-二章-[制御室]
VTR制御室では、高遠と八神がシェイドと激戦を繰り広げていた。
慌しく通信装置の端末を操作する三嶋は全員に必要な事項を告げると、息着く暇も無く自らもVTR内に入っていくために別室にあるカプセルへと移動する。
それを妨害しようとシェイドが動くも、高遠と八神の防戦により失敗に終わる。
「周明。隊長が転送を完了し、海藤が応援としてくるまで油断できません。
ここは死守しますよ」
カプセルがある別室への入り口の前に立って拳を構える高遠。
「ああ、ここはぜってぇ通さねぇ!」
その隣でナイフを構えなおす八神。
「ふ…… 例え何人相手だろうが結果は同じさ!」
シェイドは短刀を構えて跳躍し、高遠に襲い掛かる。
それを、横から現れた八神が咄嗟にナイフで捌く。
そしてその間に回りこんでいた高遠が一蹴。
それをシェイドは身をひねってかわし、黒いマントで高遠の視界を遮ってから短刀で一突きしようとするが、
「そうか、そういえば君に対してこんな目くらましは無意味だったね」
そう、高遠には目くらましは通じない。
彼は元々目が見えないのだから、そんな戦法は無意味だ。
高遠は短刀による突きを屈んでかわし、足払いをしかける。
それを咄嗟に跳んでかわしたシェイドだが、今度は後ろから八神がナイフを振りかざす。
「チッ」
避けきれずに二の腕をナイフが掠める。
咄嗟の回避行動によりまだまだ軽症といえるレベルだが、切り裂かれた衣服から素肌が顕になる。
確実に仕留めるつもりで振りかざしたナイフがかわされ、八神は舌打ちする。
「流石にやるじゃねぇか」
八神が再びナイフを構えなおし袈裟切り。
挟まれている状況が不利と判断したシェイドは、とりあえずその場から離脱するように逃げる。
それにしても、この二人――
「驚いた、大したコンビネーションじゃないか」
そう、お互いがお互いの呼吸を読み取るように動きがあっている。
ひとりが陽動するとひとりが攻撃を仕掛け、そうだと思ったらすぐに役割が逆になったりもする。
「伊達に特務課きっての名コンビと言われていないのでね」
高遠は不敵な笑みを浮かべて応える。
「ヘッ、まだまだこんなもんだと思うなよ?」
八神が今度はナイフを逆手に持つ。
そして息付く暇もなく再攻撃を仕掛ける二人。
まずは八神のナイフが閃き、シェイドを襲う。
舌鼓を打って短刀でそれを受けると、それを予想していたかのように後ろに回りこんでいた高遠が蹴り技を繰り出す。
だが、先ほどの攻撃でそれぐらいはシェイドも予測していた。
すぐに八神のナイフを弾き飛ばすと、今度は短刀を高遠に向けて振り下ろす。
が、八神はナイフを弾き飛ばされたあとすぐにナイフを空中に放り投げていた。
それを察知してた高遠は上から落ちてきたナイフを捕り、すぐに短刀を受ける。
そう、この一瞬の間で二人は武器の共有をしたのだ。
ナイフを手放したことで両手が開放された八神は、今度は拳をシェイドに振りかぶる。
それをシェイドは咄嗟に掌で受けるも、元々怪力を誇る八神の一撃は思ったよりも重く、体中を鈍い痺れが駆け巡る。
「ちっ……この馬鹿力がッ」
悪態を付いて、痺れで硬直した体を無理やりそらしていつの間にか突き出されていた高遠のナイフをかわす。
「そうか、君達二人が相手では流石に僕一人だと荷が重いようだ……」
少し二人と距離をとったシェイドは、その場で悠然と構えると、
「では個別の実力ならどうかな……?プロジェクション!」
言うとシェイドの姿が霞んで、すぐ隣にまったく同じ姿をしたもう一人のシェイドが現れる。
「――ッ!
なるほど、それが隊長の言ってた投影の能力」
苦虫を噛み潰したような顔をする高遠。
「さて、見せてもらおうか、君達の個々の実力を!」
同時に二人のシェイドが襲い掛かってくる。
一人は高遠に、もう一人は八神に。
八神は敵の抜き出した短刀を辛うじてかわして、
「舐んな、伊達に特務課を張ってねぇんだよ!」
拳を突き出す。
だが、それはシェイドに届くことなく、あっさりと左にかわされて後ろに回り込まれる。
「さっきの戦闘で分かったことだけど、君は動きが鈍いね」
「チッ、周明!」
「おっと、余所見してる暇はないよ」
八神を援護しようと動いた高遠の前に、もう一人のシェイドが現れる。
二の腕に切り傷があることから、どうやらこちらがさっきまで戦っていた方のようだ。
シェイドは素早い動きで高遠をかく乱する。
が、高遠には相手のスピードなど関係なく敵の位置を把握する能力がある。
「君はその研ぎ澄まされた感性により、反射能力が常人よりも遥かに高い……が」
短刀を振りぬいてきたシェイドに対し、ナイフでそれを受け止める。
が、それでもじりじりと短刀に押し負けてしまう。
「そう、一撃の重みが君には無いんだ」
言うと高遠をナイフごと弾き飛ばす。
「クッ……」
受身を取って最小限のダメージには抑えたものの、確かにシェイドの言うとおり高遠には八神ほどの力は無い。
ある程度鍛え抜かれた猛者が相手なら、押し負けてしまうのも無理は無いのだ。
「さあ、二対二の戦いになったことでどうやらこちらが優勢になったようだね。
さて……覚悟してもらおうか」
コンビネーション攻撃を封じられた二人が、それぞれのシェイドと対峙して苦悶の表情を見せる。
しかし、その声が聞こえたのは丁度その時だった。
「二対三だ、馬鹿野郎」
高遠と対峙していたシェイドの持つ短刀を、どこからか飛来した銃弾が弾き飛ばす。
その場の全員が何が起こったのか把握できずに動きを止め、銃声のした方向に目を向ける。
そして銃弾が飛来した方向――カプセル室から歩いてくる人影を見て高遠はふっと顔を緩ませる。
「来ましたね、こちらのジョーカーが」
誰にも聞こえないようにそう呟いた高遠。
海藤は立て続けに二、三発シェイドに威嚇射撃を行うと、二人と合流。
「高遠と八神は一人を頼む。
そして……あと一人はオレが受け持つ」
「お前一人で相手が務まる――」
八神が文句を言うのを高遠が片手で制する。
「周明、分かっているはずですよ」
その一言だけでバツが悪そうに黙り込む八神。
「チッ…… いいか海藤、やられたらタダじゃすませねぇぞ!」
そういい捨てて高遠と共に再び陣形を組みなおす八神。
「ヘッ、任せとけって」
海藤はそれに片手をひらひらと振って応える。
この狭い空間内で拳銃を乱射することは、制御室内の精密機器に被弾する危険性が非常に高い。
よって普通なら、高遠や八神のように接近戦で仕掛けるのだが――
海藤は、躊躇も無く深海色のデザートイーグルをシェイド向け照準した。
「へぇ、こんな場所で銃撃戦をする気?」
シェイドの挑発的な言葉はあっさり聞き流す。
海藤には、一発たりとも制御室内の機器には当てない自信があった。
ただの自信過剰ではなく、それほどの腕を彼は持っているのだから。
高遠と八神もそれは認めているので、拳銃を構える海藤を横目に何も言わなかった。
「安心しな、オレが撃つ標的はテメェだけだ」
VTR内にいた時の瀕死状態とは打って変わり、今は体中に力がみなぎって来る。
これなら全力で敵と対峙できる、そしてVTR内に残された未幸のサポートには隊長が回ってくれる。
全ての要素に不安は無かった。
これで、思う存分戦うことが出来る。
「さて、覚悟してもらうぜ、BLN」
これから始まる戦闘に高揚して自然と笑みがこぼれる。
「そう言う君はどれほどのものかな?」
不敵な笑みを浮かべ、短刀を構えなおしたシェイドが襲い掛かる。
それを見て海藤は、まず足元に一発、続けてシェイドの左右に二発撃ち、相手の動きを止める。
「おいおい、せっかちだな。
まだ勝負は始まったばかりだ、楽しもうぜ」
確実にシェイドの動きを読んだ三発の銃弾。
もちろん制御機器は何一つ被弾していない。
むしろ計算されてるかのようなその弾道は、見事に機器から数ミリ離れた場所に着弾していた。
「ふん、面白い」
先ほど浮かべていた余裕の笑みは、とうに消えうせていた。
それは眼前の敵に対して最警戒した証拠だ。
「さて、こっちからも行くぜ!」
銃を下に構えて突撃する海藤。
シェイドは、近づいてきた海藤を薙ぎ払うように短刀を振るが、それを屈んで避けた海藤はすかさず発砲。
その銃弾は咄嗟に避けたシェイドの頬を霞める。
「チッ!」
かわしていなければ間違いなくその時点で終わっていたと思うと、自然とこめかみから冷や汗が滴る。
すかさず足元の海藤めがけ短刀を振り下ろすも、海藤はそれを軽いバックステップで回避。
先ほどの二人に比べると、攻撃にも動きにも全く隙が無い。
「オレはあいつらと違ってコンビネーション攻撃は得意じゃねぇんだけどな」
海藤がシェイドの短刀を銃弾で弾き飛ばす。
そのとき、一瞬だけシェイドの体全体が明滅したような気がしたが、海藤は気にも留めなかった。
「タイマンなら特務課の誰にも負けはしねぇんだよ!」
続けて二、三発の銃弾をシェイドの体に撃ち込むと、うめき声を漏らしながらシェイドはその場にくず折れる。
「……ま、例外を除いてな」
銃口から立ち上る硝煙を一息で吹き消してから、拳銃を腰のホルスターにしまおうとする。
……が、死んだと思われたシェイドは跡形も無く消え、
消えたと思ったら別の場所に先ほどと全く同じ人間がまるでホログラフィーのように再形成された。
「く……ククク……」
不気味な笑みを浮かべて先ほど確かに撃ちぬいたはずのシェイドがそこに姿を現した。
「なんだと……?」
これにはもう一方のシェイドと戦闘中だった高遠と八神も驚く。
奴は殺しても死なない体なのか?だとしたら自分たちに勝ち目はあるのか?
そんな疑問が三人の頭に過ぎる。
だが、丁度そのタイミングで制御室に三嶋の声が届く。
どうやら向こうは無事に木原と合流できたようだ。
『聞こえるか、制御室。
どうやらシェイドの投影能力は、投影されたものでも新たに投影を作ることができるらしい。
つまりどれか一体のシェイドを倒しても、他のシェイドが生き残っていれば再形成されてしまうということだ。
この状態を防ぐためには、全てのシェイドの同時撃破しかない』
なるほど、それは厄介な能力だ。
つまり今いる四人のシェイドのうち、どれかが生き残ってさえいれば無限に生き返ることができるという。
それが例え投影を生み出していた本体であろうと関係無しに、だ。
つまり投影した瞬間、現存する全てのシェイドがその本体ということになる。
続けて三嶋から指示が下りる。
『そこで今回の作戦を説明する。
どうやらどれか一体のシェイドを撃破することに成功すると、他のシェイドがわずかながら明滅するようだ。
そこでまずは制御室内のシェイドを殲滅させることに成功したら、その一瞬の隙にVTR内にエマージェンシーコールを鳴らせ。
こちらでも明滅を視認できるだろうが、万が一の場合としての保険だ。
それを合図として私と藍沢がVTR内にいるシェイドを殲滅させる。
いいか、この作戦は特務課同士の連携が肝となる…… 抜かるなよ』
通信の向こう側で金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が聞こえる。
どうやら三嶋はもう一人のシェイドとの戦闘中にこちらに通信をしているようだ。
ちなみにエマージェンシーコールとは、VTR外部から内部に何かあったことを報せるための緊急警鐘のことである。
「概要は分かった。ようはこちらがまずは同時撃破に成功すればいいわけだな?」
海藤は顔も向けずに言葉だけで高遠に確認を取る。
「そうですね、ならば一気にかたを付けましょう」
高遠は放置していたArabothを持ち上げると、何か呪詛のような言葉を呟き始めた。
何かあると踏んだシェイドは高遠の妨害をしようと駆けるが、それを八神に阻まれる。
「おっと、そうはさせねぇよ」
八神もいつの間にかその手にはZebulを携えていた。
シェイドの短刀による一振りをその長い銃身で受け止める。
その様子を見た海藤は、こちらも今度こそ止めを刺さんとばかりにMachonomを構えると、ゲイル・モードを起動させる。
そしてその間に高遠の詠唱のような呟きは終わっていた。最後に、
「今ここに現存せよ、セブンス・ゾーン」
そう言って手を振りかざすと高遠の周囲から白い空間が広がっていく。
まるで壁も天井も床も、全てが白一色に染められた部屋に閉じ込めらたような感覚。
これが高遠の持つ空間制御能力の一つ、『無の空間』
「ここは無の精神空間、これで私達も遠慮なく発砲できます」
いきなりのことでたじろぐシェイドに、高遠は言い放つ。
Arabothを構え先手必勝とばかりに撃つ高遠。
そう簡単にはあたってやれないと、シェイドも横っ飛びでかわす。
標的を外れたいくつもの弾丸は、真っ白な空間へと吸い込まれるように消えていく。
そしてシェイドと応戦している高遠の後ろにはZebulを垂直に構えた八神が。
「周明、一撃で決めましょう」
「ああ、分かってる。
システムヴァイオレット起動……!」
八神がそう言うと機械がフル稼働するような音がZebulから鳴り響く。
垂直にしていたZebulを水平に構えなおし、照準をシェイドへと向ける。
「さあ出番だぜ、吼えろZebul!」
Zebulの銃口に強力な電磁波が収束されていく。
「一撃必殺!ハウリング・サンダー!!」
Zebulの銃口から凄まじい勢いで雷鳴がほとばしる。
その驚異的な弾速と威力を持つ『雷鳴の咆哮』は、シェイドの体の中心部を撃ちぬく。
まるで雷に打たれたような衝撃がシェイドの体中を駆け巡る。
そして断末魔さえ上げる間もなく、シェイドの体は消滅した。
『無の空間』の外側にいた海藤にも、二人が勝利したことが伝わった。
対峙するシェイドの体が一瞬明滅したのだ。
しかしそう思ったのも束の間、その時には既にシェイドの懐へと海藤が潜り込んでいて、
「あばよ、陣風に抱かれて消えな!」
海藤の必殺技、『ゲイル・イーグル』がシェイドに直撃。
ありったけの残弾をその体に撃ち込んで、もう一方のシェイドを倒した。
だがそれで休んでいる暇もない。
すぐに制御室のエマージェンシーコールへと手をかける海藤。
――だったのだが、
『皆、ご苦労だった。作戦は成功だ』
最初のシェイドを倒した時に、既に三嶋と藍沢でVTR内のシェイドを殲滅したようだった。
流石の二人といったところだろうか、一対一の戦闘は特務課内で無敵を誇る海藤でも、あの二人にはまるで敵わない。
安堵のため息をつき、VTR内にいる三嶋に話しかける。
「ご苦労様でした、隊長」
「ああ、そちらもな。
すぐにメンバーをVTR内から現実世界へと召還してくれ」
海藤はそう言われて端末を操作する。
と、その時VTR内の三嶋から再び通信が入る。
「……ちょっと野暮用ができたようだ。
私の転送は後回しにして、まずは他のメンバーの転送を頼む。
必要があればこちらからコールを送るので、それまで私のことは捨て置いて構わない」
その言葉に不思議な疑問を持った海藤だったが、指示通りまずは他の人員の転送から始めた。
その時、神社前を写していたモニターが突如明滅し、機能を停止したことに海藤は気づかなかった――