第百一話 新たな挑戦
『エキシビションマッチ戦』。
それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式トーナメント大会の個人戦の優勝者、準優勝者、チーム戦の優勝チーム、準優勝チームが挑戦できる大会だ。
『エキシビションマッチ戦』のルールは、公式トーナメント大会の時とさほど変わらない。
個人戦、チーム戦と分かれており、個人戦の優勝者、準優勝者は『エキシビションマッチ戦』の個人戦への挑戦、チーム戦の優勝チーム、準優勝チームは『エキシビションマッチ戦』のチーム戦へと挑戦することになる。
そして、明示されているレギュレーションも一本先取で、最後まで残っていた者が勝利することも同じだった。
だが、『エキシビションマッチ戦』は、通常の公式トーナメント大会とは違う決定的な対戦方式がある。
それはチーム戦でも、一対一で戦う団体戦の方式を取り入れていることだ。
プロゲーマー達全員を倒せば、そのチームが勝利し、『エキシビションマッチ戦』を制覇することができる。
だが、負ければ、『エキシビションマッチ戦』への挑戦はそこで終わることになる。
「団体戦か。かなり厳しい戦いになりそうだな」
春斗は帰宅後、自分の部屋で、大会でもらったオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の『エキシビションマッチ戦』のパンフレットを眺めていた。
玄達は確か、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会の後に、『エキシビションマッチ戦』に出場していたはずだよな。
前回は、麻白の件で参加していなかったみたいだけど、玄達なら『エキシビションマッチ戦』に出場してくるプロゲーマーについて何か知っているかもしれない。
気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐに画面を見つめ直した春斗は思ったとおりの言葉を口にした。
「とにかく、明日、玄達に聞いてみるしかないな!」
パンフレットの中の大会会場の写真を見つめる春斗は、導き出した一つの結論に目を細めた。
「春斗、すごいな」
「優香、おめでとう」
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会を終えた翌日。
春斗が優香とともに学校に登校すると、クラスメイト達が颯爽と春斗達の目の前に殺到した。
驚く春斗と優香に、クラスメイト達が一斉に話しかけてくる。
「春斗、おまえら、すげえな!あの、黒峯玄さん達、『ラグナロック』に勝つなんて!」
「なあ、俺達とも対戦しようぜ!」
「…‥…‥そうだな」
クラスメイト達との対応に困った春斗が玄達の机の方に視線を向けると、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦優勝チーム『ラグナロック』の二人は、相変わらずクラスメイト達から熱烈な歓待を受けていた。
あっという間にできた人だかりに応えるように、玄の前の席に座っていた大輝が動く。
ーー玄達は相変わらず、すごい人気だな。
そんな春斗の驚愕をよそに、先頭のクラスメイトの女子生徒が興味深そうに尋ねてくる。
「ダブル優勝っていうことは、雅山くん達は公式トーナメント大会の個人戦の優勝者、準優勝者、そしてチーム戦の優勝チーム、準優勝チームが挑戦できる『エキシビションマッチ戦』に参加するんだよね。やっぱり、先鋒は境井孝治さんかな?」
「神無月夕薙さんの可能性もあるぜ」
「でも、『エキシビションマッチ戦』で、あの黒峯玄さんと阿南輝明さんに勝った由良文月さんに勝つのは厳しいだろうな」
「なっーー!」
到底、聞き流せない言葉を耳にした春斗は、焦ったように慌ててそのクラスメイトに詰め寄った。
「玄と輝明さんに勝ったプロゲーマーの人がいるのか?」
「ああ、すごかったな」
「『エキシビションマッチ戦』は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式サイトで公開されないから、どんなプロゲーマーの人達が参加しているのかは『エキシビションマッチ戦』を観戦しないと分からないんだよね」
「そうそう。だけど、その観戦チケットがなかなか取れないんだよな」
春斗の疑心を尻目に、クラスメイト達は当然のように会話を続ける。
これから行われる『エキシビションマッチ戦』の噂は、すでに春斗のクラスメイト達だけではなく他の生徒達の注目をも集めていた。
「『エキシビションマッチ戦』か」
つぶやいた瞬間、思わず心臓が跳ねるのを春斗は感じた。
知らず知らずのうちに、拳を強く握りしめてしまう。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のプロゲーマーになりたいーー。
それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』を始めてから、春斗がずっと抱き続けていた願いだった。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のプロゲーマーは、大会などに出場できない代わりに大会の進行役や模擬戦などをおこなったり、初心者にゲームを教えたりして収入を得ている。
また、公式トーナメント大会の個人戦の優勝者、準優勝者、チーム戦の優勝チーム、準優勝チームが挑戦できる『エキシビションマッチ戦』の対戦相手としても活躍していた。
プロゲーマーになれば、必然と『エキシビションマッチ戦』に出場することになるだろう。
だからこそ、いつか『エキシビションマッチ戦』を観戦してみたいと春斗は願い続けていた。
しかし、観戦チケットの倍率が高かったせいで、春斗は今まで、プロゲーマー達のバトルを生で見たことがなかった。
「春斗さん」
「優香」
とその時、興奮冷めやらぬ生徒達を押し退けるようにして、他の女子生徒達の質問攻めに合っていた優香が殊更、深刻そうな表情で、春斗に声をかけてきた。
「放課後、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。優香はプロゲーマーについて、何かーー」
「さあ、みんな、席につけ!ホームルームはとっくに始まっているぞ!」
「「はーい」」
春斗が何かを告げる前に、春斗のクラスの担任が来てクラス全体を見渡すようにしてそう告げると、クラスメイト達はしぶしぶ自分の席へと引き上げていった。
「それでは春斗さん、また、後で」
「ああ」
丁重に一礼すると、そのまま、迷いのない足取りで自分の席へと戻っていく優香に倣って、春斗も自分の席に座る。
始業のホームルームが始まると、春斗は先生によってホワイトボードに書き込まれる学校側からの知らせなどを眺めながら、先程のクラスメイト達との会話を思い出す。
境井孝治さん。
神無月夕薙さん。
そして、あの玄と輝明さんに勝った由良文月さんか。
『エキシビションマッチ戦』を観戦したことがないから、どんなバトルをする人達なのかは分からない。
だけど、公式サイト上で何度も見たことがある有名なプロゲーマー達だ。
そんな彼らと、俺と優香と今生、そしてーー宮迫さんバージョンのあかりは、どこまで太刀打ちできるのだろうか。
これから始まる、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の『エキシビションマッチ戦』のチーム戦で行われる最強をかけた究極のバトルに心踊らせて、春斗は思わずほくそ笑んでしまう。
春斗が笑みを浮かべていると、不意に春斗の携帯が震えた。
春斗が携帯を確認すると、先程、会話をしたばかりの優香からのメールの着信があった。
『春斗さん、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式サイトに掲載されている特集を見て下さい』
そのメールの内容どおりに、春斗は早速、携帯を検索して、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のサイトの特集を開いてみる。
そこには第四回公式トーナメント大会のチーム戦に優勝した輝明達、『クライン・ラビリンス』と同じように、ダブル優勝をした春斗達、『ラ・ピュセル』のメンバーの紹介が書かれていた。
「これって…‥…‥」
春斗がたまらず、そうつぶやくと、再び、優香からのメールの着信が来る。
『春斗さん。『ラ・ピュセル』は、玄さん達、『ラグナロック』に勝利、そして輝明さん達、『クライン・ラビリンス』と引き分けたことで、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式サイト上、それ以外でもかなり注目されているみたいです』
「ーーっ」
そのメールの内容に、春斗は目を見開いた。
春斗は思わず、そのまま、立ち上がりそうになって、自分で自分の手を掴むことで抑え込む。
すごいな。
『ラ・ピュセル』が、こんなに多くの人達から注目されているなんてーー。
春斗は胸に灯った炎を大きく吹き上がらせた。
それでも、どうしても漏れてしまう笑みを我慢しながら、自嘲するでもなく、吹っ切るように春斗はがりがりと頭をかいて、
「例え、相手がどんなに手強くても、俺達のチームが勝ってみせるけどな」
と、一息に言った。
熱意に燃える春斗の様子を見て、優香が嬉しそうに、そして噛みしめるようにくすくすと笑う。
俺はーー俺達は絶対に、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の『エキシビションマッチ戦』に勝利してみせる。
六限目の授業が終わっても、止めどない春斗の想いのスパイラルは終わることはなかった。




