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プロローグ 4



 ――おおーっと! 肉を切らせて骨を断つ華麗な一撃! ここで長谷川、神野ペアの優勝が決まったー!――


「シン君、やりました!」


 俺たち、勝った……のか?

 いまだに実感がわかない頭を回転させて思考をはっきりとさせる。

 隣でCAの蒼花を解除したマキナにならって光輝を解除すると、マキナとハイタッチした。


 やったな、マキナ。これで……、


「はい、では約束の……」


 約束? 俺はマキナとそんなことをしたのか?


「もう……忘れちゃったんですか。それとも、私に言わせるためにわざとやってます?」


 えっと、なんだっけ……?


「仕方ないですねえ……でも、今日は優賞できましたから、特別に許してあげます」


 ああ、ありがとう、マキナ。


 マキナは胸の前で両手を合わせて握ると、その綺麗なうるうるとした瞳を閉じて頬を紅潮させながら、新鮮な果実のように潤った唇を俺に差し出した。


「私、初めてなんです。だから、優しくしてくださいね?」


 ああ……、


 そうか…………、


 俺とマキナが交わした約束。


 それは……………………ン君、シン君、シン君!


 キ…………え?


「シン君、起きてください! もう朝ですよ」


 なぜか重たい瞼を開くと、目の前には相変わらず可愛いマキナがいた。

 マキナはちょっと怒ったような、それでいて少し心配したような顔をして、俺のことを見ている。


「おはようございますシン君、早く起きないと遅刻しちゃいますよ」


「あれ、マキナ。世界大会はどうなったんだ?」


「世界大会? シン君、夢でも見ましたか? 世界大会なんて行ってないですよ」


「そうか……いや、気にしないでくれ。変な夢でも見ていたみたいだ」


「でも、そんな夢なら、夢の世界の私が羨ましいです」


「そうか?」


「だって、シン君が私と一緒に大会に出てくれるんですもの」


 そうか、そうだよな。

 でも俺はマキナと大会には出ないつもりなんだ。もちろん、誰とも出るつもりはない。

 俺は普通がいいんだ。


「ふふっ、わかってます。シン君は普通がいいんですもんね。だから、許してあげます」


 今日のマキナはやけに物分かりがいい。

 もしかしたら、熱でもあるんじゃないのか?


「今日のマキナ、変だぞ?」

 

「何言ってるんですか? 変なシン君」


「あー、いや、なんでもない。忘れてくれ」


 それからマキナの作った朝飯の玉子焼きと味噌汁を食べると、身支度を始める。


「シン君、少し待ってください」


「どうした、マキナ?」


「はい、お弁当です」


 マキナから手渡された弁当を鞄に詰めると、


「サンキューマキナ、じゃあ先に行っているな」


「ちょっと待ってください、忘れてませんか?」


「え? ああ」


 危ない危ない、忘れるところだった。

 マキナにも言われた通り、今日の俺は変だな。


「それじゃあマキナ、行ってきます」


「行ってらっしゃい、シン君」


 そう言って俺はマキナを抱き寄せるようにして、くちび…………、


「んぁ……」


 まだ外は暗い。

 ソファから起き上がって時計を見てみると、午前3時。まだ日も昇ってないじゃないか。

 それにしても、


「どんな夢見ているんだよ、俺は」


 夢の中とはいえ、やってしまったことに現実逃避したくなる。

 とりあえず恥ずかしい、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 夢の中で夢を見たのはまだいい、だけど……、


「夢の中の俺、何してるんだよ」


 ありえない、夢の中とはいえ、行ってらっしゃいの……、


「キスをするなんて……」


 お陰で目が冴えてしまった。

 確かにマキナは可愛いからそんな状況になったら嬉しいけどさ。

 だけどそれ以上に死ぬほど恥ずかしい。

 ……とりあえず喉が渇いたから水でも飲むか。

 冷蔵庫から取り出したお茶をマグカップに注いで一気に飲み干す……あれ? やけに少ないな。

 もう一杯飲むためにマグカップにお茶を継ぎ足すと……、


「ってこれマキナのじゃねえか!」


 なんて小声でつっこむ。

 目が冴えたのに寝ぼけているとか、小声で叫ぶとか器用だな俺……じゃなくてマキナのマグカップで飲んでるよ俺。

 つまりこれはマキナが使っているから、間接的にキスを……、


「うわぁぁぁ!」


 なんてやっぱり小声で叫びながら慌ててマグカップを洗う。

 いつもなら軽く洗い流すだけなのに、茶渋どころかマグカップの塗料まで落としてしまうんじゃないかって勢いでスポンジでごしごしと擦り、冷たい水なんて気にならないくらい全力で洗い流した。


「はぁ……はぁ、ふう。指冷てえ」


 冷静になってみると水が冷たすぎて指先の感覚があんまりない。空調が効いているから寒くはないけど、これは結構辛いものがある。

 とりあえず服の端で水気を拭くと、毛布にくるまってもう一眠りすることにした。


 ……、


 …………、


 ………………、


 …………眠れない。


 かれこれ30分くらい同じ姿勢でいるけど全然眠気が襲ってこない。ついマキナのことを意識してしまうと、眠りたいのに眠れない。

 結局、悶々とした気持ちで1時間、2時間と過ぎ、とうとう日が昇ってしまった。

 かたかたという物音がして、マキナが起きてきたことに気づいた。

 ここに来て眠気がどっと込み上げてきたけど、このまま寝たら、寝坊してしまいそうだ。

 今起きたふりをして、ソファから起き上がると、襲い来る眠気を誤魔化すために体を大きく伸ばした。


「あ、すみません。起こしてしまいましたか?」


「いや、大丈夫だ。俺も起きるところだったから」


「そうですか、よかったです」


 トントンと包丁が刻む小気味良い音を聞きながら、洗面所に向かい顔を洗った。

 冷たい水のお陰で眠気はどこかに行ってしまったが、どうしても夢のことを思い出してしまう。

 あの後、俺は朝飯を食べて、身支度を済ませたらマキナから弁当を貰って、そして…………、


「ああちくしょう」


 何に対して言ったんだかよくわからない。

 もう頭の中がごちゃごちゃで、どうしていいのか思い付かない。

 とにかく1つ言えるのは、夢のことはマキナには言えないってことだ。こんな内容のことを言ってしまえば、不潔だ不純だ破廉恥だとお決まりの文句が飛んできて、何かしらの被害を受けるだろう。

 俺の分と分けられたタオルで顔を拭くと、洗濯機の中に放り込む。


「シン君、朝御飯ができましたよ」


「ん? ああ」


 マキナに呼ばれてリビングへと行くと、既に朝飯が並べられていた。

 今日の朝飯は……って、夢の中と同じメニューじゃねえか!


「シン君、どうかしましたか?」


 予想以上に大きなリアクションをしてしまったからか、マキナが心配そうな顔で覗き込んできた。

 前傾姿勢になったマキナを見て、最初に見た夢を思い出してしまった。


 ――初めてなんです、だから、優しくしてくださいね――


「いや、なんでもない。なんでもないんだ」


「そう、ですか?」


 そして前傾姿勢のお陰で首もとに隙間が生まれて谷間が、胸の谷間が見える。

 マキナのは決して大きくないとはいえ形の整った胸は見ていて刺激が強すぎる! いや、マキナに自覚はないんだろうけどさ。


「まだ寝ぼけているんじゃないですか?」


「目ならすっかり覚めたよ! マキナのむ…………」


「む……?」


「な、なんでもない。気にするな」


「今日のシン君、変ですよ?」


「俺は普通だ、平常だ正常だ通常だ」


「そうですか……」


「それよりマキナ、今日の午後の授業だが……何もなければ、去年の世界大会の映像を見ないか?」


 無理矢理にでも話題を転換する。

 これ以上喋っていたら墓穴を掘ってしまいそうだ。


「急にどうしたんですか?」


「ほら、俺は大会に参加したくないけれど、マキナの手伝いくらいならできるだろ。だから、去年の映像を研究してアドバイスできると思うんだ」


 という言い訳を即興で作った。


「むう、私はシン君と一緒に大会に出るつもりです」


 腰に手を当てて、頬を膨らませるマキナがとても可愛く見えた。

 ヤバい、マキナの可愛さにクラっとくる。


「それにしてもシン君、さっきから顔が真っ赤ですよ?」


「そ、そうか……?」


「もしかして熱でもあるんじゃないですか?」


「熱なんて無い、絶対、断じて無い!」


「本当ですか?」


 真っ赤なのはマキナのせいだよ! と心の中で全力でつっこみ、とりあえずその言葉が出てこないように飲み込んだ。

 マキナが俺の額に向かって手を伸ばして来たので、顔を右に反らして回避。


「なんで避けるんです……かっ」


「お前がっ……手を伸ばすからだろ」


 最初はゆっくりと額に手を当てるような動きだったのに、2回、3回と繰り返しているうちにだんだんと速くなり、今現在はマキナの掌底打ちを全力で回避している。


「はぁ……はぁ……それだけ、元気なら、熱は無いですね」


「当たり、前だ……」


 5分程繰り返した俺たちは息もぜいぜい。

 朝なのに1日の終わりみたいな体力で、ふらふらと席についた。


「……とりあえず、飯食おうぜ」


「そうですね……」


 汗と一緒にふわりと広がるマキナの良い匂いに再び顔が熱くなりそうなのを必死にこらえて飯を食べようと箸に手を伸ばしたら、その手をマキナが掴んだ。

 や、柔らかい。

 適度にひんやりとしていて、瑞々しく潤ったその手の平はずっと触っていたいくらいに気持ちよかった。


「な、なんだよ?」


「シン君、忘れていますよ」


「忘れて……ああ、悪い。いただきます」


 考えないようにと意識すればするだけマキナのことを見てしまう。いつもは美味いマキナの朝飯も、今日はなんだか味が感じられない。

 なんだよ、これじゃあまるで俺がマキナのことを……、


「あー駄目だ、全然集中できない」


「何言ってるんですか? 変なシン君」


 夢の中のマキナと同じセリフを言われてしまう俺。だけど言い方は全くの逆で、優しく微笑んでくれた夢のマキナと、めちゃくちゃ訝しんでいる現実のマキナ。

 くそっ……これなら夢の中の方が可愛いげがあるじゃないか。恥ずかしすぎて耐えられないけど。


「……ごちそうさま」


「今日はおかわりしないんですか? 珍しいですね」


「ああ、なんだか食欲がないからな」


 夢の中のお前のせいだと言いたい気持ちを、お茶で流し込もうとしたら、


「せっかく今日はお弁当を作ったのですが……」


 なんてマキナの一言にお茶を吹き出しそうになってしまった。


「げほっ、げほっ!」


 気管に入ったせいで喉が熱い。

 そこまで夢と一緒じゃなくてもいいだろ!


「大丈夫ですか!?」


「ああ、大丈夫。大丈夫だから気にするな」


「気になりますよ」


 駄目だ。夢のせいでマキナの一挙手一投足が気になって仕方がない。


「お、俺先に出るから!」


 逃げるようにしてリビングを出た俺は、恥ずかしさのせいでマキナと同じ空間にいたくないから、急いで準備をこなし、さっさと学校に行くことにした。


「じゃあ、行くからな」


「ちょっと待ってください。何か忘れていませんか?」


「え……?」


 マジかよ。

 ここまで夢と一緒だと心臓が高鳴る。マキナにそんな風に言い寄られて引き下がる男がいるのだろうか? いや、いないだろう。

 だけど、あれは夢だ。

 これは現実だ。

 マキナは何かを忘れていると言っただけで、俺にキスを求めているわけじゃない。落ち着け、落ち着くんだ俺。

 思い出すんだ、俺が何を忘れているかを……


 ……、


 …………、


 ………………、


 夢のせいでキス以外の選択肢が出てこない!

 絶対に違うとわかっているのにその選択肢を答えてしまおうとする自分がいる。


「もう。お弁当、忘れていますよ」


「あ、ああ、悪い。すっかり忘れていたよ。それにしても、なんで弁当なんだ?」


「特に理由は無いんですけど、強いて言うなら、シン君の食生活の乱れを治すためです」


「そんなこと、マキナには関係ないだろ」


「ありますよ、健康管理をきちんとして、私と一緒に大会に出てもらうんですから」


 まだそんなことを考えていたのか。

 どんなに頑張ったって俺は大会に参加しないんだって。


「それに、いつも学食ばかりだとすぐにお金が無くなってしまいますよ?」


「……そうだな」


 親父の残した財産がそこそこにある俺ではあるが、実は水道光熱費や食費を除いて、一月に使える金額は決められている。

 その額は多分、普通の高校生と同じくらいで、ほとんど学食に使っていたから家の中には趣味のものが無い。

 マキナから弁当を受けとると、恥ずかしすぎてたまらない俺は、学校へと逃げることにした。


「はあ……」


 バスの中で大きなため息を吐いてしまう。

 幸いにも俺が学校に行く時間のバスには、俺とマキナ以外の知り合いが乗っていないから助かっている。

 これで一緒に登校しているのを見られなんてしたら、俺たちが付き合っているなんて噂がさらに酷い解釈で拡散してしまう。

 そうなれば、マキナから被害を受けるのは俺に決まっている。とりあえず、この噂の拡散は何としてでも防がなければいけない。

 だけど当面の問題は……、


「どうしたんですか? シン君」


 準備を手早く済ませて追い付いてきた、俺の隣に座っているマキナなんだよ。

 夢のせいで意識してしまうし、マキナは自覚はないんだろうけど、とても良い匂いがする。果物で例えると……そう、桃のような、適度に甘い匂いがする。


「なあ、マキナ」


「どうしたんですか、シン君?」


「マキナは香水とか、使っているのか?」


「香水……ですか? どうして急にそんなことを?」


「何となく気になってさ」


「使わないですよ、香水なんて」


「そうか」


 やっぱり、女の子って誰でもこんな良い匂いがするのか? 普段CA越しにしか女子と関わっていないからよくわからないけどさ。

 学校についた俺たちは、別れて自分の教室へと向かう。

 ああ、暖房が気持ちいい。

 そして、隣にマキナが座っているという緊張から解放されたからか、朝眠れていない分、強烈な眠気が襲ってきた。


 あー、


 無理……、


 寝る………………、


 ……………………、


 ……………………、


 ……………………、


 んあ……、


 どのくらい寝たんだ?

 まだ寝ぼけている瞼をごしごしと擦ると、教室の前にかけられている時計を確認する。

 そうか、12時18分か……、


 12時18分!?


 もうそんなに時間が過ぎたのか……じゃねえ、それだけ寝ていてどうして誰も起こしてくれないんだよ。

 前では現国の先生オバサンが物凄い形相で俺を睨んでいるし、変に大きな反応をしてしまったものだからクラスメイトの注目を集めてしまった。

 こそこそとタブレットを取り出すと、教科書の画面を開いて、授業をちゃんと受けますよとポーズをとる。

 それから申し訳なく思いながらも残り少ない授業時間をこなし、昼休みへと突入した。

 そういえば今日はマキナから貰った弁当があったことを食堂に向かう最中に思い出した俺は、一旦教室に戻ってマキナの作ってくれた弁当を取り出して、食堂に向かう。


「あれ? マコトやっと起きたのか」


「あ? 叶多、何か用があったのか?」


「いや、別に。ただお前のところに遊びに行ったら全く反応しないで寝ていたからさ」


「誰か起こせよ」


「いやー無理無理、お前何しても起きなかったみたいだぜ」


「マジか……」


 後からやって来たマキナと合流すると、食堂の席を確保して、ようやく飯を食べようとしたところで気がついた。

 マキナが弁当を作ったってことは、俺の弁当はマキナと同じメニューじゃないか!!

 マズい、非常にマズい。ここでマキナと同じ内容の弁当を食べていると叶多に気がつかれてしまうと、俺とマキナが付き合っているなんて噂が更に拡大してしまう。

 どうする、どうするんだ俺。何か、何か方法があるはずだ。


「あ、いけない。私、食券を買ってきますね」


 ……ってマキナは弁当じゃないのかよ!

 なんて心の中でつっこみつつ、安堵の大きなため息を吐いた。


「助かった……」


「何がだ?」


「いや、何でもない」


 相変わらず和惣菜の定食を頼むマキナを待ってから食べ始める。

 弁当のメニューは結構凝っていて、肉と野菜のバランスも良さそうだ。中身も冷凍食品らしいものはなく、手作り感溢れている。

 マキナの料理の腕は知っているけど、どうなのかよくわからないからとりあえず毒味に小さく一口。

 お、結構美味い。


「あれ? マコト、お前弁当作る趣味あったのか?」


「ああ、これはマ……」


 キナに作って貰ったと言おうとして寸前で引っ込めた。いや、少し中身漏れたけど。


「いや、本当に何でもない」


 だけどこのままじゃ本当にマズい。いつ、マキナが失言をして弁当のことに触れるかわかったものじゃない。

 後手に回る前に何か対策を練らないと……。


「おい宙野。そんなところで飯食べてるなら、放課後の戦争ケンカの作戦会議しようぜ」


「っと、悪い、今行くよ。そういうわけだから、また後でな」


 た、助かった……。

 叶多が友達に呼ばれて向こうのテーブルに行くのを見届けてから、俺は安堵のため息を吐いた。


「シン君、今日はため息ばかりですね」


 誰のせいだ。

 お前のせいだよとは言えず、まあなと曖昧な返事を返した。


「あ、それと本当に午後の授業は約束を守ってくれますよね?」


 約束……約束、ああ、今朝のあれか。


「ああもちろんだ。ただし、2度と俺を大会に誘うな」


「それならいいです。私はシン君と大会に出たいんですもの」


「そうか。じゃあ俺は1人で勝手に走ってるから」


「じゃあ私も走ります」


「じゃあ俺は筋トレだ」


「それじゃあ私も筋トレします」


「真似すんな」


「真似じゃありません」


「邪魔すんな」


「邪魔じゃありません」


「勝手にしろ」


「勝手にします」


「……弁当はどうすればいい?」


「帰ったら水に浸けておいて下さい」


 それから昼食を済ませると、俺とマキナは準備を済ませて基礎練をするために訓練コートへと向かった。

 訓練コートについたはいいけど、何やら騒がしい。マキナと顔を見合わせると、目の前にいた、名前も知らない男子生徒に声をかけた。


「何したんだ……?」


「ん? ああ、戦争ケンカだってさ。また宙野が何かやらかしたみたいだ」


 またあいつか……。

 おそらく、俺たちの学年で戦争ケンカの原因トップに君臨する叶多バカだからとはいえ授業中も戦争ケンカ放課後も戦争ケンカ。疲れないのだろうか。


「サボるぞマキナ。ここにいたって、巻き込まれるだけだ」


「じゃあ外で練習しましょう」


「何の練習をだ?」


「そうですねえ、まずは普通に走って、次に……」


「おいマコト、お前も付き合え。戦争ケンカの人員が足りない」


「誰が戦争ケンカに付き合うか。お前のせいで始まったなら自分で片付けろ」


「頼むよー、な、この通り」


 叶多に拝まれるけれど、手伝おうという気は全く起きない。


「なあ、俺とつーきーあーえーよー」


 と言って大きく肩を揺すられるのだが全く心は動かない。

 周囲の女子バカから黄色い喚声が聞こえたけど何のことやらよくわからない。


「あら、宙野、長谷川を参加させるのは無理よ」


 突然現れたような天草先生はいつも通りの冷たい声。この人は何考えているのかよくわからない。


「えー、天草先生、どうしてっすか?」


「長谷川には私の仕事を手伝ってもらうわ」


「は? 仕事」


「ええ」


「で、具体的には何を? 模擬戦ならお断りですよ」


「わかってるわ、あなたに頼んだってやらないことは」


「わかりました、受けますよ。で、俺は何を?」


「ふふふ、それはね」


 天草先生の浮かべる妖しい笑みに背筋が凍りつく。思えば、頼みの内容を聞いてから受けるか受けないかを決めなかった俺が間違いだった。

 こんなことなら、さっさとドームから逃げてマキナのトレーニングに付き合っていればよかったよ。


「あー、目が痛い」


 薄暗い資料室で映像を整理する。

 1つ見ては右へ、1つ見ては左へデータを仕分けて、それで次の映像を最初から見始める。

 内容は別に難しいものじゃない。

 ただ乱雑なだけだ。

 俺が見ている映像は去年のCAバトル地区予選から全国大会までの全映像。それもノーカット。

 とりあえず日本の地区予選の映像を見るのに、ようやく慣れてきたというところだ。

 授業ももう終わり、放課後まで使ってこれだけしか見れていない。日本の大会だけで済んだからよかったものの、全世界の映像なんて見させられたら、1ヶ月じゃあ済まされないだろう。


「シン君、文句をいっている暇があったら、早く仕分けてください」


 隣では手伝いに立候補してくれたマキナが、大会の映像を地域順に仕分け、さらに試合の順番で並び替えてくれている。

 俺はそれを見て、先生から頼まれた試合だけを選んでまとめる。

 これだけなら動画の最初だけを見て終わりなのだが、そうは問屋が卸さないらしい。

 先生は俺のことが嫌いなのか、大会に参加した選手のCAを解析しろと仕事を追加していった。

 ああ面倒臭い。いくら俺が他の生徒より、ある程度CAの知識があるからって、そんな仕事を一生徒に頼むなんてありえないだろう。


「これは……射撃寄りの汎用型、相手は……近距離射撃戦型……武器の数は互いに、およそ3」


 武器の数が曖昧なのは、選手が武器を出し惜しんでいる可能性があるからだ。

 全国大会や世界大会ともなれば、そんな余裕をかましている暇は無いはずだが、地区予選では手の内を明かしたくない選手が、やることがある。

 やる側としては作戦なのだが、調べる側としては迷惑極まりない。


「シン君、この人の戦い方、参考になるのでは?」


「やめとけ、射撃武器を使った接近戦なんて。お前のCAにはダガーが積まれているだろ」


 先生から借りたパソコンにCAの特徴を入力していく。キーボードを叩きすぎたせいで指が痛い。

 CAの特徴の他にも、選手の戦い方や癖も調べて入力する。ああ、面倒だ。


「あっ! 今のところ、巻き戻してください。すっごく参考になりそうです」


「これか? ……こんなの今時新入生でも思いつくネタだぞ。だったらむしろ……」


 なんてマキナと一緒に戦闘記録を見ていると、結構戦いの参考になるものがある。

 ……結局、こんな形でだけど、今朝の約束を守るはめになるとは思わなかった。


「……とりあえず今日はこんなものかな」


 データをパソコンに保存すると、記録媒体であるカードをケースにしまって部屋を出た。

 ここから職員室はすぐ近くで、インターホンを押して扉が開くと、天草先生の机に向かう。


「失礼しまーす。天草先生、今日の分、とりあえず終わりましたよ」


「そう、ご苦労様。あとどれくらいで終わりそう?」


「このペースなら1週間もあれば終わりそうですよ」


「わかったわ。それじゃあ、明日もお願いね」


「了解です」


 天草先生に部屋の鍵を返して、あまり職員室の空気が好きではない俺は、さっさと職員室を後にした。

 寒いのを我慢しながら校舎を出ると、校門前ではマキナが、自分の鞄と俺の鞄を一緒に持って待っている。

 こんなことしているから付き合っているとか言われるのか?


「帰るぞ」


「あ……」


 マキナから鞄を2つひったくると、早足で帰宅。

 自分でやったことなのに、なぜか無性に恥ずかしい。いや、理由はわかっているんだけどさ。


「自分の鞄は自分で持てます」


「それじゃあ待たせていた俺が悪いだろ。せめて待たせていた分は持たせろ」


「私は別に待っていません」


 マキナの鞄は、俺のものに比べて少し重い。

 きっと勉強道具がしっかりと入っているのだろう。

 マキナは今時珍しい紙でできた記録媒体を持っていた。確かノートといったはず。

 今ではすっかり廃れた紙媒体だが、簡単にコピーできず、流出の危険もある意味少ないセキュリティの高さから、一部ではまだ重宝されている。

 だけど今では紙の値段は旧世紀と比較してかなり高いらしいし、いちいち手書きの必要があり、修正も大変なことから、使うのはよほどの変わり者か、政府や軍の報告書程度にしか用いられない。

 とはいっても聞いた話だから確証はない。

 バスを降りるとマキナに鞄を返す。これ以上鞄を持っていて不機嫌になられても困るからな。


「持ってくれないんですか?」


「お前が返せって言ったんだろうが」


「私は自分で持てますと言っただけです」


「同じじゃねえか」


「違います」


「…………わかったよ、ほら」


 再びマキナから鞄を引ったくってバス停から家までの道のりを歩く。とはいうが10分もかからない短い道だから、鞄の重さは苦にならない。


「シン君は優しいですね」


「どうしたんだ急に?」


「なんでもありません」


「あるだろ、気になる」


「シン君は口では文句を言いながらも、結局はやってくれる。だから優しいんです」


「……俺がそんなに優しい人間だったら、なし崩しでマキナと一緒に大会に出ることになっているよ」


「それも、そうですね」


「それに、言っていて恥ずかしくないか?」


「とても恥ずかしいです」


 人を誉めるのは結構恥ずかしい。

 俺もマキナも恥ずかしさに顔を少し赤くしながら、帰路をゆっくりと歩くのだった。

 そして朝の夢を思い出して、夢を見るのが恐くて眠るのが遅くなったのは余談だ。




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