幕間
「う……」
彼が目覚めたところはVTR制御室の隣にある、いくつかのカプセルが並んでいる部屋だった。
個人用に充てられていたカプセルの扉が開いたので、体を起こす。
「ちッ…… リタイアしちまったか」
そう悪態を付くのは八神周明。
不機嫌そうにカプセルから出て肩を回す。
しばらくすると、すぐ隣のカプセルも音を立てて開く。
「元、流石にお前もあの二人相手だと無理だったか」
八神の相方、高遠元は起き上がると一息ついて肩をすくめる。
「厳密には、木原一人に手も足も出なかったんですがね」
やれやれ、と呟いて八神と同様にカプセルから出て、制御室のモニター前にいる三嶋の下へと向かう。
「戻ってきたようだな、二人とも」
そう言ったのは特務課隊長の三嶋啓二。
彼は制御室のモニターを前にしながら、体を二人に向けてリタイアした彼らを迎え入れる。
「……隊長、面目ありません」
三嶋に気づいた二人は頭を垂れるが、それを片手で制する三嶋。
そして、相手が悪かっただけだと一言だけ呟き、再び制御室のモニターに目を向ける。
その三嶋の後ろから他のメンバーの様子を見る高遠と八神。
厳密に言うと高遠には見えてないのだが――
どうやら今三嶋がモニターしているのは瀬川姉妹と副長との戦いのようだ。
「――ッ!?あいつら、命知らずな……」
そういって苦渋を浮かべるのは八神。
丁度勝負は決した頃のようだ。瀬川姉妹は負傷を負って副長に止めを刺されようとしている。
副長が眼鏡を外しているところからすると、そこそこ健闘したということだろうか。
だがこれで二人もリタイアか――と肩をすくめたそのとき、高遠が何かを感じて背後を振り返る。
と同時にモニターにノイズが入り、画面の向こうの藍沢たちの様子が変わる。
「迂闊だったな……」
モニターから目を離し後ろを振り返ると、そこに一人の人間がいた。
遅れて八神が、いつの間にか三人の背後にいたその人影を視認する。
そこに立っていたのは見た目二十歳を下回るぐらいに若い、黒いジーパンに黒いTシャツ、黒いマントを羽織った全身黒尽くめの青年。
その青年は唇を不敵にゆがめると、
「……悠長にお遊びかい?」
一言だけ呟いた。
突然の乱入者は敵意をむき出しにして三人に対峙する。
「BlackListNumbersか……」
三嶋が驚く様子も無くそう尋ね、それに対して無言の肯定をする青年。
BlackListNumbersとは、通称BLNと呼ばれる特務課が相手にしている凶悪犯罪者達。
BLNは例外なく人外な能力を有しているため、一般の警察では手に負えない。
そこでBLNの掃討は特務課の役目として位置づけられている。
と、そこで八神は彼の姿を見て、何かを思い出したように思わず声を漏らす。
「お前はあの時、あの研究所で葬ったはず!?」
「研究所?……ああ、いたね。
そういえば君とそこの銀髪は見たことがあるな」
手元のArabothを構える高遠。
八神と高遠は数年前に、とある生体実験を行っている研究所を爆破する任務を請け負った。
そのときに八神が、任務の邪魔をしてきた彼の体に風穴を開けて確実に葬ったはずだが――
「ククク……丁度いいや、あの時の仕返しをさせてもらおうか」
「生きていたこともそうですが、まさかBLNに入っているとは……」
思案する高遠に対して、青年は尚も不敵な笑みを浮かべる。
記憶があるということは、確実に同一人物ということになる。
ということは、何か特殊な能力であの場を生きながらえたのだろうか。
「どういうカラクリかは知らねぇが、一人できやがっていい度胸じゃねぇか。
前回の二の舞にしてやるぜ!」
そう、彼がどういう経緯であの場を凌いだにしろ八神の言うことはもっともだ。
何しろ今は特務課三人にBLNが一人というこちらにとって非常に有利な状況だからだ。
それにいざとなればVTR内にいる同僚も加勢させることができる。
――だが、それでも彼の不敵な笑みは崩れることがなかった。
「一人?クク、画面を見てみなよ」
そう言われて、三嶋は前面の敵に注意を払いながらモニターの方へと目をやる。
そこでさっきまで冷静だった三嶋も驚きで思わず目を見開く。
画面の向こう――藍沢と瀬川姉妹の前にも今目の前にいる青年と全く同じ人間が一人。
そして更に海藤と木原の目の前にも、同一人物が姿を現している。
「同時に多数の人物を投影することができる能力……
そうか、貴様がBLN-0052(ゼロゼロファイブツー)……シェイドか」
その三嶋の言葉にピクリと反応するシェイド。
「へぇ、僕のコードを知ってるんだ。
そういうアンタは誰なんだい?」
そのシェイドの言葉に三嶋は沈黙で応える。
「……ま、いいや。
見ての通りバーチャルの世界から加勢なんてさせないよ。
勿論、逆も然りだけどね」
「ヘッ、だからどうした?
三対一の不利な状況には変わりねぇだろうが」
八神の言うとおり、増援は見込めないがそれでも多数に無勢なのは変わらない。
しかしそんな八神の言葉にもシェイドはその顔に邪悪な笑みを浮かべたまま、
「だから、三人程度僕一人だけで十分だってことだよ」
言うと同時にシェイドの姿が消える。
「高遠、八神、周囲の状況に気を払いながら迎え撃て!
オレはVTR内にこの状況を伝える。時間稼ぎは任せたぞ!」
「「了解!」」
高遠と八神が同時に返事をすると、周囲に気を張り巡らせる。
制御室の広さは限られているため、ある程度相手の気配は感知できる。
「おそらく、他のメンバーを消すためにカプセルに攻撃を仕掛けてくるでしょう。
防衛戦となります、油断しないように」
そういってコンバットナイフを八神に渡す。
「ま、この場所じゃオレのZebulは使えねぇわな」
納得した八神は、受け取ったコンバットナイフを右手に持って水平に構える。
「八神、右に!」
言ったところからシェイドが姿を現す。
高遠の指示通り八神はすぐに右を向き、ナイフで一閃。
自分の動きを読まれたことに驚いたシェイドは、一旦後退する。
「へぇ…… よく分かったね」
先ほどのナイフで頬を掠ったのだろう。
切り口から滴る血を舐めながら呟くシェイド。
「伊達に【白銀の蝙蝠】と言われてはいないのでね」
こういう時の高遠の感性は非常に頼りになる。
木原のような例外を除いて、ある程度気配を消すことが得意な敵ぐらいなら簡単に感知できるのだ。
そもそも、木原のように完全に存在感が消せる人間はほとんど存在しないと言ってもいい。
動いている限り、生物というのは必ず何らかの気を発しているのだから。
「そうか…… どうやら奇襲よりも正攻法で行った方がいいようだね」
そう言うと懐から短刀を取り出して構えるシェイド。
短刀ということで勿論ナイフよりもリーチは長い。
八神は再びナイフを構えなおし、ナイフを八神に渡した高遠は素手のまま拳を構える。
そして再び激突する三人。
その間に三嶋は、自分の声がVTR内全てに聞こえるように操作し、マイクを手に取る。
『全員、よく聞け。VTR内にBLN-0052、シェイドが紛れ込んだ。
藍沢らの下に一人、海藤らの下に一人、制御室にも一人で、計三人のシェイドの出現を確認した。
現在制御室では高遠と八神が一体のシェイドと交戦中だ。
各々、奴の投影能力の全貌が知られないため警戒して事にあたり、可能ならば殲滅せよ』
VTR内部に三嶋の声が力強く響いた。