逃走劇・1
どれほど、暗闇の中にいただろうか
それでも、どうにかしなければと思い、僕はクリスに持たされた鞄の中に手を突っ込んでみた
運のいいことに、クリスはランプを入れてくれていた
スイッチを押すと中の電球が光り、辺りを照らした
暗く、狭い煉瓦で作られた壁が行き先が見えないくらいにずっとずっと続く
ここを歩き続ければ、どこにたどり着くのだろう
もしかしたら終わりなんてないかもしれない
そんな恐怖が次第に肌にまとわりついてくる
「あれ?」
壁が続いている廊下はまだ先があるのに、左手に扉が見えてきた
「ここが、出口なのかな?」
急に現れた扉に不自然さを感じつつも、なにもなければ戻ればいいと、その扉を開けてみた
「誰だよ、勝手に入ってきて」
見知らぬ男が、僕を睨み付けている
部屋は廊下よりも埃臭さがさらにひどく、蜘蛛の巣がはり、本棚、椅子、テーブル…どれもこれも古びたものばかりだ
それなのに男は妙に立派なシャツをズボンを羽織っている
「あ、あの、ここって…」
「あ?俺の家だよ、家」
口の悪そうなその男はむすっとして椅子に腰かけた
僕より背が高く、細い体をしているその男は、赤い双眸で僕を見やる
「で、お前は何しに来たんだよ?」
暇だから話を聞いてやると、僕の話を聞いてくれた
「は~ん、大変なんだなお前」
故郷での反乱、この街に逃げたこと、教会に世話になったこと、そしてここまで軍に追われていること
色々話したけれど返ってきた返事はそれだけだった
「それで、君はここでなにしてるの?」
「だから、さっきも言ったろ?ここは俺の家だって。自分の家で何しようが俺の勝手だろ?」
「本当に、ここが君の家なの?」
冷静に、そう問いただすと、その男も静かになり、身の上を語り始めた
「実はよ、俺さ、この街での毎日がつまんなくて、教会学校でも一人浮いてて、家出もよくしたんだ…」
そして、学校にも居づらくなり、偶々見つけたこの地下通路の部屋に居つくようになったのだそうだ
「だけど、こんなところ、身体によくないよ!食べ物は?着換えはどうしてるの?」
別にこんな人のこと心配する必要なんてない、むしろ今は自分が窮地に立たされている
それなのになぜかこの人のことが気がかりだった
「まあ、そう言うなって。家ってのは大げさすぎたかもな。俺の隠れ家みたいな場所かな?だからいつもいるわけじゃねーよ。お前こそ、こんなところで油売ってていいのかよ」
忘れかけていた自分の状況を思い出して、僕は部屋を出ようとした
「俺も付いて行ってやるよ」
ドアノブに手を掛けた僕に背後からかかってきたのは思いもよらない言葉だった