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プロローグ 1

 はあ、憂鬱だ。

 どうしてこんな状況になってしまったのだろうか。

 決まっている、俺のせいだ。

 約4ヶ月に1度行われる定期考査の実技を、理由があるとはいえ休んでしまったからだ。

 その追試、10割とはいかなくとも成績の8割でも反映させたければ、実技試験を受けろ。

 それはわかる。

 その追試、受けなければ進級に関わる最後の試験だ。

 それもわかる。

 でも、

 でもなんで、

 1度も会ったことのない女の子と一緒に試験を受けなきゃならないんだよ!?

 隣には凛とした黒髪の可愛らしい女の子が立っていて、特に理由もないのに緊張する。隣のクラスの神野かみのマキナとか言っていたけど、俺は自分のクラスに、ましてや他のクラスのことに全く興味がなかったから、こんな可愛い子がいたこと自体知らなかったしな。


「長谷川君」


 神野がこのだだっ広い試験場である、ドーム型の訓練コートに吸い込まれるような、凛とした透き通る声で俺を呼ぶ。


「……っ、はい」


「こっちをチラチラと見ないでください。試験前ですよ?」


 彼女が可愛いからついつい見とれてしまっていたことに気づかれていたうえに、怒られてしまった。

 しかも、普段は使わないような「はい」なんて敬語まで使って。

 どれだけ動揺しているんだよ俺は。

 それからしばらくの沈黙。特に何かをすることもなく、誰も来ない状況にとても暇になってきた。


「なあ、神野」


「……なんですか?」


「神野はなんで追試をうけるはめに?」


「……試験を休んだからです」


「そうか……じゃあ俺と同じだな、俺も休んだからなんだ」


「長谷川君、さっき試験前だと言ったばかりです、そろそろ集中したいので話しかけないでください」


「……そうだな、悪い」


 彼女のその態度に、まさに取りつく島もない。

 話しかけるなとまで言われた以上、彼女にコンタクトをとることは無理そうなので、俺は特に意味もないことでも考えて時間を潰そうと思う。


 新暦108年。

 西暦から名前を変えて人類は新たなステップへと踏み出したとあるが、人類の生活基盤はそれほど変化していない。というよりも生活スタイルは西暦の21世紀半ばからそれほど変化していないそうだ。

 唯一、とある科学者が開発した画期的なシステム、量子転換システムにより、様々な分野、特に歩兵の運用する兵器は大幅に進化した。

 キャバリィ・アーマー(Cavalry armor)、通称CA。

 歩兵が着込むことで運用するこの兵器は、新たに開発された高い剛性と柔軟性を持つ軽量な素材により高い防御力と優れた機動性を誇り、デビュー戦である中東地域での紛争鎮圧を数個小隊で解決するという華々しい成果をあげた。

 そんな華々しいデビューを飾ったCAはPMC(民間軍事会社)や警察を中心に採用は広まり、今では民間企業でのパワーアシストスーツとして採用されているほどだ。

 なんで俺がこんなことを考えているのかというと、今現在、俺こと長谷川慎が通っているこの星光せいこう学園の、CA学科に所属しているからだ。

 では、この星光学園は軍学校なのかというと、そうではない。

 確かに、この学校の卒業生は自衛隊や国連軍に参加する人もいるのだが、一般企業やPMCに就職したり、CAの競技選手になる奴の方が圧倒的に多い。

 CA競技。

 CAを用いた大規模ロードレースから、なんでもありのバトルロワイヤルまで行う、いわゆる総合競技だ。

 今やサッカーや野球に並ぶ競技の1つであり、オリンピックにも新暦50年頃には加えられているほどの人気だ。

 スポンサーが多いためか、優勝賞金も凄まじく、毎年行われる長者番付でも、名だたる企業の社長やCEOを差し置いてトップ10に名を連ねている人もいる。

 話を戻すと、この星光学園のCA学科は、そういった競技選手を育成する機関でもある。

 この星光学園、プロフェッショナルを育成する機関であるから規律が厳しいと噂されるのだが、実際はそうではない。

 自由な発想を得るためと服装や髪型にだらしなく、

 技能を高めるためとCAを使った試合という名目の喧嘩……もとい戦争は推奨され、

 戦術眼を磨くためと限定的ながら賭け事まで容認されている。

 そんな無法者、いや学園の規則で容認され、国からも認可を得ているから有法者の集まりが、この星光学園のCA学科だ。

 と、まあ無駄なことを考えていても、それほど時間は過ぎないわけで、結局暇をもて余してしまう。暇で暇で仕方ない俺は、神野のことを見てしまうわけで…………。

 神野は初対面の俺でもわかるくらいの美少女だ。黒く艶のある綺麗な長髪に凛として整った目鼻立ち、ラメ加工されているんじゃないかと勘違いしてしまう唇に俺は見惚れてしまう。

 そんな神野は…………現在、顔を真っ赤にして、もじもじとしている。

 どうしたんだ?


「な……なんですか?」


「いや、なんでも……あー、顔赤いぞ?」


「放っておいて下さい!」


 再び怒られてしまった。

 だけど、隣で顔を赤くされていても、気になって仕方がない。もしかしたら、熱でもあるのだろうか。

 試験の日も休んでいたみたいだし、もしかしたら風邪で休んでいて、その熱がぶり返したのかもしれない。そう考えるとなんか心配になってきたな。

 これから実技試験を受けるわけだし、試験中に体調不良で倒れられてしまっても大変だ。


「神野、お前熱でもあるんじゃないか」


「ね、熱なんてありません!」


「嘘をつくな、顔が真っ赤だぞ」


 悪いと一言謝ってから、神野の額に手を当てる。神野は「ひゃあ……」と真っ赤な顔をさらに真っ赤にして、口をぱくぱくとさせている。


「熱は……無いみたいだな」


 俺が手を離してからも、神野は口をぱくぱくとしたまま、あわあわとしている。


「あ、あのっ、その、長谷川君……」


「どうしたんだ?」


「用事を思い出しましたっ! 少し席を外させて下さい!」


「あ、ああ……」


 そう言うと神野は、まさに全力疾走といった様子で走っていってしまった。どうしたんだ……?

 それからしばらくの間、誰も来ないであろう試験場に、1人立っていたのだが、


「待たせたわね、あら? 神野はどうしたの?」


 1人の女性が試験場に入ってきたことで、そんな時間は中断させられた。

 そんな女性、俺のクラスの担任の天草美南あまくさみなみ先生は、いつも通りの冷たい声と鋭い瞳で俺を睨むように見ていた。


「さあ、知りませんよ、ついさっき顔を真っ赤にして出ていったところです」


「そう、わかったわ」


 天草先生がタブレット型端末を操作していると、試験場に入ってきた神野がそれに気づいて、慌てて猛ダッシュと言った感じで走ってきた。

 なんか、忙しない奴だな。


「す、すみません、遅れました!」


「構わないわ、まだ時間ではないもの。でも、2人揃ったみたいだし、少し早いけど試験を始めるわね」


 俺たちの返事を聞くと、天草先生は端末を操作して、こちらに向けた。


「実技試験の内容は仮想敵の殲滅、これを2人1組で行ってもらう」


「はあ?」


「なっ! なんで私がこんな素性もわからないような人と組むんですか!?」


「反論は許さないわ、元はといえば、あなたが実技試験を欠席したのが問題なのでしょ?」


「それは……」


「それに、2人1組でやるのがこの試験よ、あなたたちに選択の余地はないわ」


 そりゃごもっともで。

 だけど、追試というか再試験を受けるのが1人だったらどうしたのだろうか。

 まあ、その時は1人でやらせられるのだろう。


「で、俺たちは何をすればいいんですか?」


 いまだに納得できなさそうな顔をしている神野とは裏腹に、俺はこの試験を早く終わらせてしまおうと考えている。

 とはいったものの、試験が終わってから特にやることはないから、早く終わらせる意味はない。


「簡単なことよ、CAバトルのレギュレーションに沿ってターゲットドローンを攻撃してもらうわ」


 なるほど、要はシューティングゲームみたいなものだな。

 だけどこれはゲームとは違う。

 実践形式の試験だから、ただ勝てばいいってものじゃない。


「それで、制限は?」


「長谷川君、どういうことですか?」


「試験だって言ってるし、CAバトルのレギュレーションに沿ってってことは何かしらの制限があるはずですよね」


 例えば、銃火器は使えないとか、武器の重量が一定以下とか、大会の規模によっては全く制限が無い場合もある。


「ああそう、言い忘れるところだったわ。この試験、どちらかが撃墜判定になったところで、終了だから」


「なっ! どうして長谷川君が堕ちたら私まで終わりなんですか!?」


 ちょっと待て。

 なんで俺が堕ちる前提なんだ。

 会ったこともないから実力はわからないが、こうも言われる筋合いはない。


「これ以上の質問は受け付けないわ。CAを起動させなさい」


 どうやらこれ以上は何を言っても無駄そうだ。さっさと試験を終わらせて帰りたい俺は、CAを起動させる。

 CAは歩兵が着込むと言ったが、実際に着るわけではない。直方形のCAギアと呼ばれるものにまで小さく変換された装甲を、手順をふむことで纏うのだ。

 CAギアの先端にあるスイッチを押すと、起動(Awaken)の文字が映し出される。それを確認した俺と神野は、スイッチと反対側の先端をベルトの側面、ドライバーと呼ばれる専用の端末に挿入した。その瞬間、量子に変換されていた装甲が装着される。


『Awaken(起動します)』


 様々な数値とともに、機械的、電子的な音声が頭のなかに流れ込んできた。


『Each part is in good order(各部異常無し)』


 そりゃそうだ。

 だってしばらくCAは使っていなかったからな。メンテナンスは最近したばかりだし、そのときも特に問題はなかったのだから。

 隣では神野もCAの装着を完了させている。神野のCAは、深い青、蒼の装甲が制服の上から手甲、胸当て、ブーツのように装着されている。

 頭にはヘッドギアが装備され、長い黒髪は一纏めになっていた。

 この型は一般には販売されていない、要するに専用機だな。


「なんで長谷川君はそんなものを使っているんですか!?」


 対して俺のは競技用に開発された一般モデル、しかも無改造だ。

 全身を包むグレーの鎧。頭部はヘルメットとバイザーで覆われている。

 ……以上、特長がないのが特徴なものだ。個人用のチューン? そんなものしていない。


「文句あるのか?」


「あります! 大ありです!」


 唯一の長所といえば、オートフィッティング機能によって体格が近ければ、ある程度誰にでも使えることくらいだ。

 まあ、今時の一般モデルなんてオートフィッティング機能は普通なんだけどな。


「無駄話はそこまでにしなさい、今試験会場を展開するわ」


 天草先生が端末を操作すると、ドーム一杯に障害物が展開する。これも量子変換の技術だ。

 そして、ばらまかれるように現れた直方体の体に、取って付けたかのような手に警棒と銃を持つ、四足歩行のターゲット、通称ドローンだ。


「これは学年末の試験だから、設定は少し強めになっているわ。全力を出しなさい」


 そんな受け取っても嬉しくない声援を送ると、天草先生は端末を操作して、その場を離れた。

 どうやら試験開始らしい、ドローンが動き始めた。


「さてと……行くか」


「長谷川君、私が片付けますから、あなたは自衛だけしていてください」


 神野はそう言うと、CAのパワーに任せて高く跳び上がり、障害物を蹴ってさらに高いところに上っていく。

 俺はというと、先生が見ている以上サボるわけにもいかないので、とりあえず走り始める。

 俺のCAに高く跳び上がるパワーなんてないから走るしかない。


『The foe which is 3 at the front(前方に敵、反応は3)』


 妥当な数だな。

 目の前に映し出される、というよりも脳内に直接送られてくる情報が、まるでゲームの画面のように表示される。敵との予測距離、予測交戦開始時間、そして予測挙動。

 腰に携えられた拳銃型の武器を左手に持つと、障害物の影に隠れて、目の前にいるであろうドローンの様子をうかがう。

 ちなみにこの拳銃、撃ち出すのは実弾ではない。ビーム状のエネルギーを撃ち出すのだ。

 軍用のCAであれば、光粒子フォトンを超低速で撃ち出すのだが、競技用のCAではそのビームと同程度のエネルギーを撃ち出したように見えるように光の演出を飛ばし、当たるとダメージ判定が出るものだ。

 とはいってもこの光の演出、疑似ビームというらしいのだが、粒子のくせに質量を持っているという厄介なもので、当たると結構痛い。まあ、そのおかげでビームサーベルなんてSFな武器もできたんだけどな。

 俺の現在の武器は、拳銃型のビームピストルにビームサーベル、そして左腕に備え付けられている小型のラウンドシールドだ。

 さて、俺も戦うか、成績と進級のために。

 ビームピストルでドローンの顔にあたる部分を狙う。そこには二重丸の目玉模様がついていて、その中心を攻撃するか、本体にある一定以上のダメージを与えれば撃墜判定となる。

 今回は前者を狙い、ドローンを誘導してから撃つ。不意討ちだということもあってか、結構簡単に1機堕とした。

 続いてビームサーベルでもう1機をぶん殴る。ただし疑似ビームなので切断できるわけでもなく、撃墜判定が出たドローンが機能を停止するだけだ。

 スローモーションのように見えるドローンの攻撃を回避してさらにもう1機にビームピストルを撃った。

 現在のCAには、古い技術なのだが、ものの動きがスローモーションに見えるように、脳の信号を調整するシステムがある。それによって俺たちの目には銃弾は少し速いテニスボールぐらいに見えている。

 ビームも超低速で撃ち出されているからか、実弾の拳銃よりも少し早い程度の速度で、俺たちの目にもそんなに速く映らない。落ち着いていれば、視認してからCAのパワーとスピードで避けられる程度だ。

 なんでもビームは高速で撃ち出そうとすると、拡散してしまう性質があり、この超低速が撃ち出すことのできる限界の速度らしいのだ。

 そのおかげで俺たちは、亜光速とか超音速なんて滅茶苦茶な速度のビームを受けることなく済んでいる。

 ふと上空を見上げてみると、神野がアクロバティックな空中戦を繰り広げている。とはいってもCAは飛ぶことはできない、完全な陸戦用の兵器であるために、跳ぶという表現が適切だ。

 だからこそ神野は障害物を蹴って跳び上がり、2丁拳銃を空中で数発ビームを撃つと、障害物に上手く着地して再び跳び上がる。ひねりを加えながら空中で姿勢を整えると、腰背部から2本のビームダガーを取り出して、ドローンにめがけて投げつけた。ダガーは目玉に当たることはなかったが、2本とも1機のドローンに命中して、撃墜判定となった。


「凄いな……」


「長谷川君! ぼーっとしている暇があるんだったら身を隠してください、戦いの邪魔になります」


「って言うけどな、これ試験なんだからさ、俺も戦わないと意味がないんだよ、減点されるだろ」


「じゃあ、私から離れたところで邪魔にならない程度に戦ってください!」


「そうは言うけどさ……危ない!」


 俺を怒るのに集中していた神野が、気づかないうちに囲まれそうになっていた。

 落ちていたビームダガーを拾い上げて、神野の前方にいるドローンに投げつけると、ビームピストルを撃って道を確保した。神野は俺が確保した道に、障害物を蹴って飛び込むと、俺の近くにある障害物の影に隠れた。


「す、すみません」


「謝るより先にやることがあるだろ」


「そ、そうですね」


 神野はロングライフルを展開させて構える。

 武器をどこからともなく取り出したように見えるが、実際は量子変換されていたライフルをもとの形に戻しただけ、つまりCAの装備方法と全く同じ理屈だ。

 神野はそのロングライフルを一発、俺にめがけて撃った。


『Opponent behavior. Is it authorized with an enemy?(敵対行動と判断。敵性体と認定しますか?)』


 俺が慌ててよけると、後ろでドローンが撃墜判定を受けた音がした。振り返るとドローンが腕の警棒状の武器、スタンロッドを構えて俺に打ち付けようとしていた。


「これでおあいこですね?」


「あ、ああ…………いや、敵じゃない、彼女は味方だ」


『I see. It's judged as that and support(わかりました。以後味方と判断します)』


 唖然としている俺ににっこりと笑顔を向ける神野。ああもう、笑顔が反則的に可愛いな。

 すぐに真剣な表情になり、俺たちを囲もうとするドローンを睨み付ける。


「それで長谷川君、何かここを切り抜ける方法はありますか?」


 ようやく俺を同列か、それ以下だとしても戦力と扱ってくれた神野。

 俺は1つの提案を持ちかける。


「背中合わせってのはどうだ?」


「悪くはないですね」


 背中合わせ。

 互いの死角を、カバーしあう戦法。背中を気にする必要はない、息を合わせる必要もない。

 ほぼ初対面で、連携もできない俺たちにできる一番ベターな手段。


「それじゃあ、行くぞ」


「はい」


 神野の後ろに回り込み、背中をカバーするように立ち、ビームピストルと、ビームサーベルをいつも通りに構える。

 スタンロッドを構えて突っ込んできたドローンにビームピストルを撃って機能を停止させる。

 目の前で棒立ちになっていると邪魔だから蹴り飛ばして、目の前で銃を撃ったドローンにぶつける。ドローンは精密機器の塊だとはいえ、CAのパワーで蹴ったところて壊れない、壊れないよな?

 スローに見える銃弾は……大丈夫、防御できる。左腕のラウンドシールドで防御して、少し後ろの様子をうかがうと、神野は手甲で銃弾を上手く受け止めながら、ロングライフルで確実にドローンを落としている。


「長谷川君! こっち見ている余裕があるんですか!?」


『The front carelessness. Be careful(前方不注意です。気を付けてください)』


 また怒られてしまった、しかも今度はCAにまで。でもまあ、怒られて当然か。

 俺は目の前の敵に集中しようとするのだが……、


「ちょっと待て、様子がおかしい」


『They're abnormal circumstances. I wait for your judgement(異常事態です。判断を求めます)』


 目の前からは、先程俺が蹴り飛ばしたはずのドローンがゆらりとこちらに迫っている。俺の足跡がついているんだから間違いない。


「え……何で」


 神野の目の前でも同様の事態が起きているのであろう、言葉で予測できる。

 俺の目の前でも撃墜判定されたドローンがちょうど起き上がったところだ。


「天草先生、どうなってる? 倒したはずのドローンが動いてるぞ、ゾンビじゃないのか?」


 ゾンビとは撃墜判定されたやつ、つまり死んだことになっているやつが、その場からの退避以外の、戦闘に影響する行為を行うこと。

 この状況でいえば、倒したはずのドローンが再び動き始めている、ということだ。

 それに対して天草先生からの返事はない。

 くそっ……、

 これも試験のうちだっていうのかよ。


「長谷川君、どうしましょう……」


 後ろで神野が心配そうな声をする。


「……おい天草先生、これがもし事故だっていうんなら、壊れたドローンはぶっ壊してもいいんだよな?」


『……好きにしなさい』


 試験場のスピーカーから天草先生の声が聞こえる。

 許可は貰えた、後は準備をするだけだ。


「神野、俺は一瞬無防備になる。30秒でいい、カバーしてくれ」


「え? ちょっと、こんなときに何を言って……って、何をしているんですか!?」


 俺はCAを解除する。

 その瞬間に世界のスピードが元に戻った。

 ドライバーからCAギアを抜き取ると、もう1つ、別のCAギアを取り出す。


「2つ目のCAギア!?」


 神野が驚いたような声をあげる。

 そりゃそうだ、どんなプロのCA選手でもCAギアは大抵1つだけしか持っていない。

 CAが高価だからじゃない。

 競技の規則で禁止されているわけでもない。

 1つで十分だからだ。

 2つ持っていても体は1つだから両方使えるわけじゃない。

 ではなぜ俺が2つ目のCAギアを持っているのか。

 それは……。


「これは、できれば使いたくなかったんだけどな……」


 結局使うことになるのかよ……。

 CAギアを腰のスロットに挿入すると、俺は鎧に包まれる。灰色に近い白の手甲、両足を覆う屈強なすね当て、機械的ながら生物的なフォルムを残した胸当て。


「専用機……って、下半身は一般のモデルじゃないですか!! しかも1世代前の! 専用機だと思わせて期待させないでください!」


「神野、絶対に俺の前に立つなよ」


「……え?」


「神野を、傷つけたくない」


 俺がドローンの包囲網を強引に抜けようとすると、神野も慌ててついてきた。

 目の前でスタンロッドを振りかぶるドローンを力任せに押し倒すと、背後から狙い撃とうとしていたドローンに神野が拳銃を撃つ。

 包囲網を抜けると、俺はライフルを取り出す。それもただのライフルじゃない。

 神野が持っていたロングライフルよりも、太く長く大きいライフルだ。

 それをこのCAのパワーに任せて片手で持ち上げると、神野が俺の後ろにいることを確認する。


『お久しぶりです、マスター』


 今度は先程の一般モデルとは違い、日本語で情報が流れ込んでくる。


「挨拶はいらない。さっさと準備しろ」


『全て完了です。後はマスターの判断を待ちます』


 ドローン全機が射線上にいることを確認して、ライフルの上部に俺の拳よりも一回り大きいカートリッジを装填。ライフルの安全装置を解除するレバーを引くと、エネルギーが収束する音が聞こえてくる。目の前に表示されたライフルのマークがレッドからグリーンに変わるのを確認してから、トリガーを引いた。


「うぅっ……」


 後ろの神野がうめき声をあげた。目が眩んでしまうかのような、極太のエネルギーの奔流が俺たちの目の前に広がっている。

 そのエネルギーはドローン全てを呑み込み、恐らくカメラを焼き、センサーを焦がし、内部機器をショートさせているだろう。


『全エネルギーの放出を確認、敵性体は全滅、ターゲットの反応はありません』


「……これで満足か?」


『…………ええ、試験終了よ』


 試験場に散乱していた障害物が消えるのを確認してから、俺と神野はCAを解除した。

 ああ……目がチカチカする。


「ご苦労様、試験結果は追って通達するわ。今日は帰りなさい」


 いつのまにか戻ってきていた天草先生は、いつも通りの冷たい声で、凍てつくような視線で俺を睨み付けた。


「わかりました」


「はい、ありがとうございました」


 俺と神野は揃って学校を出た。

 それはいい。そこまではいい。

 でもなんで、

 なんで神野と一緒の道を俺は歩いているんだよ。


「……なんでついてくるんだよ?」


「それはこっちの台詞です、どうしてマコト君が……」


「帰り道がこっち……ん?」


 神野の言葉に違和感を感じた。

 なんで俺のことを名前で呼んでいるんだ……いや違う。


「マコト君?」


「ちょっと待て、俺の名前はマコトじゃないぞ」


「え……? 長谷川君の下の名前はマコト君じゃないんですか?」


「俺の名前はシンだ。長谷川シン、マコトじゃない。あと、俺をマコトって呼ぶな」


「そうなんですか? すみません、漢字だけを見て勘違いしてしまったみたいです……」


「……いや、そんなに落ち込むことじゃない。俺の名前なんてみんな間違えるからな。それより、俺のことをなんで名前で呼ぶ?」


 俺の隣を歩いていた神野はとととっと俺の前に立つと、ニコッと笑って、


「シン君、光栄に思ってください」


「何をだ?」


「シン君には私のパートナーになる権利をあげます」


 そんなことを言うものだから……、


「は……?」


 俺は間抜けな声をあげてしまった。


「あと、私のことはマキナって呼んでください。パートナーですから当然の権利です」


 この日から、俺こと長谷川シンと、神野マキナの、平凡じゃない、できることなら送りたくない非凡すぎる毎日が始まった。




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