第百六話 明日へ飛ばして
「皆さん、初めまして。今日一日、この高校に『特別講師』として在籍することになりました由良文月です。春斗くん達、『ラ・ピュセル』の偵察に来たんですよ~!」
「おおー!本物の由良文月さんだ!」
「プロゲーマーの人が、私達のクラスの特別講師になるなんてすごいね!」
特別講師として当然のように教壇に立った文月の姿に、生徒達は歓声を上げた。
「まずは、皆さんと春斗くん達にお伝えしておきたいことがあります。今回の『エキシビションマッチ戦』では、前回までとは違い、特別なルールが設けられることになったんですよ」
「特別なルール?」
春斗は、文月の言葉を反芻する。
「皆さん、ご存じだと思いますが、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会個人戦の優勝者、準優勝者は『エキシビションマッチ戦』の個人戦への挑戦、チーム戦の優勝チーム、準優勝チームは『エキシビションマッチ戦』のチーム戦へと挑戦することになります。そして、明示されているレギュレーションも一本先取で、最後まで残っていた者が勝利することも同じです」
文月が咳払いをして、落ち着いた口調で説明する。
それは、大会でもらったオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の『エキシビションマッチ戦』のパンフレットに記載されていた内容と同様のことだった。
「そして『エキシビションマッチ戦』では、チーム戦でも一対一で戦う団体戦の方式を取り入れられています。先鋒から始まり、大将であるプロゲーマーを倒せば、そのチームは勝利し、『エキシビションマッチ戦』を制覇することになります。ですが、今回の『エキシビションマッチ戦』では、前回までとは大きく異なる点があるんですよね~」
一呼吸置くと、文月は胸に手を当てて真剣な表情で口にした。
「皆さん、驚いて下さい!なんと今回は、個人戦の優勝者、準優勝者、そしてチーム戦の優勝チーム、準優勝チームが共闘して『エキシビションマッチ戦』に挑みます。つまり、春斗くん達、『ラ・ピュセル』と輝明くん達、『クライン・ラビリンス』が一緒に戦う姿が見られるんですよ~!」
「なっ!」
「そ、そうなんですね!」
「おおーー、春斗達、すげえな!!」
鋭く声を飛ばした春斗と優香、そして生徒達をよそに、文月は無邪気な笑顔を浮かべる。
「個人戦の優勝者、準優勝者、そしてチーム戦の優勝チーム、準優勝チームがーーって、今回はダブル優勝ですが、共闘して『エキシビションマッチ戦』に挑むなんて、初の試みですもん。これは私達、プロゲーマーも負けられませんね!」
「輝明さん達と共闘か」
文月が意気揚々にそう告げるのを見て、春斗は前に輝明とともに玄達に挑んだオンライン対戦、『エキシビションマッチ』の出来事をふと頭の片隅に思い浮かべた。
あの時と同じように、輝明さん達と一緒に戦っていくことになるのかーー。
そんな春斗の疑問を前に、文月はさらなる火種を投げ込んだ。
「春斗くん、優香さん。もしよければ、今から私と対戦しませんか?」
「対戦?」
「授業中ではないのでしょうか?」
「心配しなくても、授業の一環として、先生の許可はもらっていますよ」
春斗と優香が思わず身構えると、文月は優しく微笑んだ。
「プロゲーマーの人とバトルをするのは初めてだな」
「春斗さん、嬉しそうですね」
どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は穏やかに微笑んだ。
「春斗、優香」
「おい、春斗、優香。頑張れよな!」
「ああ、ありがとうな」
「玄さん、大輝さん」
玄と大輝の声援に、立ち上がった春斗と優香は穏やかな表情で胸を撫で下ろした。
春斗達が教壇まで来ると、文月は早速、対戦の準備をし始める。
いそいそと前もって準備していたゲーム機に歩み寄り、ゲームを起動させながら、文月が嬉しそうに言う。
「ではでは、春斗くんと優香さんの実力、見定めさせてもらいますね」
文月は視線を落とすと、どこか懐かしむようにそうつぶやいた。
教室に置いてあるテレビのスピーカーからは、ゲームのオープニングジングルが鳴り響いていた。
「まさか、授業中にゲームをすることになるなんてな」
「本当ですね」
コントローラーを持った春斗が何気ない口調で言うと、優香もコントローラーを手に取って正面を見据える。
テレビのモニター画面に映るのは、一人の白銀の鎧に身を包んだ女性。
腰には、曲刀の双剣を納めている。
その姿を見た瞬間、春斗は息をのんだ。
「これが、由良文月さんのキャラなんだな」
「準備はいいですか?」
「ああ。いずれにしても、やるしかないか」
決意のこもった春斗の言葉が、場を仕切り直した文月の言葉と重なった。
「はい」
春斗の言葉に優香が頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
対戦開始とともに、先に動いたのは春斗達だった。
春斗のキャラが地面を蹴って、文月のキャラとの距離を詰める。
対する文月のキャラは軽く首を傾げると、なんということもなくのんびりと歩き始めた。
「ーーっ!」
あまりに自然体で向かってくる文月のキャラに、間合いに詰め寄った春斗は焦りを感じる。
「春斗さん!」
攻撃を仕掛けようとした春斗のキャラの後を追って、優香のキャラは追撃とばかりにメイスを振り上げた。
だが、春斗と優香の連携攻撃は、文月のキャラを捉える直前で目標を見失う。
ただ身体を引いただけの回避行動。
それだけで、春斗達の攻撃は避けられてしまった。
まさに、余裕のある王者の強さに、春斗は驚愕の眼差しを送る。
「やっぱり、強いな。だけど、絶対に勝とうな!」
「はい、勝ちましょう」
春斗の強い気概に、優香が嬉しそうに笑ってみせる。
春斗は負けじと勢いもそのままに半回転し、自身のキャラの武器である短剣を叩き込んだ。
しかし、電光石火の一突きは、文月のキャラが後方に下がったことであっさりと避けられてしまう。
「優香、今だ!」
避けられたことへの動揺を残らず吹き飛ばして、春斗は叫ぶ。
「はい、春斗さん!」
言葉と同時に、優香のキャラはここぞとばかりにメイスを振りかざして、必殺の連携技を発動させる。
『ーーメイス・フレイム!!』
「必殺の連携技ですね~」
意表をついた優香のキャラによる、文月のキャラへの時間差攻撃。
しかし、虚を突いた優香のキャラの攻撃を前にして、文月のキャラが取った行動は想定外だった。
必殺の連携技を前にしても、文月のキャラは半身を反らしただけで回避してしまったのだ。
「そんな…………っ!」
「反撃ですよ!」
硬直状態に入ってしまった優香のキャラは、文月のキャラの双剣による連撃によってあっさりと吹き飛ばされてしまう。
文月のキャラがさらに追撃を入れようと踏み込んだところで、硬直状態が解除されたことに気づいた優香は文月のキャラに一撃を放とうとする。
だが、苦し紛れに繰り出した優香の反撃は、ぎりぎりのところで、文月のキャラに回避されてしまう。
「優香!」
「次は春斗くんの番ですね」
「ーーっ」
だが、再度、振るわれた文月の一撃は、割って入ってきた春斗のキャラによってかろうじて防がれた。
すると、春斗のキャラが優香のキャラの防戦に回るのを待っていたかのように、今度は春斗のキャラに対して双剣を振りかざす。
「なあ、玄。由良文月のあの行動、むかつくよな」
「…‥…‥厄介だな」
どこか不服そうな大輝の言葉を受けて、玄は辛辣そうに眉をひそめる。
「あの余裕綽々なところが気に入らないんだよな。しかも、ふわふわした口調で話しかけてくるし」
「大輝らしいな」
大輝がふてぶてしい態度でそう答えると、玄は意味ありげな表情で春斗達を見た。
『ラ・ピュセル』。
どれだけ一方的に負けようとも、決して諦めなかったチーム。
例え、実力は劣っても、立ち向かっていく不変の強さ。
それでも、プロゲーマー達に勝つことは困難だろう。
だが、今回のルール改正によって、春斗達、『ラ・ピュセル』と輝明達、『クライン・ラビリンス』が組んで、『エキシビションマッチ戦』に挑むことになった。
それは、今まで誰も成し遂げられなかった『エキシビションマッチ戦』の制覇へと繋がるかもしれない。
「あとは、春斗達と阿南輝明達次第だな」
内心の喜びを隠しつつ、玄は微かに笑みを浮かべるのだった。




