる言葉をぶつけられて色めき立った。


「それはーー」


そう言いかけた春斗の脳裏に、不意にあの時のあかりのーー琴音の言葉がよぎる。


ーーあかりとしても生きる。


気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐに玄達を見つめ直した春斗は思ったとおりの言葉を口にした。


「あかりと麻白が、あの少年の魔術で生き返ったことと関係していることなのか?」

「ーーっ」

「……それは」


春斗のその言葉に、玄が驚愕にまみれた声でーー大輝は気まずそうにつぶやく。

それが答えだった。

春斗は真剣な表情のまま、さらに言い募った。


「よかったら、何があったか、話してくれないか?何か、力になれるかもしれない」


しばしの間、沈黙が続いた。

あくまでも真剣な表情でこちらを見つめてくる春斗に、玄は無言でその春斗の視線を受け止めていた。

そんな時間がどれほど続いたことだろうか。

玄がふっと息を吐き出した。そして引き締めていた口元を少し緩めると、さもありなんといった表情で言った。


「……ここでは、さすがに人目がある。場所を変える」

「分かった」

「うん」

「はい」


そう答えると、春斗達はそのまま、踵を返し、足早にショッピングモールを出る玄達の後を追っていく。

誰もいない広場にたどり着くと、玄は一度、警戒するように辺りを見渡した後、春斗達の方へと向き直る。そして、率直にこう告げた。


「……大会前に、麻白から、麻白自身のこと、あかりのこと、そして、もう一人のあかりーー『宮迫琴音』についての真実を告げられた」

「宮迫さんのことを知っているのか!」

「宮迫さん!」

「……あかりさんと麻白さん、そして宮迫さんに纏わる真実ですか?」


春斗とあかりが目を見開き、優香は不思議そうに玄の言葉を反芻する。

あえて意味を図りかねて、春斗達が玄を見ると、玄はなし崩し的に言葉を続けた。


「『瀬生綾花』さん。彼女は四人分、生きている」

「四人分生きている!?」


意外な事実に意表を突かれて、春斗達は思わず言葉を詰まらせる。


四人分、生きている。

生きているって……?


何処かで似たような言い回しを聞いた覚えがあり、春斗は記憶を辿らせて再考した。

その結果、春斗はある事実にたどり着く。


「それって、宮迫さんが夏祭りの時に告げていた言葉と同じだな?」

「あっ……」


玄の言葉の真相に気づいた優香の瞳が見開かれる。

玄は一度、目を伏せてから続けた。


「ああ。瀬生綾花さんは四人分、生きている。あかりと上岡進、そして麻白の四人分をな」

「で、おまえ達が知っている宮迫琴音は、その一人、上岡進のことだったりするんだよな」

「「「ーーっ!」」」


大輝が告げた『宮迫琴音』というフレーズに、春斗と優香、そしてあかりは明確に表情を波立たせた。


「上岡進さんが、宮迫さん?それに四人分生きているってことは、宮迫さんと麻白は同一人物っていうことなのか?」

「……そんな」


春斗と優香は、玄達から信じられないようなその事実を聞かされて驚愕する。

その時、車椅子が動く音がした。


「……それって、宮迫さんは男の子、なの?宮迫さんと麻白は同じ人なの?」


ツインテールを揺らしたあかりが、肩を俯かせて声を震わせる。


「あかり……!」

「あかりさん!」

「お兄ちゃん、優香さん。私、どうしたらーーどうしたらいいのかな……」


春斗と優香の呼びかけに、あかりは涙を潤ませて、小刻みに震えながらささやくような声で言う。


「ーーっ」


その受け入れがたい事実を前に、春斗は両拳を強く握りしめて露骨に眉をひそめる。

真実を知ったせいで、苦しんでいる妹を助けたくて、咄嗟に春斗はこう言った。


「あかり、大丈夫だからな」

「ーーえっ?」

「宮迫さんは、もう一人のあかりだろう。それに麻白は、あかりの大切な友人の一人だ。同じ人物なんて関係ない」

「で、でも……」


春斗の訴えに、あかりは怯えるように顔を上げる。


「あかりは、宮迫さんが男の子だから嫌いになったのか?宮迫さんと麻白が同一人物だから、嫌いになったのか?」

「ううん、大好きだよ!」

「ーーだったら、あかりにとって、宮迫さんはもう一人のあかりで、麻白はあかりの大切な友人の一人だ。なあ、何も変わらないだろう?」

「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」


必死に言い繕う春斗を見て、あかりははにかむように微笑んでそっと俯いた。


「瀬生綾花さん。彼女が何者なのかは分からない。だけど、彼女が四人分生きているから、あかりと麻白はここにいる。そして、俺達は宮迫さんと出会えたんだ」

「……はい、そうですね」


春斗のまっすぐでどこまでも熱い声が、優香の耳元に心地よく届いた。


「出会えた、か」


春斗達の同意が得られて、大輝はほっとしたような、でもそのことが寂しいような、複雑な表情を浮かべる。


「四人分生きている内の一人でも、麻白はーー麻白は間違いなく生きているよな」

「ああ、そうだな」


春斗達の勇気と大輝の言葉の波紋がじわじわ広がり、玄の胸の奥がほのかに暖かくなる。

しかしーー


「よし。たとえ、拓が瀬生綾花さんと付き合っていて、友樹が麻白と付き合っていても、俺は麻白が好きだからな!」


「……はあ?」

「えっ、拓さんと瀬生綾花さんが付き合っていて、友樹さんが麻白と付き合っているの?」

「こ、この場合、どうなるのでしょうか?」


拳を突き上げた大輝からあまりにも衝撃的な事実を突きつけられて、春斗達は更なる混乱の極致に陥った。


拓と綾花。

友樹と麻白。


綾花と麻白は同じ人物だというのに、二組の交際が発生している。


もし、結婚をする場合、どうするつもりなのか?

やっぱり、二組の夫婦が同居するかたちを取るのだろうか。


予想外の出来事に、春斗は思わず、頭を抱えて辟易するのだった。

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