―サイドB―
VTRには人がすっぽり入るぐらいのカプセルがいくつかある。
そのカプセルの中に副長を含めた七人が仮眠を取るかのような姿勢で並んでいる。
実際彼らは今現実世界にはいない。
特務課同士の模擬戦を行うために、バーチャルが作り出す仮想現実の世界へと旅立ったのだ。
七人が無事に仮想空間へと転移できたことを確認した三嶋は、ふぅと息をつく。
「さて、後はどうなるか…… だな」
VTR制御室にただ一人だけ残った三嶋は、そう呟いた。
***
その頃仮想現実空間では、七人の特務課がそれぞれバラバラな場所に転送されていた。
「……どこかで見たことのある風景だな」
瀬川瑞希は辺りを見回しながらそう呟く。
それもそのはずだ、瑞希が今いる場所は学校の正門前。
校門に彫られている学校名から推測して、おそらく小学校だろう。
だが、そこに刻まれている名称には聞き覚えが無い。
「手が込んでるな、これも架空か」
正門を通って校門に入ってみると、すぐ近くの職員用駐車場で人が倒れているのに気づく。
「……瑞穂?」
見てみると妹の瑞穂がうつぶせになって倒れている。
転送する時に何かしらのトラブルがあったのだろうか、気を失っているようだ。
駆け寄ってその身をゆすってみると、うめき声を上げながら瑞穂が意識を取り戻す。
「あれ……?瑞希?」
「だらしが無いな、こんな所を他のメンバーに見つかったらあっという間にリタイアだぞ」
肩をすくめ、呆れ顔で言う瑞希。
瑞穂はそれに、
「なんか転送する途中に意識を失っちゃったみたいね」
あはは、と照れ笑いしながら応える。
「ふぅ……、とりあえず、他のメンバーを探すことにしよう」
当然のことだが、瑞希は瑞穂と戦う気は毛頭ない。
そこで何処かにターゲットはいないものかと学校から出ようとするが、今度は学校の運動場から見知った人物が姿を現した。
「副長……?」
思わず漏れた瑞希の言葉に、副長の藍沢怜が反応する。
「おや、貴女達もこちらに転送されてきたのですか」
幾分か驚いた瑞希とは反対に、冷静に返してくる藍沢。
そして周囲に他に誰かいないかと辺りを見回して探し始めた。
勿論、好んで副長と一戦交える気の無い二人は、この場からすぐに立ち去ろうと学校の正門の方を目指し歩き始めた。
「ふむ、他には誰もいないようですね……」
藍沢が呟いたころには、二人が今にも正門から出ようとしている。
そこで何かを思いついた藍沢は、あえて二人に聞こえるように声を上げる。
「ところで、良かったですね二人とも」
その言葉で二人は足を止めて藍沢の方に振り返る。
聞こえている以上は無視するわけにはいかない。
それが上官と言えば尚更だ。
だがその言葉の意図が分からなかった瑞希は、思わず尋ねた。
「どういうことでしょうか?」
その頃、その様子を制御室で見ていた三嶋はふっと笑って、
「……遊ぶつもりだな、怜」
一言だけ呟いた。
そしてモニター内にいる藍沢は言葉を続ける。
「貴女達姉妹は二人で一人、偶然遭遇できたから良かったものの……
もし単体だったらあっという間にリタイアになっていたでしょう。
そう言う意味では幸運だったと思いましてね」
明らかに挑発じみたその言葉だが、瑞希は藍沢のその言い分にひっかかったのか、
「副長、それでは私達は一人ひとりでは大したことが無いという風に聞こえるのですが?」
食いかかってくる。
その瑞希の言葉に、予想通りと藍沢は心の中でほくそ笑んだ。
「おや、そう言うつもりで言ったんですが、伝わりませんでしたか?
まあ…… もっとも貴女達二人でも高遠と八神のコンビには及びませんが」
瑞希の中で何かが音を立てたような気がした。
瑞穂は怒りがこみ上げてきている瑞希を必死に抑えようとするが、それを振りほどく。
「では、見てみますか副長。
私達があの高遠らに劣っていないということを」
「ちょ、ちょっと瑞希!
流石に副長相手だと分が悪――」
その言葉を遮る瑞希。
「いくら副長でもRaqiaが無い今、私達が勝てる見込みもあるはず。
ここで逃げたらあの二人よりも私達が劣っているってことになるよ」
冷静に言う瑞希だが、明らかに怒りの炎が滾っているのが分かる。
あの二人とは、勿論高遠と八神のことである。
同じコンビ戦闘ということで、瑞希はことごとくあの二人をライバル視しているのだ。
もうこうなったらあまり気が強いほうではない瑞穂では止められない。
「まあ、そこまで言うならやるしかないよねぇ……」
あくまでも乗り気じゃない瑞穂だが、そんな彼女に藍沢は渇を入れる。
「瑞穂、敵と対峙したときにその程度の覚悟しかできないのなら……
真っ先に死ぬことになりますよ」
自分から喧嘩を吹っかけたくせに何を言ってるんだろうかと自嘲する藍沢。
だがその一言だけで十分彼女をやる気にさせたようで、
「副長がそこまで言うのなら、本気でお相手させていただきますね」
瑞希だけではなく、瑞穂もその気になった。
これでいい、と藍沢は心の中で呟いた。
そして、二人が得物であるグレネードランチャー――RSAFアーウェン37を構える。
実は、全く同じ銃器を得物とする瑞希と瑞穂。
ただ、その威力はグレネードランチャーだけあって折り紙つきだ。
藍沢はというと、両手にファイティングナイフを逆手に持って接近戦の体勢。
と、すぐに藍沢の方が二人目掛けて駆ける。
「瑞穂はサイドをカバー!私は正面から行く!」
「おっけー、任せて瑞希!」
二人で合図を送ると、瑞穂は藍沢の周りを旋回するように動き、瑞希は藍沢を迎え撃とうとアーウェン37を撃つ。
そのグレネード弾を軽くかわすように跳躍した藍沢だが、今度は回りこんでいた瑞穂の方から弾が飛んでくる。
「――ッ!」
完全に藍沢の回避の軌道を読んだ位置にグレネード弾が飛んでくる。
着地と同時に左手のナイフを地面に当てて着地時の衝撃を受け流し、そのままバク転でかわす。
身軽な動きを身上とした藍沢ならではの回避術といっていいだろう。
「驚きましたよ…… いきなりやりますね」
着地した藍沢は感心するように呟く。
「まだまだ、これからですよ副長」
アーウェン37は五連発型リボルビング・グレネードランチャー。
通常そのリロードには時間がかかると思われるグレネードだが、これは連射できる代物だ。
立て続けに二方向からのグレネード弾が放たれる。
着弾した場所は地面が抉れ、当たったらタダではすまないことを窺わせる。
そんなグレネード弾の嵐の中でも、藍沢は流暢な動きで全てかわす。
「チッ…… 瑞穂、右に!」
阿吽の呼吸で確実に藍沢を包囲していく二人。
もう職員用駐車場はクレーターだらけになっている。
と、同時に藍沢の足場が不安定になっていく。
「副長、逃げてるだけでは私達は倒せませんよぉ!」
瑞穂が次弾を装填しながら言う。
「……そうですね、そろそろ反撃と行きましょう」
藍沢がそう言うと、右手のファイティングナイフを瑞希のグレネード弾向けて投擲。
確実にグレネード弾にナイフが突き刺さり、その場で爆発する。
と同時にその爆風に紛れていつの間にか瑞穂の目下にまで接近した藍沢は、残った左手のナイフを振り上げる。
「やば――」
咄嗟にアーウェン37でナイフを防いだ瑞穂だが、その隙を突いて足払い。
バランスを崩した瑞穂の腕を掴み、さながら一本背負いのように投げ飛ばす。
「瑞穂!?」
爆風が晴れて瑞希の目に映ったのは瑞穂が投げられて地面に叩きつけられる光景。
追い詰めてたはずの方が一瞬にして戦慄する。
その怯んだ隙に、藍沢は腰に着装していたデ・リーズル・コマンドカービンを取り出しすぐさま瑞希に発砲。
瑞希は咄嗟の攻撃に回避行動が間に合わず、その銃弾は左腕に突き刺さる。
接近武器しか持ってないと油断していたのもあるが、コマンドカービンは究極の消音性能を持つ特殊任務用の銃器。
それもあって発砲した瞬間が瑞希には分からなかったのだ。
うめき声を上げて膝を突く瑞希。
その時点であっという間に戦況が逆転した。
だが、そんな優位な状況に関わらず、藍沢は腑に落ちないとばかりに首を傾げた。
「おかしいですね…… Mathey[マテイ]の能力はこの程度ではないでしょう?」
藍沢の言うMatheyとは、第五天界のこと。
瀬川姉妹が持っている天界武器の名称だ。
そう、瀬川姉妹はまだその天界武器の能力を顕にしていない。
藍沢の知る限り、Matheyの能力は――
「そうですね、流石に貴女相手に能力を使わないのは無謀でした……」
そう言ってアーウェン37を杖代わりにして起き上がる瑞希。
瑞穂もよろよろと起き上がる。
「おや、そこまで私は甘くありませんよ?」
藍沢は待っている。
Matheyの能力をフルに発揮して自分と対等な戦いをしてくれることを。
そして、この二人ならそれができることを知っている。
「……瑞穂、アーウェン37――Matheyの能力を解禁する」
その言葉に戸惑った瑞穂だが、すぐに覚悟を決めて力強く頷く。
「分かった瑞希。
こんなところであっさりリタイアするわけにはいかないよね」
お互いに意思確認した瀬川姉妹。
そして、まず瑞希の持つアーウェン37が一瞬光ったと思うと、瑞希の周囲を不思議な空間が展開する。
そしてその空間の中にいる瑞希の左腕の傷が、みるみる元通りに戻っていく。
「なるほど、流石【命の歯車】と言われるだけありますね。
限定的な空間のみ時間を戻して、ダメージを受ける前の体に戻りましたか。
そして――」
藍沢が今度は瑞穂の方に振り向くと、既に瑞穂のアーウェン37は光を発していた。
「今、全ての時を支配せよ!タイム・コントロール!!」
瑞穂がそう叫ぶと同時に、辺りの景色が色を失う。
Matheyを持つ二人の人間以外の全ての時間を止めることができる能力……
つまり、時間を操ることがMatheyの本領なのだ。
時が止まった空間の中でも自由に動ける二人は、藍沢向けてMatheyを放つ。
そして景色に色が戻った頃、藍沢のすぐ側に着弾したグレネード弾は爆風を巻き起こし、その体を吹き飛ばす。
「流石副長…… 止まった時の中でも多少は動けるようですね」
時が止まった中で直撃コースを狙ったはずなのに、着弾した場所は藍沢の足元。
だが、ここまでは予想していた。
おそらく、この時間を完全に止める能力も隊長と副長には通用しないだろうということは。
いや、厳密に言うと通じてはいるのだが、完全に動きを止めることができずに大幅なスピードダウンを強いるぐらいなのだ。
だが、それでも藍沢のスピードを格段に落とすことができるのは大きい。
それだけでも十分勝機があるといえる。
「全ての時を停止させる【時の歯車】……瀬川瑞穂。
貴女のその能力も類まれなるものですね」
藍沢は土ぼこりを払いながらゆっくりと起き上がる。
「このペースだと…… いける!?」
「瑞穂!最後まで油断してはダメだ!」
気が緩みかけた瑞穂に瑞希が一喝する。
そして瑞希によるグレネード弾の波状攻撃。
かわそうとした藍沢だが、すかさず瑞穂が叫ぶ。
「そうはさせません、タイム・コントロール!」
辺りの景色から色が消えうせ、藍沢の体が重くなる。
絶妙のタイミングで放たれた時間停止に舌鼓を打って、藍沢は飛来してくるグレネード弾を右手に持つコマンドカービンで迎撃しようとする。
……が、トリガーを引いても銃が動作しない。
時間操作の影響で、何かしらのシステムエラーが起きているようだ。
即座の判断でギリギリの回避行動を取るも相手の狙いは足元だったようで、着弾時に爆風が巻き起こる。
藍沢はその爆風で吹き飛ばされて、何とか受身を取りながら地面に転がる。
その頃には時間の流れも元に戻っていた。
時間を止めることができるといっても、それはほんのわずかの間だけだ。
「……面白いですね」
立ち上がった藍沢は左手のナイフをかざしてすぐに瑞穂の方へと駆ける。
瑞穂の能力はその特性故連発が効かない。その隙をついた攻撃だった。
藍沢の急襲で慌ててMatheyを構えるが、それより早く右腕をナイフで斬られる。
「あぅッ!」
痛みにうめき声を上げる瑞穂。
だが、それを見た瑞希が今度は右手をかざすと、切り裂かれた右腕の傷がみるみる内に塞がっていく。
瑞希の能力、命の歯車の効果により、右腕だけが切り裂かれる前の状態に戻ったのだ。
「流石、息が合ったコンビネーションにその厄介な能力が拍車をかけていますね」
そう言ってかけていた眼鏡を外す。
「私達もむざむざ負けるわけにはいかないので」
瑞希が淡々と応える。
その強気の発言に藍沢はふっと笑って、
「それぐらいの意地が無ければ特務課としてこれから起こる激務をこなすことはできないでしょう。
しかし、それは私とて同じこと。ここでむざむざ倒されはしませんよ」
外した眼鏡を丁寧に眼鏡ケースに収める。
そして顕になったその翠緑の両眼を鋭く細めると、
「例え、Raqiaが無かったとしても」
その場の空気が一気に変わる。
空気の変化に再び警戒を強める二人。
「瑞穂!」
「わかった!」
瑞穂は瑞希の言わんとしていることを即座に理解して、片手をかざす。
「時よ止まれっ!!」
色を失っていく景色の中、藍沢は微動だにせず佇む。
瑞希は好機とばかりにMatheyを連射。
真っ直ぐ五つのグレネード弾が藍沢向かって飛んでいくが――
「タイム・ブレイク……」
藍沢が一言呟くと同時に地を蹴る。
その普段と変わらない俊敏な動きを見ると、時間停止の効果は効いていないようだ。
「タイム・コントロールが……!」
「馬鹿な、時間停止が効かない!?」
口々に驚きの声を上げる瀬川姉妹。
「甘いですね」
飛んでくるグレネード弾から逃げようとせずにあえてその中へと突っ込んでいく藍沢。
明らかに自滅行為に見えるが、藍沢は両眼を見開くと全弾ギリギリのところでかわしながら瑞希に接近する。
「うそ……」
呟く瑞希のすぐ側で藍沢はナイフを一閃。
それを先ほどの瑞穂と同じようにMatheyで受けると同時に後方に跳躍する。
丁度その時、今度は瑞穂が放ったグレネード弾が藍沢目掛けて飛んでくる。
それを見据えた藍沢は、全てのグレネード弾をかわすと同時にコマンドカービンを二人に向けて乱射。
消音機能が優れているため何発撃ったのかは確認できなかったが、気づけば瑞希は右肩と左足、瑞穂は脇腹辺りに被弾していた。
「うッ!?」
「なんで……ッ!」
すぐに負った傷を回復しようと瑞希が動くが、Matheyを持つ手を撃たれて得物が手から弾き飛ばされる。
乾いた音を立てて地を滑っていくMathey。
「くっ!」
「貴女達の未熟なところは、天界武器の能力に頼りきった戦いをしているところです」
その間に瑞穂が時間を止めようと手をかざすが、それに気づいた藍沢は瑞希と同じように瑞穂の手からもMatheyを弾き飛ばす。
そして瑞希の首筋に左手に持つファイティングナイフの切っ先を、瑞穂の眉間にコマンドカービンの狙いを定めて、
「これで、チェックメイトですね」
そう一言だけ呟いた。