第百ニ話 錆色のステージ
放課後、先生の話が終わり、日直の号令に合わせて挨拶を済ませると、クラスの生徒達は次々と帰宅していく。
「はあ…‥…‥」
休み時間ごとに来るオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦のダブル優勝に関する生徒達の質問攻めがやっと落ち着いた春斗は、困ったように眉をひそめてみせる。
春斗がゆっくりと視線を向けると、玄達の机の周りに集まった生徒達はまだ、玄達に質問を浴びせていた。
「これじゃ、玄達に『エキシビションマッチ戦』のことを聞けそうにないな」
春斗は鞄とサイドバックを握りしめて優香の机の前まで行くと、今朝、優香が告げていた内容を思い返し、不思議そうに尋ねた。
「優香はプロゲーマーについて、何か知っているのか?」
「あの、春斗さん。実は今朝、りこさんから伝えたいことがあるからとメールを頂きました。以前、りこさん達、『ゼノグラシア』は、『エキシビションマッチ戦』の会場案内をされていたみたいです」
問いかけるような声でそう言った春斗に、同じく鞄とサイドバックを握りしめた優香は軽く頷いてみせる。
「オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の名誉チームは、本当に特典がすごいな」
「そうですね」
髪を撫でながらとりなすように言う優香に、春斗は穏やかな表情で胸を撫で下ろした。
「春斗さん、りこさんからの伝言です。由良文月さんとは、まともに戦ってはいけないそうです」
「まともに戦ってはいけない?」
「はい。由良文月さんは、かなり厄介なプロゲーマーみたいです」
その優香の言葉を聞いた瞬間、春斗は息を呑んだ。
「あの玄と輝明さんを倒したプロゲーマーか。かなり強そうだな」
「相当、手強い方だと思います」
どこか辛辣そうな春斗の言葉に、優香も厳かな口調で頷いてみせた。
春斗達はいつものように会話をしながら、教室を出て正門に向けて歩き始める。
その時、不意に、あかりの声が聞こえた。
「あっ、お兄ちゃん、優香さん!」
「ーーっ!あ、あかり、どうして、ここにいるんだ?」
「あかりさん!」
いつからいたのか、正門前で待ち構えていたあかりが、下校してきた春斗と優香を視界に収めて歓喜の声を上げた。
その隣には、春斗の母親が車椅子を押しながら、戸惑った表情であかりにマイクを向けているゲーム関係の報道陣を見渡している。
「雅山あかりさん、一言、お願いします!」
「あの、その…‥…‥」
ゲーム関係の報道陣の取材を受けて、あかりは居心地の悪さを感じて身じろぎしてしまう。
「ダブル優勝、おめでとうございます。雅山春斗さん、天羽優香さんも是非、一言お願いします!」
「あ、ありがとうございます。『エキシビションマッチ戦』、頑張ります」
度重なる記者からの質問に、春斗は口元に手の甲を当て、妙に速い心拍数を落ち着けてから答えた。
報道陣からの質問攻めと、ひっきりなしに取られる写真と映像。
それは、チームリーダーである春斗だけに留まらず、あかりと優香、春斗の母親にも向けられてしまう。
何とか取材を終えて、ようやく帰宅する頃には、春斗達はぐったりと疲れて果てていた。
「やっと終わったな」
「そうですね」
呆気に取られる春斗と優香をよそに、あかりは信じられないと言わんばかりに両手を広げて目を見開いた。
「あのね、二人に見てほしいものがあったから、お母さんにお願いして、お兄ちゃん達の学校まで連れていってもらったの」
「…‥…‥見てほしいもの?」
「ごめんなさい、春斗、優香。でも、あかりが、どうしても早く見せたいって言っていたから」
春斗のその問いに、春斗の母親が少し困ったように笑みを浮かべた。
「う、うん」
あかりはパンフレットをぎゅっと握りしめたまま、恥ずかしそうにそうつぶやくと顔を俯かせる。
しかし、このままでは話が先に進まないと思ったのだろう。
あかりは顔を上げると、意を決して話し始めた。
「優希くんがプロゲーマーについて、いろいろと教えてくれたの」
「優希くんが?」
意外な事実に、春斗は思わず唖然として首を傾げた。
あかりは嬉しそうに頷くと、さらに先を続ける。
「うん。私が学校でプロゲーマーの人達のことを尋ねたら、このパンフレットをくれたんだよ」
あかりがぱあっと顔を輝かせるのを見て、春斗は思わず苦笑してしまう。
「嬉しそうだな」
「うん。嬉しんだもの」
春斗の何気ない言葉に、あかりは嬉しそうに笑ってみせた。
「いつか、お兄ちゃんがプロゲーマーになったらいいな」
「あかりさん、大丈夫です」
「えっ?」
突然の優香からの指摘に、あかりは呆気に取られたように首を傾げた。
あかりの戸惑いに応えるように、優香が優しげな笑みを浮かべて答える。
「春斗さんならきっと、プロゲーマーになれます」
「う、うん!」
優香の言葉に、あかりは顔を上げると明るく弾けるような笑顔を浮かべてみせた。
日だまりのようなその笑顔に、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の『エキシビションマッチ戦』に勝つことは容易ではないかもしれない。
でも、俺達なら、不可能も可能にすることができるはずだ。
春斗はあかりと優香と春斗の母親を横目に見ながら、少し照れくさそうに頬を撫でる。
「あかり、優香。今度、みんなで『エキシビションマッチ戦』に向けての対策を練ってみような」
「うん」
「はい」
あかりと優香の花咲くようなその笑みに、春斗は吹っ切れた表情を浮かべて一息に言い切ったのだった。
「あのね、三崎くん。これ、阿南先輩に渡してほしいの」
「三崎、頼む。高野花菜先輩にこの手紙を渡してくれないか」
休み時間ごとの質問攻めと、ひっきりなしに届く輝明と花菜への手紙とプレゼント。
春斗達と同様に、一日で生活が一変してしまったカケルは疲れていた。
「おい、カケル。輝明達のところに行かないのか?」
放課後、不意に話を振られたカケルは、不思議そうに当夜に訊いた。
「当夜の方は大丈夫だったのか?」
「大丈夫なわけないだろう。あー、何でだろうな。輝明と姉さんは大人気なのに、同じ優勝チームである俺達には何の音沙汰もないなんて、絶対におかしいよな」
自信に満ち溢れて断言する当夜の姿に、カケルは思わず、苦笑してしまう。
少し間を置いた後、カケルはずっと気になっていた疑問をストレートに言葉に乗せた。
「俺はともかく、当夜は人気がありそうな感じがするけれどな」
「クラスの奴らに聞いたら、俺はいつもゲームで遊んだりしているから身近すぎるらしいんだよな」
当夜が思い悩んでいると、不意にカケルと当夜の携帯が同時に鳴った。
「うわっ」
「ーーな、なんだ?」
肩を跳ね上げたのも、二人同時だった。
おそるおそるメールの着信を確認すると、どちらも送信者は花菜である。
『輝明、ずっと待っている』
簡潔なメッセージ。
感情を交えないメールの内容に、カケルと当夜は絶句する。
当夜はカケルを横目に見ながら、ため息をついて言う。
「…‥…‥輝明、待たせすぎて怒っているのかもな。カケル、急ぐぞ」
「あ、ああ」
顔を見合わせてそう言い合うと、カケル達は足早に待ち合わせ場所である屋上へと向かったのだった。




