序章
《時間軸》
【紅い雨が降る刻】
【特務課】
【Panic Party】
警察本部のとある個室に集められた六人の男女。
長机と質素なパイプ椅子が並べられただけの簡素な部屋。
そこに、通常の警官では手に負えない特殊な任務を請け負う者達――
特務課の面々が集められていた。
『各々天界武器を所持し、第二ブリーフィングルームに集合せよ』と隊長から指令が下ったのは今から一時間前のことだ。
「……ったく、全員がこんなところに集められるなんて、何か大きな事件でもあったか?」
そうぼやくのは特務課の一人、海藤正樹。
彼は深海色のデザートイーグルを手入れしながら不平とも取れる言葉をこぼす。
「さぁ?そんな事件があったなんて聞いてないけどなぁ……」
首をかしげる隣の同僚は木原未幸。
彼女も得物であるワインレッドのショットガン――ベネリM4――の手入れをしながら海藤の独り言に応える。
「海藤、木原、何があるのかは分かりませんが隊長からの指令は絶対です」
淡々と二人の言葉に口を挟んだのは高遠元。
彼はもう得物の手入れは終わったのだろうか、静かに目を閉じて佇んでいる。
「……ま、どんな任務だろうが構わねぇがな。
またこいつをぶっ放すだけだ」
そう荒っぽく言う紫色のバンダナを巻いた男は八神周明。
彼は自分の得物である軽機関銃――グロスフスMG3――を片手で振り回す。
グロスフスの重量は十キロ近いが、その重さを思わせないぶりの怪力ぶり。
だがそんな八神に今度は別の人間が口を挟む。
「八神、こんなところでグロスフスを振り回すな。危険だ」
「そうそう、周明は全然落ち着きがないんだから~」
冷静な言葉と温和な言葉で制するのは八神の後方に座っていた瀬川瑞希と瀬川瑞穂。
真っ白な衣に身を包んだ彼女らはその苗字から連想されるように姉妹……さらに双子だ。
だがその性格はまったくの正反対。
一番初めに口を挟んだ冷静沈着な女性は双子の姉、瀬川瑞希。
それと正反対に柔和な言葉で八神を制したのは双子の妹、瀬川瑞穂である。
「チッ、わかってるよ」
バツが悪そうにグロスフスを降ろす八神。
と、丁度その時二人の男女が部屋に入ってくる。
特務課の隊長とその補佐を任されている副長だ。
六人は先ほどまでの無駄話は一切止め、姿勢を正して部屋に入ってきた二人を見る。
「全員、集合ご苦労だった」
最初にそういったのは隊長の三嶋啓二。
「各々、自分の得物は持ってきたようですね」
そういいながら面子を見渡すのは副長の藍沢怜。
「隊長、一体何があったんですか?
全員が集まるなんてよほどのことなんでしょうね」
そう口を開いた海藤の言葉に、その場にいた全員が頷く。
それに対して三嶋はしばし黙り込んだ後、その口を開いた。
「正確に言えば、今回集まってもらったのは任務遂行のためではない」
六人が不思議そうに首をかしげる。
「だったら、何故――」
「人の話は最後まで聞くものだ、海藤」
言おうとしたところを三嶋に制されて海藤はバツが悪そうに黙り込む。
「さて、今日集まってもらったのは当然理由がある。藍沢」
「はい。それでは皆さん、よく聞いてください」
三嶋に促されて副長の藍沢が説明を始める。
「知っての通り、今この場に集まってもらった六人は、古くからの付き合いというわけではありません」
それは皆も知ってのことだ。
初めのメンバーは三嶋と藍沢のみ。やがて高遠と八神が特務課に入って……
という風に、特務課の面子とは皆様々なところから集められた者達なのだ。
「がしかし、我々がこれから共同で依頼をこなしていく際にお互いのことについて知っていなければその分連携力が欠けることになります。
そこで今回行ってもらいたいのは、単刀直入に言ってメンバー同士による仕合です」
六人は全員が全員驚きの表情を見せる。
無理も無い。全員集めたと思ったらいきなり「お前らで殺し合いをしろ」と言われたら誰だって驚く。
高遠が何かを言おうとしたところを、藍沢に片手で制される。
「もちろん、ただ殺し合いをしてもらうわけではありません。
仕合場所はVTRとします」
VTRとは、VirtualTrainingRoomの略である。
その名の通り、限りなく現実に近い仮想現実の訓練を可能とする訓練所だ。
「なるほど、それで……」
納得したように高遠は頷く。
更に藍沢は続ける。
「そうです、仮想現実空間での戦いによりお互いの力を確認してもらうことになります。
平たく言えばそれが今回の任務です。
なお、仮想現実とはいえ痛覚も流血もリアルに再現されます。
戦闘により死亡が確定した場合はリタイア――つまり敗北となるので注意してください。
敗北となったものは仮想空間から強制的に排出されることになるから覚えておくように」
「ヘッ、それだったらオレには関係――」
その八神の言葉を藍沢は遮る。
「ちなみに、通常一撃死となるような致命傷を受けた場合は死亡と断定されて強制排出されます。
だから八神、貴方の反則的な能力もこの空間では意味が無いことを覚えておいてください」
「……チッ」
舌鼓を打って黙り込む八神。
「さて、概要はここまでですが何か質問のある人は?」
藍沢はメンバー全員の顔を見ながら質問がないか確かめる。
と、そこで挙手をしたのは木原。
「待ってください。
それには隊長と副長も参加されるのですか?」
その質問に顔を合わせ目配せする三嶋と藍沢。
そして何か二人の間で合意があったのかと思うと、再び藍沢は皆の方に向きなおる。
「隊長にはVTR外部で監督していただきます。
そして私は、VTR内部での監視を行います」
その言葉に六人は戦慄する。
「つまり、副長と当たる場合もあると?」
おそるおそる尋ねるのは瀬川瑞希。
隊長と副長の強さは六人を遥かに凌駕している。
つまり、遭遇して戦闘となった場合はまず勝つ見込みが無いことを皆が知っているのだ。
その質問の意図を察したのか、ふぅと一息ついて藍沢は口を開く。
「……心配はいりません。
私はあくまで監視役…… 戦闘行動は行いません」
その言葉に胸を撫で下ろす六人。だが、
「ただし、私に攻撃を仕掛けてきた場合は正当防衛として容赦なく反撃させていただきます。
まあ、私は天界武器は使用しませんのでもしかしたら勝てる見込みもあるかもしれませんよ?」
最後は半ば冗談交じりに言う藍沢。
正に触らぬ神に祟りなしということだろうか。
よっぽどのチャレンジャーでない限り誰が副長と好んで戦うものか。
そこは全員同じ気持ちだったようで、誰もその冗談に乗ってこなかった。
それに肩をすくめた藍沢は、
「少しは挑戦する心があってもいいと思いますけどね……」
そう呟いた。
そして藍沢の話は一通り終わったという合図だろうか、今度は三嶋が口を開く。
「ちなみに舞台は無人の市街地だ。
建造物や自然もリアルに再現されている。
勿論仮想現実なのでどれだけ建造物を破壊しても文句を言う人間は居ない。
……全員、思う存分やれ」
その言葉に六人の気が引き締まる。
いわばこの模擬戦は、六人のうちだれが一番強いのかを決める試合でもあるのだ。
気合が入らないわけがない。
「スタート位置は完全にランダムだ。
遭遇の後戦闘するもよし、協力するもよし、そこは各自の判断に任せる。
それでは……全員、健闘を祈る!」
「了解ッ!」
六人の声が見事に重なった。
そして特務課同士の壮絶な模擬戦が今、幕を開けることになる。