-二章-[学校前]
藍沢が瀬川姉妹に止めを刺そうとしたそのとき、空間に歪みが生じたと思うと一人の青年が現れる。
不審に思って警戒する藍沢。
隊長が放った刺客だろうかと懸念するが、自分の知る限り予告なしでそんな遊びじみたことをする男でもない。
藍沢は瑞希に充てたナイフを離し、同時に瑞穂に向けていた銃口を下ろすと、二人に警戒するよう指示を出す。
そこでまずは、先ほどの戦闘で負った傷を癒す二人。
まだ遠くてはっきり視認出来ないが、黒のジーパンに黒いコートを羽織った見た目10代後半と思われる青年がゆっくりと歩み寄ってくる。
「貴方は……?」
青年に問いかける藍沢。
その藍沢の問いに唇の端を歪に吊り上げる黒づくめの青年。
「ちょっと遊びに付き合おうと思ってね」
青年はそう一言だけ言うと素早い動作で間合いを詰めてくる。
咄嗟に手に持っていたナイフで相手の短刀を受け止める。
「いきなり攻撃を仕掛けてくるなんて、礼儀知らずですね」
そして顔を確認するなり何かに納得したように頷く。
「なるほど、その顔は見たことがあります。……BLNですね?」
「ふぅん、分かるんだ」
相変わらず顔に笑みを浮かべたままその場から飛びのく。
そのとき、上空から制御室にいる三嶋の声が聞こえた。
その隊長の言葉を聞いてその場にいる全員が納得する。
藍沢はすぐに瀬川姉妹に敵対行動を取るよう指示すると、すぐに二人は各々の天界武器を構える。
こうして藍沢を筆頭としたBLNとの戦いが始まった。
瀬川姉妹が同時にグレネード弾を射出する。
それにあわせて藍沢はナイフで一閃。
シェイドはその藍沢の一撃をまずは受け止めた後に、飛来するグレネード弾を横っ飛びでかわす。
だが、藍沢はさらに追撃を加えようとコマンドカービンでシェイドに照準を定める。
「瑞穂、時間制御を!」
その一言で瑞穂はMatheyを稼動させ、時の停止を試みる。
――が、
「無駄、無駄…… 何をしたかは知らないけど通じてないよ」
静止した時の中を自由に動き回るシェイド。
不思議に思った藍沢だが、瞬時に状況を把握。
恐らく目の前の相手は本体を投影した分身に過ぎない。
よって精神的な要素が強い時間制御の概念は通じないのだろう。
「瑞穂の時間制御は効かない相手のようです。
瑞穂は主に後方からの援護を、瑞希は負傷の手当てと後方援護に務めてください」
藍沢の的確で素早い指示に従う二人。
シェイドはその様子を見て、どうやら前線にいる金髪の女性が司令塔のようだと判断。
それに自分の攻撃を難なくいなしているところから、かなりの実力者だと伺える。
そこでシェイドは、あえて藍沢を通り抜けて、後方にいる二人の下へと駆け寄る。
元々接近戦が得意でない二人は、敵の急接近に慌てるも、そこは特務課のメンバーだけあってすぐに冷静さを取り戻す。
「瑞穂、そっちにいった」
「任せて、迎え撃つ」
グレネード弾を射出する瑞穂。
シェイドはその弾を身を捻ってかわすと、短刀を瑞穂に振りかぶる。
だが、それを予測していた瑞希は攻撃を仕掛けようと無防備になる瞬間を読んでグレネードを撃つ。
舌鼓を打って一旦攻撃をやめ、後退するシェイド。
高遠と八神ほどではないものの、二人の息があったコンビネーションは折り紙つきだ。
「見事です」
その間に二人の下に駆け寄ってきた藍沢。
右手にファイティングナイフ、左手にコマンドカービンを構えて相手を牽制する。
コマンドカービンの的確な射撃を辛うじてかわすシェイドだが、ついに膝下に銃弾が命中。
その場でひざまづく。
「驚いた、大した精度じゃないか……」
苦悶の表情を浮かべながら藍沢を睨みつけるシェイド。
「まさか、アンタが特務課の隊長かい?」
「さあ?どうでしょうかね」
藍沢はその質問を受け流して、コマンドカービンをシェイドに向ける。
止めとばかりにトリガーに力を込めると、藍沢が撃つ前にシェイドの体が四散する。
「!?」
その場の全員がその光景に驚きを顕にする。
死んだというよりも、まるでデジタルデータがその場から消失するかのような消滅。
妙な違和感を覚えた三人だったが、気が付けば瑞希のすぐ後ろにシェイドはいた。
「――ッ!」
すぐに回避行動を取ろうとするも間に合わずに瑞希の脇腹を短刀が抉る。
舌鼓を打ってすぐに瑞希の救援に向かう藍沢。
油断した、彼は投影能力を持つBLN――
おそらく空間の短距離間移動など容易いことなのだろう。
カラクリとしては、瀕死の重傷を負った分身を”あえて”消滅させ、本体が新たな投影を生み出したといったところだろうか。
我々の意表を突くために、瑞希のすぐ側に。
「敵は空間を自由に移動します。警戒を怠らずに!」
二人に注意を促す藍沢。
その間に瑞穂は瑞希の下へ駆け寄り瑞希の援護を。
瑞希は、自らの能力で傷の治療に務めていた。
時間軸の逆転により、みるみるうちに塞がっていく瑞希の脇腹の傷口。
それを見たシェイドは「厄介な力だね」と呟くと再び姿を消す。
そして瑞希のすぐ側でまた再形成されて、
「アンタは邪魔だ、潰す」
短刀を振りかぶる。
側にいた瑞穂がそれを咄嗟にMatheyで受けるも、じりじりと押し負けているのが分かる。
だがその間に藍沢が駆け寄ってコマンドカービンで牽制。
再び後退を余儀なくされるシェイド。
間違いない、この三人で一番の手練はあの金髪の女だ。
これだけ翻弄しているのに息一つ乱していない。
さて、どうやってあの金髪を撒いて先にこの二人を殺るか――
「……ここは私に任せてもらえますか?」
そんなシェイドの思考に割り込んできた声。
急にそう切り出したのは、傷を完治させた瑞希だった。
その言葉に妙な決意を感じた藍沢は、瑞希の提案に無言で頷く。
「よくもやってくれたな、結構効いたぞ」
少なからず怒気を孕んだ声でシェイドに呟く瑞希。
だがそんな瑞希にシェイドは嘲笑う。
「ふん、君程度が僕を威圧するつもりかい?」
「その余裕もいつまで続くかな?
……貴様に時の恐さを見せてくれる」
そう言って地を蹴ると、瑞希の行動を察して瑞穂も同時に動く。
と、そこまではシェイドにも見えていたが、急に二人の姿が消える。
「……おかしい、君達にそこまでのスピードがあったかな?」
警戒を強めると同時に不思議な感覚に襲われるシェイド。
これはまるで――
「まさか、この尋常じゃないスピードは……」
言うより早くいつの間にか後ろに回りこんでいた瑞穂がMatheyを振り下ろす。
それを難なくかわそうとするが、体全体に鉛が入ったように重い。
ついにはかわしきれずにシェイドは肩にMatheyの直撃を受ける。
「チィッ!」
そして今度は瑞希がシェイドの正面に立ち、薙ぎ払うようにMatheyを振り回す。
再びかわそうとするが、結局かわしきれずに脇腹に直撃。
脇腹を起点として体中に鈍痛が走り、苦悶の表情を浮かべるシェイド。
間違いない。先ほどから感じるこの妙な感覚は――
「驚いた、まさか時を操ってこのスピード差を作り出すとは……」
そう、二人はまるでビデオテープの早送りのように素早く動き、逆にこちらはスローモーション再生のように動きが鈍くなる。
これも時間制御を可能とするMatheyの能力あってのものだった。
時間停止は通じなかったシェイドだが、単純な時流の操作は影響するようだ。
「気づいたか?
だがもう遅い。時の波に飲まれて消えろ」
再び眼前に現れた瑞希がMatheyを構え、グレネード弾を射出。
もうかわせないと諦めたシェイドは、その身でグレネード弾の重い衝撃を受け止める。
だが、もちろん人間の体ごときあっという間に粉砕できるほどの破壊力を持つ弾。
シェイドはその身でグレネード弾を受けたかと思うと、そのまま爆散した。
「――任務完了」
感情の無い声でそう告げる瑞希。
だが、まだ終わってはいなかった。
間違いなく爆死したはずのシェイドが、別の場所で再形成される。
まるで、立体映像を映し出すかのように。
「うそ……!?」
「馬鹿な、これは一体……」
「なるほど、これが投影の本来の使い方ということですか」
驚きを顕にする二人を他所に、何かを納得したように頷く藍沢。
「瑞希、瑞穂、貴女達の攻撃は完璧でした。
――が、どうやらこのシェイドという男、一人倒しただけでは終わらないようです」
「副長?それはどういう――」
と、藍沢はその瑞穂の言葉を片手で遮ると、耳元に意識を集中した。
何かあったときのために耳につけていた通信端末から、三嶋の声が聞こえる。
どうやら、彼もこの投影のカラクリに気づいたようだ。
予想が確信へと変わり、二人の部下に彼の能力を伝える藍沢。
「この男が同時に、しかも多数の場所に出現したのは聞いてますね?
どうやら、それら全てを同時に倒さなければ、この男は際限なく復活するようです」
「なんてこと……」
藍沢は持っていた武器を構えなおす。
「二人とも、少し休んでいなさい。
先ほどのあの技で肉体にかなりの負担がかかっているはずですし」
そう、時を利用したスピードアップは体の筋力に極度な負担を強いることになる。
藍沢の言うとおり、二人はもう肩で息をするほど疲労していた。
「申し訳ありません、副長」
「謝る必要はありませんよ。さて……」
二人に休むよう指示を出すと、シェイドの方に向き直る。
「そういうことですので、もう貴方の能力は看破されていますよ。
戦闘中に一瞬だけ貴方の姿が明滅する瞬間がある……その隙に仕留めさせていただきます」
そう言ってコマンドカービンをシェイドに照準。
「クク……明滅する瞬間、ね。
そう何度も簡単に僕を倒せると思わないで欲しいな」
余裕そうに構えるシェイドの姿が霞んだと思ったら、もう一人全く同じ人物がシェイドの隣に現れる。
「自らを投影しましたか」
「アンタはちょっと手ごわそうだからね、これぐらいはさせてもらうよ!」
そう言い放つと二方向から藍沢を襲う。
――が、片方のシェイドの短刀をコマンドカービンの銃身で受け止め、もう片方の短刀をファイティングナイフで受けると、
「……なるほど、面白いですね」
両方のシェイドを弾き飛ばす。
舌打ちを打って尚も飛び掛ってくるシェイド。
どちらにせよ彼がもう一度明滅するまでは時間を稼がなければならない。
藍沢は右手で一人、左手で一人を牽制しながら明滅するその瞬間まで待った。
「馬鹿な…… この僕がたかが一人に遊ばれている?」
思うようにこちらの攻撃が届かずに徐々に苛立ちを見せるシェイド。
と、その時二人のシェイドが一瞬だけだが明滅した。
他の場所での撃破に成功したのだろう。
「時間ですね、遊びは終わりです」
藍沢は一言そう言うと、シェイドよりも何倍も速い速度で一気に間を詰める。
「なっ――」
藍沢が振りかぶるナイフを短刀で受けようとするが、それをコマンドカービンであっという間に弾く。
さらに身を捻ってかわそうとするところを逆方向からのミドルキックで怯ませ、嗚咽を漏らす間もなくナイフを心臓に一突き。
一人を倒したと思うとナイフを抜いてすぐさま振り返り、いつの間にか近寄っていたもう一人の足元に発砲。
その一発で足を止めると、シェイド目掛け先ほど一人を屠ったばかりのナイフを投擲。
それを咄嗟に短刀で弾くも、その隙に接近していた藍沢はコマンドカービンをシェイドの胸に押し当ててゼロ距離射撃。
シェイドは驚愕の表情を浮かべたまま、その場でデジタルデータが消えるように霧散する。
「任務、完了ですね」
藍沢は一息だけ付くと、何事も無かったかのように弾かれたナイフを拾いに行って、銃を収める。
あっという間に二人のシェイドを倒したその様を見ていた瀬川姉妹は、改めて格が違うことを思い知らされるのだった。
「……さて、二人とも。
今から制御室にいる海藤が、私達をVTRから現実世界へと転送してくれるようです」
耳に装着している通信端末越しからそう聞いたのだろうか、藍沢が唐突にそんなことを切り出す。
「「はっ、了解です」」
二人は無意識の内に敬礼して藍沢の言葉に応えた。
これから撤収しようとする藍沢の耳に、再び三嶋からの通信が入った。
短いやり取りのあと、藍沢は一言「分かりました」と呟き、通信を終了した。