第百九話 待ちきれない大会
『デュエルマッチが選択されました!』
「あっ……」
テレビ画面に響き渡ったシステム音声に、優香はコントローラーを手にしてモニター画面を見据えた。
観戦していたあかり達も、期待に満ちた表情でなりふりかまっていられなくなったように身を乗り出す。
隣で同じくコントローラーを持ち、メニュー画面を呼び出してバトル形式を選択し終えた当夜も、今ばかりは目を見開いて事の成り行きを見据えていた。
「最初は、優香と当夜さんのバトルか」
感情を抑えた声で、春斗は淡々と言う。
偶然なのだろうか。
それとも必然だったのか。
春斗達、『ラ・ピュセル』と、輝明達、『クライン・ラビリンス』が手を組んで、『エキシビションマッチ戦』に挑む。
ルール改正が行われなければ、決して起こり得なかった対戦が今、始まろうとしている。
「優香さん、頑張って!」
「はい」
あかりの応援に、優香は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。
「まあ、春斗達には悪いけれど、俺達も負けるわけにはいかないしな」
「俺達も負けないからな」
冗談でも、虚言でもなく、ただの願望を口にした当夜に、春斗は応えると口元に手を当てて考え始める。
まさか、『エキシビションマッチ戦』のバトル方式で対戦することになるなんてな。
今回、こちらの先鋒は優香、二番手はあかり、三番手は輝明さん、大将は俺になる。
そして、向こうの先鋒は当夜さん、二番手はカケルさん、三番手が今生、大将は花菜さんか。
かなり苦戦を強いられそうだ。
春斗が目を細め、更なる思考に耽ろうとした矢先、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
ぴりっとした緊張感とともに、当夜のキャラがまっすぐ、優香のキャラをまるで睨んでいるようにして剣を構える。
対する優香のキャラも、メイスを両手で持ち、静かに当夜のキャラを見つめた。
まさに、一触即発の状態ーー。
そんな中、先に動いたのは、当夜のキャラだった。
「ーーっ」
優香のキャラは手にしたメイスで、当夜のキャラの初撃を受け止めるも、予想外の衝撃によろめく。
続く当夜のキャラの追撃に対応が遅れるも、優香はその斬撃を間一髪のところで回避してみせる。
しかし、当夜の追撃はそれで終わらなかった。
当夜のキャラはすかさず優香のキャラの懐に入り込むと、二度目の斬撃を優香のキャラに見舞わせた。
優香はたまらず、自身の固有スキル、『テレポーター』を使用して、当夜のキャラから大きく距離を取る。
だが、固有スキルを使ってまで、逃げに徹した優香を、当夜のキャラは追ってこなかった。
その冷静さに、春斗は驚愕の眼差しを送る。
やっぱり、当夜さんは『エキシビションマッチ戦』を何度も経験してきたことで、一対一のバトルでも戦い慣れているな。
そこまで考えて、不意に春斗はある事実に気づく。
「そういえば、当夜さん達の固有スキルって、どんなスキルなんだろうか?」
「……春斗達はまだ、僕以外の固有スキルについては知らなかったな。ーー当夜!」
春斗が率直に疑問を口にすると、輝明は厳かな口調で当夜に呼びかけた。
「分かっているって!」
「ーーっ」
輝明の言葉に応えるように、当夜は自身のキャラを急加速させて、優香のキャラに対して正面から一撃を浴びせた。
当夜のキャラの迎撃によって、優香のキャラは直撃を受けてしまう。
だが、当夜の攻撃はそれで終わらなかった。
『ーーメイス・フレイム!!』
「はあっ!」
反撃とばかりに放たれた優香のキャラの必殺の連携技を受けながらも、当夜のキャラが、優香のキャラめがけて直上から連携技を放ってきたのだ。
体力ゲージぎりぎりに追い込まれながらも、裂帛の気合いを込めた当夜のキャラの連携技は、必殺の連携技を放った影響で、硬直状態になってしまった優香のキャラを吹き飛ばす。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らした優香のキャラは、当夜のキャラの足元へと倒れ伏す。
「これが俺の固有スキル、『燃える闘志』。通常の連携技を放つ度に、威力が上がっていく固有スキルだ。まあ、必殺の連携技は使えないけれど、その代わりに、スキルを何度でも使える便利な固有スキルなんだよな」
「魔術を使う少年の固有スキルのように、何度でも使えるのか」
「……そうなんですね」
当夜の説明に、春斗と優香は呆然とした表情で言葉を返すことしかできなかった。
そんな中、当夜はりこを窺い見て、さらりと言う。
「まあ、この間の決勝戦では、この固有スキルを使って、りこのキャラを倒すことができたんだよな」
「むう。りこ、これでも決勝戦、一生懸命、頑張ったんだからね~」
「そうですね」
当夜から指摘されると、立ち上がったりこはそれまでの明るい笑顔から一転して頬をむっと膨らませる。
さらにその場で屈みこみ、唇を尖らせるという子供っぽいりこの仕草に、優香はくすりと笑みを浮かべた。
「で、姉さんの固有スキルは『リミテッド』。一時的に素早さを上昇させるスキルだ」
「一度しか使えないけれど、いざという時に役に立つ」
当夜の台詞を引き継いた花菜は、髪をかきあげて決定的な事実を口にする。
「あかりさん、すみません。後はお願いします」
「うん」
優香があくまでも真剣な眼差しで言うと、あかりは手渡されたコントローラーをぎゅっと抱きしめる。
「カケル、頼むな」
「ああ」
当夜の言葉に、コントローラーを持ったカケルは少し考え込むようにして頷いた。
「負けないからな」
「私も負けないから」
カケルとあかりがそう言い合ったと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
ぴりっとした緊張感とともに、バトルが開始される。
「お兄ちゃん、優香さん、輝明さん、絶対に次に繋げるからね!」
「ああ」
カケルのキャラに対して、先手必勝とばかりに連携技を放つと、あかりはコントローラーを動かして歓喜した。
そんなあかりのバトルを眺めながら、春斗は意図的に笑顔を浮かべて応える。
「『エキシビションマッチ戦』で対戦することになる八人のプロゲーマー達は、どのプロゲーマーも侮れない実力の持ち主だ」
輝明は二人のバトルを垣間見ながら、鋭く目を細めた。
プロゲーマー。
そのフレーズを聞いた瞬間、春斗達は輝明に視線を向け、表情を引き締める。
「僕達が『エキシビションマッチ戦』を制覇するためには、プロゲーマー達に勝つ必要がある」
吹っ切れたような言葉とともに、輝明はまっすぐに春斗達を見つめる。
「由良文月さんは、今回も大将だよな。実力的には、俺より輝明さんが大将の方がいいんじゃないのか?」
「決勝戦のあの瞬間、僕は完全に意表を突かれた」
春斗の的確な問いに、輝明は幾分、落ち着いた声音で答えた。
「決勝戦、あっ……」
そうつぶやいた春斗の脳裏に、不意に決勝戦の後に告げられた輝明の言葉がよぎる。
『どんな状況からでも諦めないのが、おまえ達、『ラ・ピュセル』の強さだろう』
その言葉を思い返す度に、春斗は途方もなく心が沸き立つのを感じていた。
まるで、その言葉に勇気づけられるようにーー。
一呼吸おいて、 輝明は静かに続ける。
「おまえ達とのバトルを通して、黒峯玄達が驚いていたのも頷ける。あの時ーーあの瞬間、僕は驚愕した」
「……輝明さん」
微かに肩を震わせた輝明の言葉に、春斗は噛みしめるように言う。
「まあ、ともかく、春斗」
当夜は春斗の方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。
「俺達のリーダーの折り紙付きなんだから、もっと胸を張れよな!」
「輝明さん、当夜さん、ありがとうございます」
ざっくりと言った当夜に、春斗は少し逡巡してから頷いた。
あかりvsカケル。
ゲームのモニター画面は、そんな二人のバトルを迫力満点に映し出している。
「今度は負けない。『エキシビションマッチ戦』では、俺達全員の力で勝ち進んでいってみせる!」
目の前で繰り広げられる熱いバトルに意識を向けながら、春斗は拳を握りしめて決意するようにつぶやいたのだった。




