第百五話 あの時の言葉が勇気をくれる
「『エキシビションマッチ戦』はプロゲーマー達との団体戦ーーつまり、勝ち抜き戦のみ、そして対戦するごとに、それぞれメンバーを変更していく必要があるのか」
あかりとの勉強会を終えた後、春斗は自分の部屋で、あかりからもらったパンフレットを眺めていた。
「プロゲーマーのチームは、対戦するチームの人数によって編成が変わってくる。先鋒は恐らく、境井孝治さんだろうな」
そうつぶやいた春斗の脳裏に、不意に決勝戦の後に告げられた輝明の言葉がよぎる。
『どんな状況からでも諦めないのが、おまえ達、『ラ・ピュセル』の強さだろう』
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の決勝戦。
あの時、春斗達、『ラ・ピュセル』が立てた作戦は、輝明達、『クライン・ラビリンス』に容易く対応されてしまった。
りこの固有スキル、『ヴァリアブルストライク』を使わないことで相手の虚を突こうを考えたが、それは機能しないまま、二対ニの戦いへと持ち込まれてしまったからだ。
春斗は天井を見上げながら、あの時のバトルを思い返す。
俺と優香、輝明さんとカケルさん。
宮迫さんバージョンのあかりと今生、当夜さんと花菜さん。
二手に別れた優勝をかけたバトル。
だけど、今生の早期離脱。
そして、俺のキャラを庇いながらという後手に回ったことで、輝明さん達に一気に攻められてしまった。
勝負はあの時、完全に決してしまった。
完全に作戦を読み負けたから……?
ーーいや、違う。
不意を突いたのにも関わらず、俺が輝明さんとの対戦の時に勝てなかったからだ。
あのバトルの決着の行方を左右したのは、確かにあの瞬間だったーー。
気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐにパンフレットを見つめ直した春斗は思ったとおりの言葉を口にした。
「今度は引き分けではなく、勝ってみせる!俺達はーーいや、『ラ・ピュセル』は勝ち進んでいってみせる!」
パンフレットの中の最初の対戦相手になるかもしれない孝治を見つめ直した春斗は、導き出した一つの結論に目を細めた。
翌日、春斗が一人、玄関の前であかりを待ち構えていると、家のドアがゆっくりと開いてあかりと春斗の母親が出てきた。
春斗の母親に車椅子を押されながら、中学校のセーラー服を着たあかりが意気揚々にこう言った。
「春斗、おはよう」
「あっ、その…………」
太陽の光に輝くツインテールの髪を揺らして柔らかな笑みを浮かべたーー翌朝、琴音に変わったばかりのあかりを目にして、春斗は思わず苦笑する。
そんなあかりの手を取ると、春斗は淡々としかし、はっきりと告げた。
「宮迫さん。昨日は勉強、教えてくれてありがとうな。それとまもなく開催される『エキシビションマッチ戦』に挑戦するためにも、今週の休日にみんなで話し合ってみようと思うんだ」
「そうなんだな」
「ああ。もしかしたら、俺達が強くなるための手がかりがあるかもしれない」
交換ノートをぎゅっと握りしめて楽しそうに話しかけるあかりに、春斗は少し照れくさそうに頬を撫でる。
一息置くと、春斗は吹っ切れたような表情を浮かべて言う。
「宮迫さん。『エキシビションマッチ戦』は、絶対に勝ち進もうな」
「ああ。俺達が勝ってみせる」
そう答えたあかりの笑顔は、陽の光にまばゆく照らされていつもより眩しく見えた。
あかり達と別れた後、高校の校門を通り向けて、自分の教室に行くために昇降口を歩きながら、春斗は思い悩んでいた。
「…………『エキシビションマッチ戦』に向けて、俺達がこれから出来ることか」
春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったように階段のある方向へと視線を向けた。
「プロゲーマーのことは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のサイト上とパンフレットの中でしか分からない」
淡々と述べながらも、春斗は両手を伸ばしてひたすら頭を悩ませる。
「せめて実際に、プロゲーマー達がバトルしている場面が見られたらな」
「春斗さん、おはようございます」
そんな独り言じみた春斗のつぶやきに答えたのは、セミロングの黒髪の少女ーー優香だった。
「優香、おはよう」
「もしかして、『エキシビションマッチ戦』について、悩んでいたのでしょうか?」
「…‥…‥それは」
毅然とした優香の物言いに、春斗は思わず、言葉を詰まらせてしまう。
すると、優香は迷いのない足取りで春斗の前まで歩いてくると、春斗の目の前で丁重に一礼した。
「私とて、春斗さんが、『エキシビションマッチ戦』のことを案じているのは存じ上げております。そしてーー」
一礼したことによって、乱れてしまった黒髪をそっとかきあげると、優香は紺碧の瞳をまっすぐ春斗へと向けてくる。
「チームのことを、第一に考えているのも知っていますから」
一呼吸おいて、 優香はてらいもなく言った。
「ありがとう、優香」
率直に感謝の意を述べた春斗に、優香は厳かな口調で続ける。
「ふぅん~」
その時、品定めするような感じで、遠くの春斗達のことを眺めている女性がいた。
絹のような髪には透明感があり、楽しそうな表情にはあどけなさが残っている。
「あの子達が今回、輝明くん達と一緒にダブル優勝した、『ラ・ピュセル』なんですね~」
教師の格好をした女性はーー変装した文月は、値踏みするように春斗達を見る。
その瞬間の文月の表情は、息を呑むくらい真剣だった。
「バトルを見ましたが、境井くんが言っていたように面白いチームですよね~。特に玄くん達、『ラグナロック』との対戦の時は熱いものを感じましたよ」
文月は持参した教科書を持ち直すと、周囲を窺うようにしてから続ける。
「輝明くん達とのバトルも、ハラハラしました~」
「あの、輝明さん達の知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか、勧誘中だったりします。えへへ……。私、諦めていませんから~。輝明くんを、プロゲーマーにスカウトすること~」
春斗の疑問に、壁際に隠れていた文月はきょとんとしてから幸せそうにはにかんだ。
「スカウト?」
「……わぷ!?」
春斗がさらに疑問を投げかけようとした時、ようやく状況に気づいた文月は間の抜けた声を上げる。
「あのあの、いつからいたんですか?」
「先程からですけれど」
文月の慌てぶりに、春斗はたじろぎながらも率直な意見を述べる。
文月は、苦虫を噛み潰したような顔でさらに続けた。
「もう、バレちゃうの早すぎですよ~。私、これでも必死に変装しましたもん」
「変装だったんですか?」
「い、今のは聞かなかったことにしてくれませんか~」
春斗の追及に、文月は焦ったように両手をひらひらさせる。
そのどこか抜けている行動に、髪を撫で下ろした優香は軽く息を吐いて言う。
「あの、あなたは?」
「初めまして、雅山春斗くん、天羽優香さん。私は『エキシビションマッチ戦』で対戦することになります、プロゲーマーの由良文月ですよ~」
「由良文月さん!?」
「そうだったんですね」
文月の言葉に、春斗と優香はほんの一瞬、戸惑うように息を呑んだ。
「今回、玄くん達、『ラグナロック』を倒し、あの輝明くん達、『クライン・ラビリンス』と互角に渡り合った春斗くん達、『ラ・ピュセル』に興味が沸いたので、偵察に来てしまいました」
「それを俺達に言ったら、偵察にならないんじゃ…………」
「は、春斗くん、すごいですー!!先程から指摘が凄すぎますよ!!」
両手を握りしめて言い募る文月に熱い心意気を感じて、春斗と優香は互いに困ったように顔を見合わせる。
「なあ、優香。由良文月さんは想像していたより、すごい人だな」
「そうですね」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせた。
「今回、春斗くん達にお知らせしたいことがありまして、春斗くん達の高校に潜入させてもらいました。うわ、潜入調査ってなんか緊張しちゃいますね。今もドキドキしています~」
文月がそう言って、ふにゃっと頬を緩める。
それは、どこか見ているだけで癒されるような笑顔だった。
文月とはまだ会って数分しか経っていないのだが、つい気を許してしまいそうな魅力があった。
「高校に潜入調査って、何か変な感じがするな」
「はい。今朝、先生からお伺いしました。由良文月さんが私達に話しておきたいことがあるから、今日一日、『特別講師』として、この高校に在籍されるそうです」
照れくさそうにそう付け足した春斗に対して、優香は胸のつかえが取れたようにとつとつと語る。
「うわ、先生さん、それを話しちゃだめですよ~。せっかくの潜入調査が台無しです」
「そ、そうだったんだな」
「そうだったんですね」
潜入調査への熱い思いを馳せつつも機嫌を損ねてしまう文月を前にして、春斗と優香は顔を見合せると困ったように苦笑したのだった。




