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プロローグ 3

 それから1週間が経過した。

 マキナは相変わらず俺のことを練習に誘ってくるし、叶多は戦争ケンカに付き合えとうるさいし、とりあえず授業は受けるけど、できればCAなんて使いたくない。

 だから今日は楽だ。

 今日の午後の授業はCAバトル、俺は参加しなくていい。しかも今回のバトル方式はバトルロワイヤル。最後の一人を残して全滅するまで戦うシステムだから時間がかかる。

 だから俺は、


「ふう……」


 休憩所でサボっている。

 今日は金に結構余裕があるから温かい缶コーヒーを飲みながら、遠くから聞こえてくる「やっちまえ」とか、「いっぺん死ね」とかいう歓声を背景ににイヤホンで音楽を聴きながら携帯をいじっているところだ。


「……ここにいましたか」


「ん……?」


 イヤホン越しに聞こえてくる透き通った声に振り向くと、マキナが腰に手を当てて休憩所の入り口に立っていた。


「シン君、探しましたよ」


「マキナか、あっちは終わったのか?」


「いいえ、まだです」


「叶多は?」


「最初に墜ちたと思います。巻き込まれたみたいですね」


「叶多らしいや」


 お茶を自販機から取り出すと、マキナに渡す。マキナはそれを受け取ると、隣に座った。


「それで、何の用だ?」


「今は授業中です。練習しましょう」


「嫌だ。相手がいないし、それに何よりも動きたくない」


「相手ならいるじゃないですか」


「……どこに?」


「ここに、です」


「……マキナ?」


「はい」


「無茶言うな、俺とお前じゃ実力差がありすぎる。俺が負けるのが決まっているし、武器にだってアドバンテージ差がある」


「どうして、ですか?」


「マキナ、お前のCA……」


蒼花そうかのことですか?」


「その蒼花は遠近中対応の汎用……いや万能型だ。どんな局面でも柔軟にこなせるし、苦手な場面が少なくなるように設計されている。違うか?」


「そうです」


「俺の光輝は1対多は想定されているけど、1対1は分が悪い。もともと武器の威力からしてそうだからな」


 光輝のメガバスターライフルは、実はあの威力が最低出力であり最大出力だ。だから加減がきかないし、取り回しも最悪だ。

 チーム戦では味方が射線にいないことを確認しなければいけないし、場外には疑似ビームを無力化する斥力力場が働いているとはいえ、近距離で撃てば、力場をねじ伏せて貫通してしまう危険がある。というより貫通してしまう。

 しかも光輝はあれ以外の武器を積んでいない。近接戦用のビームサーベルを持ってはいるが射撃武器はあれだけだ。

 普段は一般向けのCAを使っているから気にはしていないが、実際に射撃武器が必要になる場面は多々あった。


「それじゃあ新しく武器を積めばいいんじゃないですか?」


「無理だ。レギュレーション的にスロットが足りない」


 CAは武器毎の格差を埋めるために、公式に申請する際、スロットというルールがある。

 強ければ強いほど武器のスロットが必要になり、メガバスターライフルの必要スロットは14。スロットの最大値は15だから、スロットが1のビームサーベルを積んでしまえば、それで一杯だ。

 星光学園でもこのスロットのルールを採用しているから、これ以上武器を積んでしまうと、非公式の場でしか光輝を使えなくなってしまう。

 ここぞという場面で使えなければ、どんなに良いCAでも宝の持ち腐れだ。


「ちなみにマキナ、お前の蒼花はスロットいくつだ?」


「申請したときは6でした。ダガーが2本で1、ビームピストルが2本で1、ロングライフルが4です」


 そして武器の種類は2~3種類が一般的にになっている。これは、単純に武器が多ければ多いほど戦闘中に行う武器の管理が難しくなり、戦闘の速度が遅くなるからだ。

 一瞬の油断や動きの遅さが負けに繋がるCAバトルでは武器の数が少ないほど有利になる風潮がある。もちろん、多彩な武器を使いこなす凄腕もいるのだが、使えたとしても5~6種類が限界だ。

 たしか前回行われた世界大会の優勝者は1本のサーベルとライフルだけで戦い抜いた猛者のはず。


「シン君はどうしてそんなに戦いたくないんですか? 強いんですから、もう少し頑張ってもいいと思います」


「別に、ただ戦いたくないだけだ。理由なんて無いし、俺は普通がいいだけなんだよ」


「でも、シン君は強いじゃないですか。どうして……」


「強いわけないだろ、俺が。俺の実力は光輝頼みの力業だよ」


「それでも、シン君は強いです。だって、シン君はあの武器を使いこなしているじゃないですか」


「一回しか一緒に戦っていないのに何がわかるんだよ」


「わかります。シン君の戦闘記録は見せてもらいましたから」


 マジかよ……マキナの帰りは遅いから、大会に向けて練習しているのかと思ったら、そんなことに時間を費やしているのかよ。

 俺みたいに弱いやつがマキナの動きを研究するならともかく、マキナみたいに強いやつが弱い俺の動きを研究するなんて、はっきり言って時間の無駄だろ。

 俺の光輝を使った戦闘なんて、一方的にライフルを撃って相手を殲滅して終わりだ。戦闘の参考になんてならないだろうし、マキナ程の技量を持つ人間なら、技術の拙い俺から学べることは無いだろう。


「確かめてみますか? シン君の実力を」


「どうやってだ?」


「それはもちろん、戦ってです」


「だろうと思った……却下に決まっているだろ」


 戦いたくないって毎回言っているのに、どうしてみんな俺のことを戦いに誘うのだろうか。別に実力がある訳じゃないし、才能もある訳じゃない。

 実力は下から数えた方が早いし、才能だって俺よりも凄いやつが学園にはたくさんいる。


「……シン君は、もう少し自分に自信を持った方がいいと思います」


「それは俺よりももっと実力を持つ奴に言ってくれ」


「どうしてシン君はそんなに自分に自信がないんですか?」


「当たり前だろ。俺の実力なんて、たかが知れているからだ」


「シン君が弱いんだったら、ほとんどの人が弱いって言われちゃいます」


「……買い被りすぎだよ…………もうすぐバトルも終わるだろ。戻るぞ」


「あっ……待ってください、シン君!」


 自信が無いんじゃない、実力が無いんだ。

 とにかく俺は、CAの操縦スキルが身に付けばそれでいいし、戦わないで済むならばそれに越したことはない。

 だいぶぬるくなったコーヒーを一気に飲み干すと、缶を空き缶入れに放り投げる。マキナもペットボトルに蓋をして、俺を追いかけてきた。


「大会に出たいって言っているのに、マキナは大丈夫なのか?」


「はい、後はシン君が出てくれるだけで参加できます。参加申し込みの書類にサインするだけです」


「だから、俺は大会なんて出ないって言ってるだろ。いい加減諦めろよ」


「嫌です、どうしても優勝するには、あの火力が必要なんです」


「火力なんて無くてもマキナは十分強い。俺なんかよりも強い相棒を見つけた方が、よっぽど勝ち残る確率が高くなるぞ。なんだったら俺の友達で良い奴を紹介してやろうか?」


 きっとマキナと組めるとなったら大喜びして組んでくれるだろう。

 マキナは強いし、可愛いから、組みたいって奴はたくさんいるだろうし、戦闘狂しかいないCA学科バカのあつまりだから大会に出て優勝したいって奴もいるだろう。


「嫌です、私はシン君と組むと決めましたから」


「……マキナ、仮に俺と組んだとして、優勝できる見込みはあるのか?」


 俺たち学生の実力なんてたかが知れている。

 アマチュア部門だとしても、何回も参加している世界大会経験者だっているだろうし、俺たちの上には2、3年生だっている。

 1年と2年生以上の間には比べ物にならない実力差がある。特に3年生の中には既にプロ入りが決定している先輩や、小さな大会ではあるが何回も優勝している先輩もいるほどだ。

 もし、大会に参加して、優勝を目指すのであれば、先輩に頼んだ方が早いだろう。


「…………目標は地区大会で優勝することです」


「小さな目標だな。世界大会で優勝するくらいの意気込みじゃないと勝ち残れないぞ」


「じゃあ世界大会で優勝します!」


「そうか、頑張れよ」


「他人事じゃないんです。シン君にも参加してもらいますからね」


「ふざけるな。俺は大会になんて出る気はさらさら無いし、優勝できるような実力も無い。誰かと一緒に大会に出たいなんて中途半端な気持ちだったらやめちまえ」


「そんな理由じゃありません!」


「じゃあどんな理由なんだ?」


「それは……」


「言いたくないのか」


「……はい、すいません」


「無理に言う必要はない。だけど覚えておけ、理由が説明できないんじゃ、俺は絶対に大会には参加しない」


「じゃあ、説明させてください」


「アホか、説明したくないって言ったばかりなのに、説明しようとするやつがいるか。黙っていたいってことは、言いたくないってことだろ」


 そんなことを言っている間にもバトルの会場である、訓練コートについてしまった。

 戦いは今まさに佳境を迎えているといった感じで、少し長めのビームサーベルを持った女子と2本のビームダガーを交差させた男子が切り結んでいた。

 ビーム同士は互いに干渉し合う性質がある。

 だからライフルの弾がぶつかり合うと対消滅するし、サーベル同士だと対消滅を起こした際のエネルギーで反発し、切り結んでいるように見える。

 サーベル同士で切り結んだら出力の高い武器の方が勝つのだが、男子はダガーを交差させることで防御できる時間を長めている。

 だけど所詮は時間稼ぎでしかないわけで、次第に押し負け、サーベルが脳天を直撃。撃墜判定が出てバトルは終了した…………かに思えた。

 戦いが終わってその場に立ち止まってしまった女子の腹部にビームの弾丸が直撃、撃墜判定が出た。


「死んだふり作戦大成功!」


 なんて調子に乗った声で叫びながら、銃身に斧のついた2丁拳銃をくるくると回してホルスターに収める叶多。

 どうやら最初から負けたふりをしていて、機会を狙っていたみたいだ。


「いぇーい、やっほう!」


 なんて調子の良い叶多とは裏腹に、周囲は大ブーイング。そりゃそうだ。勝利こそが正義なこのCA学科でもかなり卑怯な戦術だ。

 チーム戦での奇襲や、開始直後の不意打ちでやられたら、それはやられた側の注意不足で済まされるのだけど、終わったと思わせておいての不意打ちは、気を抜いた直後の一撃だから注意のしようがない。

 俺たちは戦争ケンカ戦争ケンカだと言ってはいるけれど、これはあくまで公式のルールにのっとった試合だ。

 公式の勝率にも反映させられるから、正々堂々とした戦いが求められる。


「なんだよー、お前ら文句あるのか!?」


 なんて逆ギレ気味に拳銃を乱れ撃つ叶多。

 力場が干渉して、ビームが波紋状に拡散した。

 拳銃の弾は力場に阻まれて当たらなかったけど、最前列にいるとはいえ、結構離れた場所にいるやつらに直撃するコースだった。

 CA選手は、CAを装着していない人や動物に対して、武器を当ててはいけないという暗黙の決まりがある。もちろん直接的な打撃もだ。

 プロのボクサーが素人を殴ってはいけないのと同じで、防具を装備していない人間をCAのパワーで攻撃したり、拳銃並の速度のライフルで撃ってはいけない。当たれば大怪我どころじゃ済まされないからだ。

 叶多の場合は、力場に干渉して当たらないことを前提に撃っているだろうけど、力場が解除されていたらどうするつもりだったのだろうか。


「そこまでにしなさい。宙野、あなたの勝ちよ。成績には反映させるけど、もう少し正々堂々と戦いなさい。あなたは競技選手を目指しているのだから」


「はい! わかっております、天草教官殿!」


 ヘッドセット型のマイク越しに聞こえる天草先生の冷たい声と、そのマイクに拾われて聞こえてきた、ふざけたような叶多の声。

 叶多はビシッと敬礼なんてしている。


「……これからは自主練の時間よ、各自準備運動をしたら練習を始めなさい」


 天草先生の指示でそれぞれ準備を始める生徒たち。

 俺とマキナも、その流れに乗ってグラウンドへと向かった。


「ではシン君、さっそく練習しましょう」


「何をだ?」


「それは決まってます。もちろんバトルです」


「断る」


「おーい、マコトー。戦争ケンカしようぜー」


「勝手にしてこい」


 それからも、俺を誘い続けるマキナと叶多をあしらいながら、授業終了まで俺は走り続けたのだった。




 授業も終わって特にやることもない俺は、マキナから逃げるようにして帰っている。

 とりあえず帰ってしまえば、マキナと練習する必要はないし、叶多のせいで戦争ケンカに巻き込まれる心配もない。

 どうせ帰っても暇なんだしどこかに寄ってから帰ろうとバスではなく歩きで帰ろうとしていたのだが、嫌なものを見てしまった。

 体格の良い男たちに囲まれて、どこか気弱そうな星光学園うちの中等部の男子生徒が路地裏へとつれてかれている。これは、いわゆるあれだろう。

 興味本意で後をつけていくと……やっぱりな。リーダー格と思われる小柄な男がにやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら男子生徒を睨みつけ、周囲の取り巻きも下卑な笑みを浮かべている。


「ご、ごめんなさい。今月はもうお金が無くて……」


「それはね、わかってるんだよ。だからさあ、そこをなんとか頑張ってもらわないといけないって話なんだよ」


「で、でも……」


 ……なんてわかりやすい会話だ。いわゆるカツアゲだな。

 金が欲しいから無理してでも金を持ってこいと。

 まあ、金が欲しいって気持ちはわかる。だけど方法が間違っているだろ。

 欲しいなら真面目に働いて稼ぐしかない。


「これは、見過ごせませんね」


「ああ」


「行きましょう、シン君」


「そうだな……ん?」


 俺は誰と話をしているんだ。

 不思議に思って小さく周囲を見渡すと、


「何をしているんですか!」


 目の前にはビシッと指差しながら腰に手を当てて仁王立ちしているマキナ。

 なんでマキナがここにいるんだよ…………じゃなくて、何してるんだよマキナは。


「あぁ!! なんだお前は」


「私は……誰でも良いです。とにかく、お金を巻き上げるなんて見過ごせません!」


 マキナは正義感がとても強いのだろう。そんな正義感で周囲が見えなくなっていてもだ。

 マキナは気づいていないみたいだが、既に四方を囲まれ、逃げ道は塞がれている。

 ここで出ていってもさらに状況は悪くなるような気がするから、一応待機。だけどいつでも出られるように準備だけはしておこう。


「へえ……じゃあお前が払ってくれるって言うんだな?」


 自分たちが有利なのをわかっているのか、男たちは高圧的な態度を崩さない。

 だけどマキナも堂々としている。


「払いません! 本当にお金が欲しいなら真面目な方法で働いて……何するんですか!!」


 背後をとられていたマキナは2人の男に両腕を掴まれた。

 がっしりと固定されて身動きのとれないマキナはじたばたと抵抗するのだが、いくら鍛えているとはいえ女子の腕力で振りほどくことができるはずもなかった。


「……へえ、よく見るとなかなかの上玉じゃないか」


「アニキ、こいつヤってもいいですか?」


「まあ待て、まずは俺からだ」


「離して、離して下さい」


「まず脱がせちまおうぜ」


「いや、制服のままってのがいいんだろうが」


「お前趣味変わってるな……ハハハ」


 まあ、マキナみたいな可愛い女の子が、無防備にもああいう馬鹿の前に出ていったらそうなるよな。

 というわけで大事になる前に俺も出ていくとするか。


「いや……嫌…………助けて」


「自分から出ていって助けを求めるなんて、ちょっと無計画じゃないのか?」


「ああ!?」


「まあ、無鉄砲なマキナには良い薬になったと思うし、その辺で勘弁してやってくれないか?」


「誰だ、お前は!」


「そいつと……一応そっちの連れだよ」


 マキナのせいで空気になっていた気弱そうな男子生徒は指差されてビクッとしている。一応助けようとしているんだけどな。


「大事にしたくないからさ、そいつ離してくれないか?」


「こいつは今から俺たちのモンなんだよ! 文句あるのか!?」


「俺さ、これやってるんだ。わかるだろ」


 CAギアとドライバーを男たちに見せる。いつでもやれますよという意思表示で、CAギアを起動させた。

 これでビビってくれれば一番良いんだけど、まあ、それは無理だろ。だって……、


「そんなUSBがどうしたっていうんだよ! こっちは7人いるんだ」


 CAに対して無知な人間バカだろうから……って言おうとしたのに先を越されたよ。


「待ってくださいよアニキ。あれ、よく見るとCAですぜ」


「あ? CA? だからどうしたっていうんだよ」


「俺たち、CAで殴られたらひとたまりもないんですよ」


「だったら殴られなければ良い話だろうが」


「そうですけど!」


 CAを装備していない人間に装備した人間は危害を加えてはならない。これが俺たちの暗黙の決まりだ。

 だけどさ、必要悪ってのもある。

 悪……いや違うな。

 結果的に人を傷つけるのだから善でないことは確かだけど、悪ではない。

 強いて言うなら……人助けだ。


「Awaken(起動します)」


 ドライバーにCAギアを差し込んでCAを装着する。

 後は……。


「来いよ。これだけでビビるような小者じゃないならな」


「言ったなこの!」


 とまあ、簡単な挑発に乗ってしまっう馬鹿の攻撃を受け止める。飛んできたパンチを左手で掴むと、間接を固めるように捻った。


「がっ……ああぁぁぁ!!」


「おっと……」


 危ない危ない、ついクセでいつも通りの強さで捻ってしまった。慌てて離すけど、力が強かったのか男はその場でのたうちまわっている。


『A target isn't an attachment person of CA. Please cancel to attack.(対象はCAの装着者ではありません。攻撃を中止して下さい)』


 CAからの注意を無視して構える。そのせいで警報がガンガン響いて、視界の端には警告(Warning )の文字が溢れている。


「あいつらが先に攻撃してきたんだ。正当防衛だ、やかましいから警報を解除しろ」


『I understood. A warning is stopped.(了解しました。警報を解除します)』


「なにブツブツいってるんだテメェ!」


「気にするなよ、CA使うやつなんてみんなこんなものだから」


 とりあえず殴る蹴るはこいつらの骨を折る危険性があるから使えない。逆に殴られるのも装甲に当たって怪我をさせる危険があるから駄目。

 となると方法は自然と限られてくる。


「おっと……」


 不意をついたつもりのパンチをかわして足を払う、痛そうに、地面とキスなんてしているよ。

 のたうちまわっていた男が今度は空回りしたような大声とともに体当たりしてきた。だけどそんな動きも緩慢に見えるから、余裕をもって回避できる。


「さてと」


 マキナの腕を掴んでいる男たちに視線を向けると、腕は掴んだままに後ずさった。

 ゆっくりと近づいて、男たちの腕を掴む。


「俺が5数える間にマキナの腕を離せ。離さないと……わかってるよな?」


 徐々に力を込めていく。


「いーち……」


 男たちは苦悶の表情を浮かべて、


「にーい……」


 次第に男たちの額に汗が浮かんできた。


「さーん……」


 そろそろ辛くなってきたはずだ、


「よーん……」


 弱いやつならここで骨が折れるだろう。


「わかった。離す、離します」


「きゃっ!」


 急に離されて俺に抱きつくように放り出されたマキナ。

 やばっ、マキナの良い匂いがバイザー越しにしてきたような気がして少し焦った。ちくしょう、不謹慎すぎるだろ。


「それで、後3人。どうする、続けるか?」


 最初からビビっている奴は除外すれば後2人。

 傷つけないように戦うってのは意外と面倒だな。いつもはCAを付けているバカと戦っているから加減が難しい。


「そっ、それならこれはどうだ?」


 そう言ってリーダー格の男はズボンのポケットから折り畳みナイフを取り出した。

 そして縮こまっていた星光うちの男子生徒を引っ付かんでその切っ先を突きつけた。


「こいつがどうなってもいいのか!?」


 刃先を突き立てられた男子生徒はひっと小さな悲鳴をあげて顔を青ざめさせた。足はがくがくと震え、少しでも刃が肌に触れたら失禁でもしてしまいそうだ。


「近づくな、近づくなよ…………何で近づくんだよ!」


 マキナを後ろに庇いながらゆっくりと近づく。

 一歩、また一歩と近づく度に男の震えは大きくなり、男子生徒も恐怖に顔を歪めている。


「シン君! 止まってください!」


「止まればあいつは解放されるのか?」


「それは……」


「違うな、違うよな。俺なら更に要求する、CAを解除しろってな。そうしたら更に要求を重ねられる」


 男はゆっくりと後ずさり、最終的には壁に背中をぶつけ、足を止めた。

 それでも歩みは止めない。


「そいつに怪我させれば犯罪者、ここで止めれば今までのことを見なかったことにして見逃してやるよ。どうする? 悪い条件じゃないはずだ」


「わかった。わかったからほら!」


 男は男子生徒を解放すると、俺に向けて押し出した。

 男子生徒は俺にぶつかるようにしてよろけると、「すみません!」と謝って男から離れるようにして俺の後ろに収まった。


「……くそっ、覚えてろよ」


 なんて言って、俺の横を通り過ぎて逃げ出した男たち。覚えているわけないだろ、明日には顔を忘れているよ。

 …………にしても、


「あー、緊張した。慣れないことはするもんじゃないな」


 こんなことしたのは初めてだからもっと効率の良い方法があったのかもしれない。だけど、荒っぽい所に通っている俺には、こんな荒っぽい方法しかわからない。

 頭の良いやつならもっと穏便に片付けられたんだろうな。


「シン君……」


「ん……?」


「その、すみませんでした」


 振り向くと、マキナがうつむきながら、謝った。

 その声にはいつもの自信がなくて、本当に謝罪の気持ちが感じられた。


「何が、だ?」


「勝手に後をつけたこと、それに無計画に出ていったこと、です」


「自分でわかっているならならいい。ただ次は多分無いからな、俺も助けられる自信がない」


「でも、CAを使ったのは良くないと思います」


「だよな、自覚はある。でも俺にはこうするしかなかったんだ、他に方法がわかんないからさ……で、お前は大丈夫か?」


「ひっ……! その……すみません!」


「なんで謝る?」


「あの、特に理由は、ごめんなさい。じゃなくて、すみません!」


「いや、お前に謝られる理由がわかんないんだけど」


「シン君、もしかして彼は誤解しているのでは?」


「あ、誤解?」


 中等部のバッチを制服であるブレザーの胸につけた彼は、俺が何かリアクションする度にひっと小さな悲鳴をあげて後ずさっている。


「ぼ、僕そんなにお金持ってないからお礼なんてできないです。ごめんなさい!」


「何を思っているか知らないけど、俺はそんなやつじゃない」


 通っている学科は嫌になるほど荒っぽいんだけどな。


「とにかくさ……」


「あの、その……ごめんなさいっ!」


「あ、おい……」


 男子生徒は、頭が膝についてしまうんじゃないかと思うくらい深い礼をして、この場から走り去ってしまった。

 結構傷つくんだけど、これ。

 俺とマキナは顔を見合わせて、その場にいる理由もなくなったからさっさと帰ることにした。

 そうそう無いと思うけど、二度三度と巻き込まれたらたまったもんじゃない。荒っぽいことは慣れているけど荒事は得意じゃない。

 疲れたから帰って休みたい気分だ。


「……いいんですか?」


「何がだ?」


「結局、あの子はシン君のことを誤解したままじゃないですか」


「…………別にいいんだよ。俺みたいな荒っぽいところに行っている奴と関わる必要はない。普通じゃないからな」


 だけどやっぱり俺は普通のがわにいたいから、こんな現実に抗ってみる。

 普通じゃない自覚はあるけど、普通になろうとしても誰も咎めないよな。


「でも、やっぱりシン君は凄いですね」


「どうしてだ?」


「CAを使って手加減なんてできるんですから」


「普通じゃないのか?」


「普通じゃないです、凄いですよ。私にはできないと思います」


「できるかできないかなんて、やってみないとわかんないだろ。俺なんかよりも凄いやつは沢山いるさ」


「それでも、シン君は凄いと思います。だから、もう少し自分に自信を持ってください」


 なんて言われても俺は凄くなんてない。

 勝率は、かなり低い方だと思う叶多と比較してもあまり高くないし、授業の成績だって普通より少し低いくらいだ。5段階評価だと2かギリギリ3といったところだろうか。


「そんなこと言ったらマキナの方が凄いだろ。この前調べたけど、勝率は7割強、ほとんどトップクラスじゃないか。何個か戦闘記録も見せてもらったけど、ほとんど圧勝、一方的に倒している。負けた試合も、実力不足というよりは、相手や条件が悪かったみたいだしな」

 

「そんなことないですよ。私だって精一杯でしたから」


「だとしても事実だ。数字は嘘をつかない」


 親父の受け売りだけど。


「マキナは凄いよ、自信をもっていいし、誇っていい。勉強も家事もできるし、あと……」


 可愛いよななんて言おうとして寸前で飲み込んだ。

 何言おうとしているんだよ俺は。これじゃあまるで…………、


「あと……?」


「いや、なんでもない」


 恥ずかしくなって適当に誤魔化した。

 俺の方を見ながら、ちょこんと首をかしげるマキナが反則的に可愛い。なんていうか小動物みたいな守ってあげたくなるような、そんな可愛さについドキッとしてしまい、真っ赤になってしまいそうな顔を隠すので精一杯だった。


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