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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
エキシビションマッチ戦編
107/126

第百七話 胡蝶の夢

ーー負けた。


文月との対戦が終わった後、春斗は机に突っ伏していた。

学校の授業中も休み時間も、春斗を支配するのは文月に完敗したという事実だけだった。

拭いようもない敗北感にまみれながら、春斗は大会でもらったオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の『エキシビションマッチ戦』のパンフレットなどで、ひそかにプロゲーマー達の情報を集めていた。

そうしなければ、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の『エキシビションマッチ戦』で勝ち進むことはできない。

勝てないと断言できるだけの状況にある。

一分一秒も無駄に出来ない。

そう思っていたからこそ、


「春斗さん、先程、輝明さん達からメールを頂きました。今回のルール改正についてのことでご相談したいことがあるそうです。お時間がある時に、輝明さん達と一緒に挑戦することになる『エキシビションマッチ戦』のメンバーの組み合わせについて話し合いませんか?」

「メンバーの組み合わせ!?」


放課後になると同時に優香から伝えられた朗報に、春斗は弾かれたように顔を上げたのだった。






「なっ…‥…‥!」


今度の休日に、あかり達と一緒に輝明の家に行く約束をした春斗は、りこと連絡を取って落ち合う時間を決めた。

だが当日、輝明の家の前に立った春斗は自分でも分かるほど驚きの表情を浮かべていた。

その理由は、至極単純なことだった。

春斗達が赴いた輝明の家は、まさに毒気を抜かれるほどの壮麗な屋敷だったからだ。


「ここに、輝明さんが住んでいるのか?」

「お、お兄ちゃん、輝明さんが住んでいる家ってすごいね」


冗談のような広大な敷地を前に、春斗だけではなく、車椅子に乗ったあかりも目を大きく見開き、驚きをあらわにする。

驚きににじむ表情のまま、春斗とあかりはおそるおそる優香を見遣った。


「輝明さんのお父様は、前にありささんのお母様が告げていましたとおり、総務省の国務大臣みたいです」

「そ、そうなんだな」


目を見開く春斗に、優香は当然のことのように続ける。


「国家の基本的仕組みに関わる諸制度ーー主に行政制度の管理運営、地方自治と民主政治の確立などを行っています。玄さんと麻白さんのお父様が経済界への影響が強い方であるように、輝明さんのお父様も政治界への影響力がかなり強い人物みたいです」

「…‥…‥はあ。輝明さんの父親も、そんなにすごい人なんだな」


優香の言葉を聞くと同時に、ふっと息を抜いた春斗は、あかりと優香ととも屋敷の門へと向かう。

その途中、優香は先程、届いたりこからのメールを見ながら、殊更、深刻そうな表情でこう言ってきた。


「春斗さん、あかりさん、りこさんから伝言です。ショッピングモールで行われているゲーム紹介イベントが長引いているため、輝明さんの家に着くのが遅れるみたいです」

「そうなんだな。「オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の名誉チームは大変だな」

「うん」


率直に告げられた優香の言葉に、春斗が目を見開き、ツインテールを揺らしたあかりは顔を俯かせて声を震わせる。

そんな二人をよそに、優香はあえて真剣な口調でこう言った。


「あの、春斗さん、あかりさん。少し、よろしいでしょうか?」

「優香、どうかしたのか?」

「えっ?」


あまりにも唐突な問いかけに理解が追いつかない春斗とあかりを尻目に、優香は何のてらいもなく続ける。


「その、単刀直入に言います。輝明さんとの話し合いを終えた後、ショッピングモールに行きませんか?」

「なっーー」


予想もしていなかった彼女の言葉に、春斗は虚を突かれたように呆然とする。

優香は春斗達の方に振り返ると、一呼吸置いてから言い直した。


「今日、りこさん達がショッピングモールのイベントでゲーム紹介をしていましたよね」

「ああ」


春斗が口元に手を当てて考えると、優香は厳かな口調で続けた。


「そのイベントで、『ラ・ピュセル』のマスコットキャラ、ラビラビさんが、『エキシビションマッチ戦』の応援マスコットキャラに選ばれたそうなのです」

「…‥…‥ラビラビさんが、『エキシビションマッチ戦』の応援マスコットキャラなのか?」


春斗の戸惑いとは裏腹に、優香は真剣な眼差しで視線を床に降ろしながら懇願してきた。


「はい。しかも、今日一日限定ですが、イベント内でラビラビさんの握手会をしているそうなんです。お願いします。春斗さん達の力を再び、私に貸して下さい」

「…‥…‥優香は、本当に『ラ・ピュセル』のラビラビが好きだな」

「は、はい。ラビラビさんは可愛いです」


呆れた大胆さに嘆息する春斗に、優香は少し恥ずかしそうにもじもじと手をこすり合わせるようにして俯く。


「ラビラビさん、可愛いもの」


優香がそう告げた瞬間、あかりはぱあっと顔を輝かせて言った。 頬をふわりと上気させて嬉しそうに笑う。

その言葉を聞いた途端、優香は嬉しそうにぱあっと顔を輝かせて両手を打ち合わす。


「あかりさん、そうですよね。ラビラビさんは可愛いです」

「うん。ラビラビさんの握手会って、どんな感じなのかな」


『ラ・ピュセル』のラビラビ談義に花を咲かせる二人を前にして、春斗は輝明達との話し合いの後、ショッピングモールに赴いた際に起こる出来事の一環をふと思い浮かべてしまい、今更ながらにため息を吐いたのだった。






「お兄ちゃん、優香さん、すごいね」


春斗に車椅子を押されて、屋敷の門にたどり着いたあかりは、感慨深げに周りを見渡しながらつぶやいた。


「ああ。屋敷の入口まで来ると、さらにすごいな」


あかりの言葉に春斗は頷き、こともなげに言う。

春斗達が輝明達に会うために訪れたのは、まさに壮麗な屋敷だった。

豪華絢爛のような美しさを備えている。


「おっ。春斗、あかり、優香、来たんだな」

「今は無性に、りこがいない理由が気になる気分」


その時、輝明が住んでいる屋敷に驚いていた春斗達は、唐突な聞き覚えのある声に振り返る。

そこには、当夜と花菜が少し驚いた様子で春斗達を見つめていた。


「当夜さん、花菜さん、こんにちは。あっ、その、今生はショッピングモールで行われているゲーム紹介イベントが長引いている影響で、少し遅れるみたいです」

「…………ゲーム紹介イベント」


花菜は、春斗の弁明に少し興味をひかれたらしかった。

無表情の中に熱い感情を忍ばせた花菜を見て、当夜は率直に言う。


「なら、先に俺達だけで話し合いを進めるか」

「はい」

「うん」

「でしたら、りこさんに先に入っていることをお伝えしておきますね」


当夜が促すと、春斗達は互いに顔を見合わせて了承する。

表札がある門まで行くと、当夜がいつも気楽な調子でインターホンを押した。


「あの、輝明に集まったことを伝えてもらえますか?」

「はい、当夜様、お待ちしておりました」


インターホンから、使用人と思われる女性の声が聞こえてきた。

当夜が簡単に要件を伝えると、微かに軋みを立て、自動で門が開かれる。

春斗達は、当夜達に案内されながら広い邸宅を進んでいき、輝明の部屋へと急ぐ。

長い廊下を足早で抜け、いくつもの角を曲がった先に輝明の部屋はあった。


「おい、輝明、カケル」

「当夜、花菜」

「当夜、みんな、揃ったのか?」


ドアを開けて輝明とカケルがいる部屋に姿を見せた途端、当夜は芝居かかった仕草でそう言ってのけた。


「いや、ショッピングモールのイベントの主催を行っているりこがまだだな。だけど、先に始めていても大丈夫みたいだ」

「そうか」


当夜の説明を聞いて、今回の『エキシビションマッチ戦』に向けての作戦を組み立てていた輝明は目を細める。

机から立ち上がった輝明は、対面式の来客用のソファの方に腰掛け、春斗達にも座るように勧めてから切り出した。


「まずは、急に呼び出して悪かった」

「俺達もこの間、ルール改正のことを知ったんだよな」


そう説明した後で、当夜は戯れに聞いてみた。


「春斗達はプロゲーマーと対戦したことはあるのか?」

「この間、初めてプロゲーマーである文月さんと対戦しました」


予測できていた春斗の答えには気を払わず、当夜は本命の問いを口にする。


「で、どうだったんだ?」

「…………その、完敗しました」


当夜の問いに、春斗は少し言いにくそうに軽く肩をすくめてみせた。

春斗の話を聞いていた花菜は、表情に明確な硬さをよぎらせる。


「……由良文月、倒すべき相手」

「倒すべき相手?」


思いもよらない花菜の言葉に、春斗は不思議そうに首を傾げる。


「姉さんは前にいろいろとあって、由良文月に嫌悪感を抱いているんだよな」


「当たり前。輝明を、自分の所属するゲーム会社のプロゲーマーとして引き入れようとしてきた最悪な相手」


当夜のつぶやきを、花菜が耳聡く拾い上げた。


「勧誘してきただろう」

「同じことだから」


当夜の指摘に、花菜は心底不満そうに言う。

『エキシビションマッチ戦』の話し合いから一転、張りつめたような静寂に空間が支配される。

だが、その重苦しい沈黙を押し返したのは、あかりだった。

緊迫した空気の中、あかりは膝の上に置いた手を握りしめると、うずうずとした顔で花菜に声をかけた。


「あの、花菜さん、髪飾り、すごく可愛いです」

「…………これは、その、輝明からもらったものだから」


あかりの視線は、花菜の髪についている花の髪飾りへと向けられている。

その率直なあかりの称賛に、花菜は先程までの怒りを潜めてわずかに顔を赤く染めたのだった。

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