第百話 林檎の泣き跡 ☆
決勝戦を引き分けた後、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の授賞式を終えた春斗達は、改札口を通り抜け、新幹線のホームにたどり着くと、ベンチに座って一息ついていた。
新幹線を降りた後、春斗の両親と落ち合うことになっている。
「準決勝、決勝はすごかったな」
「はい。すごかったです」
胸に手を当てて少し沈んだ表情を浮かべた優香を見ながら、春斗はあえて軽く続けた。
「それにしてもまさか、今回の大会で、俺達、『ラ・ピュセル』が、『クライン・ラビリンス』と並んで優勝することができるなんてな」
「準決勝で、玄さん達、『ラグナロック』に勝てたことが大きかったと思います」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
「やっぱり、あかりと今生が頑張ってくれたからな」
「はい、あかりさんとりこさんはすごかったです」
どこまでも春斗らしいまっすぐな答えに、優香はことさらもなく苦笑した。
「でも、春斗さんもすごかったです」
「優香も、あの玄を陽動したり、カケルさんを倒すなんてすごいな」
髪を撫でながらとりなすように言う春斗に、優香は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。
「春斗さん、ありがとうございます」
「優香、ありがとうな」
そう言って握手を求めてきた春斗に、優香は嬉しそうにくすりと笑みをこぼした。
「何だか、私達、前回の大会の時と同じことを言っていますね」
「そういえば、そうだな」
妙に気恥ずかしい空気に、春斗と優香は互いに視線を落とす。
そんな二人の様子を、しばらく見守っていたあかりは車椅子を動かすと意外そうに言った。
「そうなのか?」
「ーーっ!あ、あかり、いたのか!」
「あかりさん!」
呆気に取られる二人をよそに、あかりとともに時刻表を見に行っていたりこは信じられないと言わんばかりに両手を広げて目を見開いた。
「ねえ、あかりさん。りこ達、さっきから、ずっといるよね!」
「ああ」
「ーーっ」
あかりの言葉を聞いた瞬間、思わず心臓が跳ねるのを春斗は感じた。
驚きのあまり、知らず知らずのうちに優香と顔を見合わせてしまう。
どうやら、先程までの優香とのやり取りは、あかりとりこに筒抜けだったらしい。
「とにかく、次はプロゲーマーの人達とのバトル、『エキシビションマッチ戦』があるんだからね」
「ああ、分かっている」
りこの指摘に、春斗は幾分、真剣な表情で答えた。
春斗達は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の優勝チームの一つになったことで、『エキシビションマッチ戦』の出場権を得ていた。
『エキシビションマッチ戦』は、公式トーナメント大会の個人戦の優勝者、準優勝者、そしてチーム戦の優勝チーム、準優勝チームがプロゲーマー達に挑戦できる大会だ。
前回の大会では、 麻白のことがあったためか、輝明さん達、『クライン・ラビリンス』のみが『エキシビションマッチ戦』に参加していた。
「『エキシビションマッチ戦』、プロゲーマー達とのバトル、どんな感じなんだろうな」
「想像もつかないな」
「そうですね」
「そうそう。りこ、すごく緊張してきたよ」
決意のこもった春斗の言葉に、あかりと優香、そしてりこが正直な感想を述べる。
春斗達がこれから行われる『エキシビションマッチ戦』について話し合っていると、まもなく新幹線が到着するという、駅アナウンスが流れた。
春斗は新幹線が到着するのを確認すると、あかりが乗っている車椅子のハンドルを握りしめる。
「あかり、優香、今生。新幹線も来たことだし、そろそろ行こうか?」
「ああ」
感慨深げに、あかりは遠目に見える新幹線の入口を見つめながら頷いた。
「春斗さん」
横に流れかけた手綱をとって、優香は春斗にだけ聞こえる声で静かに告げる。
「そろそろ、宮迫さんからあかりさんに戻る頃だと思います」
「そ、そうだったな。急ごう」
「はい」
顔を見合わせてそう言い合うと、春斗達は足早にあかりの乗った車椅子を乗せるために、駅員の誘導に従って新幹線へと乗り込んだのだった。
「う、う~ん」
新幹線の車椅子専用席に向かうため、春斗達とともに車椅子を動かしていたあかりが一つあくびをする。
「今日はここまでだな…‥…‥」
「そうか」
「…‥…‥ああ。春斗、天羽、今生、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦、ダブル優勝、出来たな」
隣に立っている春斗達にそう答えると、あかりは急いで新幹線の車椅子専用席に移動するために車椅子を動かし、くるりと半回転してみせた。だがすぐに、うーん、と眠たそうに目をこすり始めてしまう。
眠気を振り払うようにふるふると首を振ったものの効果はなかったらしく、結局、あかりは車椅子にぽすんと寄りかかって目を閉じてしまった。
そのうち、先程より幼い顔をさらしたあかりがすやすやと寝息を立て始める。
その様子を見て、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。
「あかり…‥…‥」
「ーーっ」
大会で疲れていたのか、車椅子から落ちそうになっているあかりの華奢な体を、春斗はそっと元の姿勢に戻そうとした。
だが、春斗はあかりを元の姿勢に戻すことはできなかった。
その前に、不意に目を覚ましたあかりがあわてふためいたように両手を左右の肘かけに伸ばして、車椅子から落ちそうになるのを自ら、食い止めたからだ。
「あかり、大丈夫か?」
「…‥…‥あっ、お兄ちゃん」
春斗に声をかけられたことにより、先程の咄嗟の行動を見られていたことを察したあかりは、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに顔を俯かせる。
いつもどおりの妹の反応に、春斗は特に気に止めた様子もなく、むしろまたか、と呆れたようにため息をつく。
あかりはきょろきょろと周囲を見渡し、自分の置かれている状況に気づくと、呆然とした表情で目を丸くした。
「な、何で私、新幹線に乗っているの?お兄ちゃん、大会はどうなったの?」
狼狽する妹の様子に、春斗は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。
「はあ…‥…‥。大会が終わったから、今から新幹線に乗って家に帰るところだ。いい加減、慣れろよな」
「…‥…‥慣れないもの」
曖昧に言葉を並べる春斗に、あかりは不満そうな眼差しを向ける。
不服そうな妹をよそに、春斗は急いで、あかりの乗った車椅子を車椅子専用席に移動させると、少し言いにくそうに軽く肩をすくめてみせた。
「あと、その、あかり。俺達は今回のオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦では、『クライン・ラビリンス』と並んでダブル優勝だったんだ」
「そうなんだ…‥…‥。お兄ちゃん達、すごい!」
「…‥…‥ありがとう、あかり」
両手を握りしめて言い募るあかりに熱い心意気を感じて、春斗は少し照れたように頬を撫でてみせる。
そのタイミングで、りこが両拳を前に出して話に飛びついた。
「りこ、あかりさんの性格が変わるところ、初めて見たよ!」
「そういえば、今生は初めてだったな」
りこがぱあっと顔を輝かせるのを見て、春斗は思わず苦笑してしまう。
頭を悩ませる春斗をよそに、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべて続ける。
「あかりさん、すごいねー」
「…‥…‥うん、すごいの。私、もう一人の私になったら、ゲームのテクニックがすごくなるし、お勉強もできるようになるんだよ」
言いたかった言葉を見つけたらしいあかりは一気にそう言うと、表情を輝かせながら春斗達を見つめた。
まっすぐに視線を合わせてくるその眼差しに、春斗は思わずどきりとした。
こぼれ落ちそうなほど大きな瞳は、明るい色を宿している。
新幹線の窓から、夕闇に染まる空をぼんやりと眺めながら、春斗の瞳には複雑な感情が渦巻いていた。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦、ダブル優勝。
状況は何も変わっていない。
それなのに、これからあかりの口から語られるであろう琴音の話に耳を傾けながら、春斗は自分の心が先程よりは、決勝戦で引き分けたという事実に傷ついていないことに気づいた。




